闇に染まった光
「・・・で?」
「・・・はぁ・・・」
セイズは不機嫌極まりないと言った様子の目の前の女性に、つい今しがたいつものように、いつもの如く、いつもと同じ内容の願いを申し訳なさそうに口にしたのだった。
「だからね、他に言うことはない訳?
いつもいつもいつもいつもい~~~~っつも、それを聞きにここまで来てるけどね。
私は別にあのバカたれの世話をしてるわけでもないし、監視をしてるわけでもないのよ?
そこのとこ解ってるの?」
「それはもちろん!!重々承知しております!!ですが・・・」
「それにね!」
「はっ・・・はい!!」
言い訳しようとしたセイズの言葉を、女性は遮る。
「あなたもあのボケナスを探すだけが仕事じゃないでしょうに?
それとも、そっちじゃ将軍職ってのは人探しすることなの?」
「まさか!!・・・私だとてこのようなことをしている場合ではありません。
あの方がいらっしゃらないお陰でしなくていい仕事までしているのですから・・・」
女性の言葉に即座に否定するセイズである。
その言葉を聞いて、女性の方はさらに言葉を続けた。
「だったら、あのトウヘンボクを探すのは部下に任せて、あなたは自分の仕事すればいいでしょう?
さっさとお帰りなさいな。」
「そういうわけには参りません!!
こちらに伺いますのに、部下に頼むなど滅相もない。
ましてや、部下があの方を見つけたとしても、無事に連れ戻すなど無理なことでございます。
何せ、この数百年の間であの方を捕まえられましたのは、エルエリシア様―奥方であるあなた様お一人なのですから。」
「あれは、どちらかというと捕まえたじゃなくて、捕まったな気がするのだけど?
まったく・・・どうしてこうなっちゃったのかしらね。
ホント・・・」
ふぅ、と小さくため息をついて、エルエリシアは話題となっている人物と初めて会った日のことを思い出していた。
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その時のエルエリシアは、力に目覚めたばかりのまだ年若い魔女であった。
金の巻き毛に碧緑の瞳は、愛らしい天使のようだと先輩魔女にはよくからかわれていたものだ。
そんなエルエリシアがその男に出会ったのは、ほんの偶然としか言えない出来事だったであろう。
その時、その場所で、いつもなら落ちるはずのないエルエリシアが木の上から落っこちたりしなければ、二人は出会うことはなかったのであるから・・・。
「う~ん・・・はぁ」
木の上で空を眺めていたエルエリシアは大きく伸びをして息を吐いた。
力に目覚めたばかりの彼女は、とにかく色んなことを試したくて仕方がなかった。
炎を出してみたり、風を起こしてみたり、空を飛んでみたり・・・と、昨日まで出来なかったことが簡単に出来てしまうことが楽しくて仕方なかったのである。
そんな彼女の最近の楽しみは、木の上に飛び乗って空の彼方を眺めることであった。
日々別の装いを見せる空を見るのが、彼女は大好きなのであった。
そして今日も、エルエリシアは木の上から空を眺めていたのだ。
「あぁ!!・・・大変・・・今日はマイラと約束してた日じゃ・・・ヤバッ!!
あっ!!」
約束を忘れていたことを思い出したエルエリシアは、そこが木の上だったことを忘れて立ち上がろうとしたのだった。
落ち着いていた時ならば魔力を使って飛ぶことも出来たであろうし、もっと彼女が熟練の魔女であったなら咄嗟に力を使って落ちないようにも出来たであろう。
だがしかし、不幸にもこの時の彼女はまだ、そこまで冷静に判断出来るほどの経験も時間も過ごしていなかったのである。
「・・・ったぁ・・・って・・・あれ?痛くない・・・」
木の上から落ちたにも関わらず、エルエリシアは全く痛みを感じなかったどころか、彼女は自分の下にあるはずの地面の感触さえも感じなかったのである。
それどころか彼女が感じた感触は、大地の固さではなくとても温かくて柔らかいものであった。
「おぃおぃ・・・この木は天使を産み落とすのか?」
「え?・・・あっ!!きゃー!!ごめんなさい!!」
その声でエルエリシアは初めて自分が地面ではなく、真下にいた人の上に落ちてしまったことに気付いたのだった。
「気持ちよく昼寝してたと思ったら、まさか天使が落ちて来て起こされるとは思わなかったぞ。
別にいいけどな。
・・・で?」
「・・・え?」
突然の事に、エルエリシアは何を聞かれたのか理解出来ずにいた。
それどころか、自分が男の上に乗っていることも忘れて、その男の瞳から目が離せなくなっていたのである。
「見つめてくれるのは別にいいんだがよ、どいてくれると助かるんだけどなお嬢さん。」
「え?・・・あっ!ご・・・ごめんな・・・キャッ!!」
男の言葉に慌てて立ち上がろうとしたエルエリシアは、バランスを崩してそのままその男の胸に倒れこんでしまったのだった。
「クックッ・・・そんなに俺と離れたくないわけ?
