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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第三話
16/32

3 挨拶

 校内放送が、生徒達に講堂への集合を告げる。

留学生制度により、他校の生徒が学院へとやってきた。

その紹介と挨拶を行うのだ。

神奈木輝一(かんなぎこういち)は、緊張で気持ち悪くなりそうだった。

登校初日、挨拶を行う旨は、あらかじめ告げられていたので問題無い。

それなりに考えては来ていた。

いたが――園城(そのしろ)学院が女子校だとは気がついていなかった。


 挨拶の出番を待つべく、舞台の袖で待機する。

知らず知らずの内に、腹に手を当てていた。


「緊張――していますよね」


 生徒会長でもある月崎沙耶佳(つきざきさやか)が、輝一の仕草を見て声を掛けてきた。

心配そうに輝一を見つめている。

輝一としては、心配ありませんと見栄を張りたいところではあったが――


「ぇ、ええ。そりゃぁ、まぁ」

「大丈夫――と言っても無理からぬ事とは思いますが、いい子達ばかりです。大丈夫ですよ」

「はは、ありがとうございます」


 沙耶佳が、声を掛けてくれたことによって、多少なりとも緊張がほぐれたことは間違い無かった。

今、舞台では、学院長先生が話をしていた。

輝一の耳には、どこか遠くの声に聞こえる。

自分のことを話しているのだが、どうにも実感が湧かない。


「さぁ、行きましょう」

「ぇ、ああ」


 沙耶佳に先導される形で、袖から歩み出て舞台へと立つ。

ざわっと意識の波が押し寄せてくる。

輝一には、講堂のざわつきが、波のように感じられた。

沙耶佳がマイクの前に立ち、スイッチを入れると――その波が嘘のように引いてゆく。


「みなさん、おはようございます。生徒会長の月崎です。

 ご存知のように、今日、1人の生徒が、我が学院の仲間となります。

 我が学院には無かった風を、新しい息吹を、その人はもたらしてくれることでしょう。

 私たちもまた、その人に新しい息吹を感じて貰えるよう、新しい仲間を迎え入れましょう」


 沙耶佳の話が続いていたが、輝一は緊張で話半分も頭に入ってはいなかった。

ライトに照らし出された沙耶佳が、妙にキラキラ光って見えたことだけが印象に残る。

気がつけば、沙耶佳がこちらへと向き直り、輝一をマイクの前へと促していた。


「神奈木さんなら大丈夫です」


 すれ違いざまに笑顔で――輝一にしか聞こえない程度の声量で励ましてくれた。

その一言が、すとんと腑に落ちたのか――妙に心強く、落ち着くことが出来た。


「みなさん、初めまして」


 一旦、話し始めると、思った以上にスムーズに言葉が出てきた。

さすがに、講堂に居並ぶ生徒達の反応を感じ取るほどに余裕は無かったが、それでも用意した原稿の通り言い切ることが出来た。

熱烈な歓迎の拍手――と言う訳には行かなかったが、形ばかりの拍手を貰うことに成功する。


「ふぅ」

「ふふ、お疲れ様です」


 一仕事終えた気分で、大きなため息を吐いたところに、沙耶佳から声が掛かる。


「一杯一杯で、もう帰りたい気分ですよ」


 輝一は、苦笑を浮かべつつ、愚痴とも本音とも図りかねる言葉を漏らす。

あくまでも、今のは学院生全体への挨拶であり、これから、クラスでの挨拶が控えているのだ。

それを考えると、また胃の辺りが重たくなるような感触があった。


「まだ帰っちゃだめですよ」

「ふぅ。仕方ないですね」

「クラスに案内しますね」

「生徒会長、自らですか」

「はい。私のクラスですから」

「あぁ、そうなんですね。それは助かります。さすがに、知り合いが誰も居ないと心細くて――」

「はい。私が居るので大丈夫です」


 講堂から退去していく生徒達のざわつきが収まってきた頃、舞台袖に繋がる控え室から出た。

すっかり生徒の居なくなった講堂は、明かりが落とされ自然光だけが照らし出す空間となっている。

窓から差し込む日の光は、暖かく、学院の暖かさと錯覚させる何かがあった。


 【◇】


 講堂での挨拶は、まだ一方通行の強みというか、聴衆との距離が開いていたのでよかった。

教室での挨拶は、そうはいかない。

クラスメイトとなる女子生徒との距離が近い。

彼女らの好奇心、嫌悪――そう言った視線が直接感じられる距離なのだ。

輝一は、針のむしろに座るというのは、こういう感覚か――と言うことを痛感していた。

挨拶を終え、質問タイムに移るのかと思ったが、先生がそんなことは許さなかった。

それはそれで、助かったことに変わりは無く、ほっと息を吐き出すのだった。


 割り当てられた席は、窓際の一番後ろだった。

少しでも遠ざけたいという心理の表れだったのだろうか――と邪推をしそうになるが、輝一としても、四方八方を女子に囲まれるよりプレッシャーが少なく、ありがたい席位置だった。

