4 家庭訪問
月崎沙耶佳の家は、2つ隣の駅から徒歩15分――閑静な高級住宅街にあった。
周辺には150坪を越える戸建てが多く、ガレージには高級車が数台という家も珍しくない。
月崎邸も、ご多分に漏れず、庭に池のある立派な邸宅であった。
沙耶佳に案内され、月崎邸の前に立つ神奈木輝一の目に立派な庭園が映り込む。
日本庭園の趣を持たせつつ、池が主張しすぎないよう形作られた上品な庭園だった。
「池があるんですね」
「は、はい。元々、この辺りにあった池の一部だと聞いてます」
「ふむ。歴史があると――」
「歴史かどうかは解りませんが、私が生まれる前からあったそうです」
「なるほど――」
輝一は、しばし、あごに手をやり、じっと池を見つめていたかと思うと、池に案内して欲しいと沙耶佳に告げた。
それを聞いて首をかしげながらも、特に拒む理由も無いので案内する。
すっかり陽も沈み、常夜灯の仕込まれた灯籠からの明かりが周囲を照らし出す。
綺麗な水に保たれた水面が、明かりと輝一、沙耶佳を映し、ゆらゆらと揺れていた。
輝一は、池の周囲をぐるりと――何かを探しながら廻る。
一周したところで、目的の物が見付からなかったのか首をひねりつつも池へと向き直る。
鞄から木の棒を取り出し、沙耶佳の見守る中、何かを作り始めた。
井形状に組み、紐で結わいてゆく。
同じようにして――四つの井形状の物を組み上げ、
池の北東へ一つ、庭の南東に一つ、家の周囲を回り南西と北西にも一つずつ突き立てた。
そして再び池へと戻り、その突き立てた井形状――鳥居のように見える――その前に立ち二拝二拍手――
拍手の空気を切り裂くような音が静かな庭に響いた。
そして一拝。
「この土地を護りし池の主よ。この土地を護るために御力をお貸しください」
一拝の姿勢のまま、そう声を出す。
「御前を騒がせているモノを排除したいと思っております。どうか御力をお貸しくださいますよう、お願い致します」
そう締めくくり、さらに一段、頭を下げる。
そして頭を上げると沙耶佳へと振り返った。
「今のは――」
「こういう古い水場には、大抵、何らかの霊が棲み憑いているんです」
「ぇ? 霊が!?」
「ええ。霊と言っても、守護霊とか土地神様の場合が多く、――こうして家が息災なことから良い霊だと解ります」
その言葉を聞いて、沙耶佳は、ほっと胸をなで下ろす。
「本当は、お社なり、ほこらなりがあると良かったのですが――」
「そうですか。――ちょっと見たこと無いです」
「まぁ、大丈夫でしょう」
「だいぶ、その――フランクな感じでしたけど、大丈夫なんですか?」
「ええ。要は意志を伝えることが重要なんです」
「――私もお参りした方がいいですか?」
その言葉を聞いて、輝一は驚いた顔を一瞬浮かべた後、優しい笑みを浮かべる。
「いえ。大丈夫ですよ。月崎さんのお宅を護っている霊ですから、その辺のことは解ってくれていると思います」
「は、はい」
輝一が池の方へと視線を向けつつ続ける。
「ただ、今回の事例は、その護りを打ち破っているのが気になる――と言うか、気に食わないところです」
「気に食わない?」
「ええ。守護の力を上回る力――よっぽどの事が無ければおかしいんですよ」
そして、鞄の中をごそごそと漁っていたかと思うと、一つのお守りを取り出した。
そのまま、沙耶佳の方へと差し出す。
「これは?」
「家を護る霊の力をブーストしておきました。あとはお守りで身を護るって程度ですね」
「大丈夫でしょうか」
「取り敢えず――ってところですかね。あとはこちらで具象の原因を探っておきます」
「はい。よろしくお願いします」
「ちょっとお時間をいただくかも知れません」
「いえ。私にはどうにもなりませんから――」
沙耶佳は、お守りを受け取り胸の前でぎゅっと握りしめた。
その夜――家の周囲に張った結界とお守りの力なのだろう。
かさかさという異音を聞くことは無かった。
安心――とは言えないが、効果を実感出来、張っていた気が緩んだのか――夢も見ることも無く眠りに落ちたのだった。
【◇】
輝一が、沙耶佳の家を訪問してから三日が経過した。
お守りの効果なのか、沙耶佳が異音を聞くことは無くなった。
とは言え、夜中に虫の影を見てしまい、悲鳴を上げそうになったことはある。
その翌日に、霊拝堂へと出向いたのだが、輝一は出かけているのか、クローズドの札が掲げられていた。
30分ほど、店の前で時間を潰してみたのだが、帰ってくる様子が無いために諦めたのだった。
「そのお店のメニューが、もう、可愛くてどれも美味しそうなんですよ」
「ふふ、楽しみね」
その日――土曜日のため、授業は半日で終了し、放課後に委員会で幾ばくかの作業を行った後であった。
