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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第四話
32/32

11 祭りの終わり

 月崎沙耶佳(つきざきさやか)は、緊張の余り、早鐘のように打ち付ける心臓を五月蠅いと思いつつも、いかんともしがたく、身を固くしていた。

門の脇にあるチャイムへと指を伸ばしたまま、過呼吸に陥るのでは無いか――と言うほど緊張していた。


「ちゃ、チャイムを押して、おはようって挨拶をすればいいだけ。

 そう。それだけなんだからッ――」


 いざ、チャイムを押下する――あと一呼吸もあれば押下できる――と言うところで、ガチャリと玄関が開く。

ビクッと身体が跳ね上がるような錯覚を覚えつつ、慌てて指を除ける。


「あれ? 月崎さん」

「ぉ、お、おはようございますッ。神奈木さん」


 神奈木輝一(かんなぎこういち)に対して、必要以上に緊張した返答をする。

今の挨拶はヒドイ物だったと即座に反省するも、その様な姿は見せない。


「はい。おはようございます。

 今朝は、どうしたんですか?」


 今朝の輝一は、詰め襟の学生服に制帽を被っていた。

沙耶佳は、これまで彼が制帽を被っている姿など見かけた事は無かった。

制帽では隠しきれない所から、白いネットが見て取れる。

恐らく、傷口を保護するガーゼとネットを隠すための制帽なのだろう。


「その、昨日はお見舞いに行けませんでしたから――」

「それは仕方の無いことですよ。

 午後には退院してしまいましたし」

「そ、その。――ごめんなさいッ」


 そう言って頭を下げる。

輝一は、一瞬呆気に取られ固まるが、慌てて沙耶佳に声を掛ける。


「月崎さんが謝ることでは――」

「でも。でも、私の所為で輝一さんに怪我を負わせてしまいました」

「それこそ、月崎さんにケガが無くて良かったです」


 そう言いながら、輝一は微笑んだつもりだった。

それを見た沙耶佳が、「ぁぅ」とか言いながら、顔を真っ赤に染め上げて行く。


「が、学院まで、ご、ご一緒しても?」

「え?――もちろんOKですよ」


 沙耶佳は、自分の顔がさらに赤くなっていくのを実感した。

見えなくても解る。

のぼせ上がって、頭がクラクラするような錯覚を覚えていたのだから。


 【◇】


 学院に近づくにつれ、当然のことながら学院生が増えてくる。

学院内で沙耶佳と輝一が並んで歩いている姿は、幾度となく目撃されているが、外となると話は別だった。

どこか照れながらも親しげに話す姿は、周囲をざわつかせるには十分な燃料である。

登校時のバスともなれば、乗車率は混雑を示していてもおかしく無い数字となる。

当然、2人の周囲にも学院生がいるのだが、2人の周囲では不思議と皆が黙り込んでいた。

そして、周囲から一層挟んだ向こう側では、2人の姿を盗み見るようにしては、周囲の友人達と小声で話し合うのであった。


 バスから降りても、その不思議な状態は続いていた。

校門には、生徒の手によるアーチが掛かり、文化祭の華やかさを演出している。

校門をくぐると、テントが立ち並び、出店の準備をしている生徒達の姿が見て取れた。

その準備をしている生徒達の手が止まる。

波紋が拡がって行くかのように、入口の付近から――ざわという音が聞こえるかのようであった。


「皆さん、おはようございます」


 その中心たる沙耶佳が、視線に気がついているのかいないのか判然としないが、視線を寄越している生徒達に挨拶をした。

何かに魂を抜かれたかのように呆然とする者、掛けられた挨拶に挨拶を返す者――様々な反応だった。


「妙な感じですね」

「そうですね」

「やはり、帽子が珍しいんですかね?」


 輝一が、自分の帽子をつまむ。

それに対し、沙耶佳がくすりと笑みを漏らす。


「違うと思います」

「ふむ。――違いますか」


 2人は気がついていなかったが、背後から1人の女生徒が近づいてきていた。

その生徒は、手を挙げると、輝一の頭へと振り下ろす。


「よッ。姫を護ったんだって~」

「あたッ」


 女生徒は、軽く叩いたつもりだったのだが、思ったより勢いが付いていたのか、輝一の帽子を吹き飛ばす。

その勢いに輝一の頭が前に揺れる。


「きゃぁぁぁあッ」


 沙耶佳の悲鳴――周囲にいた人間、輝一、後ろから叩いた生徒――その声に驚いて時が止まる。

そんな周囲の状況は、全く目に入っていないのか、沙耶佳は目に涙を浮かべつつ輝一に声を掛ける。


