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勇者の二軍  作者: せき
第三章 進撃の二軍
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19話

 充分な情報が得られたとは言えないが、すべきことははっきりした。

 イザベラは敵で、勇者はここにはいない。

 ならば、イザベラを倒し、勇者を探す旅を続けるまでだ。


「行くわよみんな!」


 気合いのこもった声を上げる三人に、賢者イオナは指示を与えていく。

 だが、賢者イオナの指示が終わるよりも早く、イザベラが一足飛びに飛び込んで来た。

 その先にいたのは侍セキ。咄嗟に刀に手をかけようとするが、イザベラがわずかに先んじる。

 次の瞬間、侍セキは、イザベラに抱きすくめられていた。


「なっ」


 侍セキのみならず、皆が唖然とする中、イザベラは更に驚愕の行動に移った。

 その果実のような唇を、侍セキのそれに重ねたのだ。

 侍セキの身体は、電流が走ったかのように跳ねた。直後、両手が力なく落ちる。


「セキさん!」


 思わず叫ぶ戦士ルイの目の前で、イザベラの手から解放された侍セキが、ゆらりと立ち上がる。

 しかし、彼の無事に安堵したのも束の間。

 侍セキは刀を打ち抜くと、その切っ先を戦士ルイに向けて突進してきた。


「えっ」


 困惑の声を漏らしながらも、侍セキの初撃は辛うじて盾ではじく。


「どうしたんですかセキさん!」


 叫ぶ戦士ルイに対して、侍セキはうつろな目で見返すだけだ。


「まずいわね。誘惑だか混乱だかわからないけど、意識を奪われてるわ」


 この手番では、魔物使いヌランが防御強化呪文プロティンを、賢者イオナが速度向上呪文スピーディを唱えていた。それらの効果がきっちり侍セキにかかっていることを確認して、賢者イオナは思わず舌打ちする。


「なんとか正気に戻させないと。セキを敵に回すとか、ぞっとしないわ」


 イザベラに攻撃をしかけようと前進した戦士ルイは、侍セキに立ちはだかられて様子を見ることしかできない。これでは、ジリ貧になることは火を見るより明らかだ。

 二手目は、奇しくもスピーディによって速度を上げた侍セキが、我先にと切りかかってきた。受けた戦士ルイは、盾をはじかれて左腕に深い切り傷を負う。


「イオナちゃん、セキさん強すぎるよぅ」


 目を潤ませながら傷口を抑える戦士ルイの台詞は聞くまでもないことではある。

 続いてプロティンを重ねがけした魔物使いヌランが口を開く。


「もう、セキはひと思いに倒しちゃった方が良いんじゃない? イザベラの壁だよもう」


「それは相手の思うツボ。私たちの最大戦力がセキだってこと、忘れちゃ駄目」


 魔物使いヌランの気持ちもわかる。後方でうずくまるダイスは動かないままだし、状況は最悪と言わざるを得ない。焦るのは無理もない。だが、そんな逆境だからこそ、賢者イオナは前を向いて最善を尽くさねばならない。

 賢者イオナは手始めに、呪いや憑依を解く効果のある解呪の呪文を侍セキに唱えてみる。だが、侍セキの瞳はうつろなままでまるで効果が無い。

 そんな賢者イオナを尻目に、イザベラはさっと侍セキの隣に立つと、その顎に指をかけて、またも唇を奪う。されるがままの侍セキの瞳は、より一層闇色を深くしていく。


「ちょ、ちょっとやめてよぅ……」


 顔面蒼白で悲痛な声を上げる戦士ルイだが、イザベラが侍セキを解放すると、健気にもスパークリングブレイドを構えて突撃を敢行する。

 振りかぶった高さから放った戦士ルイの上段斬りは、ツメによっていとも容易く受け流された。ただひたすら力技を追求してきた戦士ルイにあって、この柔らかさで受けられると攻撃手段の大半が潰されることを意味する。


「ますます、早いとこセキをなんとかしなきゃね」


 もはやイザベラに対して攻撃の手を挟んでいる余裕はない。魔界四天王たるイザベラの攻撃が本格化する前に、セキを取り戻す。

 だが一体、どうやって?

 賢者イオナは必死に考えを巡らせながら、三手目の指示を出す。

 真っ先に行動する侍セキの矛先は魔物使いヌランに向いた。侍セキの刀はヌランの装備を切り裂き、一撃で重傷を負わせた。プロティンが二重にかかっているにも関わらず。

 胸をぱっくり切り裂かれながらも、次に動くのは魔物使いヌランだ。魔物使いヌランは魔法の縄で対象を捕縛する呪文を唱えるが、侍セキはいとも容易く回避する。

 イザベラはと言うと、またもや侍セキの元に歩み寄ると、唇を重ねてより深く誘う。

 ここに至って、賢者イオナは最悪の可能性を想像し始める。それは、侍セキが完全にイザベラの手に落ち、その刀で三人が血祭りに上げられる、という状況だった。

 眉間に皺を寄せながら、賢者イオナはミスティックミストを唱える。瞬く間に戦士ルイと魔物使いヌランが負っていた傷が癒え、見た目上の戦線を立て直す。

 最後に動くのは戦士ルイだ。

 賢者イオナは、奇策を彼女に仕込んでいた。

 それこそが賢者イオナの本領、邪道から悟りを開いた賢者、イオナならではの発想だった。

 戦士ルイはその指示通り、剣を鞘に収めた。守りに専念するのかと思われた矢先。

 戦士ルイはそのまま駆け出して、身構える侍セキに突進する。

 そして、素手の右手を大きく振りかぶる。


「もうっ! セキさんの、ばかぁ!」


 派手な音が、魔界に響き渡る。

 戦士ルイの平手打ちが、侍セキの頬に炸裂した音だった。


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