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勇者の二軍  作者: せき
第三章 進撃の二軍
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20話

 これでどうだ、と、賢者イオナは侍セキの様子をつぶさに観察する。

 平手打ちの瞬間、侍セキの瞳が見開かれた。ような気がした。

 だが、それ以上の変化はいくら待っても訪れない。


「……どうしろっていうのよ!」


 悪態をつく賢者イオナには、もう策は残っていなかった。

 さりとて侍セキを奪われたままでは尻尾を巻いて逃げ出すこともできない。何が何でも、この絶体絶命の窮地を脱せねばならない。

 だが、考えども考えども、起死回生の一手など思い浮かばない。

 結局、戦士ルイが侍セキを食い止め、魔物使いヌランがイザベラを牽制して、賢者イオナが回復魔法などで戦線の維持に徹するという策を、愚直に続ける他なかった。

 そうして辛うじて保っていた均衡も、打破する手立てを見いだせないまま崩れ去る。

 一行の戦線瓦解は、イザベラが侍セキへの口づけをやめた手番から始まった。

 侍セキの攻撃を戦士ルイがなんとか捌いて、イザベラへの牽制として魔物使いヌランが九頭竜鞭を振るったまでは、それまでと同じだった。

 だが、イザベラはそこで、九頭竜鞭を片手で受け止め、そのまま引っ張ったのだ。必然、前に蹈鞴を踏む魔物使いヌランに、イザベラは一瞬にして間合いを詰めた。そして九頭竜鞭を握りしめたまま、片手のツメを手刀にして、思い切り魔物使いヌランの腹を突いた。


 血が、爆散した。


 プロティンの効果も、魔物使いの防具も、紙切れほどの役にしか立たない、強烈な一撃だった。

 賢者イオナはこの手番をスピーディのかけ直しに当てているため、手当は次手以降になる。だが、賢者イオナが回復呪文を唱える手番よりも、侍セキやイザベラの手番の方が先だ。


「ヌランっ……!」


「何の問題も、ないよ」


 歯噛みする賢者イオナに、魔物使いヌランが懸命に立ち上がって応える。

 問題が無いはずがない。瀕死の重傷であることは間違いないのだ。だが、魔物使いヌランもまた勇者の一行としての矜持がある。

 少年の鬼気迫る後ろ姿に、賢者イオナも奮い立つ。


「しっかりしなさいよセキ!」


 叱責しながらも、守りを固める戦士ルイに目をやりつつ次手を考える。

 一刻も早く何とかしなければ。

 だが、やはりなにも、手立てが思いつかない。

 こうなればもう、選択肢は一つしかない。

 イザベラを討つ、それだけだ。

 侍セキの攻撃は、守りを固めていた戦士ルイがきっちり受ける。だが、ここから反攻に打って出る。

 魔物使いヌランが、重傷の身体に鞭打って、自らの鞭を振るう。ただし、先ほどのような通常攻撃ではない。九頭竜鞭が赤く輝く。ヌランの秘技、スローターウィップだ。

 九本の鞭がそれぞれに意志を宿したかのように、イザベラに殺到する。

 イザベラはまたも鞭を片手で掴もうとするが、鞭たちはその手をかいくぐって、その腕の皮膚を引き裂いた。


 そこで初めて、イザベラの表情が歪む。


 だが、それだけだ。

 イザベラは片腕を傷つけられながらも前進し、またしても抜き手を放った。

 瀕死の重傷を負っている魔物使いヌランに、その一撃を躱すだけの力はない。

 辛うじてタイミングを合わせて後方に飛んだが、焼け石に水。

 魔界四天王が一人の一撃が、魔物使いヌランの身体を吹っ飛ばした。

 賢者イオナの横を通り過ぎて、わずかに残った壁に激突してようやく止まる。


「ヌラン!」


 叫びながら、賢者イオナは回復呪文を唱えた。対象一人の生命力を最大まで回復させる魔法だ。清き光りがヌランを照らす。だが、ヌランは立ち上がらない。


「そんな……」


 戦闘不能。

 魔物使いヌランは、もはや立ち上がることさえ不可能な、深刻なダメージを受けていた。


 ――万事休す。


 イザベラと侍セキを相手取って、一人が欠ければ、最早立て直す術はない。

 頭の中が真っ白になった賢者イオナの耳に、戦士ルイの思いがけない言葉が飛び込んできた。


「セキさん! 聞いて!」


 名を呼ばれても、侍セキはうつろな瞳で戦士ルイを見返すばかりだ。だが、戦士ルイはかまわず言葉を続ける。


「わたしは、ずっと見てきた! セキさんの背中を! セキさんは気付いてなかったかもしれないけどさ、馬車の中も、街を歩いてるときも、気がついたら、セキさんのことを見つめてた」


 この絶体絶命の状況下にあって、戦士ルイの独白は続く。


「セキさん、いつか言ってくれたよね。一族の名誉のために、勇者一行として活躍するって。それで、世界を救って故郷を再興するんだって。わたし、その時思ったの。憎しみのためだけに魔物を倒すのはやめよう、セキさんの手助けになるよう頑張ろうって」


 戦士ルイの声は震えている。

 賢者イオナは、戦士ルイの感情の吐露を冷静に吟味する。これで、侍セキが正気を取り戻すだろうか。確率は絶望的な低さに思えるが、イザベラも、侍セキも、戦士ルイの言葉に耳を傾けている。その事実は評価できる。

 そうして生まれた僅かな時間、賢者イオナは必死に起死回生の手を考える。だが、いくら考えても思いつかない。


「なのにセキさん! こんなところで、そんなおっぱいが大きいだけの女の人にたぶらかされるなんて、どうしちゃったのよ! ふざけないでよ! そこのおっぱい大きい女も、やめてよちゅーとか!」


 声のトーンが一層上がるが、おっぱいが大きなイザベラは面白そうにその様子を観察しているし、侍セキはあくまでうろんな瞳をしている。


「セキさん! わたしは、あなたのことが、好きです! だから、帰ってきて! お願い! じゃないと……」


 チャキ、と、戦士ルイは、スパークリングブレイドを持ち直した。

 賢者イオナが気付いたときには、戦士ルイは飛び出していた。

 それは、賢さが上がってからはとんと見られなくなっていた、命令無視行動。


「じゃないとわたし、あなたのこと、許さないから!」


 向かう先の侍セキは、静かに刀を鞘に収めた。


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