7 現場2
神奈木輝一は、月崎沙耶佳と一緒に校内を歩いていた。
不可解な事件に関する被害者からの証言を得るためである。
ちなみに、今日も莉奈はこの場に居ない。
今回、話を聞こうと思っていた相手は、莉奈のクラスメイトなので、橋渡しをお願いしたいところだったのだが――
雨有樹美佳、1-D所属、つややかな黒髪を腰の辺りまで伸ばしており、深窓の令嬢といった雰囲気だ。
――が、男性に慣れてないのか、脅えた素振りが見え隠れしており、腫れ物に触るような緊張があり、どこか残念だ。
話は、輝一が質問をしつつ、何故か沙耶佳が樹美佳に聞き直すという、伝言ゲームの様相を呈していた。
彼女の件を要約すると、先日の後井先輩と同じように思われた。
放課後、たまたま図書室で勉強をしていた。
遅くなってしまい帰ろうと移動したところ、階段で突き落とされた――と言う物だった。
後井先輩の場合と違い、1人で行動していたため、誰も見てはいないそうだ。
幸いなことに、ケガと言うほどのケガは無かった。
――足をひねった程度で済んでいる。
「こっちでいいんだよね?」
「ひゃ、――はい」
「雨有さん、大丈夫だから」
「は、はい。すみません。姫様に、ご、ご迷惑をおかけして」
「いいのよ。大丈夫だから」
輝一は、どういう訳かすっかり警戒されてしまっていた。
沙耶佳は、苦笑を浮かべつつフォローに回っている。
女子校なのだから、男子が苦手だという生徒が一定数いてもおかしくは無いのだが、こうまで苦手とされるのかと認識を新たにしていた。
輝一としては、少しでもおびえを取り払いたいところだが、どうしたらいいのか思いつかず――苦笑を浮かべるしか無かった。
事ここに至り、スパッと諦め、フランクにしつつも淡々とこなすことにした。
「え? ここ?」
「は、はい。ここです。ここで突き飛ばされたんです」
沙耶佳が驚いたような声を上げる。
それもそのはずで、後井先輩が突き落とされたと主張する2階と3階とを繋ぐ階段だった。
後井先輩の時との違いと言えば、樹美佳の場合、真ん中の踊り場から2階へと下りる際に突き落とされたと言うことだろう。
「この件の調査で、場所は調べていなかったんですか?」
沙耶佳が驚いたことに対して、輝一は疑問をぶつける。
沙耶佳は、周囲を見回しながら――
「報告書には記載されていたのだけれど――直接出向いては居なかったので」
後半に行くほど、尻すぼみとなっていき、今まで出向いていなかったことを恥じた。
わざわざ、輝一を留学生制度まで利用して呼び寄せておいての体たらくである。
本来であれば、事前に現場を念入りに調べ、その上で協力をお願いするべきだったのだ。
聞き取り調査と、その調書のみで事件のあらましを知った気になっていた。
クラスや学年、部活、委員会までも異なる生徒が――まさか同じ階段で事故に遭っているとは思わなかったのだ。
言い訳を述べれば、まだまだいくらでも出てくるが、結局、どこか真剣さが足りていなかったのだろう。
「後で報告書を見せて貰っても?」
「ええ。それはもちろん構いません」
「じゃぁ、ここはもういいですかね」
「そ、そうね」
「それじゃぁ、雨有さん。ご協力ありがとうございました」
「ぃ、いえ。私なんかが姫のお役に立てるのなら、もう何度でも構いませんので」
雨有さんは、妙に恐縮しながらも、輝一の目には、どこかナニかに燃える視線に思えた。
それはあくまでも、沙耶佳に対する視線であり、輝一に対する物では無かったが。
沙耶佳が、ただいまと言いつつ、生徒会室の扉を開ける。
生徒会の手伝いという立場になったとは言え、輝一には、そこまで言う度胸は無かった。
無難に失礼しますと挨拶しつつ、部屋へ入る。
「あら、おかえりなさい」
副会長の鶴舞穂之香が、仕事の手を休め、2人へ挨拶をした。
他の2人は、席を外しているようだ。
「ちょっと、奥に居るわね」
「お茶は?」
「そうね。――お願いするわ」
「輝一さんは、奥で待っていてください」
「了解です」
奥にある資料置き場として利用されている小部屋に入る。
パイプイスに座って待っていると、沙耶佳が資料を持って入ってきた。
