8 相談
生徒会室で、月崎沙耶佳と鶴舞穂之香の2人が、2人っきりで仕事をしていた。
時折、沙耶佳が何事かを喋ろうと穂之香を見上げるのだが、持ち上げられた手は、何かを掴むような動作をしつつも、書類へと戻る。
穂之香も、視界の隅で沙耶佳がパントマイムをしていることを知りつつ、彼女が言い出すまで何も言わずにいた。
何度目かのパントマイムを披露した末、やっと沙耶佳が口を開く。
「ねぇ、穂之香」
「何?」
沙耶佳が思っていた以上に穂之香から素早い返事が返ってきたため、一瞬言葉を詰まらせるが、どうにか休憩をしないかと持ち出すことに成功する。
穂之香としても断る理由も無い。
おっとりしているように見える穂之香が、無駄の無い動きでお茶を用意してくれる。
その間も、沙耶佳はどこか落ち着きが無く、手があちこちを彷徨っていた。
「それで――何か相談事かしら?」
穂之香から相談事と言われ、どうして解ったのかと驚きの表情を浮かべつつも、すぐに深刻な表情へと戻っていく。
穂之香も解っているのなら話は早い。
沙耶佳は、相談事を話すことにした。
「う――うん。その――友達の事なんだけどね」
「そう。友達の――ね」
「ぅ、うん。それで、その――」
この娘でも「友達の事」なんていうベタな相談の仕方をするのかと微笑ましい気持ちになりながら、手ずから入れたお茶を一口すする。
「その娘が、友達――友達って言って良いのかな。えっと、友達にね、嘘を吐いちゃったんだって。
でも、その嘘が無いと、か――友達と離ればなれになっちゃうんだって」
話が進むにつれ、穂之香は「あれ?」と思うようになった。
てっきり、輝一にどうやって告白するべきかという相談だと思っていたのだ。
ただ、輝一に関する相談であることに違いは無いと思われるが――雲行きが怪しくなっていく。
「別れ別れになっちゃうのが怖くて嘘を吐いちゃったんだけど、今は、その嘘が重しになってるの。
謝らなきゃ謝らなきゃと思ってはいるのだけれど、嘘を吐いたことで嫌われたくないし――
でも、いつかはバレちゃう。ううん。きっとバレる。もうバレてるのかも知れない」
沙耶佳の勢い――何か黒いオーラでも見えてしまいそうな――そんな鬱屈した勢いに、穂之香は目を見張るように驚いた。
悪い方向に暴走し掛かっているように見える。
穂之香は、沙耶佳の隣に座り直し、彼女の硬く握られた手に自らの手を載せた。
そしてゆっくりと持ち上げ、優しく包み込む。
そのことに、はっと驚いたように沙耶佳が視線を上げる。
「大丈夫。落ち着いて」
その言葉が、どう心に染み渡ったのかは解らない。
沙耶佳の目から、つうっと一筋の涙がこぼれた。
どれほどの時間をそうしていただろうか。
沙耶佳が目を拭い、もう大丈夫と穂之香に伝えた。
「思うのだけれど、結局の所、二通りしか無いわ」
「二通り?」
「そう。――その嘘を墓場まで持っていくか、今すぐに謝るか」
「墓場までは、――無理かなぁ」
「そう。じゃぁ、今すぐに謝ってきなさい」
「今すぐ――」
「そうよ。こんなこと、間を置くだけ悪い方、悪い方――それこそ沙耶佳にとって最悪な方にしか行かないわ」
「でも――」
「謝らず、嘘もばれる――これが一番悪いパターンよね」
「――うん」
「じゃぁ、どうすればいいか解るわよね」
「そう――よね。そう。解ってはいる――のだけれど」
「うふふ。大丈夫。彼なら解ってくれるわ」
「にょ!?」
沙耶佳が、驚きの余り奇声を上げる。
そんな沙耶佳が珍しく、目を見張るようにして見つめてしまう。
視線を意識してかしないでか、見る間に真っ赤になっていく沙耶佳が妙に微笑ましく、穂之香は、くすくすと笑ってしまった。
沙耶佳は、慌てたように「違う」とか「なんで」とかわたわたしている。
それもまた、見慣れない姿なので穂之香が笑いを止めるまで数分を要するのだった。
「違うんだからねッ」
「はいはい。解ってます」
「解ってなーい」
大分落ち着いたとは言え、そうやって穂之香がからかうものだから、沙耶佳は顔を真っ赤にしながら否定するのだった。
それもまた微笑ましく、穂之香は笑みを浮かべる。
どうやってもからかわれると解ったからか、沙耶佳も諦めたようだ。
ぶつぶつと文句を言いつつも過剰反応することを諦めた様子だった。
「つまり、彼は、普通の交換留学生じゃないのね」
「うん。ちょっと訳あり」
「訳は、話せないってことね」
「うん。ごめんね」
「いいのよ」
沙耶佳が申し訳なさそうに謝ってくる。
穂之香は、そんな沙耶佳の頭を優しく撫でつけ声を掛けた。
しばし、そうしてから会話を続ける。
「――それで、どうするの?」
「うん。――きちんと言うわ」
「そうね。それが良いと思うわ」
「うん」
「だって、沙耶佳――嘘吐くのがヘタだもの」
「え!?」
「あなたは、そういうの向いてないわ」
「どうせ私は単純ですよーだ」
穂之香のばっさりと切り捨てた物言いに、沙耶佳は驚き、そして拗ねた。
普段の生徒会長として芯の通った態度からはほど遠い――親しい間柄でのみ見せる態度だった。
凜としているが、どこかよそよそしい態度より、よほど親しみが持てる。
――そんな年相応の姿に見えた。
2人で話し込んでいて、気がつかないうちに日が暮れていた。
窓の外は、すでに月明かりの照らす時間となっている。
「ごめんね。こんな時間まで」
「沙耶佳で久しぶりに遊べたからいいわ」
「なにそれ。ひっどーい」
「気にしてないってことよ」
「解ってる」
そんなたわい無い会話が続く。
さぁ、帰ろう――と準備をしている時だった。
キュっという音、それにパタパタと小さな音が続いた。
その音に沙耶佳が身を固くする。
「――沙耶佳?」
「い、今――」
「何?」
「――ううん。何でも無い」
自らが吐いた嘘が真になったかの様な音――
そんな音に対し、過敏になっていた沙耶佳と、生活音としか認識していない穂之香――
自らの言葉が霊障を招いてしまったのかと混乱に陥りつつも、そうそうそんなことは起こらないだろう――
言い聞かせるようにして気を紛らわせようとするが、あまり上手くは行っていなかった。
穂之香の目に映る沙耶佳の顔色は、悪い。
穂之香は、沙耶佳が心配で仕方ないのだが、彼女が何も言ってくれないので追求するわけにも行かず――
沙耶佳としても、こんなことを言えるわけも無く――
2人は、この件に関して話すことも無く、すっかり暗くなった校舎を後にするのだった。
Twitter @nekomihonpo




