3 挨拶
校内放送が、生徒達に講堂への集合を告げる。
留学生制度により、他校の生徒が学院へとやってきた。
その紹介と挨拶を行うのだ。
神奈木輝一は、緊張で気持ち悪くなりそうだった。
登校初日、挨拶を行う旨は、あらかじめ告げられていたので問題無い。
それなりに考えては来ていた。
いたが――園城学院が女子校だとは気がついていなかった。
挨拶の出番を待つべく、舞台の袖で待機する。
知らず知らずの内に、腹に手を当てていた。
「緊張――していますよね」
生徒会長でもある月崎沙耶佳が、輝一の仕草を見て声を掛けてきた。
心配そうに輝一を見つめている。
輝一としては、心配ありませんと見栄を張りたいところではあったが――
「ぇ、ええ。そりゃぁ、まぁ」
「大丈夫――と言っても無理からぬ事とは思いますが、いい子達ばかりです。大丈夫ですよ」
「はは、ありがとうございます」
沙耶佳が、声を掛けてくれたことによって、多少なりとも緊張がほぐれたことは間違い無かった。
今、舞台では、学院長先生が話をしていた。
輝一の耳には、どこか遠くの声に聞こえる。
自分のことを話しているのだが、どうにも実感が湧かない。
「さぁ、行きましょう」
「ぇ、ああ」
沙耶佳に先導される形で、袖から歩み出て舞台へと立つ。
ざわっと意識の波が押し寄せてくる。
輝一には、講堂のざわつきが、波のように感じられた。
沙耶佳がマイクの前に立ち、スイッチを入れると――その波が嘘のように引いてゆく。
「みなさん、おはようございます。生徒会長の月崎です。
ご存知のように、今日、1人の生徒が、我が学院の仲間となります。
我が学院には無かった風を、新しい息吹を、その人はもたらしてくれることでしょう。
私たちもまた、その人に新しい息吹を感じて貰えるよう、新しい仲間を迎え入れましょう」
沙耶佳の話が続いていたが、輝一は緊張で話半分も頭に入ってはいなかった。
ライトに照らし出された沙耶佳が、妙にキラキラ光って見えたことだけが印象に残る。
気がつけば、沙耶佳がこちらへと向き直り、輝一をマイクの前へと促していた。
「神奈木さんなら大丈夫です」
すれ違いざまに笑顔で――輝一にしか聞こえない程度の声量で励ましてくれた。
その一言が、すとんと腑に落ちたのか――妙に心強く、落ち着くことが出来た。
「みなさん、初めまして」
一旦、話し始めると、思った以上にスムーズに言葉が出てきた。
さすがに、講堂に居並ぶ生徒達の反応を感じ取るほどに余裕は無かったが、それでも用意した原稿の通り言い切ることが出来た。
熱烈な歓迎の拍手――と言う訳には行かなかったが、形ばかりの拍手を貰うことに成功する。
「ふぅ」
「ふふ、お疲れ様です」
一仕事終えた気分で、大きなため息を吐いたところに、沙耶佳から声が掛かる。
「一杯一杯で、もう帰りたい気分ですよ」
輝一は、苦笑を浮かべつつ、愚痴とも本音とも図りかねる言葉を漏らす。
あくまでも、今のは学院生全体への挨拶であり、これから、クラスでの挨拶が控えているのだ。
それを考えると、また胃の辺りが重たくなるような感触があった。
「まだ帰っちゃだめですよ」
「ふぅ。仕方ないですね」
「クラスに案内しますね」
「生徒会長、自らですか」
「はい。私のクラスですから」
「あぁ、そうなんですね。それは助かります。さすがに、知り合いが誰も居ないと心細くて――」
「はい。私が居るので大丈夫です」
講堂から退去していく生徒達のざわつきが収まってきた頃、舞台袖に繋がる控え室から出た。
すっかり生徒の居なくなった講堂は、明かりが落とされ自然光だけが照らし出す空間となっている。
窓から差し込む日の光は、暖かく、学院の暖かさと錯覚させる何かがあった。
【◇】
講堂での挨拶は、まだ一方通行の強みというか、聴衆との距離が開いていたのでよかった。
教室での挨拶は、そうはいかない。
クラスメイトとなる女子生徒との距離が近い。
彼女らの好奇心、嫌悪――そう言った視線が直接感じられる距離なのだ。
輝一は、針のむしろに座るというのは、こういう感覚か――と言うことを痛感していた。
挨拶を終え、質問タイムに移るのかと思ったが、先生がそんなことは許さなかった。
それはそれで、助かったことに変わりは無く、ほっと息を吐き出すのだった。
割り当てられた席は、窓際の一番後ろだった。
少しでも遠ざけたいという心理の表れだったのだろうか――と邪推をしそうになるが、輝一としても、四方八方を女子に囲まれるよりプレッシャーが少なく、ありがたい席位置だった。
これで、隣が沙耶佳だったりすると、もっと大助かりだったのだが、さすがにそこまでは甘くなかった。
沙耶佳の席は、中央の一番後ろだった。
輝一の位置から、横を向くと、二人を挟んだその向こうに沙耶佳が見える。
ちょうど、彼女もこちらを向いていた。
一瞬、驚いたような顔をしてから、にっこりと笑顔を浮かべつつ、小さく手を振ってくれた。
