2話
「と言っても、準備が必要よね」
主城の堀に架かる橋を渡りきったところで、賢者イオナは顎に手を当てながら三人に向き直った。
王の前での自信満々の表情はどこへやら、はっきりと、浮かない表情だ。
彼女は、その出生にしろ性格にしろ、一癖ある女性だった。
そんな賢者イオナの独白に、三人の反応は薄い。
賢さの足りない戦士ルイはポカンと半開きになった口元に指を当てて、イオナを見つめるばかり。
侍セキは羽織袴に刀一本あればそれで充分と言わんばかりだ。
その装備が失われし剣術の遺物であり、まともな武器甲冑が現存していないことを運命として受け入れてしまっている。
残るは年端もいかぬ少年、魔物使いヌランだが、年長者二人の鈍い反応に見かねて、渋々口を開く。
「準備って言われても、僕の魔物はどうせ魔界には連れて行けないし。割とお手上げなんだよね。あ、でも、みんなにはお別れを言いに行きたいかな。もしかしたら、もう帰って来れないかもしれないし」
子供にこうも悲壮感漂う事を言われれば、賢者イオナとしては嘆息するしかない。
「とにかく! まずは預かり所に行くわよ!」
言って、城下町の預かり所を目指して歩き出す。
賢者イオナの後を、三人は黙って付き従う。
消去法とはいえ、勇者代行は私以外にはなかったわね。
と、ついため息を漏らしてしまう賢者イオナだった。
本来勇者にしか閲覧を許されない、勇者名義の預かり所保管アイテムのリストを眺めながら、賢者イオナは受付の女性に引き出す武具を指示していく。
受け取った武具は、装備する者にその場で振り分ける。最後に回復薬などの消耗品と金銭を引き出すと、一行は預かり所のロビーに人がいないことを良いことに、装備を着替え始める。
保管されていた装備類は、すべて魔界へ赴いた勇者とそのお供のお下がりだ。
お下がりとはいえ、人界を離れる際に彼らが身につけていたのは伝説級の装備なのだ。
残された装備もそれに準ずる逸品揃いで、店売りされていない貴重な物も含まれる。
が、それら全てを有効活用できるわけではないのが悩ましい。
魔界に赴いたのは、勇者と、聖騎士、剣闘士、そして賢者の四人だ。
賢者の装備は、全てイオナが継承できる。
だが、下級職である戦士のルイは、勇者や聖騎士、剣闘士のものを多少装備できるが、とりわけシンプルな物に限られる。
魔物使いヌランはといえば、かろうじて剣闘士の装備を一部扱えるものの、職業の違いによるミスマッチは否めない。
侍セキに至っては、四人が残した装備は、武器を含めて何一つ身につけることさえ適わないという惨状だ。
というわけで、セキをのぞく三人は、新たな装いで預かり所から外に出た。
賢者イオナは、純白のワンピースに漆黒のマントを身につけている。額には、三日月の装飾を施したアクセサリが楚々として輝く。手に携えるのは竜頭の杖だ。
実はどれもこの世に二つと無い代物で、それぞれ虚無のワンピース、星々のマント、月のサークレットにドラゴンワンドという。
正賢者が魔界に赴く直前まで着用していたという事実を踏まえると、人界に現存する賢者の装備では最高の構成ということになる。
戦士ルイの装備も悪くない。出すところを出した意匠の情熱の甲冑に、重厚長大なスパークリングブレイドとなれば、その美貌とスタイルと相まって人目を引く。
賢者イオナが苦渋の決断を強いられたのは、魔物使いヌランの装備だった。
守備力や魔法耐性の面で一番マシだったのが、見た目虎の毛皮そのもののワイルドレザーだった。
粗野なあつらえはヌランに我慢してもらうとして、皮が発する獣独特の臭いには、イオナはそれを選ばねばならない境遇を呪った。だが、その手に携える九頭竜鞭は、ドラゴンワンドに匹敵する逸品である。
イオナは自分以上に至近距離で臭いを嗅ぎ続けねばならないヌランが不平を口にしないか気を揉んだが、それは杞憂だった。
ヌランに臭いを気にする様子は皆無だ。それが装備に対する適性というものなのかと、イオナは内心で感心した。
一人蚊帳の外の侍セキは、武士は食わねど高楊枝を実践し、楊枝一本を口に装備して無言を貫く。
「これで、準備万端ってわけ?」
九頭竜鞭をしならせながら首をかしげて問う魔物使いヌランに、賢者イオナは肩をすくめる。
「まだまだ。私たちは勇者様に選ばれなかった残り物なのよ。お下がりを着込んだだけで挑めるほど、魔界が甘いはずないでしょうが」
言うや、賢者イオナは三人の返事を待たずに、転移の呪文を唱えた。




