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勇者の二軍  作者: せき
第二章 二軍、魔界へ
13/34

13話

「死ぬ、ところだった……」


 呆然と呟くと、賢者イオナはうっそりと立ち上がって、爆心地付近まで歩いて行く。

 装備だけを残して跡形も無く消滅した戦士ルイに、頭を垂れる。

 だが、感傷に浸っている時間は無い。すぐさま詠唱を始める。

 賢者にのみ許された、生物の肉体と魂を蘇らせる禁断の呪文、リバース。

 薄暗く嘘寒い洞穴内に、抑揚のない賢者イオナの声が朗々と響く。

 長い長い詠唱を終えたとき。

 戦士ルイはこの魔界の果てに姿を取り戻した。

 目をぱちくりさせる戦士ルイは、自分が一瞬のうちにリザードエンペラーのブレスによって蒸発したことになど気付かなかったのだろう。それは、続いて蘇ったダイスも同じだった。

 この時点で賢者イオナの精神力は自我崩壊すれすれだった。

 だが、侍セキも呼吸をしていない。蘇生させねばならない。

 賢者イオナは血の気の失せた唇を叱咤するかのように三度目のリバースを詠唱を始める。

 その肩を、蘇ったばかりの戦士ルイが掴む。


「イオナちゃん、もう無理だよ」


「無理でも、このままじゃセキは……!」


「ううん、大丈夫」


 その自信はどこから来るのか。

 戦士ルイは、賢者イオナの瞳を見つめて力強く頷くと、侍セキの頭の脇に跪いた。

 そしてその柔らかい桃色の唇を、彼の唇に重ねる。

 力強く吹き込まれる息吹が、侍セキの胸を膨らませる。

 三度目の口づけで、侍セキは大きくむせ混んだ。そして、うっすらとまぶたを開ける。


「せ、拙者は一体……」


「よ、よかったぁ」


 目に涙を溜めて安堵する戦士ルイに、侍セキは動かない身体で困惑を顔面に浮かべることしかできない。

 柔らかい膝枕の感触から逃れられないのは、彼にとって幸か不幸か。

 大火傷で身動きがとれない魔物使いヌランが、寝そべったまま苦しそうに笑っている。


「死んでたのよ、ついさっきまで。さ、帰るわよ!」


 言うや、賢者イオナは返事を待たずに脱出の呪文を唱える。

 洞穴の外に出たのを確認してから、すぐに転移の呪文を詠唱する。

 これで、精神力の全てを使い果たした。


 賢者イオナは、割れるように痛む頭と重い身体を引きずるようにして温泉へと直行する。

 その後に続く戦士ルイは、侍セキと魔物使いヌランの二人を抱えてついて行く。

 一人真っ先に風呂に飛び込んだ賢者イオナは、僅かばかり精神力を取り戻すと、バスタオル一枚で三人の待つ待合室に舞い戻って、口早に治癒呪文を唱えた。


「あのさイオナ……」


 大火傷が嘘のように癒えた魔物使いヌランが、抑えきれない笑いを唇の端に零しながら切り出す。


「魔法の飲み薬を飲めば良かったんじゃないの?」


 魔法の飲み薬。飲むと精神力を一定量回復できる飲料である。

 もちろん冒険の際は複数本携帯しているし、非常時のために賢者イオナのベルトに常に一本吊り下げられている。


 指摘を受けた賢者イオナの顔色がさっと赤くなったのは、風呂上がりのせいばかりではあるまい。


「せ、節約に決まってるでしょ! 無駄口を叩いてないでさっさと温泉に入りなさい!」


 してやったりとばかりににやつく魔物使いヌランと、触らぬ神に祟り無しとばかりに気配を消す侍セキが、連れ立って男性側の脱衣所へと消えていく。


「イオナちゃん、おつかれさま」


 冒険当初からの相棒にかけられた言葉を真正面から受け止められず、賢者イオナは返事ができないまま湯船へと戻っていった。


 無言で見つめる湯船対面の戦士ルイのほかに、耳をそばだてる者の気配を感じる。

 もちろん木板越しに息を潜めている侍セキと魔物使いヌランに他ならない。

 賢者イオナはため息を一つ吐いて、努めていつもの調子を作って切り出した。


「今日はひどかったわね」


 返事の言葉が思いつかずに目をぱちくりさせる戦士ルイのことは気にせず、賢者イオナは続ける。


「悪かった。全て私の責任よ」


「そ、そんな。イオナちゃんは全力を尽くしたじゃない」


「そうでござる! 一番足を引っ張ったのは拙者。イオナ殿が詫びるなど耐えられぬ!」


「パーティなんだからさ、連帯責任でしょ。まぁたしかにセキは仕事してないけど」


 対面の戦士ルイのみならず、木板越しにすかさず言葉を投げかけてくる二人にも、小さな肩をすくめてから、賢者イオナは自嘲気味に笑う。


「いいえ、作戦の立案も、指示も全部私がしたのだから、責任は一手に私にある。でもね、言いたいのは後悔やお詫びじゃない。次からは、絶対こんな惨めなことにはならない。私がさせない」


 三人は黙って聞くしかない。賢者イオナは、顔を湯船の湯でバサッと洗い流してから、続きを口にする。


「得体の知れない相手にさっきみたいな短期決戦策は採用しない。私は回復と補助に徹する。厳しそうなら逃げる。倒せそうならじっくり戦って倒す。その場合、攻撃は三人の仕事になる。お願いできるかしら?」


 賢者イオナの口から出てきたのは大幅な方針転換案だった。今まで侍セキや戦士ルイだけでは攻撃力が心許ないため、賢者イオナが攻撃役に回って勝負を早めていたのだ。その最大火力の賢者イオナが攻撃役から一歩下がるとなれば、パーティの総火力は激減する。

