6 悩み
神奈木輝一は、頭を悩ませていた。
賑やかな廊下を歩くが、その喧噪は耳に入ってきてはいない。
何らかの霊障を見付けなければいけないのだが、目的も無く彷徨っていた。
悩みの種は単純だが、難題だった。
月崎沙耶佳の周辺で起こっている霊障の件だ。
1人の時に足音が聞こえるという。
まだ、足音が聞こえると言うだけで、実害があった訳では無いが、気分の良い物では無い。
それが原因なのかは解らないが、情緒も不安定なようだ。
先日、店まで出向いて貰い、お守りを渡そうとしたときも、どこか落ち着きがなく、躁鬱の波が見て取れた。
お守りを渡したことで、落ち着いてくれればとも思ったのだが、思ったより効果が無かった。
この問題を解消しようにも、相手の正体が分からないことにはリアクションも取れない。
「いちにぃ、どうしたの? 難しい顔して」
輝一が顔を上げると、再従兄妹の神房莉奈がいた。
首からタオルを掛け、濡れた頭を拭っている。
どうやら、水泳部として一泳ぎしてきたようだった。
「ああ、莉奈か。文化祭の準備はいいのか?」
「ん。いいのいいの。ウチのクラス、お姫様喫茶店だし」
「喫茶店はいいとして、お姫様ってなんだ」
「お姫様主催のティーパーティーに招待されました――って趣の喫茶店」
「客がお姫様扱いされる訳じゃないのか」
「うん。客はあくまでお客様。お姫様は――えっと」
莉奈が、急にそっぽを向き言葉を濁す。
そんな態度を示す莉奈は、とんと見た記憶が無い。
輝一が訝しんでいると――
「笑わないでよ。その――私なんだ」
「なるほど」
莉奈の態度にも姫役にも、すとんと納得のいく事柄だった。
「なるほどって何よ。どうせ似合わないとか思ってるんでしょ」
「いや。いいんじゃないか」
「え?」
「おしとやかにしてれば、可愛いんだし」
「ぅぇ、え。――ぉ、おしとやかにしてればってナニよーッ」
莉奈が、顔を真っ赤にしながら手を振り上げる。
本気で殴りつけるようには見えなかったが、腕で防御しつつ避ける。
「ほら。そういう所がお姫様じゃないってんだよ」
「フンだ。どうせホンモノの姫には敵いませんよーだッ」
どこか本気ですねているように見えるが、何故そうなったのかは、いまいち理解出来ていない輝一だった。
「そうだ、莉奈。ここんとこ、怪しい足音を聞かなかったか」
「怪しい足音って、その時点で怪しいわよ」
「まぁ、そう言うな」
「特に無いけど。また姫?」
「あぁ。1人になると足音が聞こえるんだそうだ」
「ふぅん。それって確かめるの難しくない?」
「難しいんだよ」
「1人の条件も難しいし」
「と、言うと?」
「半径何メートルとかなのか、姫が1人と認識すればいいのか――とか」
「ああ、なるほど」
「いちにぃ、どうするの?」
「そうだなぁ――」
輝一は、困っていた。
どうにも解決策が思いつかない。
足音の霊障なぞ、それこそ掃いて捨てるほど存在する。
相手の正体が分からなければ、無駄玉になってしまう。
「まずは、ICレコーダーでも持ち歩いて貰うか」
「そだね。そんな所からスタートじゃない?」
「はぁ。困った」
「――それにしても姫も体質かなんか解らないけど、やっかいなモンだね」
「そうだな」
「1回、お祓いに行ったら?」
「それもありかもな」
どうにもほとほと困り果て、窓の外の空を見上げてしまう輝一であった。
月崎沙耶佳は、自己嫌悪に陥っていた。
1人しか居ないのを良いことに、だらしなく机に突っ伏していた。
こんな姿を生徒会の面々に見られたら、口々に何かを言われたことだろう。
突っ伏さずにはおられないくらいに自己嫌悪になっていたし、混乱し、これからの事に思い悩んでいた。
「あぁーッ。なんであんなこと言っちゃったんだろぅ」
自分の取った行動を省みて――単純で複雑な話だった。
ぼんやりと思っていたことだが、自分の発言で実感する。
彼が帰ってしまうことを嫌ったのだ。
足止めをする理由なんて限られている――
「好き――ってことかな」
沙耶佳は、自分で「好き」と言葉にした途端、妙に意識してしまい顔を真っ赤に染める。
がばっと起き上がり、妙にほてった顔の前で手を左右に振る。
1人しか居ないというのに、誰に対してのジェスチャーなのか――
そのことに思い至り、ぐてぇと机に崩れるようにして突っ伏した。
「はぁぁ。どぅしよう」
彼から選んで貰ったお守りを、ぼぅと見つめながら――出てくるのは溜息と愚痴とも付かない泣き言だった。
咄嗟のこととは言え、もう既に賽は振られ、駒は進み始めてしまった。
どうしたら良いのか――必死に考えているつもりだったが、良い策を思いつくはずも無く、ぐるぐると同じ所を廻っていた。
いろいろとシミュレーションを繰り返しているつもり――なのだが、どうにも良い未来が見えてこない。
「嫌われちゃう――よね」
そう呟くと、目をつぶり机に頭をこすりつける。
そうしたところで、何の解決にもならないのだが――
コンッコンッと扉がノックされる。
「ひ、ひゃい」
その音に驚いて、急ぎ身を起こし、返事をしたが――変な声が出てしまった。
沙耶佳は、自分のその声が妙に恥ずかしく、1人で顔を赤くしながら身を縮こまらせてしまう。
「月崎さん、ただいま戻りました」
「ぁ、おかえりなさ――ぃ」
扉を開き、輝一が入ってくる。
それに対し、おかえりなさいと返事をする自分が、家族のような――具体的に言えば妻の立場を感じさせ妙に嬉しいようでいて恥ずかしい気がした。
「失礼します」
それも輝一が、莉奈をともなって入ってくるまでだった。
莉奈の姿を見た途端に、沙耶佳の中にあった浮ついた気分が一気に下降する。
再従兄と再従妹という間柄なのだから、行動を共にしていてもおかしくない。
増して、霊絡みの件で協力して貰っているのだから、至極当然の行為だ。
そう理解していても、どこか面白くない――と言う感情が沙耶佳の内にあった。
「何か変わったことがありましたか」
「え?」
そんな微妙な心境が、顔色や態度に出ていたのだろう。
輝一がどこか心配そうな面持ちで沙耶佳へと問い掛ける。
「いえ、大丈夫です。何でもありません」
慌てて身振り手振りを交えつつ、否定する。
輝一は安心したような、莉奈は何か不思議な物を見たような――そんな表情を浮かべていた。
「また、足音が聞こえたら、遠慮無く行ってください」
「は、はい」
その後、輝一は現状の疑問点、問題点を挙げ、莉奈を交え今後の方針を相談する。
話し合いの最中も、沙耶佳はどこか気もそぞろで、時たま莉奈と目が合っては慌てて逸らすのであった。
「お渡ししたお守りでは、効果が無いかも知れません」
「いえ、大丈夫です。あれから足音も聞いてませんし」
「そうですか。それはよかった」
輝一は、安心したのか、ほっと息を吐き笑顔を浮かべた。
それに対し、沙耶佳は笑顔で応えたつもりだったが、胸の苦しさを覚え、きちんと笑顔を浮かべることが出来たか自信が無かった。
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