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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第四話
26/32

5 報告

 月崎沙耶佳(つきざきさやか)は、1人、生徒会室で書類と格闘していた。

文化祭まで、残すところ一週間。

まだ一週間もあるとは言え、いよいよ準備も本格的な物となる。

つまり、彼女の目の前にやってくる書類も本格的に増えると言うことになる。

出店許可、飲食物の取り扱い、演目の申請書――

他の役員も手伝ってくれているとは言え、最終的な責任者としての責務からは逃れられなかった。


「ぅんッ」


 書類整理が一段落したところで、背もたれに寄りかかるようにして背を伸ばす。

凝り固まった背中のほぐされる感覚が気持ちよい。

腕を突っ張るようにして目の前に伸ばす。

ふと、手の甲に貼られた大きな正方形の絆創膏が目に入る。


 輝一と机を入れ替えてから二日が経過していた。

その後、輝一は、彼の店に収蔵されている謎道具とお清めの塩を使って除霊をしてくれた。

なんでも、中途半端な知識で間違った儀式を行ったらしく、霊が校内を彷徨(さまよ)っていたらしい。

その甲斐あってか、その日から猫の鳴き声のような音は聞いていない。

この手の甲の傷――霊障も、あと数日もすれば綺麗さっぱり消えてしまうだろう。


「全て終わったから――」


 神奈木さんと一緒に文化祭を回れるかしら――と呟こうとして顔が赤くなる。

慌てて、顔の前で手を左右に振り、頭の中で否定をする。

――そして、自分1人しか居ない生徒会室で何をしているのだろうと気が付き、意味も無く落ち込んでみたりもした。


「ほんと、何してるんだろ――」


 自嘲気味に呟くと、イスからずり落ちそうな姿勢まで、ずるずるとずり落ちていく。

視線が低くなり、いつも見ている生徒会室と少し異なる景色が目に入った。

そのまま天井を見上げ――机へと視線を戻す。

まだまだ処置を終えていない書類の束が目に入り――姿勢を正すと書類へと手を伸ばすのだった。


 神奈木輝一(かんなぎこういち)は、校内を彷徨(うろつ)いていた。

眼鏡――と言うよりはサングラスに近い――を外し、目元を強く押す。

疲れた目にじんわりと心地の良い圧迫感がある。

相当に目が疲れているようだった。


 彼が掛けている眼鏡を「霊鑁の闇吸(れいばんのぐらす)」と言い、霊障を視る事が出来る道具である。

いかんせん、レンズの部分が普通のレンズに比べると出来が悪く、視界が歪んでしまう。

そんな物を掛けて行動していれば、目に無理が掛かり疲れるのも道理であった。


「輝一くん、お疲れ~。今日も生徒会~?」


 現在、校内において1人しか居ない男子生徒としては、ハーレム状態であるのだが――現実は、一方的にもてあそばれているような状態であった。

特に親しくなったという女生徒もおらず、少々寂しい感もあるが、こう気さくに声を掛けて貰えるのは悪い気はしない。


「そ、生徒会」


 そう言いながら、腕を上げ、生徒会と書かれた腕章を見せる。

この生徒会の腕章には何かと助けられていた。

女生徒だらけの校内を1人で彷徨(うろつ)いていても、生徒会だから――と、お目こぼしが貰える。

その権限を使って、悪さをするつもりは毛頭無いが、こうして霊障が無いかと見回るには好都合だった。

――もっとも、沙耶佳もそれを解った上で貸与してくれているわけだが。


 その後も文化祭の準備で賑やかな校内を1人彷徨(さまよ)い、――今は屋上で夕日を眺めていた。

周囲に人気は無い。

そもそも、生徒の自由な立ち入りは許されていない場所であるため、生徒を見かけることは、基本的に無い。

禁止されているとは言え、鍵が必要と言うことも無く、出ようと思えば、こうして自由に出ることが出来る。

念のために給水タンクの周囲も見て回ったが、特にこれと言った霊障の気配を見付けることは出来なかった。


「そろそろ、この仕事も終わりかなぁ」


 校庭を見下ろすようにして、そんな呟きが漏れた。

仕事が終わったら、当然、この学院から立ち去ることになる。

これから文化祭だというのに、――少し寂しい気がした。


「報告に戻りますか」


 一つ伸びをし、身体を左右にひねる。

ふぅと息を吐くと、気分が少し晴れたような気がした。


 【◇】


 月崎沙耶佳は、パニックに陥っていた。

表面上は、普段と何ら変わりの無い、冷静沈着な生徒会長を装いつつ、頭の中は考えがまとまらず視界がぶれるような錯覚を覚えていた。


「月崎さん?」

「ええ、そうですね――」