それは、敵地としか言いようのないこの教室という戦場において、橋頭堡のように感じられた。
休み時間に入ると、輝一は様々な視線に囲まれる。
興味、拒絶、躊躇――彼女らの気持ちが分からないでも無いだけに苦笑せざるを得ない。
教室の微妙な空気を感じ取ったのか、遠巻きに見ているだけの壁をかき分け、沙耶佳が声を掛けようかとしたとき――
教室後部の扉が、バンッという派手な音と共に開かれる。
教室内のクラスメイトが何事かと振り返った。
輝一も音のした方を見やるが、人の壁でよく見えない。
が、その必要も無かった。
人垣がゆっくりと割れ、そのけたたましい音を立てたであろう人物が、輝一の方へとやってきた。
「ちょっと! いちにぃ。これはどういうことなの!」
「あれ? 莉奈じゃないか。どうしたんだ?」
「どうした? じゃないわよッ。なんでいちにぃがここにいるのよ」
神房莉奈――神奈木輝一の再従姉妹にあたる。
祖父の妹の孫であり、輝一の一つ下である。
輝一の記憶にある彼女よりも大いに成長はしていたが、それでも輝一より若干背は低く、
胸も大いに成長した――とは言いがたいサイズであった。
ツーサイドアップで可愛らしくまとめられた髪に、不釣り合いなほど機嫌を悪くした顔がセットになっていた。
目がつり上がり、輝一を威嚇するその表情は――せっかくの美人さんが台無しじゃ無いか――という感想を抱かずにはいられなかった。
莉奈の勢いに圧倒されていたのは、輝一だけに限らず、周囲に居たクラスメイト達もだった。
沙耶佳も、その勢いに目を白黒させていた。
が、それも僅かな時間のことである。
輝一と莉奈のやり取りを聞いて、2人が顔なじみだと言うことは解った。
――それ以上の仲なのかは、解らなかったが。
「そうか。莉奈の通ってるとこだったか」
「そ、そうよ」
「じゃぁ、しばらくよろしく頼むな」
「だ、だから、なんでいちにぃが――」
輝一が笑みを浮かべつつ右手を差し出してきたのを見て、莉奈は赤面しているであろう自分を感じた。
それが気恥ずかしく、更に顔が赤くなる。
ちらりと差し出された右手を見て、おずおずと右手を差し出し握る。
「し、仕方ないんだから。こんなところでも迷惑掛けないでよね」
「ああ。気をつける」
もう握手は終わり――とばかりに強く振り払う。
莉奈は、なんとなく正視しづらく、横を向いた。
と、こちらを見ている沙耶佳と目が合った――気がする。
「神房さん――だったかしら」
「は、はい」
どうやら気のせいでは無かったらしい。
いばら姫とも呼ばれている生徒会長から声を掛けられ、一瞬にして頭が冷えた。
思わず姿勢を正してしまう。
しかも、彼女は、莉奈の名字を知っていたのだ。
記憶の糸を辿るが、莉奈が名乗ったという記憶は無い。
種明かしをすれば何の事は無い。
神房莉奈という少女は、目立つ生徒なのだ。
いくら生徒会長と言えど、全生徒の名前を覚えている――と言うような特殊技能は無い。
それでも、話題に上がりやすい生徒――と言うのは耳に入ってくる。
この神房莉奈という生徒は、トラブルメーカーとまでは言わないまでも、生徒会室の茶請け程度の話題にはなる生徒だった。
情に厚く、弱者を見捨てることの出来ない性格――だと沙耶佳は聞いている。
「神奈木さんのお知り合いなのね」
「は、はい。そうです。えっと――再従兄妹でいいんだっけ?」
「そうだよ。――莉奈は、年の近い血縁と言うこともあって、幼なじみみたいなモンですね」
「――血縁で幼なじみ」
沙耶佳のその呟きは、声が小さかったこともあり、輝一の耳には届かなかった。
仮に届いたとしても、事実の再確認としか受け取らなかっただろう。
莉奈は、沙耶佳に声を掛けられ頭が冷えたこともあり、少し冷静に物事を見ることが出来るようになっていた。
――沙耶佳と輝一の関係に疑問が湧く。
いくら同じクラスだからと言って、初日からここまでフランクになれるだろうか?
「いちにぃは、姫とみょ~に仲がいいみたいだけど?」
「え? あぁ、ちょっと――な」
「ちょっと何よ」
「どうしたんだ? 久しぶりに会うとは言え、ちょっと当たりが強いぞ?」
「そ、そんなこと無いわよ」
「そうかぁ?」
「そうよ」
輝一に、そう指摘され、確かに少し自分らしからぬ態度を取っているかも知れない――と思いはしたが、素直に認めるわけにはいかなかった。
口からはついつい否定の言葉が漏れる。
ぱんッ。と一拍。
沙耶佳が手を打っていた。
「はい。そろそろ次の授業ですよ。神房さんも教室へお戻りなさい」
「は、はい。し、失礼しました」
沙耶佳に声を掛けられ、莉奈が慌てて教室を出て行く。
輝一は、その後ろ姿を見やり、ため息とも苦笑とも付かない何かが漏れるのだった。
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