11話
とはいえ、パーティの命運を握る賢者イオナが、現状を楽観しているはずがなかった。
遭遇する雑魚相手に苦戦しているようでは、イザベラなる強敵を相手にしたときのことが思いやられる。
失敗は許されないのだから、念には念を、石橋は叩いて渡る必要がある。
そういうわけで、賢者イオナは地図の南西を虱潰しに歩き回る事に決め、雑魚敵との戦闘を重ねていた。
言わずもがな、パーティのレベルを底上げするためだった。
魔物使いヌランはいち早くその意図を理解し、戦闘時、非戦闘時に関わらず、状況に合わせて賢者イオナのサポート役に回った。
侍セキは、ただただ魔界のモンスターを相手取って、その技を研ぎ澄ませる事に神経を集中させた。その甲斐もあって、レベルは徐々に上昇し、相変わらずの紙装甲ではあるものの、ヤジロベエ程度の安定感は出てきていた。
戦士ルイは、相変わらず、何も考えずにただただ目の前のモンスターを倒し、目の前の道を進んだ。
四者四様ではあるものの、一致団結して、レベル上げに勤しんでいた。
そしてその地道な活動が、思わぬ成果をもたらすこととなる。
それは、それまでに幾度となく遭遇した、オケラのようなフォルムをした虫型モンスターの、パラサイトパラダイスをやっつけた時だった。
賢者イオナのレベルが上がった。
そして不意に、賢者イオナはコスメティックレインを越える破壊力を秘める炸裂魔法の最高峰、コスメティックバーストを覚えたのだ。
だが、そんな非常にめでたいことが印象から消し飛ぶほどの衝撃が一行に走る。
なんと、倒したはずのパラサイトパラダイスが起き上がり、仲間になりたそうに魔物使いヌランの方を見ているのだ。
さすがの魔物使いヌランも驚いて、賢者イオナに振り返る。
「魔界のモンスターって、仲間にならないんじゃなかったっけ?」
「私もそう思い込んでたけど、でも……」
「たしか、人界のモンスターは、魔界に連れてけない、としか、聞いてないよね~」
顎に人差し指を当てて指摘する戦士ルイに、魔物使いヌランは腕を組む。
「なら、メタルソウルとか、エメラルドドラゴンとかを仲間にしたいよね。馬車がないし、連れて行けるのはコンビ枠の一匹だけだしさ」
魔物使いヌランの言葉をおぼろげに察しているらしいパラサイトパラダイスは、しおらしく体を小さくするばかりだ。
「ふむ。確かにメタルソウルやらと比べると劣るかもしれぬが、きゃつらを仲間に出来るという保証はどこにもござらぬ。今はこやつを仲間にして、更に強力なモンスターが仲間入りを願ってきたら、その時に入れ替えればいいのではござらんか?」
侍セキの言葉は理に適っている。だが、魔物使いヌランは組んだ腕を解けずにいる。
「それはわかるんだけどさ、でもね」
「でも、なんなの~?」
背の高い戦士ルイが前屈みに魔物使いヌランをのぞき込む。魔物使いヌランは目の前に迫る戦士ルイの谷間と双丘から慌てて視線を逸らしながら、言葉を続ける。
「情が移るんだよ、どうしても」
「そう。ヌランはここ魔界に至っても、そんなヌルい事を言うのね」
賢者イオナは、冷めたまなざしと共にそう言い放った。
それを耳にした瞬間、魔物使いヌランはムッと賢者イオナに一瞥をくれてから、パラサイトパラダイスに歩み寄った。
「よし、良いよ。君は今日から僕の友達、ダイスだ。よろしくね」
パラサイトパラダイス改めダイスは、魔物使いヌランが差し出した手に、嬉しそうに頭をすり寄せた。
最初はダイスの仲間入りに慎重だった魔物使いヌランも、一戦を経ると心の底から笑顔満面になっていた。
パラサイトパラダイスは、前足の鋭いツメを利用した物理攻撃以外には攻撃手段を持たない。だが、その甲殻は堅く、炎や吹雪といったブレス系攻撃に高い耐性がある。その上、多少の傷はすぐに再生するという無類の装甲を誇った。
一行は、強力な盾を得た形となった。
ダイスとじゃれ合いながら行軍する魔物使いヌランを尻目に、賢者イオナは考えていた。
即ち、現状戦力でイザベラの居城、ウエストパレスに乗り込んで大丈夫かどうかである。
確かに、雑魚敵との戦闘が多少楽になったのは事実だ。だが、攻撃の主力は相変わらず賢者イオナの攻撃魔法が中心で、コスメティックバーストの習得で最大火力の底上げは叶ったものの、燃費面の改善はない。敵の居城となれば、トラップも警戒せねばならない。一度足を踏み入れればイザベラを討つまで脱出不可能、などという事態に陥れば、袋のネズミでしかない。
あくまで我々は勇者の二軍。勇者に会うまでは、けしてやられるわけにはいかない。
その思いが、賢者イオナをより冷静に、より慎重にさせた。
結果、ウエストパレスらしき建物を発見しても、賢者イオナが出した結論はこうだった。
「ウエストパレスの周囲を確認した後、地図北西部を埋めに回る。ウエストパレスに乗り込むのは、地図西半分を埋めてからよ」
その決定に、魔物使いヌランはダイスを胸に抱いたまま、苦笑と共に頷いた。
「あいわかった」「はぁい!」
前衛二人に、賢者イオナの判断に異論があろうはずが無かった。