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勇者の二軍  作者: せき
第三章 進撃の二軍
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17話

 とりわけ獰猛且つ賢さの高いモンスターの一種に、ドラゴン族がいる。

 人界のドラゴンでは、魔物使いヌランも仲間にしていたブラックドラゴンが最大だが、魔界に於いてはそれを凌駕するドラゴンが多種存在する。

 一つはエメラルドドラゴンである。細身の全身を緑色の鱗が包み、その額には長い年月をかけて体内で生成した翠玉を輝かせている。素早い身のこなしと鋭い爪を武器に獲物を狩るドラゴンだ。

 もう一つはテラードラゴンである。ブラックドラゴンを一回り大きくしたような巨体に、発達した前足と強靱な尻尾。分厚い表皮は刃物を弾き、その顎からは灼熱の雄叫びと凍える吐息を自在に放つ。

 一行はテラードラゴンに遭遇するたび苦戦を強いられ、賢者イオナは全滅と隣り合わせの際どい采配を余儀なくされていた。


 そう、今までは。


 生まれ変わった侍セキの前にあっては、テラードラゴンさえ赤子も同然だった。

 侍セキの動きは、踏み出したその一歩目からして、今までとは別次元であると予感させた。

 一足飛びにテラードラゴンの眼前に踏み込む姿を、誰も認識できなかった。

 そのまま滑るように繰り出される何気ない袈裟斬りが、野生の勘で辛うじて後ずさったテラードラゴンの左腕を奪っていた。これまでは太刀傷を与えることにも苦労していた表皮のみならず骨までも、豆腐でも切るかのように容易く料理した。


 だが、それだけにとどまらない。


 次の瞬間、さらなる驚愕が、三人を、いや侍セキ自身も含めた四人を襲う。

 手負いのテラードラゴンが放ったプリズムブレスは、間違いなく至近距離から侍セキに浴びせかけられた。通常、灼熱と絶対零度の吐息が織りなすプリズムブレスは、それを浴びた者の肉体を切り刻む。

 にもかかわらず、侍セキは何事もなかったかのようにただそこにたたずんでいた。

 回復呪文の詠唱を始めていた賢者イオナは頬を引きつらせる。


「無茶苦茶ね、神龍の加護」


 ダイスを下ろして戦う魔物使いヌランと戦士ルイの打撃攻撃が済むと、セキの二手目が光の速さでテラードラゴンの心臓を貫いた。


「か、か、かっこいい……」


「これは、楽させて貰えそうだね」


 口々に声をかけられても、侍セキは決まり悪そうに唇を曲げて、


「面目ない。拙者だけこのような身に余る力を」


「いいのよ、あんたが壁役になってくれたら助かるから。ね、ルイ?」


 話を振られた戦士ルイだが、頬を染めて侍セキを見つめるばかりだ。


「ま、力に溺れないようにね」


 魔物使いヌランがダイスを背負い直しながらかけた言葉に、侍セキは重々しく頷いた。


 そういうわけで、ウエストパレスまでの道中は格段に安全なものとなった。


 一行は、満を持してウエストパレスへと足を踏み入れる。

 そこは、ともすれば敵地にいるという緊張感を失いかねないほど、厳かで、美しい空間だった。

 壁も床も天井も、ガラスか氷かのような向こう側を透過する物質で出来ており、どんより暗いはずの外光が、建物の中にあっては美しく差し込んでいる。調度品と言える物は腰の高さほどの花台くらいで、その花台に生けられているのは決まって黒薔薇である。花台も壁や床と同じ透明な素材なのだが、賢者イオナが触れてみると、ひんやり冷たい鉱物であることが知れた。溶けて水になる氷ではないことは確かだ。

 目の前の大階段は、先で突き当たってから左右に向かって伸びている。

 すぐに階段を上ろうとする戦士ルイの手首を掴んで、賢者イオナが止める。


「まずは一階を探索するわよ。地下室なんかがあったらそっちもね」


「件のイザベラとやらは、上階にいるのではござらんか?」


「偉い奴はだいたい上の方でふんぞり返っているのがお決まりだよね」


 侍セキと魔物使いヌランの意見に、賢者イオナが答える。


「宝物庫とかがあったら儲け物でしょ。それに、地下にもし牢獄なんかがあったらどう?」


「勇者様がここにいるかもってこと?」


「ここに居るとは考えにくいけどね」


 戦士ルイの回答に、魔物使いヌランは肩をすくめて返す。

 勇者の消息がダークパレスで途絶えていることは、不思議な地図が示している。ただ、不思議な地図に記録されない方法で勇者が移動させられていた場合などは、どこに居てもおかしくないと言える。その可能性があるから先の洞穴探索があったわけで、今回の地階探索もそれに通じる。


