困難な申告1
某市の税務課職員は、普段から仕事でノートパソコンを使用している。
他の課はみんなデスクトップパソコンなのに、なぜ税務課だけノートパソコンなのかというと、申告会場で受付をしなければならないからだ。
毎回パソコンを会場に持っていき、終わったら片付けて職場に持って帰る。時間外に仕事をしないといけないので、申告会場にパソコンを置きっぱなしにはできないのだ。
こんなふうに税務課職員だけ区別されていることをどうこう言うつもりはないが、いちいち面倒くさいなと清隆は思っている。
「清隆くん、パソコンのセッティングできた?」
今日の申告会場のリーダーが清隆に声をかけた。
「はい、できました。印刷もオッケーです」
「じゃあ少し早いですが、受付を始めましょうか」
職員全員の準備が整ったことを確認すると、リーダーは会場でお待ちのお客さまに挨拶をした。
「おはようございます。時間となりましたので、申告受付を始めます。前方に、申告に必要なものや注意事項が掲示してあります。お待ちの間にご覧ください。
また、お忘れ物がないか今一度、書類の確認をお願いします。それでは、番号札の順に前へお願いします」
挨拶を終えると、案内された番号札順に申告者が前に出てきた。清隆が最初に受付するお客さまは、五番の方だ。
「お待たせいたしました。市役所税務課の増田と言います。どうぞよろし…」
清隆が言い終わる前に、五番の番号札を持った男性は
「ちょっと急いでるので、早くしてもらえますか」
と言うと、鞄から書類一式を出し、ドンと机の上に置いた。
(おい、兄ちゃん。来ていきなりそれはないだろ…)
男性は清隆の方をチラリとも見ずに、脚を組んで持ってきた本に視線を落とした。
年はまだ三十代前半、若手実業家といったところか。髪形を整え、ビジネススーツをきっちり着ているところを見ると、申告が終わったらそのまま仕事に行くのだろう。
呆気に取られて何もできなかったが、これはあくまで申告なので、本人の意に反した申告書を作成することはできない。
書類だけを見るのではなく、聞くべきところはちゃんと聞かないといけない。
出鼻を挫かれた相手に対し、焦って余計な失敗をしないことだけに注意しながら、清隆は書類を確認した。




