6 現場1
翌日――神房莉奈を呼び出し、相談した日の翌日のことであるが、神奈木輝一は、月崎沙耶佳と一緒に校内を歩いていた。
放課後になったばかりと言うこともあるのだろうが、沙耶佳に挨拶をしてくる生徒が多い。
大抵は、その後、ギョッとしたように輝一を見て驚くのが通例となっている。
それだけ自分が異物なんだと、改めて認識するばかりである。
沙耶佳が申し訳なさそうにしているのが、輝一にとっても申し訳なかった。
「姫様、ごきげんよう」
「はい。部活頑張ってくださいね」
本当にごきげんよう等という挨拶をするモノなんだなぁ。と、どうでもいい感想を抱きつつ、廊下を歩く。
部活を頑張れと挨拶を返したと言うことは、沙耶佳は、彼女がどこかしらの部活に属していると言うことを知っているのだろう。
莉奈のことも知っていたみたいだし――生徒会長という職分は、生徒のことを把握することだっただろうか。
そんなとりとめの無いことを考えつつ――
「神奈木さん、どうかされましたか?」
「え? あぁ、いや。月崎さんは、人気者だな――と」
輝一の言葉に、そんなことないです――と、顔を真っ赤にしながら沙耶佳が応える。
そんなことはないと言うが、そもそも生徒会長などと言う物は、人気投票と言えなくも無い。
生徒会長――いばら姫の選出人気投票と言うことだ。
「月崎さんは、信任投票だったんですか?」
「いいえ。違います。決選投票に勝ち残ったんです」
「決選投票――と言うことは、その前段階があったんですね」
「ええ。それはまぁ――伝統行事と言いますか、立候補、推薦に関係無く投票がスタートするのです」
「それは凄いですね。つまり、月崎さんは、いばら姫の選出投票に勝ち残ったわけだ」
「え? その――完全に違うと否定は難しいですね」
「決選投票まで残るだけでも大変そうだ」
「そう――だと思います」
そう話す沙耶佳の顔が、少し陰ったように感じられた。
今の会話に、何か嫌な事を想起させる内容が含まれていただろうか――
「――すみません」
「え?」
「いや――少し調子に乗りすぎたようです」
「いいえ。そんなことありません。――その、少し心配なことがあって」
「心配事?」
「――はい。その、決選投票まで勝ち残った人が、最近、学院を休んでて」
話すかどうか少し迷った素振りを見せつつ、結局、話すことを選んだようだった。
決選投票まで勝ち残った――準優勝という表現もおかしいだろうが、準ミスと言うことだ。
「えっと――副会長が決選投票まで残った――という事では無いんですか」
「はい。穂之香や他の役職の方々は、私の指名なんです」
「準ミスを生徒会に加えるかどうかは、月崎さん次第ってことですか」
「じゅ、準ミス――確かに、人気投票と捉えれば、そう言えなくもありませんが」
「で、その人を最近見かけないと――」
「そうです。――そうですね。神奈木さんと知り合った頃でしょうか」
「そう言われると、無関係に思えなくなるので不思議ですね」
「ぁ、ご、ごめんなさい。そういう訳じゃ無くて――」
「大丈夫ですよ。――心配されるということは仲が良かったと」
「ぁ、えっと――どうでしょう。私は、仲良くしたいと思っていたのですが、
あまり良くは思われてなかったみたいです」
そう言われて、どう応えろというのか――輝一は、苦笑いを浮かべるしか無かった。
決選投票に残った人物だ。
それなりに人気があり、プライドもあったのだろう。
そんな人物が、人気投票で打ち負かしてくれちゃった相手と仲良く出来るだろうか。
沙耶佳は、その相手に嫌われて――あるいは恨まれていたのかも知れない。
そこまで考えて――それは、邪推に近いモノだったが――沙耶佳が立ち止まったので、輝一も立ち止まる。
「ここですね」
そう言われ、輝一は、教室のプレート見上げた。
3-Cと書かれた教室の前だった。
怪奇現象の調査――と言うことで、再度、被害者に話を聞くために回っている。
莉奈も一緒に行動する予定であったが、彼女にも彼女なりの都合という物がある。
――バイトだそうだ。
「失礼します」
そう言って、沙耶佳が教室の開けっ放しになっている扉をくぐる。
放課後になったばかりと言うこともあり、かなりの生徒が残っていた。
「あれ? 姫じゃない。どうしたの3年の教室に来るなんて」
「はい。後井さんは、いらっしゃいますか?」
「後井ね。えっと、弥生~。姫がお呼びだよ~」
「ん? なに~」
ちょっと待ってね~。と言って、後井さんが来るまでの間、呼び出してくれた生徒と目が合い、ぺこりと会釈する。
それに釣られたのか、彼女の方も輝一にぺこりと会釈した。
「姫――と、話題の男の子じゃん。何? どういう集まり?」
話題の――ってのはどういうことだと疑問に思わないでも無かったが、考えてみれば、女子校に男子がやってくれば話題にもなるか――と納得し、問い質すことはやめておいた。
呼び出された後井弥生は、軽くウェーブの掛かったロングヘアが印象的な先輩だった。
「後井さん、少しお時間よろしいですか」
「ん。いいけど」
「じゃぁ――相談室へ行きましょう」
他の生徒達から好奇の視線を向けられつつ、相談室と呼ばれる教室へ移動した。
――もっとも好奇の視線に居心地の悪い思いをしていたのは輝一だけだったが。
相談室は、それほど大きくもなく、会議用の長机4つ、周囲を囲むパイプ椅子、壁一面の書類棚という簡素なモノだった。
その机を挟むようにして後井先輩と沙耶佳が座る。
輝一は、一瞬悩んだ後、沙耶佳から一つ間を置き、パイプ椅子に座った。
「それで、階段から突き落とされた件について、もう一度お話しください」
「ん? いいけど――」
そう言いながら、後井先輩が輝一に視線を向ける。
それに対し、沙耶佳は問題ありませんと頷き返した。
「ま、いいけど。もう3ヶ月になるんだねぇ。
夕方――と言うよりも、夜かな?