中々大胆なお嬢さんだな。」
胸に倒れこんだエルエリシアを抱き上げ、笑いながら男は難なく立ち上がる。
「ごめんなさい・・・あの、怪我ないですか?」
「あぁ、別にねぇよ。
これくらいで怪我するようじゃ、俺は生きてけねぇからな。
そっちはどうだ?」
「私はどこも・・・あなたを下敷きにしちゃったから・・・」
「アルガレイス。」
「えっ?」
突然何を言われたのか解らず、エルエリシアはキョトンとしてしまった。
「俺の名前だよ。
あなたとかお前とか言われるのは好きじゃないんでな。」
「アルガレイス・・・さん。」
「さんはいらねぇよ。で、そっちは?」
「私?」
エルエリシアの問いに、アルガレイスと名乗った男は肯定するかのように口の端でニッと笑う。
「エルエリシア。」
「エルエリシアね。
で、何でまた木の上から落っこって来たんだ?」
「それは・・・あぁ!!」
理由を聞かれてエルエリシアは漸く落ちる原因となった約束を思い出したのであった。
「な・・・なんだ?」
「どうしよう・・・約束・・・すっぽかしちゃったわ。
マイラ怒ってるだろうなぁ。
ごめんなさい、私帰りますね。
それじゃあ、どうもありがとう。」
「って、オィ!」
訳がわからないアルガレイスの声がエルエリシアに届く前に、エルエリシアは空を飛んで行った後であった。
「あれま・・・翼出さずに飛んでっちまうってことは、天使じゃなくて魔女か。
エルエリシア・・・ね。
っと、ヤベェ・・・俺様もこんなとこで道草食ってる場合じゃねぇや。
うるさいやつに見つかる前に、違うとこ行くか。」
アルガレイスはエルエリシアを見送った後、そう呟いてその場からエルエリシア同様飛び去ったのであった。
これが、天使のような容貌の魔女エルエリシアと、後の伴侶となるアルガレイスの初めての出会いであった。
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「何であんなとんでもない出会い方したってのに、あのバカと夫婦になんてなったのか・・・未だに不思議でならないわ。」
とブツブツと言うエルエリシアに、セイズはやはり申し訳なさそうに声をかける。
「それであの・・・エルエリシアさま・・・アルガレイスさまの居場所はお解りでしょうか?」
「西大陸よ。灯台下暗し。
あの子と一緒にいるから、すぐに見つかるわ。
どうせあのオタンコナスの気は隠してあるんでしょうけど、あの子の気はそのままなんだからすぐに見つかるわよ。」
あっけらかんとエルエリシアはセイズに答えた。
そして、忠告とばかりに言葉を付け足す。
「言っておくけどね、セイズ。
あのボケナスをどうしようが私は干渉しないけど、あの子に何かあった時は私は容赦しないわよ。」
「それはもちろん、重々承知しております。
我らとしても大切な世継ぎの君でございます故。
それでは、私はこれで失礼致します。」
恭しく頭を下げた後、セイズはエルエリシアの前から姿を消した。
「あいつの後を継ぐ継がないは、あの子の勝手だからね。
それからあいつを捕まえた後は、あの子はしばらく私が見るからこっちに連れて来てちょうだい。」
『承知しました。では・・・』
エルエリシアの言葉にセイズの声だけが答えた。
「あいつは首に縄でもつけて100年くらい扱き使っていいからね~。」
この言葉がセイズに聞こえていたのかどうかは定かではない。
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「てめぇ!!俺様の居場所ばらしやがったな!!!」
セイズがエルエリシアの元を去ってきっかり1時間後。
エルエリシアの元に今度は彼女のよく見知った顔が現れた。
誰あろう、彼女がセイズに居場所を助言した人物―アルガレイスその人である。
「陛下!!この期に及んでまだ逃げる気ですか!!!」
アルガレイスが現れた直後、彼を追って来たのであろうセイズが現れる。
「うるせぇ!!俺様は忙しいんだよ!!!」
「ご自分の職務を放棄して忙しいもなにもございません!!
