ニタモノ同士
俺は小さい頃雨の日が好きだった。
雨の日は学校まで母さんが迎えに来てくれて、歌を歌いながら一緒に帰る。
長靴で思いっきり水たまりを踏んで水を散らし、母さんに注意される。
家に帰ると母さんは鼻歌交じりに温かいココアを作ってくれる。
それを一緒に飲む時が何よりも好きな時間だった。
俺には父さんがいなかったけど寂しさを感じたことは一度もない。
ココアの甘い幸せの味は母さんとの思い出そのものだ。
たが突然、母さんはいなくなってしまった。
その日はひどい雨の日だった。
その雨は俺に終わりを、いや始まりを告げた。
恵まれた人生の終わり、明るい未来の破滅、復讐の日々の始まりーー。
その日から雨音が鈍く聞こえるようになった。俺の鼓膜を潰しにかかるかのように鈍く突き刺さる音に。
俺は雨が嫌いになった。
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時刻は午前5時を回り、そろそろ明るくなり始める頃合いだが、空は黒いままだった。
すると車のフロントガラスに水滴が付く。
「……ちっ、雨かよ。」
河野の言う通り深夜に開いてる店なんてもんはコンビニぐらいで、事件が起きたのは住宅街。睡眠時間返上した割には大した情報は得られず、カメラ2台分の映像しか見られなかったうえ、どちらにも犯人の姿はなかった。
「もたもたしてる間に次の被害者とか出てないといいが。」
雨が悪い想像をさせる。あの情景が何度も脳裏に浮かんでは胸をチクチクと痛みつける。
もう10年も前の話。あの大雨の日に俺は母さんを、唯一の家族を失った。
連続殺人事件の3人目の被害者。
2人目の被害者は1人目の被害者が出たわずか5時間後に殺された。
母さんが殺されたのはその4日後。
2人目から時間が空き、警察が無差別ではなく計画的だろうと踏んでちんたら捜査していたせいで母さんは死んだ。
俺は警察を恨んだ。犯人には殺意すら感じた。
しかし母さんが殺された3日後。犯人と思しき人物の遺体が東京湾の一角で発見され、事件はあっさりと過去のことになってしまった。
俺はやり場のない怒り、憎しみ、悲しみ。そのぶつけ先を探していた。
街で幸せそうな家族を見るだけで吐き気がした。
いっそ自分も好き放題暴れてやろうかとも思った。
けれど大好きな母さんの名に泥を塗るような、ましてや憎き犯人と同じような真似などしたくなくてなんとか踏みとどまった。
不意に着信音が流れて柴は携帯を取る。
画面には『三上』の表示。
「もしもし?」
『柴さん! 朝早くにすみません!!』
「全くだ。この朝っぱらからおまえのテンション高めの声聞くと耳がキーンとする」
『ありがとうございます!』
「褒めてねえし。それで? なんかあったのか?」
『あ、はい! あの、なにも成果なしに家路に着くのがなんか嫌で現場周辺うろついてみたんですけど』
「おい、俺は帰れつったよな。上司の言うこと聞けないようなら捜査から外れてもらっても構わないんだぞ。」
『まーまー、そう固いこと言わずに。いいじゃないですか成果出たんですから。』
(こいつ……ってまあ、俺も人のことは言えないが。)
『2件目の現場周辺に公園がありまして、そこでたまたま被害者家族に出会いました。』
「被害者家族! 夫か? 両親か? 犯人に心当たりとか」
『ーーーいや、それがそのー、子供です。』
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「男の子が黒木純平くん。女の子は佐藤鈴ちゃん。黒木純平くんは1件目の被害者上重亜希さんの甥で、亡くなられた両親代わりだったそうです。 佐藤鈴ちゃんは2件目の被害者佐藤美千恵さんの娘さんです。 2人とも年齢は12歳とのことです。」
三上がメモを読む間、ベンチに座ってる男の子は俺をひどくにらみつけ、女の子は顔を伏せていた。
「どうも。このお兄さんの上司に当たる柴って言います。少しお話聞いてもいいかな?」
「ガキ扱いすんじゃねえよ、おっさん。」
(こんのガキィ……)
「柴さんそれ5歳児くらいにする対応ですよ。もしかして子供苦手なんですか?」
「ああ嫌いだね。大人に対する礼儀も知らねえクソガキは。だいたいこーゆーのは世の中をなめてる甘ちゃんなんだよ。」
「へえー、それが人にものを尋ねるときの態度? さすがは大人、勉強になるなあ。」
「おい、大人をからかうのも大概にしろよ。」
「子供相手にムキになった上に口で負かされてまだ大人ぶるんだ。ハート強いね。」
「くっ……!」
「まあまあ、柴さん落ちついて。」
ほんと、雨の日はろくなことがない。
「こんな時間に男女2人でいちゃつくなんて子供には無理だもんなあ?」
「なっ……! ちげっ、これはただ!」
はいはいとなだめる三上にむず痒そうに体を震わせ、流れで柴を睨む。
「なんで俺を見るんだよ。」
「……僕は警察が、否大半の大人たちが大嫌いでね。大人はみんな上っ面だけで生きてる。助け合いなんて綺麗事並べて結局自分を守ってるだけ。それを僕はこの1年でよく知ったからな。
だから信用しねえ。話すこともねえ。手掛かり見つけたと思ったか? 残念、協力なんざさらさらする気もない。むしろ僕らの問題に大人が介入してくるんじゃねえよ。」
ああ、そうか。この子が妙に腹が立つのは何故かがようやくわかった。
似てるんだ、俺と。
柴はまだ小さな背中に何かを背負い込もうとしている健気な少年から親しみを感じずにはいられなかった。
人のふり見て我がふり直せとはよく言ったものだ。こんなガキから学ぶとは思いもしなかったが。
「協力はしない、ねえ。だったらこんなのはどうだガキ。 ーーー俺らと共闘しようぜ?」




