深刻な留守番2
「こんにちは!暮雨市役所税務課です」
「もしもし?医療費控除についてお尋ねなんですけど」
「医療費控除の、どのような件でしょうか」
「どんなものが医療費控除の対象になるのかな、と思って」
電話先では男性のつるつる滑るような声が聞こえた。
営業マンだろうか。とても流暢で聞き取りやすい。
「医療費控除に該当するのは、治療のために支払ったものです。風邪を引いて病院に行った時の診察代はもちろん、ドラッグストアなどで購入した分も大丈夫です」
「ドラッグストアのもいいんですか」
「治療のための薬であれば、大丈夫です」
「それから確か、家族分の医療費も控除対象になりますよね」
「生計を一にする者であれば、大丈夫です」
営業マンと思しき男性は、電話先で何かメモを取るような音をさせた。
こちらがしばらく黙っていても反応がない。メモを取る癖があるということは、やはり何かしらの仕事をしている人だろうか。
でも、医療費の申告をするのは現役世代よりも仕事を退職した高齢者の方が圧倒的に多い。
だからこの男性も声は若く聞こえるけれど、もしかすると現役を引退した元営業マンなのかもしれない。
「もしもし?あと2つほどお尋ねがあるのですが」
「はい。どのような内容でしょうか」
「人間ドッグは医療費控除に該当しますか」
「人間ドッグは、基本的には該当しません。ただし人間ドッグを受診して何かの病気が見つかり、治療へとつながった場合は医療費控除に該当します。
治療のための支払いであれば、医療費控除に該当すると考えていただければ結構です」
「人間ドッグは基本的に該当しない…っと」
「はい」
「あと医療費が10万円を超えないと控除にならないって聞いたんですけど」
「医療費の支払いが10万円を超えると、必ず医療費控除が出てきます。でも、収入が低いと10万円を超えなくても医療費控除の対象になる場合があります」
「収入が低いって、どのくらいですか」
「医療費控除の計算には収入というより所得が関係してくるんですけれども、実際に申告をしてみないと、はっきりしたことは申し上げられません」
本当は、医療費の支払い分から所得の5%または10万円の、どちらか低い方を差し引いて、残った分が医療費控除の額という計算になっている。
医療費控除の基準が10万円と言われるのは、所得が200万円を超えると所得の5%よりも10万円の方が低くなるので、必ず医療費控除が出てくるからだ。
つまり所得が200万円を超える人は医療費の支払いが10万円を超えないと、医療費控除の申告をしても意味がない。
逆に200万円未満の人は、所得の5%よりも医療費の支払いが多ければ、その支払いが10万円未満だったとしても医療費控除に該当する。
でも、この説明をすぐに理解できる人が一体どれだけいるだろうか。
さらに、控除の計算に使われるのは収入ではなく所得なので、まずは収入から所得を計算しなければならない。
所得の求め方は年金や給与など種類によって異なるため「分からないだろうから持ってきてくれ」というのが本音だ。
しかしそれでは角が立つので「実際に申告してみないと分からない」という表現で乗り切っている。
「医療費が10万円を超えなくても、申告していいんですか」
「はい。こちらで、医療費控除が出てくるかどうかも含めて、申告の時に確認します」
「領収書を持ってくればいいんですよね」
「はい。あらかじめ集計を済ませてから、お越しいただきますようお願いします」
「分かりました」




