2 言いがかり
神奈木輝一は、数人の女生徒に取り囲まれ――詰問されていた。
輝一には全く心当たりが無いのだが、彼女らの言い分を聞くに、輝一がとある女生徒をもてあそんだというのだ。
空き教室に連行され、壁際に追い立てられ、強引に逃げることも出来ず、ギャンギャンと喚き立てる彼女らをなだめるのに必死だった。
冷静さを失っているように見受けられる彼女らから、情報を引き出すのは至難の業だった。
実に骨が折れる。
心がすり減っていく感じがした。
彼女らは、紫兎里お姉さまの信奉者――取り巻きで、ここのところ病に伏せっていたお姉さまが、久しぶりに登校なされたかと思えば、階段で転倒し怪我を負っただけでなく――
その階段は、問題となっていた階段では無く、自宅の階段らしいが――
それだけで無く、今日、その美しい御髪をばっさり短くしておられる。
どうなさったのかと問うてみれば、イメージチェンジであり、気にするなと無下なお言葉。
これは、何かあったに違いない。
髪を短くすると言えば、男性に振られたからに違いない。
身近な男性と言えば――
と言う乱暴な理論で輝一を締め上げている――と言うことを把握するまでに、心がすり減って無くなるのでは無いかと錯覚するほどだった。
「お姉さまをキズモノにしておいてなんて言い種――」
「ああ、お姉さまの心の傷はいかほどかと」
「ですから、そのシトリさんなんて知りませんって」
「まッ。あれだけの事をしておいてよくもぬけぬけと」
「何をしたって言うんですか」
「そんなことを私たちに言わせる気なんですのッ」
会話ってのはキャッチボールだと思うのだが、どうにもキャッチボールを行えている気がしない。
のれんに腕押し――のれんの方がどれだけ楽なことか。
そんな徒労感を感じていた。
彼女らが何を求めているのかも解らないため、落としどころを探ることも出来ない。
とは言え、下手に落としどころに関する発言――失言をして自分の首を絞めるのもよろしくない。
ひたすらに彼女らの逆鱗に触れないよう気をつけつつ、のらりくらりと乗り切ることだけを考えていた。
――のらりくらりというよりは、急流くだりのような危うさを感じずにはいられなかったのだが。
パタパタパタと廊下を走る音が聞こえてきた。
過ごした時間は短くとも、ここがお嬢様学校であると言うことはイヤと言うほど認識しており、その音がお嬢様学校に似つかわしくない珍しい物だと言うことも解る。
そのらしからぬ音が近づいてきたかと思うと、ガラッと教室の扉が開いた。
淑女と言うにはほど遠い乱暴な音だった。
輝一を取り囲んでいた女生徒達が一斉に振り返る。
輝一も、そちらへと視線を向けた。
「あなたたち、何をしているんですッ」
息を弾ませながらも、無理矢理押さえつけ凜とした態度で沙耶佳がこちらへと歩いてくる。
チッという舌打ちと共に、周囲の女生徒達から、潮が引くかのように熱気が消えていった。
「なんでもありませーん」
「こいつから話を聞いていただけでーす」
態度からして、真面目に応える気は一切ありませんと宣言していた。
輝一は、その態度はいかがな物かと思いながらも、状況が変化したことに安堵の息を漏らさずにはいられなかった。
「じゃぁ、私も混ぜて貰えるかしら」
こめかみに血管が浮き出ていてもなんら不思議の無さそうな――そんな無理の感じられる笑顔で沙耶佳が応える。
「もう話は済んじゃいましたしー」
「ほら、行こッ」
「ちょっと、待ちなさい」
沙耶佳の制止も聞かず、ぞろぞろと――ほぼ例外なく憎々しげな視線を輝一に投げかけてから立ち去っていった。
入れ替わるようにして、沙耶佳が輝一の前へとやってきた。
「大丈夫ですか」
「ええ。お陰様で――助かりましたよ」
心底、安心したような安堵の息を吐き出すのだった。
輝一は、特に隠す必要性も感じなかったため、詰問されていた内容を、ほぼそのまま沙耶佳に伝える。
沙耶佳は、輝一の話を聞きながら、既に居なくなった彼女らに怒りをあらわにしていた。
その様を見ていたら、輝一の中にあった苛立ちは、どこか霧散していくの感じた。
「何を笑っているんですか」
「え?」
「顔が笑ってます」
沙耶佳が顔を見つめてくる。
先ほどまでの怒りとは別の怒った表情を浮かべている。
