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勇者の二軍  作者: せき
第二章 二軍、魔界へ
15/34

15話

「こっちは、はいもいいえも言ってないってのに、なんでいきなり戦闘になるのよ。敵意が感じられない分なおさらタチが悪いわ」


 一人ごちながら、しかし賢者イオナは一行に指示を出す。


「こうなったからには願い事一ついただくわよっ! セキ! 突撃! ルイ! 神龍の動きを見つつ攻撃! ヌラン! 防御補助! 行くわよっ!」


「応!」


 返事と共に、侍セキが突進する。勢いのままに、突き技、刺突を神龍にぶちかます。その切っ先は確かに神龍の胴体を突いたが、表皮を滑って蹈鞴を踏ませられる。


「よし、ちゃんと傷は与えてるわよ! 怖じ気づくんじゃないわよ!」


 賢者イオナは自分を鼓舞するかのごとく叫ぶ。格で言えば先に大苦戦したリザードエンペラーがただのトカゲに成り下がってしまうほど、この神龍は比類無き強さだと言える。本来ならば一旦離脱して対策を練ってからでないと相手にしてはいけないタチの相手だが、隔世の空間に閉じ込められたせいでその選択肢は潰されていた。こうなれば腹をくくるしかない。

 魔物使いヌランが防御魔法の詠唱を終える前に、神龍が動いた。

 とぐろを解いて上空から襲いかかる。

 その長い尻尾を、戦士ルイに振り下ろした。

 とっさの判断で盾で防いだルイは、片膝立ちで攻撃をやり過ごす。

 その堅実な守りに、神龍が関心を示す。


「ほう、良く鍛錬しておるな」


 そのまま旋回して、元居た場所まで戻っていく。

 遅れて魔物使いヌランが防御魔法を発動させると、賢者イオナも対呪文魔法を唱え終える。

 残ったダイスと戦士ルイが、神龍へと駆け寄って攻撃を試みる。

 戦士ルイが頭部めがけて大上段から振り下ろした剣は躱されたが、回避動作中の胴体をダイスのツメが捉えた。だが、やはり傷は浅い。

 一手目ではパーティに損害がなかったため、二手目も同様の作戦を取る。

 やはり侍セキによる斬撃が浅い傷を付けると、次に動いたのは神龍だった。

 狙いの矛先は侍セキだ。神龍は大口を開けて、攻撃直後のセキに突進する。

 神龍に喰われそうになる侍セキは、間一髪のところで刀を盾にして神龍の突進を受け流す。だが、刀一本で神竜の一撃を完全に殺せるはずもなく、左の二の腕の肉がごっそりとえぐり取られた。

 またも若干遅れて魔物使いヌランの防御魔法二重目が優しく一行を包むが、侍セキのやられ方を見ると、効果は薄いかも知れないと賢者イオナは疑い始めていた。

 当の本人は、一行全員の行動速度を上げる魔法の詠唱を終えて、その効果を発動させる。

 最後に戦士ルイとダイスがわずかばかりの傷を神龍に与えて、二手目が終わる。

 魔法により行動速度が上がったため、傷ついた侍セキだけでなく、先ほどまでわずかに神龍に先を取られていた魔物使いヌランが先陣切って攻撃する。

 続いて賢者イオナが侍セキを回復して、一行の損害は帳消しになる。

 さらに戦士ルイとダイスも攻撃を加えて、神龍の擦り傷を増やす。

 完全に後手に回った神龍だったが、そんなことなどお構いなしとばかりに、咆哮した。

 その轟き渡る咆哮は、取り囲む侍セキ、魔物使いヌランとダイス、戦士ルイを萎縮させるばかりではなかった。更に、魔物使いヌランと賢者イオナが張った補助呪文の効果を、一瞬にして消し去ってのけた。


