深刻な申告4
「清隆くん、申告受付お疲れ!今日もいろんな人を引いてたね」
「あ、森元先輩、お疲れ様です」
風のようにやってきて清隆に話しかけてきたのは森元先輩だった。
税務課歴四年の先輩職員だが、年は比較的清隆と近い方だ。申告はベテランなので、今日は新米・清隆の隣で申告受付をしていた。
申告受付後にわざわざ喋りにやってくるなんて、放課後の学生のようだと清隆は思ったけれど、この男に限って学生のような清純さは残されていないことに思い至った。
というのも、この先輩こそ清隆に『説明が上手じゃない』と言った張本人なのだ。口の悪さは税務課で一番、いや市役所で一番と言っても過言ではないだろう。
でもそんなことを言ったら冗談抜きで殺されてしまうので、誰にも共感してもらったことがない。
森元先輩の言う引いてたというのは、やかましいお客さまに当たるという意味だ。
毎年申告期間には引きの強い職員がいるそうで、清隆は今年が初めての申告だというのに早々に当たりを引いていた。
周りからは「引きが強いね!」なんて言われていたが、清隆は先が見えないほど思いやられていた。
「清隆くんはさ、真面目過ぎなんだよね。丁寧というか、対応が下手くそというか」
「先輩、さすがに傷つきます」
「あはは、ごめんね!でも税務課一年目で小慣れた対応されたら、俺としては先輩の立場がないわけで」
「そうですよ、自分まだ初めてなんですよ。全然ダメダメです」
「でも清隆くん、税務課に来た頃よりだいぶ成長したよね。最初なんて、目の前にお客さまがいるだけで相当パニクってたから」
「あの頃のことは、何も覚えてません」
「税務課始まって以来のテンパリストだって噂もあったんだよ」
「また、人に変なあだ名つけて」
「いいじゃん、スタイリストみたいで格好良いじゃん」
「そんな格好良いものじゃないってことくらい、誰でも分かりますから」
最近、森元先輩は申告の憂さ晴らしを清隆に向けてくるところがある。清隆を馬鹿にすることでストレス解消をしているのだ。
でもそれが嫌じゃないのは、先輩がなんだかんだ清隆の世話を焼いてくれるからだろう。
この間も、年末調整から住民税課税までの流れを、よく分からないタイミングで説明させられたことがあった。
「先輩。自分、申告受付をしてみて初めて、年末調整って素晴らしいなと思いました」
「今更?」
「だって年末調整されていれば、扶養も控除も全部源泉に書いてあるから、確定申告いらないんですよ」
「だから、今更?」
「先輩は今更って言うかもしれないですけど、自分は年末調整で所得税を計算するとか、これで住民税が決まるとか、初めて知ったんですから」
「ふーん。じゃあ年末調整って何か、説明してみ」
「え、それはちょっと意味分かんないです」
「いいから、適当でいいから」
「先輩に説明するのに、適当とか無理ですよ」
あの時の森元先輩は「つべこべ言わない」と悪戯っぽく笑っていたけれど、その目は清隆を試すような、真剣な顔をしていた。
だから清隆も下手な回答はできないと思って、しばらく黙って考えてから言葉にしたのだ。声を出す時、いつもより喉が枯れていた記憶がある。




