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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第二話
13/32

5 報告

 月崎沙耶佳(つきざきさやか)が友人後輩達から根掘り葉掘りと色々聞かれてから、一晩明けた放課後――霊拝堂の店員、神奈木輝一(かんなぎこういち)から連絡が入る。

問題は解決したはずです――と。

その連絡を受け、取り急いで霊拝堂にお邪魔することにする。

放課後にそそくさと帰ろうとする――が、友人達に見付かり色々と邪推されてしまったりもしたのだが――

昨日の今日なので、昨日の男子と会うんでしょうと言われ、答えに窮してしまった。

その困っている様を見て、やっぱりと決めつけられるのにも困ったモノだが――

とにかく、この件に関して言えば、沙耶佳は劣勢だった。

こういう場合、戦術的撤退――とにかく逃げるが勝ちなので、早々に逃げ去ることにした。

――翌日の追求が心配だったが、一晩あれば、何かいいアイディアが浮かぶだろう――と思うことにした。


 ともかく、そう言った些細なトラブルもありながら、霊拝堂の前に立っている。


 からん――


 ドアベルが、店内に響き渡る。

店の奥からパタパタと足音が響いてくる。


「いらっしゃい」

「はい」

「紅茶でいいですよね」

「はい。ありがとうございます」


 沙耶佳は、いつものテーブル席に着く。

輝一は慣れた手つきで紅茶の用意をする。

今日の紅茶も、実に良い香りだった。

沙耶佳は、輝一の淹れる紅茶が好きだった。

喫茶店では無いにもかかわらず、実にほっと出来る香りと味なのだ。


「さて、報告になりますが――」


 一息ついてから、頃合いを見計らって輝一が切り出す。

沙耶佳は、はいと応え、居住まいを正した。


「やはり、蟲毒(こどく)の呪法が行われていました」


 そう言って、輝一は大まかな内容を沙耶佳へと報告し始めた。

日付は輝一が月崎邸を訪ねた翌日まで(さかのぼ)る。


 その日、輝一は霊転針という道具を使って、今回の件を探っていた。

霊転針という道具は、12角形の方位盤と方位針、そして黄色い粉から成り立っている。

12角形の方位盤の中央に方位針を載せる突起が出ており、そこに針を載せる。

針はちょっとした力で簡単に回る。

方位磁石を用いて、方位盤の向きを合わせ、方位針を勢いよく回す。

そして、その上から黄色い粉を掛ける。

この粉は、硫黄を主成分とし、ミョウバン、緑青(ろくしょう)の粉、雲母と言った物をよくすり潰し混ぜた物だった。

念入りにすり潰された粉は、方位針の回転に簡単に巻き上げられ、黄色い「もや」となる。

「もや」が晴れると、方位針は、特定の方角を指し示す。

――時折、大きくブレはするが、概ね、同じ方角を指し示し続けるのだ。


 輝一は、この霊転針を用いて、まずは月崎邸で方角を測定した。

スマートフォンに方角を記入する。

大雑把ではあるが、この方角の「どこか」に今回の原因がある――可能性が高い。


 そそくさと道具を仕舞い、電車で二駅ほど移動する。

ホームで再び拡げて作業をしてもいいのだが、それはあまりにも胡散臭い。

手っ取り早く人目に付かないところ――駅の公衆トイレ――その個室へと入り込んだ。

方位盤を取り出し、再び方角を読み取る。

そして再びスマートフォンに記入する。

2つの線が交叉することで、場所の特定が出来ると言うわけだ。

とは言え、まだまだ距離が遠く、精度が粗い。

徐々に交叉点へと近づきつつ、何回か観測する必要があった。


 沙耶佳やその友人達と出会ったのも、そんな作業の途中でのことだった。

駅前で沙耶佳と別れた後、裏通りの人気の無い場所で観測を行い、移動する。


 そうして特定された地点は、とある学校の校庭のようだった。

さすがに部外者が理由も無く入るのは(はばか)られる。

校舎の中であれば、見学とでも理由が付けられるが、校庭の片隅ともなると理由付けが難しい。

幸いにして、夕闇が辺りを包み始め、近くに学生も見当たらず、人の気配も無かった。

近隣住居から見られてしまう危険性はあったが、フェンスを乗り越えることにする。


 どういう意図でかは解らなかったが、フェンス上部には鉄条網が横に走っており、乗り越えるのに多少、四苦八苦したが――なんとか敷地内へと入ることに成功した。

すっかり暗くなった校庭の片隅――雑草が生い茂り、手入れがされていない様が見て取れる。

普通、学校の施設と言うことであれば、運動部なり委員会なりがかり出され、草むしりなりがされていて不思議は無いのだが、その一画は、ろくに手入れがされておらず、ただただ雑草が生い茂っていた。

