5 報告
月崎沙耶佳が友人後輩達から根掘り葉掘りと色々聞かれてから、一晩明けた放課後――霊拝堂の店員、神奈木輝一から連絡が入る。
問題は解決したはずです――と。
その連絡を受け、取り急いで霊拝堂にお邪魔することにする。
放課後にそそくさと帰ろうとする――が、友人達に見付かり色々と邪推されてしまったりもしたのだが――
昨日の今日なので、昨日の男子と会うんでしょうと言われ、答えに窮してしまった。
その困っている様を見て、やっぱりと決めつけられるのにも困ったモノだが――
とにかく、この件に関して言えば、沙耶佳は劣勢だった。
こういう場合、戦術的撤退――とにかく逃げるが勝ちなので、早々に逃げ去ることにした。
――翌日の追求が心配だったが、一晩あれば、何かいいアイディアが浮かぶだろう――と思うことにした。
ともかく、そう言った些細なトラブルもありながら、霊拝堂の前に立っている。
からん――
ドアベルが、店内に響き渡る。
店の奥からパタパタと足音が響いてくる。
「いらっしゃい」
「はい」
「紅茶でいいですよね」
「はい。ありがとうございます」
沙耶佳は、いつものテーブル席に着く。
輝一は慣れた手つきで紅茶の用意をする。
今日の紅茶も、実に良い香りだった。
沙耶佳は、輝一の淹れる紅茶が好きだった。
喫茶店では無いにもかかわらず、実にほっと出来る香りと味なのだ。
「さて、報告になりますが――」
一息ついてから、頃合いを見計らって輝一が切り出す。
沙耶佳は、はいと応え、居住まいを正した。
「やはり、蟲毒の呪法が行われていました」
そう言って、輝一は大まかな内容を沙耶佳へと報告し始めた。
日付は輝一が月崎邸を訪ねた翌日まで遡る。
その日、輝一は霊転針という道具を使って、今回の件を探っていた。
霊転針という道具は、12角形の方位盤と方位針、そして黄色い粉から成り立っている。
12角形の方位盤の中央に方位針を載せる突起が出ており、そこに針を載せる。
針はちょっとした力で簡単に回る。
方位磁石を用いて、方位盤の向きを合わせ、方位針を勢いよく回す。
そして、その上から黄色い粉を掛ける。
この粉は、硫黄を主成分とし、ミョウバン、緑青の粉、雲母と言った物をよくすり潰し混ぜた物だった。
念入りにすり潰された粉は、方位針の回転に簡単に巻き上げられ、黄色い「もや」となる。
「もや」が晴れると、方位針は、特定の方角を指し示す。
――時折、大きくブレはするが、概ね、同じ方角を指し示し続けるのだ。
輝一は、この霊転針を用いて、まずは月崎邸で方角を測定した。
スマートフォンに方角を記入する。
大雑把ではあるが、この方角の「どこか」に今回の原因がある――可能性が高い。
そそくさと道具を仕舞い、電車で二駅ほど移動する。
ホームで再び拡げて作業をしてもいいのだが、それはあまりにも胡散臭い。
手っ取り早く人目に付かないところ――駅の公衆トイレ――その個室へと入り込んだ。
方位盤を取り出し、再び方角を読み取る。
そして再びスマートフォンに記入する。
2つの線が交叉することで、場所の特定が出来ると言うわけだ。
とは言え、まだまだ距離が遠く、精度が粗い。
徐々に交叉点へと近づきつつ、何回か観測する必要があった。
沙耶佳やその友人達と出会ったのも、そんな作業の途中でのことだった。
駅前で沙耶佳と別れた後、裏通りの人気の無い場所で観測を行い、移動する。
そうして特定された地点は、とある学校の校庭のようだった。
さすがに部外者が理由も無く入るのは憚られる。
校舎の中であれば、見学とでも理由が付けられるが、校庭の片隅ともなると理由付けが難しい。
幸いにして、夕闇が辺りを包み始め、近くに学生も見当たらず、人の気配も無かった。
近隣住居から見られてしまう危険性はあったが、フェンスを乗り越えることにする。
どういう意図でかは解らなかったが、フェンス上部には鉄条網が横に走っており、乗り越えるのに多少、四苦八苦したが――なんとか敷地内へと入ることに成功した。
すっかり暗くなった校庭の片隅――雑草が生い茂り、手入れがされていない様が見て取れる。
普通、学校の施設と言うことであれば、運動部なり委員会なりがかり出され、草むしりなりがされていて不思議は無いのだが、その一画は、ろくに手入れがされておらず、ただただ雑草が生い茂っていた。
近くには、これまた使われているのか怪しい薄汚れた百葉箱が、ぽつねんと立っている。
問題は、この薄暗い中、この辺りにあると思われる不審物を見付けることだった。
輝一の口から、思わずため息が漏れるのも仕方の無いことであった。
方位盤と針では、大まかな位置しか割り出せない。
目的地に近づいてしまうと、針が大きく暴れ、精度が出ないのだ。
荷物の中から杭のような物を取り出し、おもむろに地面に突き刺してみた。
ペグ――テントを張る際に利用する杭を抜いては刺し、抜いては刺し――手応えが無ければ次の箇所へ――地道な作業を続けていく。
