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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第三話
21/32

8 現場3

 神奈木輝一(かんなぎこういち)は、その日、生徒会室にお邪魔していた。

一応、お手伝いという建前は頂戴しているので、お邪魔していてもなんら不思議は無い。

とは言え、勝手に資料室へと入るのは(はばから)れたため、応接セットの方に座っている。

今は1人で沙耶佳のまとめたノート、調書、写真を目の前に拡げ――天井を眺めていた。

チロチロと細かい明滅を繰り返す蛍光灯を見つめていたわけでは無いのだが――

蛍光灯の眩しさが視界を塗り潰すかのように周囲の景色を遠ざけ、雑音を消してくれていた。

目を見開いていたためか、渇きを覚え、数度瞬きをした後に目をつぶる。

残像としてまぶたに映る蛍光灯が、じわりと拡散していく。


 そんな残像を見ながら、事件のことを考えていた。

階段、鏡、被害者のこと。

覚えている範囲で、被害者の顔を思い起こす。

不思議と輪郭と言うか、印象が被っていて、細かい描写があやふやになる。

そこまで被害者はそっくりだっただろうか――

話をした限り、お嬢様学校でも色々な性格(キャラクター)をした人がいるモノだと驚きというか、面白味を覚えていたような気がする。

その割りに、いざ、こうして思い起こすと印象が被る。

天井から視線を戻し廊下の方を見やると、にこやかに挨拶を交わしながら歩いてくる沙耶佳が目に入った。

長い髪をなびかせ――ふと、被害者は、決まって髪の毛の長い生徒だったことに気がつく。

お嬢様学校とは言え、被害者の全てが全てロングヘアーの生徒というのは偏りすぎでは無いだろうか。

何らかの意図、キーワードと言ったモノとも思えてくる。


「神奈木さん、何か解りましたか?」

「はっきりとは解っていませんが、多少は――」


 輝一は、そう言いつつ鞄から木箱を取り出し、天井を見上げる。

沙耶佳も木箱に興味を示しつつも、釣られるように天井を見上げた。

沙耶佳には、極々ありふれた天井に思える。

首をかしげつつ視線を戻し、輝一に尋ねた。


「天井がどうかしましたか?」

「いえ。線香程度の煙なら大丈夫かな――と」

「煙探知機ですか」

「ええ、そうです」

「それなら大丈夫です。さすがにタバコとなると解りませんが」

「そうですよね」


 安心しましたと言いつつ、箱に力をぐっと入れると、パカと割れた。

輝一は、慣れた手つきで箱の中に写真をセットすると線香に火をともし、箱の側面から中へと入れた。


「これは?」

「この箱は、零砥霊震具と言って、霊障をある程度視認することが出来る道具です」

「え?」

「中には先日の階段の写真が入っています。覗いてみてください」


 沙耶佳は、恐る恐る箱を覗き見る。

霊障が見えるなどと言われたので、さぞや怖い物が見えるのかと心構えをしていたのだが、見えたのは白い「もや」だった。

拍子抜けもいいところである。


「何に見えますか?」

「え?」


 輝一から、「何が」ではなく、「何に」と問われた。

この白いもやが何かを示しているらしい。


「えっと――そうですね。強いて言えば、鏡から何かが出ている感じでしょうか」

「正解です」

「正解?」


 そう言いながら沙耶佳は、箱から目を離し、輝一を見やる。


「月崎さんも霊感が無い事が解りました」


 輝一が、肩をすくめるようにしながら言う。

思わず、鳩が豆鉄砲を食ったよう――食らわせた事は無いので、どんな顔かは知らないが、呆気に取られてしまう。

さすがに、それだけでは解らないので、説明を求めた。


「霊感があれば、もう少し具体的な形に見えるんですよ」


 輝一は、僕にも無いんですがね――と苦笑を浮かべながら頭を掻いた。


「まぁ、その辺は莉奈に見て貰いましょう」

「神房さんに?」

「ええ。彼女は、僕よりも霊感がありますから」


 沙耶佳が、テーブルを挟み、輝一に向き合うように座る。

輝一は、箱から線香を取り出し先端を折る。

極々少量となった線香から、煙が立ちのぼり、臭いが2人に絡みつく。