これで、隣が沙耶佳だったりすると、もっと大助かりだったのだが、さすがにそこまでは甘くなかった。

沙耶佳の席は、中央の一番後ろだった。

輝一の位置から、横を向くと、二人を挟んだその向こうに沙耶佳が見える。

ちょうど、彼女もこちらを向いていた。

一瞬、驚いたような顔をしてから、にっこりと笑顔を浮かべつつ、小さく手を振ってくれた。

それは、敵地としか言いようのないこの教室という戦場において、橋頭堡(きょうとうほ)のように感じられた。


 休み時間に入ると、輝一は様々な視線に囲まれる。

興味、拒絶、躊躇――彼女らの気持ちが分からないでも無いだけに苦笑せざるを得ない。

教室の微妙な空気を感じ取ったのか、遠巻きに見ているだけの壁をかき分け、沙耶佳が声を掛けようかとしたとき――

教室後部の扉が、バンッという派手な音と共に開かれる。

教室内のクラスメイトが何事かと振り返った。

輝一も音のした方を見やるが、人の壁でよく見えない。

が、その必要も無かった。

人垣がゆっくりと割れ、そのけたたましい音を立てたであろう人物が、輝一の方へとやってきた。


「ちょっと! いちにぃ。これはどういうことなの!」

「あれ? 莉奈じゃないか。どうしたんだ?」

「どうした? じゃないわよッ。なんでいちにぃがここにいるのよ」


 神房莉奈(かずさりな)――神奈木輝一の再従姉妹(はとこ)にあたる。

祖父の妹の孫であり、輝一の一つ下である。

輝一の記憶にある彼女よりも大いに成長はしていたが、それでも輝一より若干背は低く、

胸も大いに成長した――とは言いがたいサイズであった。

ツーサイドアップで可愛らしくまとめられた髪に、不釣り合いなほど機嫌を悪くした顔がセットになっていた。

目がつり上がり、輝一を威嚇するその表情は――せっかくの美人さんが台無しじゃ無いか――という感想を抱かずにはいられなかった。


 莉奈の勢いに圧倒されていたのは、輝一だけに限らず、周囲に居たクラスメイト達もだった。

沙耶佳も、その勢いに目を白黒させていた。

が、それも僅かな時間のことである。

輝一と莉奈のやり取りを聞いて、2人が顔なじみだと言うことは解った。

――それ以上の仲なのかは、解らなかったが。


「そうか。莉奈の通ってるとこだったか」

「そ、そうよ」

「じゃぁ、しばらくよろしく頼むな」

「だ、だから、なんでいちにぃが――」


 輝一が笑みを浮かべつつ右手を差し出してきたのを見て、莉奈は赤面しているであろう自分を感じた。

それが気恥ずかしく、更に顔が赤くなる。

ちらりと差し出された右手を見て、おずおずと右手を差し出し握る。


「し、仕方ないんだから。こんなところでも迷惑掛けないでよね」

「ああ。気をつける」


 もう握手は終わり――とばかりに強く振り払う。

莉奈は、なんとなく正視しづらく、横を向いた。

と、こちらを見ている沙耶佳と目が合った――気がする。


「神房さん――だったかしら」

「は、はい」


 どうやら気のせいでは無かったらしい。

いばら姫とも呼ばれている生徒会長から声を掛けられ、一瞬にして頭が冷えた。

思わず姿勢を正してしまう。

しかも、彼女は、莉奈の名字を知っていたのだ。

記憶の糸を辿るが、莉奈が名乗ったという記憶は無い。


 種明かしをすれば何の事は無い。

神房莉奈という少女は、目立つ生徒なのだ。

いくら生徒会長と言えど、全生徒の名前を覚えている――と言うような特殊技能は無い。

それでも、話題に上がりやすい生徒――と言うのは耳に入ってくる。

この神房莉奈という生徒は、トラブルメーカーとまでは言わないまでも、生徒会室の茶請け程度の話題にはなる生徒だった。

情に厚く、弱者を見捨てることの出来ない性格――だと沙耶佳は聞いている。


「神奈木さんのお知り合いなのね」

「は、はい。そうです。えっと――再従兄妹(はとこ)でいいんだっけ?」

「そうだよ。――莉奈は、年の近い血縁と言うこともあって、幼なじみみたいなモンですね」

「――血縁で幼なじみ」


 沙耶佳のその呟きは、声が小さかったこともあり、輝一の耳には届かなかった。

仮に届いたとしても、事実の再確認としか受け取らなかっただろう。


 莉奈は、沙耶佳に声を掛けられ頭が冷えたこともあり、少し冷静に物事を見ることが出来るようになっていた。

――沙耶佳と輝一の関係に疑問が湧く。

いくら同じクラスだからと言って、初日からここまでフランクになれるだろうか?


「いちにぃは、姫とみょ~に仲がいいみたいだけど?」

「え? あぁ、ちょっと――な」

「ちょっと何よ」

「どうしたんだ? 久しぶりに会うとは言え、ちょっと当たりが強いぞ?」

「そ、そんなこと無いわよ」

「そうかぁ?」

「そうよ」


 輝一に、そう指摘され、確かに少し自分らしからぬ態度を取っているかも知れない――と思いはしたが、素直に認めるわけにはいかなかった。

口からはついつい否定の言葉が漏れる。


 ぱんッ。と一拍。

沙耶佳が手を打っていた。


「はい。そろそろ次の授業ですよ。神房さんも教室へお戻りなさい」

「は、はい。し、失礼しました」


 沙耶佳に声を掛けられ、莉奈が慌てて教室を出て行く。

輝一は、その後ろ姿を見やり、ため息とも苦笑とも付かない何かが漏れるのだった。


Twitter @nekomihonpo


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