作業開始から2時間は経過しただろうか――すっかり暗くなった中、目的のモノを探り当てた。
ゴツという手応えと共に、容器と空洞と思われる手応えを感じる。
慎重に掘り起こすと、小玉スイカほどの大きさだろうか――すっかり土で汚れてはいたが、比較的、新しい壺が姿を現した。
内壁を何かが擦るような――カサカサカサという音が聞こえる。
輝一は、ガムテープで蓋を封止し、荷造り紐で結わいた。
次に、鞄から長さ10センチ程度の棒を何本も取り出し、カタカタと音を立てながら井形に組み始めた。
ミニチュアのキャンプファイヤーのように組み上げてゆく。
組み上がったところで、茶色の粉が入った小瓶を取り出し、キュルと蓋を開け、その中身を井形の中央へと降り積もらせていった。
小山になった所で小瓶を下ろし、マッチに火を付け、中央へと放り込んだ。
ボッと音がして、茶色の小山が炎を吹き上げる。
パンパンッと二拍手――
顔を上げると、鞄から殺虫剤を取り出し、ノズル先に導管を取り付け――封をした蓋の隙間へと突き刺す。
そして、ブシュゥゥゥと長い時間、壺の中へと吹き続けた。
吹き出した当初こそ、内側で暴れるような音が響いていたが、仕舞いには静かになり、スプレーの噴出音だけが響くようになる。
蓋の隙間から、薬剤が漂い始め、やっと輝一は殺虫剤の噴霧を止めた。
そして、封を解き、蓋をゆっくりと持ち上げる。
まったくもって、気乗りはしないが、中身を確認する必要がある。
蓋が取り払われると、中に滞留していた薬剤が、風に乗って壺の口から流れ出る。
ふわりと立ちのぼる臭い――薬剤特有の刺激臭が、輝一の鼻を刺した。
大きなため息を一つ吐くと、意を決して壺を逆さにする。
ガサガサと音を立てて脚を縮め、ぎゅっと丸くなった虫の死骸が転がり落ちる。
カマキリ、クモ、ムカデ――そこいらで集めてきたと思われる虫のなれの果てだった。
そして、それらを押しつぶすかのようにポサリと大きなモノが落ちてきた。
白い棒状の物体で、自転車の握り程度のサイズはある。
薄暗くてよく解らないのだが、紙製のように思われた。
それとは別に、写真が1枚――遠くの街灯から届く光でも何とか判別が付く。
――月崎沙耶佳のスナップショットだった。
複数人で映り込んでいた写真なのだろう。
他人の部分は、乱雑に切り取られていた。
白い棒状の物体を確認するべきか逡巡する。
近くにあった棒を拾い、つついてみる。
ふにょんと言うか、沈み込むような――思った以上に柔らかい感触が返ってきた。
棒で転がしてみるが、カサカサと音を立てつつ転がるだけで、紙で出来ているのだろうと推測するのが精々だった。
スマートフォンのフラッシュライト程度では、それが何なのか解らなかった。
手に取るところまでの勇気は無い。
処分する前に、念のためにとスマートフォンで撮影をする。
写真の方は――証拠として持ち帰るか悩んだが、一緒に処分することにした。
その前に、表と裏を撮影する。
フラッシュが強すぎた所為か、白く飛んでしまったが、指で隠しつつカメラに収める。
一通りの撮影が済んだところで、殺虫剤を噴霧する前に組み立てた井形前へと戻り、
未だに、チロチロと火がくすぶっている茶色の粉の山へと手を突っ込んだ。
そして、粉を掴むと壺の中身へと振りかけた。
一呼吸の後、ぼわっと大きく弾けるようにして燃え上がる。
更に、もう一度、手を突っ込み粉を投げつけるようにして振りかけた。
暗闇の中、輝一の目の前だけが、燃え上がる明かりでゆらゆらと照らし出される。
やがて――時間にして精々5分かそこらといった短い時間だが――炎は小さくなっていき、辺りに暗闇が戻る。
炎が消えると、虫の死骸も写真も謎の物体も――綺麗さっぱり消え失せていた。
後には灰というよりは、黒い燃えかすの様な塊があるだけだった。
蟲毒に使われた壺は、叩き割り粉々にして、その場に埋めた。
一通りの処分が終了すると、来たときと同じようにしてフェンスを乗り越え帰宅する。
「――と、言うような形で、写真を用いた蟲毒でした。写真は、恐らく体育祭か何かだと思いますが――
焼却処分しました。念のために、撮影はしてあります。確認しますか?」
「ぃ、いいえ。いいです」
「それと、よく解らない物も一緒に出てきたのですが、こちらも焼却しています。
念のために撮影はしてありますが」
「よく解らない物ですか――」
「これですね――」
そう言いながら、輝一は、自分のスマートフォンを沙耶佳に見せる。
そこには、薄暗い中、フラッシュで照らし出され、そこだけ浮いたような印象を受ける白い物体が写っていた。
「何だか解りますか?」
沙耶佳は、写真をまじまじと見つめる。
フラッシュで色が飛んでしまっているが、しばらく見つめていると――何かに思い至った。
恥ずかしさに一瞬にして頭が沸騰しそうになる。