「輝一さんッ、輝一さん。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですよ」


 その声に驚いた輝一がなんとか応えると、沙耶佳は安心したのか「ほぅ」と息を吐き、叩いてきた女生徒へと向き直る。

叩いた女生徒は、その迫力に一歩、後ろへと下がった。


三十三(さとみ)先輩ッ。そういうのはやめてくださいッ。

 傷が開いたらどうするんですかッ」

「ぁ、あぁ、その――すまん」


 指摘された女生徒――三十三奈央(さとみなお)は、沙耶佳の剣幕に気圧され、更に一歩下がった。

沙耶佳が一歩前に出る。


「すまん――じゃないです。輝一さんが、また入院したらどうするんですかッ」

「いや、その、本当、ごめんッ」


 沙耶佳に圧倒され、三十三が頭を下げる。

それこそ90度を超えそうな勢いだった。

輝一は、地面に落ちた帽子を拾い、手で砂を払うと、再び頭に乗せる。


「月崎さん。大丈夫ですよ。三十三先輩も」

「いや、ほんと、ごめん。そんなつもりは無かったんだ」

「大丈夫です。帽子が飛んだだけですから」


 まだ文句を言い足りないのか、沙耶佳は不満そうだった。

輝一は、苦笑を浮かべつつ、そんな彼女の頭に手を載せ頭を撫でる。


「大丈夫ですよ」

「――うん」


 輝一が優しく声を掛けると、さっきまでの怒気が抜けたのか、素直に頷く。

そんな2人を何か微笑ましい物でも見るかのような人垣が出来ていた。

さすがに、こんな状態ともなれば、2人でも恥ずかしいことをしたと気がつく。


「神奈木さんッ。ま、まずは生徒会室に行きましょう」

「そ、そうですね」


 2人は、顔を赤くしつつ、いそいそとその場を立ち去るのであった。


 【◇】


 楽しい時間という物は、気がつけば過ぎ去ってしまう物だ。

時間という絶対量に変化は無いのに、それを感じる人の心が、長さを変えてしまう。

文化祭というお祭りも、気がつけば夕日が周囲を朱く染め上げる時間になっていた。

輝一と沙耶佳は、人気の無い屋上から、いまだ熱気の冷めやらぬ校庭を見下ろしていた。

スピーカーからは、吹奏楽部によるエチュードのアレンジが流れる。

文化祭終了を告げる伝統なのだそうだ。

賑やかなリズムは、夕日、文化祭の終了という要素と相まって、どこか郷愁を誘った。

嗚呼、祭りが終わってしまう――参加者の心に、そう思わせるだけの力があった。


「楽しかったですか?」


 沙耶佳にそう問われ、輝一は、今日、2人で回ったことを思い起こす。

当然、楽しかった。

1日目に参加出来なかった事が口惜しい。

自分という異物を受け入れ、こんなにも楽しい気持ちにしてくれた。

そのことを、どう表現したらいいのか解らないほど――楽しかったのだ。


「楽しかったですよ」


 結局、そう言う表現しか出来なかった。


「――とても貴重な1日でした」


 何か、付け足さなくてはならない――という妙な寂寥感(せきりょうかん)とでも言おうか――そんな思いを、その言葉に乗せたつもりだった。

その思いは、うまく伝わったのだろうか。

沙耶佳の表情からは、それは窺い知れなかったが、どこか安心したかのような暖かい笑みを浮かべてくれた。


「それは――よかったです」


 そう言ったまま、2人は黙り込んでしまう。

スピーカーからのエチュードが響く。

やがてボリュームが絞られ、アナウンスが流れ出す。

その声は、生徒会の三俣美鈴(みつまたみすず)の声だった。


『これにて本年の「すいばら祭」を終了致します。

 来賓の皆さま、ご来場頂き、まことにありがとうございました。

 申し訳ありませんが、閉会となりますので、速やかな退場をお願い致します。

 すいばら祭実行委員会の役員は、所定の作業を開始してください。

 各クラスの委員は、来賓の退場案内をお願いします』


 文化祭の終了、来場者への案内、実行委員会からのお知らせ――


『出し物の撤去は、後日、撤去日に改めて行う物とします。

 生徒会委員は、生徒会室に集合してください』


「これでお終いですね」


 輝一が、スピーカーの方を見やりつつ、口にする。

文化祭の終わり――という他に、今回の依頼も終了ということを含んでの言葉だったのかもしれない。

沙耶佳も、その句切りをどこかで感じ取っていた。


「これで――お別れ――ですか」

「――依頼は、こなせたと思いますが」


 輝一が、沙耶佳の方へと顔を向けつつ、お終いだと言う。

その言葉を聞いた沙耶佳は、ショックを受けたように泣きそうな顔をしていた。


「――ッ」