笑っていると指摘され。頬に手をやるが、輝一にはよく解らなかった。
それでも彼女が笑っているというのだから、きっと笑っているのだろうと納得が出来た。
先ほどまで取り囲まれ、辟易としていた精神状態が嘘のように晴れ渡っていた。
「はは」
「何が可笑しいんですか」
「いえ。月崎さんに助けられて、本当によかったと思っていたところです」
「それと可笑しいことの関係が解りません」
どこかすねたようにも見える仕草は、なんとも可愛らしいと言うか、微笑ましい姿に見えた。
輝一にも、どこかからかっているという認識はあったのだろう。
あまりいじりすぎるのもどうかと思ったので、先ほどの話に戻ることにした。
「それで、シトリさんというのは――」
「はい。同じ学年の羽糸久紫兎里さんですね。私と生徒会長の座を争った方です」
「仲が悪いんでしたっけ?」
「そこまで酷くはありません。――たぶん」
「髪を切ってきたとか」
「今日はまだ見かけていませんが、女性の私から見ても綺麗な髪をしていましたよ」
「そうですか」
「あの髪をばっさり切られたのだとしたら、私でも何があったのかと心配してしまいます」
「――なるほど」
正直な所、失恋で髪を切るという話は聞いてはいたが、輝一には理解出来ないモノであった。
ライバル関係にある沙耶佳ですら、相手の心配をしてしまう――と言うことは、男には理解の出来ないナニかがあるのだろう。
輝一は、そう結論づけ――ナニがあったのかは詮索しない方が吉だと思うことにした。
「何にせよ、助かりました」
「いえ。神奈木さんが複数人の女子に連れて行かれて、剣呑な雰囲気だと聞いたもので」
「それで助けてくれたんですね。ありがとうございます」
「ぁ、はい。それもあるんですけど――」
「と言うと、何か用事ですか?」
「相談があるんです」
「相談と言うことは、何か奇妙なこと絡みですか」
「はい。その――猫の鳴き声がずぅっと付いてくる感じなんです」
空き教室なのをいい事に、そのまま沙耶佳から話を聞くことにした。
向かい合うようにして、近場のイスに座り、話を聞く。
昨日から猫の鳴き声が聞こえてくると言うのだ。
学内の至る所で聞こえ続け、外に出ると聞こえなくなる。
一日中聞こえ続け、あまりにもおかしいと思い、輝一に相談しようとしていた所、先ほどの事態に出くわしたというわけだ。
「それは、今も聞こえますか?」
輝一の質問に対し、沙耶佳は目をつぶると耳を澄ませるような仕草をし、ゆっくり目を開けて周囲を見回した。
「聞こえます。どこからというのは解りませんが、どこか遠いようで近い――そんな曖昧な感じです」
「なるほど」
輝一は、そう応えつつ耳を澄ませる。
輝一の耳には、これっぽっちも聞こえてこなかった。
沙耶佳の耳が物凄く良いという可能性も無いわけでは無いが、そうではないだろうと思った。
「学内だけと言うのが妙ですね」
「は、はい。私もそう思って――神奈木さんに相談しようと思ったんです」
「とは言え、ちょっと難しそうですね」
「――そうですか」
専門家である輝一にそう言われてしまっては、素人である沙耶佳にはどうしようもない。
意識的にやったわけでは無いが、消沈し落ち込んだ態度が出てしまう。
それを見て、輝一が少し慌てたようにフォローする。
「ぁ、いや。何か柑橘系のモノを身につけるとか持ち歩いてください」
「柑橘系ですか。香りと言うことですね」
「ええ。そうです。柑橘系の臭いを嫌う動物は、結構いるので――多少の魔除けにはなります」
「正月飾りにも付いてますね」
「あれは、どちらかというと験担ぎの方がメインですが、魔除けの胡散臭さを誤魔化しているのかも知れませんね」
「験担ぎなんですか?」
「ええ。あれは橙色で、子孫繁栄しますように――と言う験担ぎなんですよ」
「先祖代々という事ですね。なるほど」
「動物が嫌うので、家を護るという意味もあったのかも知れません」
そろそろ休み時間も終わる。
調査をするにしても、道具も何も無い状態ではままならない。
申し訳ないが、放課後はすぐに家に帰ると言い、その日の調査は行わない事になった。
とは言え、何を使ったモノかと頭を悩ませるのであった。
Twitter @nekomihonpo