近くには、これまた使われているのか怪しい薄汚れた百葉箱(ひゃくようそう)が、ぽつねんと立っている。


 問題は、この薄暗い中、この辺りにあると思われる不審物を見付けることだった。

輝一の口から、思わずため息が漏れるのも仕方の無いことであった。

方位盤と針では、大まかな位置しか割り出せない。

目的地に近づいてしまうと、針が大きく暴れ、精度が出ないのだ。

荷物の中から杭のような物を取り出し、おもむろに地面に突き刺してみた。

ペグ――テントを張る際に利用する杭を抜いては刺し、抜いては刺し――手応えが無ければ次の箇所へ――地道な作業を続けていく。


 作業開始から2時間は経過しただろうか――すっかり暗くなった中、目的のモノを探り当てた。

ゴツという手応えと共に、容器と空洞と思われる手応えを感じる。

慎重に掘り起こすと、小玉スイカほどの大きさだろうか――すっかり土で汚れてはいたが、比較的、新しい壺が姿を現した。

内壁を何かが擦るような――カサカサカサという音が聞こえる。

輝一は、ガムテープで蓋を封止し、荷造り紐で結わいた。


 次に、鞄から長さ10センチ程度の棒を何本も取り出し、カタカタと音を立てながら井形に組み始めた。

ミニチュアのキャンプファイヤーのように組み上げてゆく。

組み上がったところで、茶色の粉が入った小瓶を取り出し、キュルと蓋を開け、その中身を井形の中央へと降り積もらせていった。

小山になった所で小瓶を下ろし、マッチに火を付け、中央へと放り込んだ。

ボッと音がして、茶色の小山が炎を吹き上げる。


 パンパンッと二拍手――

顔を上げると、鞄から殺虫剤を取り出し、ノズル先に導管を取り付け――封をした蓋の隙間へと突き刺す。

そして、ブシュゥゥゥと長い時間、壺の中へと吹き続けた。

吹き出した当初こそ、内側で暴れるような音が響いていたが、仕舞いには静かになり、スプレーの噴出音だけが響くようになる。

蓋の隙間から、薬剤が漂い始め、やっと輝一は殺虫剤の噴霧を止めた。

そして、封を解き、蓋をゆっくりと持ち上げる。

まったくもって、気乗りはしないが、中身を確認する必要がある。


 蓋が取り払われると、中に滞留していた薬剤が、風に乗って壺の口から流れ出る。

ふわりと立ちのぼる臭い――薬剤特有の刺激臭が、輝一の鼻を刺した。

大きなため息を一つ吐くと、意を決して壺を逆さにする。

ガサガサと音を立てて脚を縮め、ぎゅっと丸くなった虫の死骸が転がり落ちる。

カマキリ、クモ、ムカデ――そこいらで集めてきたと思われる虫のなれの果てだった。

そして、それらを押しつぶすかのようにポサリと大きなモノが落ちてきた。

白い棒状の物体で、自転車の握り程度のサイズはある。

薄暗くてよく解らないのだが、紙製のように思われた。

それとは別に、写真が1枚――遠くの街灯から届く光でも何とか判別が付く。

――月崎沙耶佳のスナップショットだった。

複数人で映り込んでいた写真なのだろう。

他人の部分は、乱雑に切り取られていた。


 白い棒状の物体を確認するべきか逡巡する。

近くにあった棒を拾い、つついてみる。

ふにょんと言うか、沈み込むような――思った以上に柔らかい感触が返ってきた。

棒で転がしてみるが、カサカサと音を立てつつ転がるだけで、紙で出来ているのだろうと推測するのが精々だった。

スマートフォンのフラッシュライト程度では、それが何なのか解らなかった。

手に取るところまでの勇気は無い。


 処分する前に、念のためにとスマートフォンで撮影をする。

