深刻な申告5
「…ね、年末調整っていうのは、会社勤めの人が会社に書類を提出して、その人に支払った給与の金額と提出された書類の控除から税金を計算して、年末に差額を調整してくれるやつ、です」
「所得税を計算するやつね。何を提出するの」
「扶養控除等申告書と保険料控除申告書、でしたっけ?これに自分が扶養している人やその年に支払った保険料とか、税金の控除を受ける書類を添付するんでしたよね」
「そうそう。まあ要するに、年末調整で提出する書類は、基本的に確定申告に必要なやつと一緒だから、年末調整した人は確定申告はいらないし、してない人は申告が必要ってこと。所得税が計算されてないから」
「会社に勤めている人は、会社が年末調整した内容を給与支払報告書として市役所に提出してくれるから、確定申告の必要はないし、その内容で翌年度の住民税も課税されるようになっています」
「年末調整せずに給報だけ送ってくる会社もあるけどね」
「そういう人は確定申告してもらうか、申告がなければ送られてきた給報だけで住民税を課税します」
「そうだね。そもそも給報が届かないと、住民税も課税できないっていうわけ」
その後、森元先輩は「だから会社も、いい加減給報出せって感じだよな」と皮肉を言った。
給与支払報告書は、その年の一月三一日までに市役所に提出しなければならないことになっている。この時期は山のように給報が届き、文字通り書類でごった返しになる。
ここ数年は給報を紙媒体ではなく電子で提出する事業所も増えたので、以前より随分楽になったと言われている。
それでも一月末から二月頭にかけての郵便物の量と言ったら、封を開けるだけで午前中が潰れるほどだった。思い出すだけで目眩がする。
でもその給与支払報告書があるから課税ができるのであって、やっぱり忙しくても期限内に提出してもらった方が良い。
後から出されるものほど嫌なものはないからだ。
「清隆くん、何してるの」
森元先輩に声をかけられて初めて、清隆は自分が片付けもせずにボーっとしていたことに気づいた。机の上には、申告書の作成に使ったパソコンがそのまま広げられている。
「すみません。すぐ片付けます」
「俺も戻るからね」
「あ、先輩」
「電気消してきてね~」
「ちょっ、え…」
先輩はそう言うと、申告会場のドアをバタンと閉めた。
他の職員もみんな戻ってしまったようだ。ガランとした広い空間に、清隆一人だけ残された。
夕暮れ時で、窓の外の陽は沈みかけている。いつの間にかエアコンも切られていて、清隆は思い出したように寒さが込み上げてきた。ブルッと身震いすると、これまた思い出したように尿意を感じた。
あとから出されるものほど嫌なものはない。
「そんなぁ…」
清隆の声は、思った以上に会場内に響いた。




