2 登校
神奈木輝一は、駅前から出たバスに揺られていた。
今日から、県内の留学生制度によって自分の学校では無く、園城学院へ通うのだ。
本当は、もっと余裕を持って家を出るはずだったのだが、緊張、高揚――とにかくよく眠れなかった。
その所為もあって寝坊してしまい、これっぽっちも余裕の無い登校となっていた。
初めて乗るバスなので、どうにも落ち着かない。
乗り過ごそうものなら地理に明るくない土地だ――無事に学院に辿り着けるかも怪しくなる。
そんな訳もあって、先ほどから落ち着かず、次の停留所の案内と外の景色とを行ったり来たりしていた。
輝一は気がついていなかったが、そんな様子を他の乗客――
女学生達の幾人かは、怪しい人間を見るかのような目付きで見ていた。
そもそも、余裕が無かったがゆえに、園城学院について調べていなかった輝一に落ち度がある。
どこかで聞いたことのある学院だなぁ――程度の認識でしかなかったのだ。
普通であれば、しっかり調べるであろうし、調べるべきであった。
余裕が無く、道順を調べるのが精一杯だったのが幸か不幸か――そんな目で見られていることを感じずに済んだのだった。
乗り過ごすことを心配していたのだが、無用な心配であった。
停留所のすぐ側が学院の校門となっており、外を見ていれば乗り過ごす心配などありえなかった。
バスを降りて学院を見ていると、同じバスから降りた女学生が輝一を見ながら――訝しんだ目付きで学院に入っていく。
輝一は、居心地の悪い思いをしながらも、見慣れない学生服の人間が居れば、そうもなるか――と納得するのだった。
職員室へと出向くと、担任の先生との挨拶もそこそこに院長室――要するに校長室であるが――へ行くように言われる。
見知らぬ職員室へ入ることですら緊張したというのに、いきなり校長室とは緊張のあまり、気分が悪くなりそうだった。
失礼しますと挨拶しつつ、部屋に入ると柔和な笑みを浮かべた女性の先生が椅子に座っていた。
学院長先生と思しき人物は、案内してくれた先生に、生徒会長を呼んでくるよう告げつつ、輝一にはソファへと座るよう勧める。
「これからしばらくお世話になります。神奈木輝一と言います」
「はい。よろしくお願いします。神奈木さんには、慣れないことも多々あるかとは思いますが、期待しています」
「期待ですか」
「ええ。これは極少数の者しか知りません――」
そこまで話をしていたところ、コンコンコンと扉がノックされる。
学院長先生が、扉の方へと顔を上げ、どうぞと声を掛ける。
自然と、輝一も扉へと顔を向けた。
ガチャリという音、そして、失礼しますという声と共に女子生徒が入ってくる。
白いブラウスにえんじ色のリボンがゆらりと揺れる。
「神奈木さん、園城学院へようこそいらっしゃいました」
その生徒は、月崎沙耶佳であった。
予想外の人物の登場に、輝一は驚きを隠せなかった。
輝一の驚く顔を見て、沙耶佳がいたずらを成功させたかのように微笑む。
「生徒会長の月崎さんです。もうご存知ですよね」
「生徒会長――というのは知りませんでしたが」
「おや、そうなのですか?」
さも意外そうに、学院長先生が沙耶佳の方へと顔を向ける。
輝一としては、生徒会長と言うことも意外だったが、そもそも、沙耶佳の通う学院だったと言うことの方が意外だった。
意外ではあったが、腑に落ちたと言えば落ちた。
確かに、沙耶佳から学院でのトラブル解決をお願いされたのだ。
そこに留学生制度での指名となれば、関連性を疑ってしかるべきだったのだ。
すっかり頭から抜け落ちてはいたのだが――
「改めまして――生徒会長の月崎です。よろしくお願いしますね」
ぺこりと頭を一つ下げて、沙耶佳が輝一へと挨拶をする。
輝一としては、見知った顔が来てくれたことで、学院長室という緊張を強いられる空間の空気が、少し和らいだ気がしていた。
「神奈木さんは、その――怪奇現象を解決することが出来ると月崎さんからうかがっています」
「ぇ? ええ、まぁ、一応――」
「はい。私が困っていたのを助けていただきました」
沙耶佳から解決のお願いをされてはいたが、まさか学院長先生にまで話が及んでいるとは思わなかった。
話を切り出され、戸惑いながらも沙耶佳に確認を取るべく顔を向けたところで、はっきりと述べられてしまった。
戸惑いつつ――軽く混乱していたのだが、学院長先生が話を続ける。
「その――お恥ずかしい話ながら、怪奇現象と思われる事象が、ここ最近、立て続けに起こっています。
当然のことながら、怪奇現象だなどと認められたモノではありませんが――
ほとほと困り果てておりましたところ、月崎さんから提案があったのです」
「神奈木さんなら、解決してくれるかも知れない――と」
「留学生制度を使えば、確かに、部外者である神奈木さんが自由に校内を調査していても、問題はありません。
が、職員の間には、当然ながら反対意見も多かったのです。
それでも――解決策が他に見出せなかった」
そこで、学院長先生は、言葉を一旦区切り――頭を深々と下げる。
「どうか――学院に起こっている怪異を祓っていただきたいのです」
「わ、分かりました。分かりましたから、頭を上げてください」