 何かを言おう、言わなければ――と口を開くが、言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。

そんな沙耶佳の姿を見かねた輝一が、口を開く。


「また、遊びに来てください」


 沙耶佳が、はっとしたように顔を上げる。


「美味しい紅茶を用意して待ってますから」

「は、はい」


 誰もいない校舎の屋上――

いつまで経っても現れない沙耶佳に焦れて、再度、呼び出しの放送が掛かるまで2人の時間は続いたのだった。


 【◇】


 駅の裏通り、薄汚れたオフィスビルの一角に古びたお店がある。

喫茶店のような面構えをしてはいるが、喫茶店では無い。

店内を覗けば、雑多な物が、まさに雑然と置かれており、リサイクルショップかと見紛うばかりだ。

とは言え、小汚い印象を与えるわけでは無く、よく見れば隅々まで掃除が行き届いていることが解る。


 そんな雑多な物の中には――何故かお稲荷様が窓際に鎮座し、通りを眺めていた。

何でも縁結びの御利益があるとか――そう噂する女学生もいるようだ。


 あなたがもし、縁結びに興味があったり、何か不思議なことに悩まされているなら――

それこそ、常識――科学的根拠をもってしても説明の付かないような事象――

俗に言うオカルト、霊障――

――そんな、自分の正気を疑い、他人に相談できないような出来事に悩まされているのなら、一回訪れてみるのもいいだろう。


 そのお店では、そんなあなたの悩みを真剣に聞いてくれる。

少なくとも、一笑に付すようなことは無い。

この店は、そんなオカルトの専門家が営む店なのだ。

決して表に出ることは無いが、そのお店に助けられた人は、少なからず存在する――

助けられた人々に聞けば、あのお店に任せておけば何とかしてくれると言ってくれることだろう。


 しかと目的を持っていなければ、辿り着くことも難しい店――


 からん――


 そのドアを押し開ければ、取り付けられたドアベルの音が小気味よく来客を告げることだろう。

電子チャイムには無い、どこか懐かしさと暖かみを感じさせる音だ。


「いらっしゃいませ~」


 女性店員が出迎えてくれる。

こう言っては何だが、清楚な雰囲気が、店内の雑然とした様子にそぐわない。

高嶺の花――雑然とした店内に咲くヤマユリのような――そんな印象を持つ人もいるだろう。


「輝一さ~ん、お客様です~」

「はいはい。いらっしゃいませ」


 店の奥から男性店員がやってくる。

高嶺の花に対して、それこそ、こう言っては何だが――花が無い。

どこからどう見ても一介の学生風だ。

そんな彼が、この店の店長なのだ。

あまりにも若いので、店長だとは思えない。

どう見てもバイト学生――よくてチーフだろう。


「紅茶でいいですかね?」


 そんなそこいらに居そうなバイト学生だからと言って油断してはならない。

このお店は、なかなかに香りの良い紅茶を振る舞ってくれるとの噂だ。

紅茶好きにはたまらないだろう。

その紅茶は、客の緊張をほぐし、身体を芯から――それこそ心から解きほぐしてくれることだろう。

――もっとも、紅茶好きの人間が、この店に通うことは難しいのだが――


「輝一さん、輝一さん。その前に挨拶、挨拶」


 どこか薄暗く感じる店のイメージとは違い、店員からは、どこかしら暖かさを感じるだろう。

自身の持つ、深刻な悩みとは裏腹に、ぬるま湯に浸かっているかのような暖かさだ。

だからと言って、油断してはならない。

この店を訪れる際には、注意が必要だ。


「そうだったね」


 そんなに難しい事では無い。

ただ、一つだけ、心に留めておいて欲しい。


「霊拝堂へようこそ」

「ようこそ♪」

「この店に来ることが出来たと言うことは、何かお困りのことがおありでしょう」

「安心してください。輝一さんが、解決してくれます」


 新婚さん然とした店員さん達のやり取りにあてられないよう――気をしっかり持って欲しい。

イラッとする程のモノでは無いが、時たま、口から何かを吐き出しそうになる気分に陥ることもあるだろう。

その点を除けば、彼らはしっかりとした仕事をしてくれる。

きっと、あなたの悩みを真剣に――そして、何らかの手助けをしてくれることは間違い無い。

あなたは、その店に辿り着くことが出来たのだから――


Twitter @nekomihonpo


これにて終わりとなります。

活動報告にあとがきのようなモノもありますので、よかったご覧ください。


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