今までいらっしゃらなかった分の仕事はきっちりこなしていただきますからね!!!」
エルエリシアの目の前で、主従はそのまま喧嘩でも始めんばかりに言い争う。
「大体なぁ!!いつ俺様が親父の後を継ぐなんて言ったってんだ!!」
「継ぐも継がないもございません!!あなたは・・・」
「やかましい!!!喧嘩なら外行ってやんな!!!
ここは私の城だよ!!!焼き殺されたくないならいい加減におし!!!!」
自分の存在そっちのけで繰り広げられる光景にいい加減頭に来たエルエリシアは、今にも二人を殺さんばかりの勢いでそう言った。
「申し訳ございません、エルエリシアさま。
御前にて失礼致し・・・」
「元はと言えば、てめぇが俺様の居場所をばらすからだろうが!!」
「何言ってんだい!!元はと言えば、あんたが城を飛び出してるのが悪いんだろうが!!
一度出たら100年も200年も帰ってこない、その放浪癖をなんとかしな!!!」
セイズの謝罪を遮り、アルガレイスは怒りの矛先をエルエリシアに向けるが、エルエリシアも負けてはいない。
さすがに長年連れ添った夫婦と言ったところであろうか。
「・・・二人とも、いい加減にしなよ。」
エルエリシアとアルガレイスの二人が更に相手を罵る言葉を発する前に、それを妨げるセイズではない第三者の声が聞こえた。
「ホントは会えて嬉しいと思ってるくせに、どっちも素直じゃないんだから・・・」
二人が振り返ったその場には、10歳前後と思われる黒髪金瞳の少年がいた。
「だって・・・」
「だってじゃないよ、ルーエル。
何で僕に対する時みたいに素直になれないかな?
ホントは僕よりノーグに会いたいくせに・・・
ノーグもノーグだよ。
ルーエルに会う度に照れて口喧嘩始めるのやめなよね。」
「・・・うっせぇ・・・俺は売られた喧嘩を買ってるだけだ。」
少年の言葉を肯定しているとしか思えないしかめっ面で、舌打ちしてアルガレイスはそっぽを向いた。
「セイズ。」
「はい。なんでございましょうか、ラタン様?」
「僕お茶が飲みたいんだけど、一緒にどう?」
言外に席を外さないかと言うラタンと呼ばれた少年に、セイズは心得たとばかりに頷いた。
「僕、セイズと一緒にお茶飲んでくるから、二人は思う存分喧嘩しててよ。」
「アルガレイス様、後でお迎えに参りますので。」
エルエリシアとアルガレイスが静止の言葉を発する前に、ラタンとセイズは部屋を後にした。
残された二人の間には、しばし気まずい空気が張り詰める。
しばらくお互い何も言わずに沈黙が続いたが、先にそれを破ったのはエルエリシアであった。
「さっき・・・」
「ん?」
「あんたの居場所を何時ものようにセイズが聞きに来た時、なぜか昔を思い出したわ。」
アルガレイスの顔を見ることなく、エルエリシアはそう言った。
「へぇ、そりゃ珍しい。それで後悔でもしたか?」
「ホントに・・・何でこんなボケナスなんか好きになったのかと思ったわよ。
いつもいつも会えば喧嘩ばっかだってのに、何でなのかしらね?」
心底不思議だという顔をして、エルエリシアは言う。
「そりゃお前・・・俺様に会えない寂しさを、会った時に怒りに変えちまってるからじゃねぇの?
それだけ俺様のことが好きだってことだろ?」
「どの口が、そんな自惚れたこと言うのかしらねぇ?
なんで私があんたに会えないくらいで寂しいなんて思うのよ。
あの子に会えないのは寂しいと思いこそすれ、そんなスットコドッコイの顔なんか見たいとも思ってないわよ。
大体私が姿偽って放浪してるあんたに会って何が嬉しいってのよ!」
アルガレイスの言葉にエルエリシアはそう捲くし立てる。
だが最後の言葉を言った後、エルエリシアはほんの一瞬しまったという顔をした。
そしてそれを見逃すようなアルガレイスではなかった。
「ほぉ・・・そりゃ言外に、鳥型の時じゃなく人型の俺様になら会いたいって言ってるもんじゃねぇのか?」
「う・・・うるさい!!
鳥じゃなくても会いたいなんて思ってないよ!!