「そんな……!」


 状況を正しく把握するだけの余裕があったのは後列の賢者イオナだけだった。

 続く四手目は、完全に神龍の独壇場となる。

 これまで神龍の先手を取ってきた侍セキは、咆哮によって萎縮した身体の自由を取り戻すだけで精一杯だった。そのまま、神龍がそのあぎとを大きく開いた。

 今度は咆哮ではない。灼熱の炎が、前衛三人と一匹に容赦なく浴びせられた。

 いかな厳しい鍛錬を続けて魔界までやって来た猛者と言えど、その炎に耐えろと言うのは酷だろう。

 魔法による加護が何も無い状態で炎に晒されて、三人は一瞬にして大火傷を負った。特に酷いのは侍セキだ。先に自由を取り戻しており、咄嗟に一歩退くことも可能だったにもかかわらず、侍セキは逆に、迷うことなく前に出たのだ。その身を擲って、魔物使いヌランと戦士ルイをかばったのだ。


「何格好つけてるの!」


 神龍の炎によって硬直の解けた魔物使いヌランは、歯を食いしばりながら前に出て九頭竜鞭を振った。

 皮膚の爛れた手で握っているのだから力を入れるだけで激痛が走るのだが、泣き言を吐く余裕などない。

 魔物使いヌランの気迫に内心を熱くしながら、賢者イオナは魔法を唱えた。改めて、行動速度向上の魔法を張り直す。これで、次の手は再び一行がアドバンテージを奪える。負傷者三人と一匹を抱えての状況を、アドバンテージと呼べるのならばだが。


「セキさんありがとう……ぜったいムダにしないから」


 戦士ルイは、ぐっと腰を落として力を溜める。先ほどからの攻撃が目立った効果を上げていないため、重い一撃をぶつける方針に切り替えたのだ。

 美しい顔を焼かれても、その瞳は青く澄んで、神龍を真っ直ぐ見据えていた。侍セキに預かった一手に、全神経を注ぐ。

 心配なのは、攻撃の指示を与えていたはずのダイスが、焼け焦げて全く動かなくなったことだ。

 懸念材料ばかりが増えて、戦況は着実に悪い方に傾いていく。だが、それをどうにかするのが賢者イオナの役目だ。

 侍セキは火傷状態で動けない。

 魔物使いヌランが傷を負った身体に鞭打って攻撃を仕掛けたのを見届けてから、賢者イオナは全体回復呪文、ミスティックミストを唱えた。優しい霧雨が降り注ぎ、前衛の傷を、火傷ごとみるみる癒やす。が、その強力な効果に見合うだけの精神力を賢者イオナは消費することとなる。

 そういった要素も織り込んで、最善手を打ち続けるしかない。


「……いくよっ!」


 霧雨の中、焼かれた横顔をみるみる美しく再生させながら、力を溜めに溜めた戦士ルイの瞳が光る。

 ぶんっとスパークリングブレイドで半円を描いてから、神龍の頭上に跳躍、そのまま落下の勢いを乗せて、その脳天に刃をぶち込む。

 戦士の剣技、脳天かち割り斬りだ。しかも一手力を溜めたため、通常の二倍の威力である。

 神龍はその瞳から星を飛ばして、一瞬怯む。

 脳みそをぶちまけることは出来なかったが、神龍はぐるりと身体を身悶えさせて、自身の手番を放棄した。

 だからといって、賢者イオナが攻めに転じるようなことはない。あくまで守りに徹することで、趨勢を指し示す天秤はかろうじて均衡を保つ。相手が相手なだけに、簡単に優勢になることなどあり得ないのだ。

 よって、綱渡りのような作戦を、何手も何手も繰り返すこととなる。

 そうやって、できる限りの安全を確保しながら戦ったところで、戦況は簡単に覆る。

 それは、賢者イオナの精神力が底をつき、魔法の飲み薬を口にしている間に起こった。

 その手番は、態勢を整えるために、侍セキが回避、戦士ルイと魔物使いヌランが防御という、最大限の安全策を取っていた。にもかかわらず。

 神龍が詠唱無しで唱えた呪文が、瞬時に四人の視界を焼いた。

 それが、強大なエネルギーの爆発だと気付いたのは、倒れ伏したあとのことだった。

 賢者イオナは、かすむ目で戦況を確認する。

 神龍の直近に、ずっと動かないダイスがいる。それよりこちら側に、吹き飛ばされた戦士ルイと魔物使いヌラン。この二人は、ぴくりとも動かない。単なるスタンではない、瀕死の、戦闘不能状態だとすぐに知れた。遠目から見ても、その出血量は目を覆いたくなるほどだ。

