16話
侍セキ自身に思い当たる節はあるにせよ、言葉で説明することは覚束ない。龍の文様が病や呪いの類いでないのならば、ひとまず棚上げして差し支えないだろう。
そう段階を踏んで結論づけるまでもなく、魔物使いヌランは侍セキに見向きもしていなかった。
ダイスが固まったように、全く動かないのだ。しがみついて、必死に呼びかける。
「ねぇ、ダイス、どうしたの? 返事しなよ!」
ダイスの生命力は四人と同じように全快している。にもかかわらず、その表皮は黒ずみ、かさかさに乾燥して固まっている。
魔物使いヌランの声に、三人もダイスに歩み寄る。
「ダイスちゃん、どうしたの?」
心配そうに覗き込む戦士ルイに、魔物使いヌランは首を左右に振る。
「わからない。全く動かないし、反応もないんだ」
「もしかして、変態じゃない?」
「へ、変態でござるか?」
裸の上半身でのけぞる侍セキを、賢者イオナは一蹴する。
「ばか、動物が著しく姿を変えて成長することよ。青虫がさなぎになって、蝶になるようなね」
その説明になるほどと頷くのは戦士ルイと侍セキのみで、魔物使いヌランの表情は沈鬱なままだ。
「違うと思う。もしそうなら、中ではめちゃくちゃに動き回って、触れているだけでも熱が伝わるはずだから。今は、まるで死んだみたいに冷たいんだ」
魔物の専門家に否定されれば、賢者イオナとて肩をすくめるしかない。そして、結論が出ないのなら、どうするかを決めるのが彼女の職務だ。
「よし、とにかくここを出るわよ」
言うや、賢者イオナは離脱の呪文を唱え、洞穴の最奥を後にした。
転移の呪文で集落に戻ると、魔物使いヌランは外で待つダイスの元へ一人飛んでいった。
後から追いかけた三人は、暗雲の下しゃがむ小さな背中を見つけて歩み寄る。
「どう?」
「かわらない。困ったやつだよ、ほんと」
言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべる魔物使いヌランに、賢者イオナははっきりと切り出す。
「どうする? 野に放つ?」
魔物使いヌランは、賢者イオナを振り仰いだ。能面のような無感情。それが、勇者代行として、賢者イオナが選択した顔だった。
「いや、連れて行く」
首を振る魔物使いに、腕を組む賢者。
「どう見ても足手まといになるだけだと思うけど。他のモンスターを仲間にするほうが建設的だとは思わない?」
「ああ、建設的だね。でも、それは僕の流儀じゃない。僕は、自分の流儀を守る」
立ち上がって、やや高い位置にある賢者の瞳をまっすぐに見つめ返す。
「何よ流儀って」
「困っている良い魔物には、手を差し伸べる」
そう答える魔物使いヌランの瞳に、一切の揺らぎはなかった。
賢者イオナは肩をすくめて、唇の端をほころばせる。
「良いわ。仲間モンスターのことはあんたに一任する。でも、どうやって連れて行く気?」
その言葉に、魔物使いヌランはダイスを背負うことで答えた。その姿に、賢者イオナは改めて大きく肩をすくめる。
「ヌランくんって、けっこう力持ちだよね」
「うむ、立派でござる」
微笑む戦士ルイに、頷く侍セキ。誰もが魔物使いヌランに暖かい視線を投げかけていた。
「よし、いよいよね。突入するわよ、ウエストパレス!」
その言葉に、三人が拳を突き上げて応と返す。
しかし賢者イオナは、片手を控えめに掲げつつ危惧していた。
洞穴の探索を経て、ダイスという貴重な戦力を失った。
その分を埋めて補えるだけのものを、一行は得たのだろうか。
だがその心配は、すぐに杞憂となった。