正解の限界6
「あの、自分もなんとかしようとしたんですが…その本当に、ありがとうございました」
「それは気にしなくていいんだけどね――」
「?」
森元先輩は言葉を切って、親指をあごの上に置いた。
固まって伏し目がちになっている様子を見て、清隆はピンときた。
先輩は、清隆に何か言おうとしているのだ。言うか言いまいか悩んでいるとも考えられる。
もしそうなら、きっと清隆に注意しようとしているのだ。
清隆は自分でも気づかないところでミスをしていて、先輩は優しいからそれに対してなんと言おうか考えているに違いない。
「先輩。自分、注意されたら凹みます」
「は?」
「凹みますけど、でも先輩のこと嫌いになったりしませんから」
「いきなりなに言ってんの。嫌いになってくれて構わないんだけど」
「だからその、言うか言わないか悩んでるんなら、言ってください」
「!」
「あの、自分の気づかないところで間違ってるの、嫌なんです」
「…」
「自分は、大丈夫なので」
清隆は思い切って森元先輩からの注意を待った。
先輩からの注意なら、きっと正面から受け止められると思ったのだ。
凹むのだって、少ししかないだろう。
(まぁ、誰からの注意でも正面から受け止めるけどね!)
森元先輩はしばらく黙っていた。
清隆もそれ以上何も言わなかったけれど、頭の中ではこれで先輩が何も言ってくれなかったらどうしようとだけ考えていた。
沈黙が長くなったので、いよいよ何も言ってくれないのだと落胆し、思い切った自分の行動に清隆が大後悔を始めたところで、森元先輩が「あーもー」と言って頭をぐしゃぐしゃにした。
「後輩にこんなこと言われたら、先輩のメンツが立たねーじゃん!」
「メ、メンツ?」
「――あのね、清隆くん」
「は、はいっ」
「上手く言えないんだけど、俺のしていることが必ずしも100%正しいって思ったらいけないよ」
「どういう意味ですか?」
「うーん…例えば、俺と同じ説明をしても、他のお客さまでは納得してもらえないこともあるってこと」
「?」
「お客さまにはいろんな人がいるから、完璧な回答ってないんだよね」
「はあ」
「今回は俺の説明で上手くいったけど、これが全てではないってことは覚えておいて。いつか清隆くんは、清隆くんのやり方を見つけないといけない。
それまで、いろんな人のいろんなやり方を学んでいくといいからね」
「はい…」
森元先輩の言っている意味が、清隆にはよく分からなかった。
先輩は、清隆に代わって説明をしただけで、決して間違ったことは言っていない。
お客さまも納得して帰られたのが何よりの証拠だ。
けれど先輩は、まるで『自分の説明が間違うこともある』と言っているようだった。
間違ったらいけないけれど、今回は間違っていない。
それに『間違うこともある』なんて、先輩らしくもない。
(てゆーかそもそも、間違ったらいけないじゃん)
根本的な問題にたどり着いたところで、清隆は自らにツッコミを入れた。
なんで森元先輩はそんなことを言うのか。
何が注意なのか、どこまで受け止めればいいのか、清隆には分かりそうもなかった。
森元先輩が注意しようとしていたことは、今の清隆には理解できないほど遥か遠い雲の上の話だった。
清隆の頭にクエスチョンマークが大量発生していることが分かったのか、森元先輩は「てか『注意されたら凹みます』って堂々と宣言してんじゃねーよ」と言って笑った。