彼女が取りまとめたノートの他にペラ紙の資料が数枚――
「お待たせしました」
「いえいえ。――それは?」
と、ペラ紙の方を指差す。
「取り調べ調書――とでも言ったところでしょうか」
「ああ、なるほど。原本って訳ですね」
「ええ。そうです」
「見ても?」
「はい。どうぞ」
被害者本人に書いて貰ったのか、筆跡はバラバラだった。
当然のことながら、出てくる言葉も話の流れも表現もバラバラで、理解するどころか読むのにも一苦労する。
その点、沙耶佳のまとめたノートは実に見易い。
そういった事を実感するのだった。
「図書室の帰り――って言うのは、さっきの階段ですかね?」
「西とも東とも書かれていないので、断言は出来ませんが、先ほどのことを考えると、同一かも知れません」
「鏡階段ってのも一緒ですよね」
「はい。鏡階段は、あの階段の鏡から付いた名前です」
そうして、全ての調書を見直していくと、予想していた不自然さが浮かび上がってきた。
「ここまで同じ階段だなんて――」
表現の差異を穿った見方でまとめた感はあるが、ほぼ全ての件が同じ階段で起こっていた。
信じられない物を見たかのような表情のまま、沙耶佳が輝一を見やる。
「取り敢えず、怪しい点が出てきましたね」
「ぇ、ええ」
「他にも共通点があるといいのですが――」
「どうしますか?」
「そうですね。――被害者への聞き込みと階段の調査をしていきましょう」
「はい」
「今日は、もう遅いですし、明日からですね」
「そうですね」
窓の外は、日が沈み、街灯の明かりが目立つようになってきていた。
まだ、残っていた役員達を退散させ、家路へとつくのであった。
【◇】
神奈木輝一は、月崎沙耶佳と一緒に校内を歩いていた。
いつもと違う点は、今日は神房莉奈も一緒だという点だろう。
沙耶佳と2人で歩いているときも、遠巻きに何かを言われているが、莉奈と一緒だと一層注目の的のようだった。
「それで、いちにぃ、どーするわけ?」
「被害者への聞き込みと階段の調査かな」
「聞き込みに私も行っていいの?」
どうなんでしょうと沙耶佳へとお伺いを立てる。
構いませんよと微笑みながら答えを頂戴した。
「ぁ、ぅ、姫――じゃなかった。会長がそうおっしゃるなら、はい」
「神房さん。月崎でも沙耶佳でも、もっと気楽に呼んでください」
「ぇ、ぅぇ? そ、そんな。恐れ多いこと――」
「神房さんとの間に壁を感じてしまって、寂しいです」
沙耶佳が、俯くようにし、声も抑え気味に悲しさを表現する。
「えぇ!? そんな。えっと、その――月崎先輩――で、許してくださいよ」
莉奈から妥協点を引き出したことに満足したのか、一転、明るい調子で応え、莉奈を圧倒する。
何故か顔を真っ赤にしている莉奈に対し、輝一は、その点を突っ込むべきか悩んだが、藪蛇になりそうなので蓋をすることにした。
「む。何見てるのよ」
「ぃゃ。面白いなぁと思って」
「うっさい」
莉奈はそう言いつつ、輝一の足へとローキックを叩き込んだ。
輝一は、うわと声を発しつつバランスを崩す。
遠巻きに見ていた生徒達から、まぁと言うような声が上がるが、莉奈は気にしていないようだった。
そんな2人を、沙耶佳は一瞬驚いたように見ていたが、やがてくすくすと笑い声を漏らしながら一緒に歩いて行く。
その日の聞き込み対象は、2-Aに所属している依多武桔花という生徒だった。
小麦色に焼けた肌に、長く伸びた髪をポニーテイルにし、すらりとしたシルエットに活発な印象を加えていた。
その姿を見て、輝一は、何か既視感――と言うほどの物では無いが、頭の隅に引っかかる物を感じた。
「あれ? 桔花先輩じゃないですか」
「あらら。莉奈っちと姫様なんて、妙な組み合わせね。――それに噂の男子くんも居るし」
依多武さんが、訪ねてきた面子を見やりながら、最後に輝一を射すくめるように見つめる。
これは、歓迎されていないのかと思いつつ、軽く会釈をする。
「噂の男子くんは、ハーレムをご所望かな?」
一瞬、何を言われたのか理解出来ずに固まってしまう。
「違いますッ」
「先輩、何言ってるんですか」
固まっている輝一が、反応できずにいる合間に、沙耶佳と莉奈が勢いよく反応する。
