困難な申告6
「会社で扶養に入れる手続きをしなければ良かったんですか」
「…え?」
おじさんが突然言い出した言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。
考えている間に、おじさんの言葉は続く。
「年末調整で扶養に入っているから還付がなかったんですよね。それなら、扶養に入れる手続きをしなければ、還付があったということですか」
「まぁ、…そうですね。扶養なしで年末調整をしていた人が、親御さんを扶養に入れる申告をしたら、還付もあったと思います」
「わかりました。来年からそうします」
おじさんはおもむろに立ち上がった。
清隆は慌てて
「で、でも扶養に取っておけば申告会場に来る必要もないわけで」
と説明したが、おじさんはさっさと申告会場を出て行ってしまった。その姿は特に怒っている様子ではなく、どうすれば還付を受けられるのか、真剣に考えたことが窺えた。
確定申告での還付は、あくまで多く取り過ぎた分を返しているだけだ。
年末調整をしても確定申告をしても、実際に課税された金額は変わらない。還付がなくても、元から課税された金額が少なければプラマイゼロというわけだ。
けれど人間というのは、還付があった方がお得だと思ってしまうのだろう。
気持ちは分かるが、そのための時間や手間を考えると、年末調整で清算してもらった方が良いのではないかと清隆は思う。
(そんなことより、親に自分の税金の申告なんてさせるなよ…)
さっきまでお客さまが座っていた席を眺めながら、清隆は思った。
(自分の税金ぐらい、自分で手続きしろよ。扶養に入れたなら、そう親に伝えろよ。こっちに無駄な手間かけさせんなよ)
世の中には、本当にいろんな人がいる。
それぞれに違う人生を生きているのだから、その人の収入や控除が異なるのも当たり前。一つだって同じものはない。
だから自分の尺度で「普通」を決めつけてはいけない。『普通こうするだろ!』と思うことが通用しない場面に、清隆は何度も出くわしている。
分かっていたことなのに、いざ目の前で起きると焦って上手く対応できない。『次こそは!』っていつも思うのに、今日も失敗してしまった。
清隆の意図することは、多分あのおじさんには伝わっていないだろう。こんなことじゃいけないのに、どうして上手くいかないのだろうか。
申告受付は、本当に難しい。




