困難な申告5
「お客さま、大変申し上げにくいのですが、息子さんは既に親御さんを扶養に入れていましたので、申告の必要はありませんでした」
「…はあ?」
「ですから、源泉徴収票の、こちらをご覧ください。親御さんの名前が書いてありますよね?これが扶養している、という意味なんです」
「どういうことですか」
おじさんの声には、困惑よりも苛立ちが込められていた。明らかに目が笑っていない。
清隆は顔全体が熱くなるのを感じながら、ゆっくりと説明を続けた。
「会社にお勤めの方は、年末調整というものをしています。年末調整の済んだ方は、確定申告しなくていいんですよ」
「でも、去年も申告したんですよ?」
「昨年までは年末調整の時に親御さんを扶養に入れてなかったので、申告されていたんです。でも今年は既に扶養に取ってありますので」
「なんで今年だけ扶養に取ってあるんですか」
「そ…、それは私にも分かり兼ねます。息子さんが年末調整で親御さんを扶養に入れる手続きを済ませたのだと思います」
今年扶養に入れてあることよりも、今まで扶養に取っていなかったことを不思議に思って欲しかった。
過去の源泉のデータを見ても、生命保険や地震保険はしっかり記載されているため、毎年年末調整はしていたのだろう。なぜその時、一緒に扶養に取らなかったのか清隆には謎だった。
ところがおじさんは、清隆の頭をもっと悩ませる謎の発言をした。
「申告しないで良いってことは、還付もないんですか」
「か、還付ですか?」
「毎年申告をして、還付を受けていたんですけど」
「還付というのは税金を多く払いすぎた分をお返しするものですから、税金を払い過ぎてない以上、還付もございません」
「えー、なんで今年だけ還付がないの」
「ですから年末調整で扶養に入れる手続きは完了し、税金も過不足なく支払っていますので、確定申告の必要もございませんし、還付もないということです」
「…」
(しまった!)
清隆がそう思った時にはもう既に遅かった。
ない、できない、ありませんと言い過ぎてしまったのだ。おじさんの機嫌を損ねたかもしれない。
せっかく申告会場まで来ていただいたのに申告不要、還付もありませんではさすがに怒るだろう。
ここは何か、プラスになるようなことを言おうと清隆が言葉を探し始めたところ、おじさんが呟くように言った。