自惚れるのも大概にしな!!!」
「ホントに素直じゃねぇなぁ。
まぁ俺様だって人のこと言えたもんじゃねぇだろうけどな。
でもな、エルエリシア。」
珍しく真剣な顔をして、愛称ではなく名前を呼ぶアルガレイスに、エルエリシアは多少動揺していた。
「俺は天使が俺の腕の中に落ちてきた時から、珍しくその姿を頭から捨てることが出来なかった。」
「私は天使なんかじゃないわよ。」
アルガレイスの言葉に引っかかりを覚えて、エルエリシアはすぐさま否定の言葉を返す。
「わかってるよ。
天使なら俺様が手に入れたいなんて思うもんか。
あんなぬるま湯みてぇなやつらを伴侶にして、なにが楽しいってんだよ。
俺はな、お前だから手に入れたんだ。
お前以外の女に興味なんざねぇんだよ。」
「な・・・なによそれ。手に入れたですって!!
私を物か何かと勘違いしないで欲しいわね!!」
「誰がお前をモノ扱いした!!」
「今したじゃないのさ!!」
「あぁ・・・ったく。」
「な・・・ん~!!!」
頭をガシガシと掻いた後、アルガレイスは自分を罵るエルエリシアの口を自分のそれで塞いだ。
もちろんエルエリシアは抗議するようにアルガレイスの胸を叩くが、アルガレイスにとっては痛くもかゆくもないものである。
魔法攻撃がないだけ、エルエリシアも本気で嫌なわけではないのだ。
「一度しか言わねぇからな!!」
「な・・・何をよ。」
長い口付けの後、アルガレイスはエルエリシアを解放してそう言った。
エルエリシアの方はまだ少し呼吸が乱れているようである。
「俺が手に入れたいと思ったのは、お前だからだ。
他には何もいらねぇと思ったからだ。」
「何よ・・・ちゃんと言ってくれないと解らないわよ!!」
「愛している・・・
お前だけだ、エルエリシア。」
「な・・・何よ・・・バカ・・・何時だって鳥になってどっか行くくせに・・・
王様なら王様らしくたまには玉座に座ってなさいよ!!
いつもいつも、すぐにいなくなるあんたなんか大っ嫌いよ!!」
涙を流しながらアルガレイスに自分の思いをぶつけるエルエリシアを、アルガレイスはやさしく抱きしめる。
「悪いな。
それでも俺はまだ、あいつの側を離れるわけにはいかねぇんだ。」
「解ってるわよ、こんなのただの私のわがままなんだから聞き流しなさいよ。
私にとってもあの子は大事なんだから・・・解ってるわよ。」
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「そろそろ落ち着かれてますかね?」
「どうだろう。でも、たまにはいいんじゃないの?
二人とも忙しくて滅多に会えないんだし、たまに会った時くらい夫婦水入らずでゆっくりさせても罰は当たらないよ。」
セイズの言葉にラタンはそう答えた。
「ノーグもね、ホントはルーエルといつも一緒にいたいんだよね。
でも僕のことがあるからそうも言ってられないし、ルーエルだって長老としての立場があるからホイホイ僕達のとこにはこれない。
だからたまにセイズがノーグを探しに来てくれるのは、お互いに会えるいいきっかけになってるんだよ。」
「そうですね。
きっかけ作りに貢献しているのは嬉しいことでございますよ。
ラタン様、おかわりいかがですか?」
「うん、ありがと。
でもホント、セイズも大変だよね。
僕のことがなかったら、ノーグだってちゃんと玉座に座ってただろうにね。」
ニコっと笑ってセイズの言葉に頷き、ラタンはそう言った。
「あぁ、それはありませんよ。
なんと言いましてもあの方は、エルエリシア様と出会う前から放浪癖のある方でしたので。
ラタン様のことがなくとも、同じように城に大人しくいらっしゃることはありませんよ。
どちらかと言えばラタン様とエルエリシア様のお陰で助かっております。
すぐに居場所が解りますのでね。」
と、セイズはラタンの言葉に笑顔で答えた。
「でもホント、お互い・・・素直じゃない両親と上司を持つと・・・」
「何かと苦労致しますね。」
互いに小さくため息をつき、ラタンとセイズはお茶を口に含んだのであった。
補足という名のあとがき
※アルガレイス⇒アルガレイス・ライノーグという名前です。ラタンは彼をノーグと呼んでます。東大陸の魔王様です。
※エルエリシア⇒ラタンは彼女をルーエルと呼んでいます。西大陸の魔女の長老の一人です。
※ラタン⇒アルガレイスとエルエリシアの実の息子です。執筆挫折中の長編の方の主役です。
この夫婦のイチャイチャ夫婦喧嘩が大好きです。
本気でやりあったら大陸吹っ飛びかねない二人の喧嘩ですが、基本的にラタンが仲裁して終了です。
本編の方はさっぱり話が思いつかなくなったのですが、この話は埋もれさせるのは私的に勿体なくて投稿しちゃいました!すいません!!