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勇者の二軍  作者: せき
第二章 二軍、魔界へ
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10話

 魔界の地図を埋めるということがどういうことか、一行は痛感させられることになる。

 魔界にやって来た極限の緊張状態から、何の危険にも遭遇することのないままに安全な集落に立ち寄って、あまつさえ温泉に浸かり、心身ともに癒やされた。

 と同時に、一行の心身は弛緩しきっていた。

 だが、忘れてはならない。

 そこは、紛れもなく魔物が支配する敵地なのだ。


 最初に遭遇したのは、機械仕掛けの体に魂を宿らせた、メタルソウルという四本腕モンスターだった。

 俊敏な動きで近寄ってくると、一気に間合いを詰めて飛びかかってきた。


 戦士ルイは盾でがっちりと受け止めた。

 だが、その瞬間、メタルソウルの腕の一本から火薬が爆裂して、彼女の肌の露出部に傷を付ける。

 スパークリングブレイドによる反撃はメタルソウルの胴体を打ったが、甲高い音を反響させただけで、たいしたダメージにはなっていない。

 追撃する魔物使いヌランの九頭竜鞭は、うまく回避されて空を切る。

 さらに後退するメタルソウルの着地点を、賢者イオナは狙い澄ましていた。

 解き放たれたコスメティックレインの灼熱流星群が、メタルソウルを直撃する。これにはさすがのメタルソウルもボディを軋ませて不具合の発生を垣間見せるが、そのアイレンズから漏れる獰猛な赤い光は失われていない。

 最後に、力を溜めていた侍セキによる斬鉄斬がそのボディを抉ったが、外装を傷つけたところでさしたるダメージにはならない。

 こうなると、メタルソウルの二手目の標的は、必然的に間近に立つ侍セキとなる。

 侍セキは足捌きでかわそうとするが、メタルソウルは魔界の狩人。次の瞬間には、刃の腕に捉えられ、侍セキの上半身から血が噴出した。

 歯を食いしばって前に出るのは魔物使いヌランだ。

 相手の防御力を低下させる補助魔法、ウィークネスで、メタルソウルの装甲を劣化させることに成功する。

 魔物使いヌランの背後から飛び出すのは戦士ルイだ。

 裂帛の気合と共に大上段からスパークリングブレイドを振り下ろす。

 しかしそれでも、メタルソウルの頭部の装甲を凹ませるのがやっとだ。


 ――私の一撃でこいつを沈めないと、セキが危ない。


 焦りながらも、賢者イオナは完璧な呪文の詠唱で、二発目のコスメティックレインを解き放つ。

 超高熱の隕石が、立て続けにメタルソウルに命中する。

 皆が見守る一瞬の間を置いて、遂にメタルソウルは、まばゆいばかりの光と共に爆散した。


 互いにねぎらいの言葉をかける暇もなく、賢者イオナは侍セキの傍らに座り込み、回復の呪文を唱える。

 徐々に血の気を取り戻していく侍セキの顔色に、ようやく一つ吐息が漏れた。


「きっついわね」


 率直な感想が口を突いて出た賢者イオナに、意識を取り戻した侍セキは項垂れる。


「毎度のこと、面目ない」


「今のはあんたのせいじゃないわ。装備のせいよ」


「装備が少なすぎる職業を選んだせいかもしんないけどね」


 魔物使いヌランの台詞に、侍セキはうめく。


「かつて拙者も、そう勇者殿に弱音を吐いたことがござった。だが、勇者殿は言ってくださった。セキは侍だから良いんだよ、と」


 その言葉を聞いて、魔物使いヌランは口をつぐんだ。

 賢者イオナはこめかみを押さえている。やがてため息と共に、口を開く。


「とにかく、慎重に進みましょ。みんな、私の作戦にはちゃんと従ってよね」


 目線の先にいる戦士ルイが、こくこくと頷いている。


「じゃ、進むわよ」


 気を引き締め直して歩み出した一行だったが、すぐに勇者クラウディアの奇跡に舞い戻ることとなる。

 原因は、賢者イオナの精神力枯渇だった。


 体力と精神力を回復するにうってつけの場所と言えば、温泉である。

 半日と経っていないうちに入る二度目の男湯には、今回も他に利用者はいない。

 湯に浸かる魔物使いヌランが、顔面の下半分を湯船に潜らせて泡を立てている。


「どうしたでござるか、ヌラン殿」


 頭に乗せていた手ぬぐいで顔を拭きながら、侍セキが訊ねる。

 問われた魔物使いヌランは、湯船から顔を持ち上げると、浮かない表情で唇を曲げる。


「セキは、よく鼻歌なんか歌ってられるよね」


 指摘されて、侍セキは思わず背筋を伸ばす。


「僕はとてもそんな気分にはなれないよ。だって、どう見ても役立たずだもん。魔物を使えない魔物使いなんて、ただの人だよ。僕なんて、人どころかただの子供だし」


「ぬぅ……そんなことはござらんよ」


「ござるよ! どこからどう見ても、イオナの足を引っ張ってるもん」


「それはお互い様でござる。ほら、前衛が的になるのは当然でござるし」


「もっと総合的な貢献度の話をしてるの! わかるでしょセキも。僕たち、はっきり言って、役立たずどころか足手まといだよ。そこらへんの村人の方が、よっぽど強いよきっと」


 そんなやりとりを、木板一枚隔てた向こう側で、賢者イオナと戦士ルイは息を殺して聞いていた。無論、魔物使いヌランとて、二人に聞かれていることは承知の上だ。その上で、自分の力なさを嘆いているのだから深刻である。

 そんな魔物使いヌランに、侍セキは、ゆっくりと口を開く。


「ヌラン殿。それは敢えて口にすることではないでござる。拙者とて、己の力無さには忸怩たるものがある。かといって、それを嘆いてもなにも始まりはせぬ。愚直と言われようとも、ただ、鍛練を積む。一行の前衛として、その身をイオナ殿の盾とする。それをただひたすらに、続けるだけでござろう」


 諭す侍セキに、魔物使いヌランはまた顔半分を湯船に沈める。

 訪れた沈黙に、木板の向こう側の賢者イオナが声を上げる。


「なにごちゃごちゃ言ってるの。あんたたちの力は私が正確に把握した上で作戦を立ててるんだから、変なことでうじうじしてんじゃないわよ。責任は全部私が持つから!」


 賢者イオナの檄に、侍セキもまた、湯船に顔を沈めさせる。


「心配しないで。私が誰も、殺させないから。んでもって、さっさと勇者を連れて帰る!」


 激しい水音。続いて足音。


「さ、行くわよ! 休息は終わり!」


 勇者代行の言葉に、一行は飛び上がるようにして、一斉に湯船から立ち上がった。



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