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増田清隆の深刻な申告  作者: たまき りよすけ
先輩も深刻
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先輩も深刻1

その日の業務が終了すると、税務課では自分がどんなお客さまを対応したかで持ちきりになる。


還付申告や住民税申告ばかりで楽勝だったという人や、清隆のように去年の申告と全然違って焦ったという人もいた。


「清隆くん、そんなんで凹んでちゃダメよ~。怒られたわけじゃないんだから、ラッキーだと思わなきゃ」


「そうなんですけど、なんか上手くいかなくって」


清隆は今日の失敗を先輩の里実さんに聞いてもらい、なだめられていた。


税務課歴三年の里実さんにも、清隆はずっとお世話になっている。優しい語り口で、まるで清隆を諭すような喋り方をする。


市役所でも美魔女で有名で、年齢を訊いたら「清隆くんより十くらい上かな~」とはぐらかされた。多分、十よりもう少し上である。


里実さんのゆっくりとした喋りに合わせて会話をしていると、清隆の気持ちもだんだん落ち着いてきた。


「でも、最後に言った『年末調整で扶養に入れなければ良い』には驚くよね。まさかそう来る、みたいな」


「自分もびっくりしました。絶対年末調整で扶養に入れたほうが楽なのに」


「普通なら、そう思っちゃうよね~」



里実さんと話しながら、最初の頃の申告受付よりはマシかと、清隆は妙に開き直っていた。


初めて申告受付でお客さまを目の前にした時は、何をしていいか分からず、相当パニクっていた。


書類も見なきゃだし、誰の申告かも聞かないといけない。パソコンの画面も開かなければと頭では分かっているのに、一つも実行できなかった記憶がある。


その日は森元先輩に「テンパリスト、再来」と言われてしまった。


あの時に比べれば、今日は年末調整の説明もできた。去年までの申告とどのように違うかにも気づけた。


それで良しとしようではないか。


「ねぇねぇ、清隆くんも申告会場で大変だったかもしれないけど、私も今日、電話で大変なことがあったんだから」


「そういえば里実さん、今日は留守番の日でしたよね。お客さま多かったですか」


「まあまあね。申告期間は職員が不足するから、ちょっとでもお客さまが多いとみんな手が塞がっちゃうのよ」


某市の申告会場は、税務課とは全く別の場所に設けられている。


申告担当の職員は会場へ行くので、残りの職員が窓口や電話などお客さまの対応をしなければならない。


申告担当と留守番は、係長の作成した日程表を元に、職員が交代で業務をおこなっている。


「それでね、今日女の人から電話で『収入って、いくらまでだったら税金かからないんですか』っていう問い合わせがあったの」


「すごくアバウトな、答えにくい質問ですね」


「でしょ?しかも名前も教えてくれないの」


「名前大事ですよね!去年の申告状況とか確認できますもんね」


住所と名前と、それから生年月日を訊ねるのは、税務課ではほとんど常識である。課税状況を調べるのも支払いを確認するのも、個人を特定しないと説明ができないからだ。


しかしこの確定申告期間中のお尋ねでは、自分の名前を言いたがらない人が多い。


「一般的なことでいいから教えてくれ」なんてよく言われるが、収入や控除に『一般的なもの』なんてない。


そんなことを言うなら、何が『一般的なもの』なのかを教えて欲しいと清隆は思う。


里実さんが電話を受けたお客さまもそのタイプだったようで、名前は一切教えてくれなかったそうだ。


清隆は深いため息をついた。


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