 三人とも、そんな反論が喉元から口を突いて出る寸前まで来ていた。

 だが、賢者イオナをじっと見つめていた戦士ルイは、わずかの間の後に、小さく頷いた。


「うん、わかった。イオナちゃん、わたしのこと、ちゃんと守ってね」


「任せて。その……」


 言い淀む賢者イオナに、木板越しの二人は耳をべったりつけて続きを待つ。


「悪かったわね、今まで、盾みたいに扱って」


 その言葉に、思わず声音を高くしたのは侍セキだ。


「むしろ本望でござる!」


 一方の魔物使いは、いつも通りの冷めた声音で、


「別に、盾になるのも矛になるのもどっちも一緒だよ。仕事なんだからさ」


 戦士ルイは、感激で目に涙を浮かべながらこう言った。


「わたしは勇者様のために、モンスターをやっつけるために、がんばってがんばって、ここまで来たの。今は、イオナちゃんが勇者代行なんだから、私、とっても嬉しいよ!」


 三人の言葉に、賢者イオナはふっと微笑んで、すぐに表情を正した。


「ありがと。でも、話はそれだけじゃないの。戦い方はそれで良いとして。あの洞穴に、また行くべきかどうかっていう問題よ」


 当然最奥に辿り着くまで挑戦すると思っていた戦士ルイは、口をぽかんと開ける。

 反応の薄さに、賢者イオナは引き続き考えを言葉にする。


「もしかしたらあの洞穴は、私たちには攻略不可能なんじゃないかと思うのよ。それよりも目下の目的であるウエストパレスに向かう方が、正しいんじゃないかって」


 その考えに反応したのは、木板の向こう側の魔物使いヌランだ。


「良い機会だから僕も意見を言うけどさ。それならそもそも、ウエストパレスにだって向かう必要ないんじゃないの?」


「どういう事でござるか?」


「だってウエストパレスに向かうのって、この集落の人たちを救うためでしょ? それって勇者様の仕事であって、僕たちの仕事じゃないよね。僕たちはあくまで、勇者様を発見して、連れ帰るための急ごしらえのパーティなんだよ?」


 魔物使いヌランの言はもっともだ。その言葉に絶句するようでは困るのだが、と、戦士ルイを見ながら賢者イオナは苦笑する。


「その通り、と言いたいけれど、問題は勇者様の現在地が分からないことと、勇者様がなぜ勇者を辞めるだなんて言い出したのか分からないことの二点よ。そこが分からないんだから、本来勇者様がすべきだったことを辿るのが、勇者様に近づく最短距離じゃないかと思うのよ。そう思わない?」


「何言ってんのさ。不思議な地図を見れば一目瞭然じゃん。あれって勇者はダークパレスに居るって言ってるようなもんだよね。なら何よりもまずダークパレスに行くのが、僕たちの仕事じゃないの?」


 魔物使いヌランの指摘は正しい。賢者イオナは木板越しにいるはずの少年の頼もしさに脱帽する。

 ダークパレスは魔界の主城なのだ。苦戦は必至。そこに今の戦力で挑むことを避けて、攻略可能な道を一歩ずつ進んでパーティの成長を図る。充分に自信がついたところでダークパレスに挑みたいというのが、賢者イオナがパーティ結成の目的上、口に出来ない本音だった。

 賢しい魔物使いヌランは、そんな賢者イオナの内心まで感づいている。だからといって、おいそれと真情を吐露するのは、賢者イオナの高いプライドが許さない。

 沈黙に張り詰めた空気を引き裂いて、おずおずと口を開いたのは戦士ルイだった。


「わたしは、勇者様ならするだろうなーってこと、一つずつやって行くのは良いことだと思うな。だって、わたしたち、勇者様のかわりなんだもん」


 そんな戦士ルイの言葉に、魔物使いヌランはぼそりと呟く。


「勇者代行はイオナだけで、僕たちはあくまでただの勇者救出部隊だっての」


「まぁまぁ、細かい話は良いではござらんか」


 揚々と切り出した侍セキは、少し間を置いてから続ける。


「拙者らは、勇者様の消息を求めて旅をする。その道中が、ウエストパレスであり、あの洞穴だと考えれば何も不都合はござらんよ。ついでに申し上げれば、拙者はあの洞穴の最奥が見てみたくて仕方がないでござる」


 自身の考えが一蹴される形になった魔物使いヌランだったが、それで気を悪くする風もなく、侍セキの言葉を引き継ぐ。


「ま、僕も敢えて言えば、まずは洞穴からだね。あそこには、まだまだ凄いモンスターがいそうな気がするし」


 今まで賢者イオナを追い込むような発言をしておいて、最後の最後で無邪気さを見せる魔物使いヌランに苦笑しつつも、賢者イオナは戦士ルイに視線を投げかける。

 戦士ルイは首をかしげながら笑顔を浮かべる。


「わたし? わたしならどこでも。どこへでも、イオナちゃんについて行くよ」


 照れ隠しというわけではあるまいが、賢者イオナは唇を曲げて、肩をすくめて総括する。


「じゃ、とにかく洞穴の攻略を最優先にするわよ。もしかしたら、あの奥に勇者様がいるかもしれないんだし」


「え、勇者様、あそこにいるの?」


 目を丸くして驚く戦士ルイに対して、木板越しに魔物使いヌランが嘆息する。


「今ここにいるのと同じくらいの確率では、あそこにいるかもね」


「うう……どういうことよぅ、いじわる!」


「とにかく、勇者様の手がかりに気を配りつつ、慎重に進むわよ!」


 その号令に、三人は声を揃えて返事をした。


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