「それで、気になったことがあるのですが――」


 輝一がそう切り出すと、なんでしょうと沙耶佳が首をかしげながら尋ねた。


「聞き込みを行った女生徒さんが、皆ロングヘアーなのが気になったのですが――」

「え? そうでしたか?」

「ええ。覚えている限りでは皆。――ロングヘアーが流行っているとかは無いですよね?」

「そうですね。確かに伸ばしている娘は多いですが、皆が皆という訳では――」


 沙耶佳はそう言いながら、自分がまとめたノートを見返し、名前と記憶のおさらいをしていた。

まだ輝一と聞き込みに行っていない生徒も含め、彼女の記憶の限りでは、皆が皆、長髪だった。


「確かに、神奈木さんの言われるとおり、ロングにしている生徒ばかりな気がします」

「そうですか――」

「いくらなんでも、この偏り方はおかしいですよね?」

「ええ。異常です。ロングヘアーの女子に何か恨みがあるとか――考えにくいですね」


 被害者の傾向が解ったところで、手詰まりには違いなかった。

とは言え、あの階段には何かがあることは間違い無かった――

その時、コンコンと扉がノックされ沙耶佳の返事も待たずに開かれる。


「失礼しまーす」


 そう言いながら、莉奈が入ってきた。


「ぁ、いちにぃ。居た居た――ッ。姫、し、失礼します」


 輝一に気がつき、声を掛けたところで沙耶佳の姿が視界に入った。

途端、背筋を伸ばし、ぎくしゃくとした動きになる。


「神房さん、わざわざすみません」

「あぁ、いえいえ。いいんです。そんなの何の問題もありません」


 輝一は、沙耶佳に対して妙な対応をしている莉奈がおかしくて笑い声が出そうになるのを堪えるので大変だった。

そこまでしゃちほこ張る必要も無い気がするのだが――外部の人間には解らない何かがあるのだろうか。


「それで、いちにぃ。写真は――ああ、箱持ってきたんだ」

「まぁな。これが手っ取り早いしな。早速で悪いが見て貰えるか」

「うん。いいよ」


 先ほど、消したばかりではあるが、再度、線香に火をともし箱の中に入れる。

箱から漏れ出す香りが室内に漂う。

莉奈は、箱を持ち上げ、中を覗き込んだ。


「白い棒みたいなのが出てることまで解るんだが――」

「手だね」

「手?」

「そう。手。無数の手。箱の限界かな」


 莉奈は、箱から目を離し、拡げられていた写真の一枚を手に取り見つめる。

じーっと見つめた後、ふぅと肩から力を抜き、写真を放り出した。


「やっぱり、道具が無いとだめだね」

「写真だけじゃ無理か」

「うん、無理。そこまで強いモノじゃないみたい」

「そうか」

「神房さんは、手と仰っていましたが――」

「は、はい。手です。手なんです」


 頃合いを見計らい問い掛けてきた沙耶佳に対し、ここが生徒会室であることを忘れ油断しきっていた莉奈は、一気に身を固くして応える。

零砥霊震具を覗き込んだ莉奈には、無数の手が見えていた。

鏡の一点から複数の腕が、周囲をまさぐるように伸びていた。

その一点からは、何か黒いモノが滲み出ているかのように見えないでも無かったのだが、箱の中は薄暗いためはっきりとしない。

そこで写真を直に見たのだが、莉奈の霊感では、道具無しでは判別が付かなかったのだ。

莉奈は、自分が見た物を2人に――主に沙耶佳への説明に重きを置いて――説明する。

輝一は、再度自分で覗き込むが、はっきり手と言えるようなモノは見えなかった。

鏡の黒いモノにも注意を向けてみるが、輝一の霊感では解らなかった。


「鏡のどの辺なんだ?」


 輝一は、箱から目を離しつつ、莉奈に確認を取る。

莉奈は、写真の一部を指でくるんと描きつつ、ここだと応える。


「この辺だな」

「うん。そう」


 輝一が、油性ペンで印を付ける。

その写真を手に取り、ペラリペラリと振りながら――


「実地検証と行きますか」

「み、見に行くんですか」

「ええ。詳しく見てみないことには解りませんし」

「そ、そうですよね」


 どこか尻込みする沙耶佳だったが、自分に気合いを入れるかのように握り拳を胸の前で作り、うんと言う。


「僕らで行ってきますから、月崎さんは無理しなくとも――」

