深刻な申告3
オバサンは心から分からないといった様子で首を傾けた。その顔からは笑顔が消えている。
清隆は、オバサンの代わりに笑顔を見せながら
「会社を辞めても、源泉徴収票の請求はすることができますので」
と答えた。するとオバサンは、清隆の思いもよらない方向へ言葉を飛ばしてきた。
「辞めたところに連絡したくありません」
「いや、そう言われましても、源泉がないと申告の受付はできませんので」
「だから源泉は貰ってないんですよ。貰ってないのに、こっちで請求しないといけないんですか」
「確かに、源泉徴収票は事業所が従業員の方に交付しなければならないものですが」
「そうでしょう」
「中には従業員が言わないと源泉を出さない事業所もあるみたいで」
「それなら、市役所から連絡してもらえませんか」
「は、はい?」
「自分では連絡したくないので、市役所から送ってもらうように言ってください」
「あの、市役所から事業所に『源泉を送ってください』というような、そういった個別の対応はしておりませんので」
「できないんですか」
「お、お客さま自身で直接、連絡していただきますようお願いします」
最後は尻つぼみのように声が小さくなってしまったが、清隆の「市役所から連絡はしません」という態度だけはなんとか伝わった。
もちろんそれが当然のことなのだけれど、明らかに「どうしよう…」と困った様子のオバサンの姿を見ると、なんだかこっちが悪いことをした気分になる。
実を言うと、本人の代わりに連絡することくらい簡単なことだ。電話一本で済む話である。
でもそういう対応を一人に許してしまうと、全ての人にそれをしなければならなくなる。一人のお客さまを特別扱いすることはできないのだ。
少しくらいなら手を差し伸べられそうなことも、できないものはできないと断らなければならない。この仕事に就いて清隆が学んだことだ。
何でもかんでも、やってあげることが正しいわけではない。