「そうでなくてもダンジョン攻略は虱潰しが基本。今後もそうするからね」


 賢者イオナの方針発表に、三人は頷くのみだ。

 一行は大階段を素通りして、左手の、ともすれば見落としかねないような、壁と同じ透明なドアのノブを回す。

 ドアを開くと、目の前を、耳のとがった色黒の女エルフが一人、背中を向けて立っていた。

 四人の気配に気づいて振り返ると、使用人らしい黒と白を基調とした服装にキャップをつけたダークエルフは息を飲む。


「侵入者……!」


 その言葉を耳にするや、侍セキが走る。

 ダークエルフがひらひらのスカートに忍ばせたナイフを手に取る前に、海骸の柄を鳩尾に叩き込んで戦闘不能に陥れる。


「いかが致す?」


 侍セキの問いかけは、ダークエルフの処置についてである。


「意識を取り戻しても、殺して死体が残っても、いずれにしても私たちが侵入したことはばれるからね。無駄な殺生は控えましょうか」


「非戦闘員を見境なく殺し始めたら、それはもうケダモノだよ」


 魔物使いヌランの言葉に、戦士ルイもうんうんと頷く。

 しかしその判断が、直後、一行を苦しめることになる。

 続く部屋は、湯気立ち上る厨房だった。

 絶賛料理中のそこには、先ほどと同じような出で立ちの女ダークエルフが八人居た。

 作戦会議や方針変更の暇などなく、包丁やら鍋やらを構える相手に、侍セキは飛びかかる。

 一人、二人、三人四人と、めくるめく間に打ち倒して、賢者イオナの睡眠呪文が三人に効果を及ぼす。残り一人は、戦士ルイがスパークリングブレイドの側面で思いっきり吹っ飛ばした。


「……これは骨が折れるわね」


 もっとも、実際に骨が折れたのはダークエルフの方だけで、その後まとまった数の敵に遭遇することはないまま一階を網羅した。ただし、使用人の控え室や食堂などの生活空間があるばかりで、地下室なども見つからなかった、結局、収穫のないまま大階段の前に戻ってきた。


「ま、何事も確認することが大事だからね」


 取り繕うような賢者イオナの言葉に、魔物使いヌランはダイスを重そうに担ぎ直して肩をすくめる。


「仕事なんて、そんな地味な作業の積み重ねだよね」


 気を取り直して大階段を上がると、上階部分で左右の階段が合流し、目の前を大きな両開きの扉が阻む。すべてが透明な物質で設えられてはいるが、扉の向こうが透けて見えるようなことはない。

 試しに押してみると、鍵はかかっておらず、ゆっくりと開く。

 そこは、謁見の間であろう大広間だった。壁や天井は一貫して透明なクリスタル素材なのだが、床には毛足の高い絨毯が敷き詰められている。儀式や社交に使われるのだろうが、今は奥の玉座の他には、調度品の類いは対面の魔王の紋章のタペストリーがあるだけだった。生き物の気配は感じられない。

 室内を探索したところ、入ってきた両開きの扉を除けば、出入り口は玉座の左手にあるドアのみだった。

 用心深くドアの外に首を伸ばすと、上に向かって螺旋階段が伸びていた。


「それにしても、警戒されていないでござるな」


「まだ使用人にしか会ってないよね。衛兵とか居なくて良いのかな」


「勇者様が降伏したから、魔界の連中としては平和が訪れているんじゃないの? 私たちのことが知れてないのなら、それを活かさない手はないわ」


 言いながら、賢者イオナは螺旋階段を上がり始める。

 透明の壁伝いに上へと歩き続けると、行き着いた先はテラスになっていた。

 暗澹たる空の下に寝そべる魔界の大地に、一条の稲妻が落ちる。

 壁側に設えられたドアには、やはり鍵はかけられていなかった。

 前衛たる戦士ルイがドアを押し開くと、そこもまた半透明なクリスタルのみで構成された部屋だった。

 さして広くないその部屋の中心には、豪奢な天蓋付きのベッドがある。

 その天蓋が、何の前触れもなく開いた。

 ベッドの上で寝そべっていたのは、妖しい色気を放つ女が一人。漆黒の夜着に身を包んでワイングラスを傾ける。細めた目で一行に視線を投げかけてはいるが、口元は不敵に微笑むばかりだ。


「あなたは、まさか。いえ、そんな……」


 賢者イオナの目は見開かれている。

 それは、ここに居るはずのない人物と出くわした、予想外の驚きだった。


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