「やっていただけますか」
「ええ。それは――構いませんが。この話、どこまで知れ渡っているんですか?」
「神奈木さんが、その手のスペシャリストだという話なら、私と月崎さんだけしか知りません。
ここ最近の事案が、怪奇現象かも知れないという話ならば――
教職員のほとんどが知ってはいますが、恐らく信じてはいないでしょう」
「それは――学院長先生は、信じていると?」
「いえ。信じてはおりません。ですが、否定も出来ません」
「なるほど――」
「生徒の方ですと――興味本位で知っている人もいるかと思います。
彼女らも、真剣に信じてはいないと思います」
「つまり、ある程度の人間が、事件のことを疑っていると」
「ええ、そうなります」
「――事件の詳細を伺っても?」
「それは、月崎さんの方からお願いします」
「はい」
沙耶佳は、そう返事をすると、前もって用意していたノートを取り出し、応接テーブルの上に拡げた。
そこには、生徒からの相談、聞き込み――そう言った情報がまとめられていた。
階段で足を掴まれた――ような感触があり――転落した。
不審な人影を見た――が、誰も居なかった。
階段の上から突き飛ばされた。
これだけを見ていると、霊がらみと言うよりは、いじめの類に見える。
輝一は、沙耶佳から説明を受け、ノートを見つめつつ考え込んでいた。
学院長先生が話し始める――
「一部週刊誌でも取り上げられたため、ご存知かも知れませんが、
数年前にネットを使ってのいじめがありました」
輝一は、顔を上げ、学院長先生の方を見やる。
「数人の生徒が転校していく事態になりました。
その後、自分はあんな失敗はしないと過信した生徒が似たような事件を起こしました。
結果、被害者、加害者と疑われた生徒たち、
そして加害者本人、皆が心と身体に傷を負いました。
学院も保護者も二度と同じ過ちを繰り返してはならないと、
ネットリテラシーに関して、ひとかたならぬ教育を行っております。
いじめの怖さは、学院も――生徒も解っているつもりです」
「これは――ただのいじめでは無いと考えている――と言うことでしょうか」
「その通りです。証拠がある訳ではありません。
いじめの怖さは、教えているつもりです。
被害者が仕返しを誓ったとき、相手が加害者である必要は無いのです」
「必要は無い?」
「被害者本人が、あれが加害者であるという思いがあれば――それだけで事は起こるのです。
そして、新しい被害者が、新しい被害者を産むのです。
あれは――関係者が、皆、心をすり減らします。
ああなる前に――解決をしたいのです」
その数年前の事件は、よほどの出来事だったのだろう。
つまり、藁にもすがる思いで――とにかく解決されればという思いで、輝一に依頼してきたのだ。
「解りました。まずは、人間が起こした事件かどうかは考えず、霊障の可能性を疑って調べてみます」
「お願いします」
お互い、頭を下げ合う。
一呼吸の後、お互いに頭を上げる。
「それでは、月崎さん。神奈木さんのこと、頼みましたよ」
「はい。お任せください」
「それでは失礼します」
そう言って、学院長室を出て行こうとした時――
「女子校ですから、苦労することも多いかと思いますが、期待しています」
と、学院長先生が言った。
「女子校!?」
輝一がそう発したときには、既にドアは閉まっていた。
「ええ、そうですよ?」
沙耶佳が、輝一の方へと振り返り、不思議そうに見やる。
何を今更言っているのかと――
瞬間、輝一にキーワードが浮かぶ。
もやが晴れたかのような印象。
天啓とも言えるような帰結。
「園城――山の上のいばら城!?」
「はい。そう呼ばれていますね」
沙耶佳が笑顔で応える。
輝一は、背中に汗が流れるのを感じた。
園城学院――白い校舎に蔦が絡まり、遠目には茨に見えないことも無い。
実際、園芸部が手塩に掛けた立派なバラ園がある聞く。
その上、俗に言うお嬢様学校と言うこともあり、いばら城と呼ばれている。
いばら城の生徒会長は、いばら姫とも呼ばれていることもあり――
「い、いばら姫?」
「そっ、それは、恥ずかしいのでやめてください」
思わず呟いた輝一の言葉に、恥ずかしさで語尾がすごすごとしぼんでいくように沙耶佳が応えた。
その様は、可愛らしく、見ていて微笑ましいのだが、輝一が女子校に来ているという現実から逃避している場合では無かった。
「そりゃあ、職員から反対意見が出て当然だよ」
「はい。かなり反対だったようです」
「かなりというか、賛成する方がおかしいって」
「はい。頑張りました」
「え? 月崎さんが説得したの?」
「はい。提案者で生徒会長ですし」
いや、そうじゃなく――と言う突っ込みを思わず飲み込んでしまう程度に可愛らしい笑顔だった。
この一件だけでも、彼女の生徒会長としての地位、実力、影響力が、かなりの物だと伺い知れる。
「はぁ。まぁ、今更、ジタバタしても仕方ないですし、ちゃっちゃと解決するよう努力しますか」
「はい。よろしくお願いしますね」
思いがけず、女子校での生活――等という日常から少しズレた日常が、始まりを告げたのだった。
Twitter @nekomihonpo




