1 来店
そこは、駅から3分という近場――とは言え、裏通りにあたるため、どこか薄暗い印象がぬぐえない――
再開発が終了し、賑わっている表通りとは異なり、どこか薄汚れたオフィスビルが林立している。
――そんなオフィスビルに囲まれた一画だった。
その一画に、一件の古びた喫茶店――のような建物があった。
この手の喫茶店にありがちな、鍵マークの看板も出ておらず、営業中なのかも怪しいたたずまいである。
昭和初期の建物をリフォームもせず、そのまま使用しているためか、
周囲の薄汚れたオフィスビルになんら違和感を与えることなく、景観に埋没しているとも言えた。
現代建築様式とは異なり、明かり取りのための窓が小さい。
それゆえ、さぞかし店内は薄暗いのだろうと思いきや、店内はLEDシーリングライトが照らし、イメージを覆す。
店外から見た時に感じられる薄暗いイメージは、古びたガラスが、光をぼんやりとしか通さないためだった。
そんな、LEDの――どこか照らしきらない明かりが浮かび上がらせる店内は、どことなく薄ら寒く見える。
――からん。
ドアに取り付けられたベルが、どこか懐かしい響きを持って店内に響き渡った。
外から見た限りでは、営業中に思えないこの店に客が入ってきたのだと店員に知らしめる。
「こ、こんにちは~」
入ってきた客――女子学生が、恐る恐ると言った体で声を掛ける。
店内は、喫茶店と言うには無理があった。
雑貨屋と言うよりは、古物商――質屋の方がしっくりくるだろうか。
喫茶店のおもむきを残すのは、店内装飾とカウンターテーブル、その後ろの食器棚くらいであった。
――もっとも、その食器棚も様々な物品に占拠されており、食器棚としての役割を果たしてはいなかったが。
店内に入ってすぐにあるテーブルの上にも、様々な物品が置かれていた。
古びたオルゴール、燭台、猫や狐といった動物の像、小さな賽銭箱、8角形の方位盤、装飾の施された古びた鏡――
女子学生は、物珍しそうにそれらを眺めつつ、店員を探すかのように店の奥を見やった。
木製の棚が並び、テーブル以上に異常で異様な物品が収まっていた。
本棚には、これまた古びた書物が雑然と並んでいる。
「いらっしゃい」
「ひゃい!」
棚と棚の間を覗き込んでいた女子学生の後ろから声が掛かる。
その声に驚き、女子学生の口から変な返事が漏れた。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね」
「いえいえいえいえ。す、すみません。大丈夫です」
声を掛けてきたのは、年老いた店主――とは真逆の人物だった。
年の頃は15、6と言った所だろう。
詰め襟の学生服がよく似合う男子だった。
「神奈木くん――」
「あれ、――高瀧さん?」
神奈木と呼ばれた男子、高瀧と呼ばれた女子――二人はクラスメイトだった。
もっとも、クラスメイトというだけで、それほど親しい間柄というわけではない。
普段の接点は皆無に等しい。
高瀧さんは、どこかもじもじとしつつ、神奈木の顔を見たり視線を逸らしたり――
眼鏡に手をやったりと、落ち着きがない。
肩の所で切りそろえられた髪がふわりと揺れる。
気の弱そうな所は、委員長然と言うよりは図書委員や保健委員の所作だった。
「えっと――神奈木くんは、バイト?」
「いや。ここ、ウチの店だよ」
「ウチ?」
「実家ってこと」
「え? ぁ、そ、そうなの――えっと――」
そこで再び黙り込んでしまう。
「えっと――気を悪くしたらごめんね」
「――うん?」
「あの――このお店って、オカルトグッズ扱ってるお店って聞いて――その」
「ああ、やっぱり」
「やっぱり?」
「霊拝堂へようこそ。ま、僕には霊感、無いんだけどね」
神奈木少年は、軽くおどけた表情を浮かべるが、高瀧さんはと言うと――呆気に取られていた。
「あれ? 何か霊絡みの相談事があったんじゃないの?」
「う、うん。――そうなんだけど、なんで解ったの?」
「この店は、そういう店だからね。そういうお客さんしか来ないんだ」
「え?」
思わず高瀧さんは、店内を見回す。
LEDシーリングライトが照らす店内には、彼女以外の客は居ない。
多種多様なモノが雑然と置かれた店内――照らしきらない隅々――
それらのモノが「いわゆるオカルトグッズ」どころか、何らかの曰く付きのモノに見えてきて――
雑然としているが故に生み出される影が少し不気味に見えた気がした。
様々な職業が、世の中にあるのは承知しているが、オカルトグッズを扱っている店の跡取り――
という風変わりな家業の人間が、こんな身近に居るとは思わなかった驚きが、態度に出ていたのだろうか――
「ウチのおじいちゃんが、払い師として優秀でね。お陰で物が増える一方だったんだ」
その驚きを知ってか知らずなのか、神奈木少年が家業の説明をする。
「引退してから、物が増えるのは収まったんだけどね。――父さんは、霊に否定的でね。普通にサラリーマンをしているよ」
「そ、そうなの」
「今は、オセアニアの方だったかな。世界中を飛び回ってるね」
そんな話をされても高瀧さんとしては、曖昧な相づちを打つしか無かった。
「しょっちゅう、変な土産を送って寄越すよ。――まぁ、座ってよ。紅茶――でいいよね?」
「ぁ、えっと――はい」
いつから沸いていたのか、こぷこぷこぷとケトルから湯気が噴き出していた。
特に火に掛けられている様子も見えないのだから、電気なのだろう。
神奈木少年が、ケトルを持ち上げ、用意したティーカップへと注いでゆく。
電気のコードが見えない――電気コンロなのだろうか。
なんとはなしに神奈木少年の所作を見ていたが、コンロを消した様子は見受けられなかった。
わざわざ指摘するのも変な感じがしたし、気がつかないうちに消していたのかも知れない――
「ぁ、いい香り」
ティーカップから立ちのぼる紅茶の香りが、高瀧さんの緊張を解きほぐしていく。
その香りは、とても暖かく身体の隅々まで行き渡り、弛緩していくように感じた。
「どうぞ」
「ぁ、ありがとう」
すっと差し出された紅茶に口を付ける。
口内に満ちる香りが鼻腔をくすぐる。
暖かさも相まって、ふわっと広がるようであった。
「それで、――河間の事?」
「ぇ、ぁ、その――そう、なんだけど――」
「大丈夫だから。はい、一口飲んで」
「ぅ、うん」
顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになってしまった高瀧さんを落ち着かせるべく、紅茶を勧める。
ゆっくりと一口、飲み下すと、ほぅと息を吐いた。
「落ち着いた?」
「ぁ、は、はい。その――ごめんなさい」
「大丈夫だから。ゆっくりでいいから話して貰えるかな」
「は、はい。――えっと、気のせいかも知れないのだけれど――陸――河間くんの事で――」
そうして――高瀧さんは、この店――霊拝堂を訪れた経緯を話し始めたのだった。
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