 そんな中、一人侍セキが、刀を構えて神龍に対峙していた。


「まさか……あの呪文を見切ったの?」


 魔法耐性の高い防具のおかげで、すんでのところで生き残った賢者イオナの言葉に、侍セキは神妙に頷いた。


「なぜかはわからぬが、隙としか言えぬようなものがみえたのでござる。こんな感覚、初めてでござる」


 眉をそばめて首をかしげる侍セキだったが、この大一番にあって、考え込んでいる暇はない。神龍とて待ってはくれない。


「ほう、我がテンペストを受けて、二人も無事でいるとはなかなかやるではないか」


 神龍が愉快そうにのたまうが、戦線は粉微塵に瓦解したのだから褒められたものではない。

 この状況に至ってしまっては、賢者イオナに作戦の選択肢もへったくれもない。

 彼女は侍セキに叫んだ。


「もう、破れかぶれよ! とっておき、やっちゃって!」


 言いながら、賢者イオナはミスティックミストの詠唱を始める。状態異常回復効果も併せ持つ、最も効果の高い全体回復呪文とはいえ、戦闘不能状態を回復させることは不可能だ。あくまで侍セキと自身を全快させることだけが目的だ。

 侍セキは、指示に応とこたえて、刀を構える。

 次の瞬間、乱舞の太刀が、神龍を強襲する。

 それは、勇者が旅の途中でたまたま発見した秘伝書に記されていた奥義だった。その頃には侍セキはパーティから外れていたので、実戦で使うのは初めてだ。

 乱舞の太刀は精神力を酷く消耗するため連発は出来ないという尖ったスペックだ。だが、最早出し惜しみしている局面ではなかった。

 侍セキの太刀が、文字通り、乱れ舞って神龍に襲いかかった。

 一方的に技を叩き付けて、後方に着地した侍セキは、刀を握り直しながら神龍を見る。

 だが、秘伝の奥義を全身に受けてなお、神龍は静かに佇んでいた。

 ミスティックミストにより身体の傷は癒えるが、二人は同様に苦い顔になる。

 そんな二人の精一杯の一手を見届けてから、神龍はゆっくりと呪文を唱えた。


「テンペストを凌いだ者に敬意を表して。第二の試練、奈落」


 その言葉を聞き終わるか終わらないかの瀬戸際で、侍セキはそれを感じた。

 自分の間近に、なにか巨大なものが生まれようとしているという、とてつもなく不吉な感覚だった。

 その直感に従って、侍セキは前へ跳んだ。

 手番が終わっていながら接近してくるセキに、神龍がわずかに目を開いた。

 直後。

 侍セキが居た場所に、人一人をすっぽりと包み込めるだけの黒い球体が生まれていた。それは傍目にはただの球体にしか見えない。だが、恐怖はその内側にあった。

 侍セキが後ろを振り返ると、自身の居た場所よりも先に、もう一つ黒い球体ができていた。

 そこに、先ほどまで自分に指示を飛ばしていた仲間が居ない。


「イオナ殿!」


 侍セキの叫びに返事はない。

 賢者イオナは黒い球体に捉えられて、闇が満ちる空間に幽閉されていた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 二つの黒い球体は、突然、何事もなかったかのように消えた。