 輝一からの問い掛けに、適当に相づちを打つ。

自分でも何と答えたのか定かでは無い。

それくらいに混乱していた。


 話自体は、単純な話だった。

沙耶佳が、1人、生徒会室で書類と格闘していたところに輝一がやってきた。


「失礼します」

「――神奈木さん、お疲れ様です」


 ドアの開く音がし、輝一が挨拶をしながら入ってきた。

沙耶佳は、面白味の欠片も無い書類から顔を上げ、輝一を迎え入れた。

ちょうど書類整理には飽きてきているところだったのだ。

輝一は、応接用のソファに腰掛けると、眼鏡――霊障を見ることが出来ると言う道具を外し、目頭を押さえる。

前に沙耶佳も掛けさせて貰ったが、視界が歪むので目が疲れるのだ。


「ほんと、お疲れ様です」


 沙耶佳はそう言いつつ、ポットからお湯を注ぎ、紅茶を用意し、輝一の前へと置いた。

そして、自分の分も用意し、向かい合うようにしてソファに腰掛ける。


「いただきます」

「お茶菓子もあれば良かったのですが」

「いえいえ。さすがにそこまでお仕事の邪魔をしては申し訳ないです」

「ふふ、大丈夫ですよ。

 ちょうど、書類整理にも疲れていたところです。

 神奈木さんがいらしたので、息抜きが出来ます」

「そう言っていただけると、助かります」


 輝一が、紅茶を口に含む。

ティーパックとは言え、良い香りが口腔内を満たし、その温かさは、身体の疲れをほぐしてくれるようでもあった。

輝一がゆっくりと紅茶を味わっている様を見て、沙耶佳も一口、口に含む。

沙耶佳も書類整理で疲れていたためか、紅茶の温かさが心地よかった。


「――文化祭まであと少しですね」

「はい。がんばりましょう」


 にこにこと沙耶佳が答える。

輝一は、真面目な顔をして――どこか寂しそうにも見えた。


「どうかしましたか?」

「いえ。見回った限り、特に不審なところもありません」


 良いことずくめではないかと思いつつ、暗いトーンなのが気になった。

沙耶佳が、何と答えるべきなのか逡巡していると、輝一が先に口を開く。


「これで僕もお役御免ですかね」


 その言葉を聞いて、ティーカップを落としそうになるが、なんとか堪えることが出来た。

透明感のある紅い水面が、激しく波打つ。

それは、沙耶佳の動揺を映し出しているようにも見えた。


「用も無いのに女子校に居続けるわけにも行きませんし――

 文化祭を見て行けないのは残念ですが――」


 そこまで話して、沙耶佳の反応が無い事に気がつく。


「神崎さん?」


 沙耶佳からは、心ここにあらずと言った生返事が返ってきた。

先ほどまでのにこやかな様子から一転、心なしか、顔色も悪いように見える。


「大丈夫ですか?」

「ええ、その――そう、足音が聞こえるんです」

「足音ですか」

「はい。足音です。――その、夜遅く独りで校舎に残っていると、後ろから足音が――」

「どんな足音ですか」

「どんな――えっと、そうですね。何と言えばいいのか――ひたひたとでも言いますか」

「ふむ。靴音では無さそうですね」

「そ、そうですね。もっと柔らかい音だと思います」


 輝一は、どうやって調査した物かと思考を巡らせていた。

1人の時に聞こえてくると言うことは、一緒に居ては解決出来ない可能性が高い。

まずは沙耶佳にお守りでも持たせ――と考えているところで、沙耶佳が不安そうにこちらを見ていることに気がついた。

顔を上げ沙耶佳の顔を見やる。

沙耶佳は、何かはっとしたような表情を浮かべたかと思うと視線を逸らした。

輝一は、この態度を不安に思っているからだ――と解釈した。


「不安かとは思いますが、大丈夫ですよ」

「いえ――」


 根拠はなかったが、まずは安心させる方が大事かと思い、大言とは自覚しつつ、大丈夫ですよと発言してみた。

してみたのだが、その反応はかんばしくない。


「どうしますか? お店によって行きますか?」

「は、はい」


 お守りを少しでも早く渡して安心して貰った方が良さそうだと思っての提案だった。

輝一の予想以上に沙耶佳が食いついてきたので、少々面を喰らってしまう。


「お仕事は大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。終わりにしました」


 終わりにしましたという言葉に少し違和感を感じながらも、沙耶佳が大丈夫だと言うのだから大丈夫なのだろうと納得し、

輝一と沙耶佳は、連れだって生徒会室を後にするのだった。


Twitter @nekomihonpo


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