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勇者の二軍  作者: せき
第三章 進撃の二軍
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18話

 根拠は二つある。

 一つは、髪の色がブロンドから漆黒に変わっていることを除けば、凜とした鼻筋や、愁いを湛えた目元にある泣きぼくろに見覚えがあるのだ。それは、勇者が肌身離さず身につけていた、ロケットに入れていた写真の少女そのものだった。

 もう一つは、より決定的な根拠である。賢者イオナは人の魂を識別する能力を身につけているのだ。


「ほぉ、妾のことを知っておるのかえ?」


 賢者イオナに薄くほほえみかける表情は余裕に満ちている。そして賢者イオナは、打倒すべき敵に対する闘志を完全に失していた。


「あなたはエリス。勇者が探し続けていた、妹のエリスのはず」


 その言葉を耳にしてイザベラは唇の端に笑みを浮かべると、小さなあくびと共に世間話の気軽さで話し始める。


「その通り、かつて妾は勇者の妹をしておった。人間じゃった。じゃがこちらに来て、生まれ変わったのじゃ」


「なぜ……」


「魔物に攫われて幽閉された妾は、食べ物も飲み物も、何も与えられなかった。妾は助けを求めた。じゃが誰も来はしない。人間界には、魔界に踏み込めるだけの猛者がおらなんだのだから当然じゃ。絶望した妾は、今度は魔物に乞うた。何でも良いから食べ物をくださいと。魔物は嘲り笑うばかりじゃった。力ない者に与える物はない。欲しくば奪えとな。干涸らびて死ぬのを待つばかりの妾の前に現れたのは、魔王じゃった。魔王は妾に問うた。生きたいかと。勿論妾は頷いた。すると、魔王は重ねて問うた。人間を辞めてでも生きたいか、と」


「あなたは、頷いたのね」


「生きるためじゃ。それと同時に、人間に絶望してもいた。魔族は圧倒的に強い。そして、人間のように飾らない。欺瞞がない。その頃には、妾にとって魔族は憎むべき相手ではなくなっていた。力の無い妾が、人間が悪いのじゃと。妾は魔王の血を飲んだ。その瞬間から、妾は生まれ変わったのじゃ」


 イザベラは、ベッドからするりと降りて、背中の黒翼をバッと開いた。その頭部から、二本の短いツノが生える。


「それ以来妾は餓えを知らぬ。乾きを知らぬ。同時に魔界屈指の力を得た。魔界では、力即ち地位。妾は魔界四天王の一角にまで上り詰め、この美しい城を手にしたのじゃ」


 伸びたツメを舐めながら一行を睥睨するイザベラは、どこからどう見ても立派な魔族だった。


「それじゃあ、あなたはもう、勇者の妹エリスではなく、魔界四天王のイザベラなのね」


 賢者イオナの言葉は、ただの確認でしかなかった。イザベラの表情を一目見れば、答えは明白だった。


「今では運が良かったとさえ思っておる。妾は魔族となり、永遠の若さと美貌を手に入れた。衰退し滅びゆく人間の埒から脱却できたのは僥倖でしか無かろう?」


 賢者イオナは失笑と共に肩をすくめてから、鋭い視線と共に最後の質問を投げかける。


「勇者はあなたが……魔界四天王イザベラが、実の妹エリスだと知っているの? あなたと勇者が任務を投げたこととは、関係あるの?」


 その問いかけに、舐めていたツメから唇を離して、イザベラは目を細める。


「ほぅ、そちら、何も知らずにここまで来たのじゃのぅ……もっとも、知っていればこんな所までやって来る気にさえならぬというものか」


「どういう意味よ?」


「なぜ妾がそちらに明かさねばならぬ? 勘違いするでないぞ力を持たぬ人間共め。妾は魔界四天王のイザベラ。魔族にたてつく人間は、全て屠るまでじゃ」


 言葉と共に、イザベラが宙に手を伸ばすと、そこに突然大鎌が現れた。魂の因果まで絶つと言われる、神器デスサイズである。


「さぁ、おしゃべりは仕舞いじゃ。行くぞ勇者の残り滓ども!」


 言葉と共にイザベラが鎌を一振りした次の瞬間。

 無音のまま部屋の壁に線が走り、そのまま斜めにずれていく。迫ってくる壁を戦士ルイがぶち破ってやり過ごすと、最上階のイザベラの寝室は、風通しと見晴らしの良い屋上に様変わりしていた。


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