 黒い球体から産み落とされるかのように姿を現した賢者イオナは、しかし、俯せに倒れた。

 侍セキからかろうじて見えるイオナの横顔は土気色に変化しており、生気のかけらも感じられなかった。


「くっ……」


 この絶体絶命の危機に、だが、侍セキが取り乱すことは無かった。

 侍セキは、一人、とぐろを巻いて待ち構える神龍に対峙する。

 彼に、仲間を癒やす力はない。

 できるのは、目の前の敵に斬りかかることだけだ。


「いざ、尋常に勝負!」


 言葉と共に、侍セキは神龍に向かって駆けだした。

 乱舞の太刀は、もう使えない。

 選んだ技は、三種の斬撃を立て続けに放つ三連斬。

 三発すべてが決まれば大ダメージを期待できるが、途中で止められれば無防備なまま身動きが取れなくなる、リスクが大きい技だ。

 そんなことは百も承知。

 侍セキは、軽やかに跳ねる。

 抜刀、横一文字斬りを腹の皮一枚で躱した神龍に、首を狙った弐の太刀袈裟斬りを放つがそれも辛うじて躱される。

 しかし、それでは終わらない。

 振り抜いた体勢からの参の太刀、逆袈裟の燕返しは、神龍の意表を完全に突いた。


 とはいえ、後に侍セキは偽らざる事実を語ることになる。


 曰く、あの一撃は、たまたまだったと。


 その切っ先が、神龍が持つ龍玉にかすり、うっすらと傷をつけた。

 直後、とんでもない変化が起きた。

 蒼が、灰に。

 神龍の咆哮と共に、世界が色を失ったのだ。

 侍セキが片手で刀を構えたまま目を見開いているうちに、その景色はまたも一変した。

 そこは、元居た洞穴の終点だった。

 目の前の中空に、神龍が浮いている。

 仲間達はと言うと、侍セキの足下に倒れ伏していた。


「見事だ東方の国より来たりし剣士よ。お主の力、しかと見届けた」


 その神龍の言葉に、侍セキは、ぽかんと口を開ける。


「いや、まだ勝負はついてござらん。お主はほぼ無傷でござろう」


 不平を言いたいわけではない。ただ事実を口にしたのだが、神龍は声に出さず笑う。


「我に勝つまで挑むつもりか。限られた命、そう粗末にするものではない」


 その言葉を聞いて、ようやく刀を鞘に収めた。

 どうやら、本当に戦いは終わったようだ。

 と、いうことは。


「お主の願いはなんだ。何でも言ってみるが良い」


 その問いかけに、侍セキは思わず賢者イオナを見た。

 だが、彼女は意識を失っており、意見を聞くことは出来ない。


「済まぬ、我々のリーダーはイオナ殿。イオナ殿の意識が戻らねば、決められぬ」


「では、お主の願いは、賢者イオナの意識を戻すことか?」


 侍セキの心に直接響く神龍の声は、おもしろがるような色があった。


「いや、それは願いではござらん。拙者の願いはひとえに強くなること。我が一族に恥じぬ、なんぴとをも凌駕する力を得ることでござる」


 つい、言ってしまっていた。だが、それは侍セキが常日頃より渇望している、真の願いだった。

 神龍は、心なしかその頬を緩めて、鷹揚に頷いた。


「よかろう。お主に我が力を分け与えてやろう」


 神龍が一度空中で身体をたわませると、侍セキは背中に熱が宿るのを感じた。

 火傷するような熱さではない、ぽかぽかと暖かい、夏の日差しのような熱だった。


「どうだ、分かるか我が力」


 神龍を見つめていた目を、自らの手のひらに落とす。

 侍セキは、首をかしげる。


「わからぬ。お主の言葉に、二言はござらぬな?」


 逆に問い返す侍セキに、神龍は低く笑う。


「試すか?」


 一瞬感じた凄まじい殺気に、侍セキは改めて知る。先ほどまでの戦いはあくまで力試しであり、殺し合いではなかったのだという事を。


「いや、失礼致した。お主が言うのだから間違いはなかろう」


「当然だ。さて、志半ばの剣士よ。お主を祝福しよう」


 その言葉を合図に、賢者イオナと戦士ルイ、魔物使いヌランが身じろぎした。

 程なくして、皆、目を覚まして起き上がる。その身体から傷が消えているばかりでなく、損傷したはずの装備まで元通りになっていた。


「では、さらばじゃ。我はここで、次なる強き者を待つとしよう」


 一行の返事を待たずに、洞穴から臨んでいた蒼の世界が一瞬にして、ただの突き当たりと変わった。


「ちょっと、色々聞きたいことがあるんだけどさ。まずは……」


 賢者イオナは眉をひそめつつ侍セキの背中を指さす。


「セキ……それ何よ?」


 侍セキの背中には、今までなかった大きな痣が浮き上がっていた。

 それは、天を目指さんとする真っ白な龍の文様をしていた。



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