その様を見て、依多武さんはくすくすと笑っていた。
「ご所望されているのは、2人の方だったか」
「何の話ですかッ」
2人の顔が一層赤くなりながらも、そこには触れないようにして本題に入ることにした。
この依多武さんは、水泳部――莉奈の先輩にあたり、どうにも話を混ぜっ返さないと生きていけない性分らしい。
所々で、沙耶佳と莉奈をからかう物だから、話が中々進まなく、輝一としても手を焼いた。
依多武さんから話を聞くも、特に目新しいことは無く、やはり同じ階段で転落したという共通点しか見出せなかった。
「こんな所でいい?」
「ええ、ありがとうございます」
「なんか解ったら、教えてね~」
はいと答えたいところではあったが、場合によっては信じて貰えない内容になるため、苦笑を返すしか無かった。
3人は、依多武さんに礼を言い、教室を後にする。
「何か解りましたか?」
「いえ。ただ、ここまで同じ場所で転倒事故が起きているというのは、胡散臭いですよね」
「他の人もあそこなんだ」
「ああ、そうだ。仮にいじめというか、嫌がらせなのだとしたら、同じ場所でやるのは馬鹿げている」
「そうよね」
「やはり、何か霊障――と言うことでしょうか」
「嫌がらせよりは、可能性が高そうです。莉奈、今から階段に行くぞ」
「いいけど、アテはあるの?」
「そこなんだよなぁ。一応、道具を少し持っては来たけど――莉奈の勘に期待してる」
「――まぁ、視てみるけどさ」
期待していると言われ、悪い気がしない莉奈は、口では不満そうに応えながらも、どこか嬉しそうにしているのがダダ漏れだった。
沙耶佳としては、こういう時、なんら手伝いが出来ないことが、少しもどかしく思えた。
階段までやってくると、輝一は荷物から眼鏡ケースのような箱を取り出し、莉奈へと渡す。
「何か視えたら教えてくれ。その場所を重点的に撮るから」
「解った」
どうやら、本当に眼鏡ケースだったようだ。
今風からはほど遠い眼鏡が出てきた。
莉奈は、その野暮ったい眼鏡を掛け、階段の方へと向かう。
そのかたわらで、輝一はフィルム式のカメラを取り出し、階段周辺をパシャパシャと撮り始めた。
「あの眼鏡は?」
「あれは、得楠霊眼鏡という眼鏡です。莉奈のような霊力を持つ人間が掛けることで霊障の有無を見ることが出来ます」
「じゃぁ、すぐに解決ですね」
「いや、そこまで万能じゃないんですよ」
「え? そうなのですか? 見えているのだから、解決も早いかと思ったのですが」
「僕は視る事の出来ない側なので、なんとも言えませんが――視る事の出来る人間に言わせると、
この世は、霊で充ち満ちているそうです」
「――充ち満ちている」
「しかも、視る事が出来るだけですから――根本的な解決には直結しません」
「ぁ。つまり、この間のように、それぞれに適切な対処をしなければならない――と」
「そういうことです」
輝一と沙耶佳が会話を交わしている間にも、莉奈は階段を一段一段、ゆっくりと左右を見回しつつ登っていた。
ゆったりと階段を上りきり、踊り場を見下ろす。
そのまま、階段を――今度は、まっすぐに踊り場へと下りていく。
そして、鏡の前に立ち、輝一へと顔を向ける。
「いちにぃ、コレ」
「ふむ。鏡か」
「鏡って、視づらくて、はっきりと断言出来ないんだけど、――やたら暗いのが気になる」
「解った」
そう言うや、輝一はカメラを構え、パシャパシャと撮り始めた。
鏡、その周辺――角度を変え、位置を変え――何枚も撮影した。
しばらく撮影をしてから、階下で待っていた沙耶佳の元へと2人が戻る。
「もう終わりですか?」
「取り敢えずってところですね。あとは現像して何が出てくるか――」
「やっぱり、鏡が気になるかなぁ。あとは、特に気になるとこ無いよ」
「そうか。――それにしても、普段、生活してて気がつかなかったのか?」
「だって、こっち来ないもの」
「まぁ、図書室なんかには、縁無さそうだもんな」
「失敬だぞ」
「まぁまぁ、2人とも。終わったのなら戻りますよ」
「そうですね」
「は~い」
そうして、その日の調査を終えた。
Twitter @nekomihonpo