「いいえ。私も行きます。会長ですから」

「いやいや。それこそ会長なら、下っ端をこき使ってくださいよ」

「そ、そうですよ。姫はここで――」

「いいえ。私も行きます」


 輝一と莉奈の説得を遮って、自分のやる気を見せる沙耶佳。

その様に、輝一と莉奈は、顔を見合わせる。

2人は説得を諦め、結局3人で階段へと向かうことにしたのだった。


 夕日で赤く照らし出された階段は、白い「もや」を見てしまったからか、どこか怪しく見えた。

輝一は、階段を上り、踊り場の鏡へと近づいていく。


「ぁ、危ないですよ」


 思わず、沙耶佳が声を掛ける。

輝一は、大丈夫ですよと応えつつ、鏡を覗き込んだ。

莉奈に示して貰った場所を中心に念入りに覗き込む。

とは言え、霊感が無いからか、特に怪しいようには見受けられない。


「莉奈、何か感じるか?」

「どれ。いちにぃは鈍ちんだからな~」


 輝一が脇に避け、莉奈が鏡を覗き込む。

ん~とうなり声を上げながら覗き込むが、特に何も無いのか、手でぺたぺたと触り出す。

鏡に触れたまま、目をつぶってみたりもするが――特にコレと言った反応は無かった。


 莉奈を見ていた輝一も、これはダメかと視線を外す。

一瞬、窓の外――夕日の赤に視線を移し、それから沙耶佳の方を向く。

今回は失敗したと伝えようと思っていたのだが、視線を移動させた際、視界の隅で何かが引っかかった。

それが何だったのかと、ゆっくり視線を戻す。

とは言え、よく解らない――ので、何度か視線を動かし違和感を探る。

その様子に沙耶佳も莉奈も何事かと(いぶか)しんだが、輝一が、何かに気がついたらしいと察し、固唾を飲んで見守った。


 何度目かの往復の後、輝一は違和感の正体に気がついた。

高さで言えば、輝一の頭の上――腕を伸ばせば悠々届く高さに紙が挟まっていた。

少し背丈が小さい女子ならば、精一杯の高さであろう位置だった。

正面から見たのでは解らなかったが、横から見れば、その白いスジが見て取れる。

爪程度では引っかかる場所も無く、引っ張り出せなかったが、シャーペンの先を使い何とか引っ張り出すことに成功した。

沙耶佳も莉奈も興味津々――と言ったところなのだろう。

輝一の背後、両側から覗き込むようにして手元の紙を見つめた。


 その紙は、4つに折られたルーズリーフだった。

見た目、まだまだ十分に白く、また、手触りもしっかりしており、新品同様に思える。

輝一がゆっくりを紙を開く。

誰とも無く、ごくりと喉が鳴る。

紙には、ひらがな、数字が規則正しく、女子特有の丸っこい字で書かれていた。


「これは?」


 沙耶佳は、見たことも無いが、そんな彼女でも、これが異様な紙だと言うことは解る。

専門家の2人へと、質問を投げかけたのも当然と言える。


「降霊術用の台紙ですね」

「降霊術ですか」

「まぁ、そんな格式張った物では無く、こっくりさんとかキューピットさんとか呼ばれる類のモノです」

「これが――」

「見たことありませんか」

「は、はい。私は見たこと無いです。話には聞いたことがありますが」


 沙耶佳は、物珍しそうに輝一の手の紙を上から下から覗き込む。

そんなに見たところで、大して面白味のある紙では無いのだが――と輝一は思いつつ、莉奈へと向き直る。


「莉奈。何か感じるか?」

「たぶん――送還されてないんだと思う」

「と、なるとゆっくり調べるわけにも行かないか」

「うん。早い方がいいと思う」


 そこまで会話が進んだところで、沙耶佳がおずおずと手を挙げる。

まるで教師からの問い掛けに対し、答えに自信が無いかの様だった。


「月崎さん、どうしました?」

「お邪魔しちゃいけないと思うんですけど――そうかんって何ですか?」

「ああ、なるほど。送り返すことですよ」


 まだ、頭の上に疑問符が付いているように見えたので説明を続ける。


「こっくりさんの類は、一種の召喚術です。

 呼び出されるのは低位の霊とは言え、呼び出したからには解放してやらなければいけません。

 間違った手段が広まっている可能性もありますが――わざと送還していない可能性もあります」

「わざと――ですか」

「ええ。送還しないことで、一種の呪いを掛けるんですよ」