委員会の仕事で遅くなって、さぁ、帰ろうと階段下りようとしたら、
どんって突き落とされてね。
マキが居たから助かっちゃった。
ぁ、こーいちくん、見る?
その時、切っちゃった傷」
「大丈夫だったんですか?」
「おでこの脇んとこ切っちゃってね。
傷跡はほとんど残らないらしいけど、まだちょっとグロいよ?
ほら、ここんとこ――」
そう言いながら、前髪を掻き上げ、輝一に傷口を見せてくれる。
3cmほどの縫い跡が見て取れた。
後井先輩は、ほとんど残らないと言ってはいたが、やはり女子の顔に傷というのはいたたまれない気分になる。
前の髪型を知らないが、髪の毛で隠すと言うことは、コンプレックスになっているのだろうか。
「ありがとうございます――と言うのも変かも知れませんが」
「あはは、そうだね。傷口フェチなら、ごちそうさまかもだけど」
「――嫌なフェチですね」
その明るい様子が無理してのモノなのかは、輝一には解らなかったが、さらりと流せそうで安心した。
「突き落とされたとの事ですが、犯人は見てないんですよね」
「そうそう。そうなんだよ。
逃げる足音も聞こえなかったし。
マキも見てないし、聞いてないって。
もっともマキは、私が血を流してることにパニックになってたから、怪しいけど」
少し考えてから、現場で簡単な再現をしてもらうことにした。
後井先輩は、快諾、教室を出て廊下を進む。
「あら? 1階への階段じゃないのですか?」
「んにゃ。1個上だよ」
そう言って、3階へと上がる。
園城学院の校舎は4階建てだ。
4階に1年生、3階に2年生、2階に3年生という振り分けになっている。
「大きい鏡ですね」
その3階へと上がる階段の途中、踊り場の所に高さ3メートルはあるだろうか――巨大な1枚の鏡が据え付けられていた。
2007年度卒業生一同寄贈と書かれている。
その脇に、小さなプレートが据え付けられており、1988年度卒業生一同、1996年度~と書かれていた。
「はい。卒業生からの寄贈品ですね。
長年使用していると、汚れてきてしまうので、定期的に新しくしています」
「まぁ、そうでもしないと、卒業生からの寄贈品で溢れかえっちゃいますしね」
「ふふふ、そうですね。そういう面も否定できません」
輝一は、率先して階上へと向かい、くるりと振り返る。
3階から踊り場を見下ろすと、鏡が正面に見える。
「ここから――落ちたと」
「ええ。階段の内側へ向かって、対角線上に――何回転がったかまでは覚えていないけれど」
「こんな感じですかね」
そう言いながら、輝一がゆっくりと階段の上を転がる。
後井先輩がそんな感じと同意しながら、輝一に着いてゆっくりと階段を下る。
輝一の視界に、鏡と実像の2つが写り込む。
そして、ゆっくりと踊り場に転がり落ち座り込んだ。
「それで――マキ先輩でしたか――は、どちらに?」
「ん。こっちだね」
そう言って、後井先輩が踊り場から階下へと少し下りた位置に立った。
輝一もそこへ移動し、周囲を見回す。
この位置からなら、鏡に映った階上を見ることも可能だった。
とは言え、全てを見渡せるわけでは無い。
再び、踊り場に移動し、階上を見やる。
転がり落ちたと言うことなので、座り込んで視点を低くした。
階段が邪魔となり、立っているときとは見え方が大きく変わる。
鏡にせよ、直接にせよ――思った以上に階上は見えなかった。
足音はともかく、姿を捕らえることは難しかっただろう。
階上を見ながら、階段を上がる。
3階に到達し、周囲を見回す。
当然と言えば当然かもしれないが、コレと言って怪しいところは見受けられなかった。
「怪しい人影も、足音も無かったんですよね」
「そうだね。犯人が、忍び足のプロだったら解らないけど」
「――どんなプロですか」
「それで、何か解った?」
「まぁ、もう少し調べてみますよ。後井先輩、今日はどうもありがとうございました」
「お役御免?」
「はい。そうなります。ありがとうございました」
「いいよいいよ。また、なんかあったら何でも聞いてよ」
「はい。そうさせて貰います」
輝一と沙耶佳は、立ち去る後井先輩へと頭を下げ見送った。
周囲に誰も居なくなってから、沙耶佳が話しかけてくる。
「どうですか?」
「まだ、何とも。――他の人にも話を聞いてみましょう」
「そうですね」
「とは言え――今日は、もう遅いですし――帰りましょうか」
「はい」
「遅くなりましたし、送っていきましょうか?」
「ぃ、いえいえ。大丈夫です。えっと、ほら、生徒会で遅くなることもありますし。大丈夫です」
沙耶佳が慌てたようにして、輝一の申し出をやんわりと拒否する。
輝一の方は、その勢いに少し気圧されてはいたが、特に執着することもなく、あっさりと受け入れた。
一旦、生徒会室に戻ってから、その日は解散となったのだった。
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