写真の方は――証拠として持ち帰るか悩んだが、一緒に処分することにした。

その前に、表と裏を撮影する。

フラッシュが強すぎた所為か、白く飛んでしまったが、指で隠しつつカメラに収める。

一通りの撮影が済んだところで、殺虫剤を噴霧する前に組み立てた井形前へと戻り、

未だに、チロチロと火がくすぶっている茶色の粉の山へと手を突っ込んだ。

そして、粉を掴むと壺の中身へと振りかけた。

一呼吸の後、ぼわっと大きく弾けるようにして燃え上がる。

更に、もう一度、手を突っ込み粉を投げつけるようにして振りかけた。

暗闇の中、輝一の目の前だけが、燃え上がる明かりでゆらゆらと照らし出される。


 やがて――時間にして精々5分かそこらといった短い時間だが――炎は小さくなっていき、辺りに暗闇が戻る。

炎が消えると、虫の死骸も写真も謎の物体も――綺麗さっぱり消え失せていた。

後には灰というよりは、黒い燃えかすの様な塊があるだけだった。

蟲毒に使われた壺は、叩き割り粉々にして、その場に埋めた。

一通りの処分が終了すると、来たときと同じようにしてフェンスを乗り越え帰宅する。


「――と、言うような形で、写真を用いた蟲毒でした。写真は、恐らく体育祭か何かだと思いますが――

 焼却処分しました。念のために、撮影はしてあります。確認しますか?」

「ぃ、いいえ。いいです」

「それと、よく解らない物も一緒に出てきたのですが、こちらも焼却しています。

 念のために撮影はしてありますが」

「よく解らない物ですか――」

「これですね――」


 そう言いながら、輝一は、自分のスマートフォンを沙耶佳に見せる。

そこには、薄暗い中、フラッシュで照らし出され、そこだけ浮いたような印象を受ける白い物体が写っていた。


「何だか解りますか?」


 沙耶佳は、写真をまじまじと見つめる。

フラッシュで色が飛んでしまっているが、しばらく見つめていると――何かに思い至った。

恥ずかしさに一瞬にして頭が沸騰しそうになる。


「しょ、焼却処分にしたんですよね」

「ええ。焼いてしまいましたが、まずかったですか」

「いえいえいえ。問題無いです。

 ――その、中は見てないんですよね」

「そうですね。本当はそこまで確認するべきだったんでしょうが――」

「いえいえいえいえ。いいんです。それで問題ありませんッ」


 沙耶佳の慌てっぷりに、輝一は疑問を抱いたが、深くは追求しなかった。

沙耶佳の見たソレは――恐らく使用済みの生理用品だ。

話の流れから言えば、沙耶佳の物――沙耶佳の血ということなのだろう。

使用済みの生理用品というだけでも恥ずかしいのに、男性に調べられたら――

そんなことを考えるだけでも、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


 そうして黙り込んだまま、幾ばくかの時間が過ぎる。

沸騰しかけていた頭も、少しは冷静に考えられるようになってきた。

写真はともかく、生理用品というのが気に掛かる。

つまりは、そう言ったモノを入手出来る立ち位置にいる者が犯人と言える。

――学内に入ってこれる立場の人間――

そこまで考えたところで、沙耶佳は悪寒でブルッと震えた。


「大丈夫ですか?」

「――は、はい。大丈夫です」


 沙耶佳の顔色が悪くなっていたので、輝一は心配になって声を掛けた。

沙耶佳の返事を聞いた後で、こんな聞き方をすれば大丈夫と答えるに決まっていると、軽く後悔をした。