委員会の友人、後輩と駅前に新装開店したという喫茶店――フルーツをふんだんに使ったタルトが絶品との噂のお店へ向かう所である。
放課後になってから時間が経っていることもあり、バスの中はかなり空いている状況である。
路線バスとは言え、ほぼ学院生しか利用せず、また、運行会社も通学専用路線と考えている節があった。
バスが駅前のロータリーへと入っていき、降車場の前で止まる。
沙耶佳とその友人達は、バスを降車し、話にあった喫茶店へと行き先を定める。
ふと、沙耶佳の視界の隅に見知った男性の姿が入った。
「ちょっとごめんなさい」
視界の隅に男性を捉えたまま、友人達へ断りを入れる。
友人達は頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、小走りに去って行く沙耶佳を目で追った。
「神奈木さんッ」
「あれ? 月崎さん」
名前を呼ばれ、びっくりしたように輝一が振り返ると、そこには軽く息を弾ませた沙耶佳がいた。
輝一は、学生服に大きめの鞄、手にはスマートフォンが握られていた。
鞄は、先日、沙耶佳の家を訪れた際に持っていた鞄なので、仕事道具が入っているのだろう。
――通学鞄の可能性もあったが――
「こんな所でどうしたんですか?」
沙耶佳にそう問われ、輝一は、一瞬スマートフォンに視線を落としてから沙耶佳へと視線を戻した。
「月崎さんの件で調査中なんですよ」
「え? その、邪魔してすみませんでした」
「いえいえ、大丈夫です。地図を頼りに場所を探している所ですから」
「この辺ですか? 案内しましょうか?」
沙耶佳の申し出に、輝一は沙耶佳の後ろを見やる。
そこには沙耶佳と一緒に駅前へ来ていた友人達の姿が見えた。
「いえ、大丈夫ですよ。それに、ご友人と一緒なのでは?」
「え? ぁ、はい。そうでした――」
友人達との約束が頭からすっぽ抜けてしまっていたことに気恥ずかしくなり、沙耶佳の声が尻すぼみになってしまう。
その様が、なんとも微笑ましく、輝一は軽く笑みを浮かべていた。
「あれから、大丈夫ですか?」
「は、はい。お陰様で――音は聞こえなくなりました」
「音は――と言うことは、他に何か?」
「はい。虫の影――ムカデだと思うんですけど、影が見えるんです」
その影を思い出したのだろう。
暗く声のトーンの落ちた沙耶佳が、ぶるっと身を震わせた。
「そうですか――大丈夫。任せてください」
輝一は、そう言いつつ沙耶佳の肩をポンと叩いた。
暗くなっていた沙耶佳が、その声に元気を貰ったのか「はい」と返事をする。
と、同時に、少し遠くから見守っていた友人達から「あーッ」という声が上がる。
二人して、何事かと吃驚しつつ、そちらを見やった。
沙耶佳の友人、後輩達からすれば、目の前で大事件が起こっているも等しかった。
月崎沙耶佳が男性――しかも同年代の――と親しげに会話をしている。
しかも、向こうから話しかけてきたのでは無く、沙耶佳自身が小走りに駆け寄って話しかけるなど、どういうことなのかと。
更には、なにやら仲睦まじく――沙耶佳も笑みを浮かべるほどの仲である。
あの男子学生は誰なのかと――物議を醸し出していた。
友人達も後輩達も、その男性を誰も見たことが無く、また、そんな様の沙耶佳を見たことも無く――
増して増して、沙耶佳の肩に手を置こうモノならば、思わず叫び声の一つや二つ出ようというモノであった。
しかしながら、2人――沙耶佳と輝一には、そんな彼女らのことはとんと解らず、首をかしげるばかりである。
「あまり、ご友人を待たせても悪いですし――」
「えっと、お恥ずかしいところを――」
こんな往来で大声を上げてしまう友人達に、恥ずかしい思いをしたためか、沙耶佳の語尾がどんどん小さくなっていく。
それもまた微笑ましくあったのだが――挨拶合戦になっても仕方が無い。
強引に締めて別れることにした。
輝一は、ロータリーを外れて裏道の方へ――沙耶佳は、友人達の元へと戻る。
友人達へ近づくにつれ、彼女らが何やら興奮気味になっているのが見て取れた。
「沙~耶佳。ね、ね。あの人だれ?」
「っていうか、どういうご関係なんですかッ」
「ぁ、あの、お邪魔でしたら私たちは別に――」
「お姉さまの肩を、肩を抱き寄せるなんて、許せませんッ」
友人、後輩達から一斉に質問が飛ぶ。
その勢いに、一歩引いてしまいそうになるが、戻った時点でぐるりと囲まれていた。
「ちょ、ちょっと、皆さん、落ち着いて」
「そうよね。まずは腰を落ち着けて、じっくり聞きましょう」
「じっくりも何も――」
さぁさぁと背中を押され喫茶店へと移動する。
沙耶佳にとっては、気の休まらない午後のひとときとなるのだった。
Twitter @nekomihonpo




