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増田清隆の深刻な申告  作者: たまき りよすけ
困難な申告
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困難な申告2

机の上に置かれていたのは、一枚の源泉徴収票と収支内訳書。


源泉の「退職」欄に○がついていることから、途中で会社を辞め、自分の事業を始めたと考えられる。


申告は初めてのはずなのに、収支はきちんとつけられていて、経費の項目ごとに数字が記入されていた。初めての申告で経費の項目まで理解しているとなると、随分勉強したに違いない。


机の上には、読み込まれたのであろう『収支内訳書の書き方』が置かれていた。


(ここまで勉強したのなら、確定申告書も自分で作ればいいのに)


「今日は、給与と営業分の申告でお間違いありませんか」


「間違いありません」


「収支もきちんと集計されていますので、そのまま申告書を作成しますね」


申告画面を見ると案の定、昨年までは年末調整済で、今年初めて申告される方だった。


事業収入の申告では経費をつけていない方も多いので、収支内訳書をきちんと作ってくれたのはとても有り難い。


「では、控除に関する書類を見せてもらってもよろしいですか」


「机に置いてありませんか」


「…ちょっと見たらなかったものですから」


「すみません、鞄に入っていました。出します」


「ありがとうございます。生命保険と地震保険、あと国民年金の支払いもありますね」


清隆は書類を受け取り、内容を確認した。


すると若手実業家の兄ちゃんは、さっきまで持ってきた本を読んでいたくせに、今度は清隆の顔をまじまじと見つめた。


何か、気に障るようなことでもしただろうか。清隆には心当たりがなかった。


しばらくすると、若手実業家の兄ちゃんは清隆に顔を寄せて、少し小さめの声でこう言った。


「あの、言いにくいんですけど」


「はい?」


「少し、声のボリュームを落としてもらえませんか。隣の人に申告の内容、全部聞こえちゃいますよね」


「あっ…」


「一応、個人情報っていうか」


また横柄な態度を取られるのかと思えば、今度は真っ当なことを言われたため、清隆は今度こそ何も言い返すことができなかった。


よく考えなくても、若手実業家の兄ちゃんの言うことは正論だった。


他の市町村は知らないが、某市の申告会場には個室などなく、会議室に机と椅子を並べて、職員がひしめき合って受付をしている。


職員同士が近いということは、お客さま同士もかなり近いということだ。その間には仕切り板も何もない。


こっちは受付で手一杯のためあまり気にしていなかったが、お客さまからすると隣の人の申告も聞こえる程の距離だということは、自分の申告も聞かれている可能性があるわけで、あまり良い気持ちはしないのだろう。


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