「顔色が悪いようですが――何なら奥で休みますか?」

「いえ。大丈夫です」


 そう応えた沙耶佳の顔色は、まだ少し悪かったが、それでも気を取り直したためか、先ほどよりは幾分マシになっていた。

まぁ、これ以上、顔色が悪くなるような話の種を持ち合わせていないので、大丈夫だろうという思いもある。

もう少し落ち着くまで、入れ直した紅茶で一服する程度の時間を要した。


「それで、料金の方は――」


 沙耶佳が、おずおずと行った様子で聞いてくる。

輝一は、あらかじめ用意していた請求書を提示する。


「明細は2枚目になります。まぁ、どうしても内容が内容なだけに、不明瞭なモノになってしまいますが――」


 輝一から提示された請求書を子細に見てゆく。

確かに、ところどころ、沙耶佳には価値が解らず、金額が妥当なのか判断の付かない部分がある。

とは言え、それが法外な額には思えなかった。

そもそもが、霊に対する事案なのだ。

何を持って適正価格とするのか――等と言うことは、依頼者が納得出来るかに掛かっていると言っても良い。

その点、沙耶佳は、今回の解決に納得もしているし、請求された金額に不満は無い。

と言うより、思った以上に安い請求額に驚いていた。


「あの――このお値段でいいんですか?」

「どこか不明な点がありましたか?」

「いえ。そういう訳では無くて――もっと高い物かと――」


 沙耶佳からの申し出に、輝一は驚いてしまった。

確かに、べらぼうに高い金額を提示したわけでは無いが、調査時間も料金に含めている。

そこそこまとまった金額になっていると思うのだが――


「ぁ、あの――別件で相談があるのですが――」


 輝一が考え事をしている合間に、沙耶佳も何事か考えていたのだが、彼女の口から出てきたのは、そんな言葉だった。


「相談ですか」

「はい。その――私の通う学院でも似たような事件が起きてて――」

「似たような事件と言うからには、恐らく霊がらみ――ということですか?」

「はい。――虫の影とか、そういうのでは無いのですが」


 沙耶佳の話によると、階段の踊り場で人の影を見たとか、階段で足を掴まれ転倒したとか、後ろから突き飛ばされたという事件が起こっているらしい。

もちろん、それだけでは、誰かの嫌がらせ、いたずらの可能性が高いが、誰一人として実行犯を見かけていないらしい。

突き飛ばされた後に、立ち去った人影も足音すらも無かったとのことだ。

ケガ人も出てはいるのだが、事件にまではなってはいない。


「話を聞く限りでは、悪質ないじめのようにも思えますが」

「そう思われても仕方が無いと思います」


 沙耶佳が、しゅんとしたように俯いてしまう。

輝一は、慌ててフォローに回った。


「一度、現場を見てみないと――」

「そ、そうですよね。なんとか許可を取ってみますので、――しばらく時間を頂いてもいいですか」

「ええ、それは構いませんが――」


 沙耶佳が、ぱっと顔色を変化させ、どこか嬉しそうに――そして、その勢いに輝一は気圧されていた。

校内を見せて貰うだけでも許可を取るとか、どれだけ慎重というか、生真面目なんだと考えていた。

後日、思い返してみれば、確かに許可が必要だったという理由も解るのだが、この時点では、微妙なすれ違いを起こしていたのだと気がつかなかった。


Twitter @nekomihonpo


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