「それが、階段の事故ですか」

「恐らく」


 たった一枚の紙が、急に空恐ろしいモノに見えてきた。

つい先日まで自分の身に降り注いでいた事態を考えれば、コレもまた不気味で身の毛のよだつモノであった。

――ブルッと、沙耶佳の身体を悪寒が走り抜けた。


「本当は、子細に調べたい所ではあるが――」

「どうするんですか?」

「ひとまず――そうですね。校舎裏にでも行きましょう」

「校舎裏ですか」

「ええ。1階からならすぐに出られるでしょうし、人の目も無さそうだ」

「そうですね。この時間なら、人気は無いと思います」


 輝一は、そのルーズリーフを表から裏から何度も見やりながらも1階へと下ってゆく。

沙耶佳と莉奈は、そんな輝一を見守りつつ、後を付いていった。

被服室の鍵が開いていたのをいい事に、その中を突っ切り、上履きのまま校庭へと出る。

そして、そのまま校舎に沿って裏へと回った。

途中、大きめの石を拾い、雑草も無く開けた地面にザリザリと線を引き始める。

それは、真ん中に大人1人が悠々座っても余りある大きさをした井の字だった。

書き終わると、その手にしていた石をぽいと投げ捨てる。

莉奈は、身をかがめ石へ手を伸ばすと、更に脇へと除けた。

それに視線を向けることも無く、輝一は、井の字の前へとしゃがみ込むと、鞄を漁りだした。

ごそごそと手を突っ込んでいたかと思うと、木の棒を数本取り出す。

沙耶佳は、それを見て、また井形状の物を組むのだと察した。

輝一は、2人が見守る中、棒を組み合わせ、井形状にし、紐で結わいてゆく。

四つの井形状の物を組み上げ、地面に描いた井の字の四方、各所に一つずつ突き立てた。

そして井の字の中央にルーズリーフをそっと置く。

拝むように手を合わせ――


「エンジェルさん、エンジェルさん。ありがとうございました。お帰りくださいませッ」


 そう言いながら、鞄から取り出した白い粒――塩をルーズリーフへと振りかけた。

パラパラとルーズリーフにぶつかる音がする。

沙耶佳と莉奈は一言も発さず、成り行きを見守っていた。

一呼吸、二呼吸置いてから、降り注いだ塩が青白い炎を上げる。

それは、瞬く間にルーズリーフ全体へと広がり、一瞬のうちに炭へを変えてしまった。


 パンッ――と、輝一が柏手を打った。

その唐突な音に驚いたのか、きゃッと沙耶佳が小さな悲鳴を上げる。

一瞬、目をそらしてしまった沙耶佳が、視線を戻すと、もう、そこには黒い跡すら残さず、ただただ井の字が残るだけであった。


「――これで、終わりですか?」


 あまりにもあっけない結末に、いまいち不安が拭いきれず、沙耶佳がおずおずと問う。

輝一は、井形の木片を片付けながら――


「ええ、エンジェルさんが引き起こしていた事故は、無くなると思いますよ」

「エンジェルさんが悪さをしてたんですか?」

「推測だらけになりますが、恐らく、送還せずにロングヘアーの人のことを(おとしい)れていたんでしょうね」


 確かに、ロングヘアーの生徒ばかりが事故に遭っていた。

とは言え、それはそれで疑問が残る。


「ロングヘアー限定なんですね」

「ううん。たぶん、エンジェルさんが理解出来なかったんです」


 沙耶佳の疑問に莉奈が答える。

地面に残った井の字を、足で払って消し終えると、輝一が校舎の方を指差し戻りましょうと告げる。


「恐らく犯人は、明確な対象を指定していたはずです」

「エンジェルさんが、その相手を理解出来なかった――と?」

「ええ、恐らく。所詮は低位な霊ですし」

「低位なんですか?」

「低位とか高位とか明確な区分けがある訳じゃありませんが、所詮は素人の召喚儀式ですしね」

「動物や虫、形が無い有象無象みたいなモノの集合なんですよ」


 莉奈からの補足に、そうなんですねと頷きながら校舎へと戻る。

そのまま、再び階段へと向かい、輝一は写真を撮った。


 そうして、その日の調査は、お開きとなった。

後日、写真を確認したところ、怪しい「もや」は見受けられず、この件は解決したのだろう――と判断された。


Twitter @nekomihonpo


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