「しょ、焼却処分にしたんですよね」
「ええ。焼いてしまいましたが、まずかったですか」
「いえいえいえ。問題無いです。
――その、中は見てないんですよね」
「そうですね。本当はそこまで確認するべきだったんでしょうが――」
「いえいえいえいえ。いいんです。それで問題ありませんッ」
沙耶佳の慌てっぷりに、輝一は疑問を抱いたが、深くは追求しなかった。
沙耶佳の見たソレは――恐らく使用済みの生理用品だ。
話の流れから言えば、沙耶佳の物――沙耶佳の血ということなのだろう。
使用済みの生理用品というだけでも恥ずかしいのに、男性に調べられたら――
そんなことを考えるだけでも、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
そうして黙り込んだまま、幾ばくかの時間が過ぎる。
沸騰しかけていた頭も、少しは冷静に考えられるようになってきた。
写真はともかく、生理用品というのが気に掛かる。
つまりは、そう言ったモノを入手出来る立ち位置にいる者が犯人と言える。
――学内に入ってこれる立場の人間――
そこまで考えたところで、沙耶佳は悪寒でブルッと震えた。
「大丈夫ですか?」
「――は、はい。大丈夫です」
沙耶佳の顔色が悪くなっていたので、輝一は心配になって声を掛けた。
沙耶佳の返事を聞いた後で、こんな聞き方をすれば大丈夫と答えるに決まっていると、軽く後悔をした。
「顔色が悪いようですが――何なら奥で休みますか?」
「いえ。大丈夫です」
そう応えた沙耶佳の顔色は、まだ少し悪かったが、それでも気を取り直したためか、先ほどよりは幾分マシになっていた。
まぁ、これ以上、顔色が悪くなるような話の種を持ち合わせていないので、大丈夫だろうという思いもある。
もう少し落ち着くまで、入れ直した紅茶で一服する程度の時間を要した。
「それで、料金の方は――」
沙耶佳が、おずおずと行った様子で聞いてくる。
輝一は、あらかじめ用意していた請求書を提示する。
「明細は2枚目になります。まぁ、どうしても内容が内容なだけに、不明瞭なモノになってしまいますが――」
輝一から提示された請求書を子細に見てゆく。
確かに、ところどころ、沙耶佳には価値が解らず、金額が妥当なのか判断の付かない部分がある。
とは言え、それが法外な額には思えなかった。
そもそもが、霊に対する事案なのだ。
何を持って適正価格とするのか――等と言うことは、依頼者が納得出来るかに掛かっていると言っても良い。
その点、沙耶佳は、今回の解決に納得もしているし、請求された金額に不満は無い。
と言うより、思った以上に安い請求額に驚いていた。
「あの――このお値段でいいんですか?」
「どこか不明な点がありましたか?」
「いえ。そういう訳では無くて――もっと高い物かと――」
沙耶佳からの申し出に、輝一は驚いてしまった。
確かに、べらぼうに高い金額を提示したわけでは無いが、調査時間も料金に含めている。
そこそこまとまった金額になっていると思うのだが――
「ぁ、あの――別件で相談があるのですが――」
輝一が考え事をしている合間に、沙耶佳も何事か考えていたのだが、彼女の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「相談ですか」
「はい。その――私の通う学院でも似たような事件が起きてて――」
「似たような事件と言うからには、恐らく霊がらみ――ということですか?」
「はい。――虫の影とか、そういうのでは無いのですが」
沙耶佳の話によると、階段の踊り場で人の影を見たとか、階段で足を掴まれ転倒したとか、後ろから突き飛ばされたという事件が起こっているらしい。
もちろん、それだけでは、誰かの嫌がらせ、いたずらの可能性が高いが、誰一人として実行犯を見かけていないらしい。
突き飛ばされた後に、立ち去った人影も足音すらも無かったとのことだ。
ケガ人も出てはいるのだが、事件にまではなってはいない。
「話を聞く限りでは、悪質ないじめのようにも思えますが」
「そう思われても仕方が無いと思います」
沙耶佳が、しゅんとしたように俯いてしまう。
輝一は、慌ててフォローに回った。
「一度、現場を見てみないと――」
「そ、そうですよね。なんとか許可を取ってみますので、――しばらく時間を頂いてもいいですか」
「ええ、それは構いませんが――」
沙耶佳が、ぱっと顔色を変化させ、どこか嬉しそうに――そして、その勢いに輝一は気圧されていた。
校内を見せて貰うだけでも許可を取るとか、どれだけ慎重というか、生真面目なんだと考えていた。
後日、思い返してみれば、確かに許可が必要だったという理由も解るのだが、この時点では、微妙なすれ違いを起こしていたのだと気がつかなかった。
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