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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
9/41

「お線香は苦手なんだけどなぁ」

途中まで虫料理の話が、まだ続きます。

 なんだか一つ食べてしまうとあとは感覚がマヒしたみたいで、アムワントの二口目は最初ほど嫌悪感は沸かなかった。

 フィッツバルトさんに叱られているクリスさんを横目でみながら、味を探して咀嚼を続ける。


 無我の境地ってこういうのを言うのかもしれない。

 私は一種、達観した気持ちになっていた。


 ナイフやフォークといったカトラリーと呼ばれる物はないらしい。

 アムワントのように手では食べにくい料理の場合は先ほどの小さなモリのようなものを使うけれど、基本手づかみだ。


 テーブルマナーとか気にしなくていいから、逆に気が楽かな。


 私はその点は、ポジティブに行くことにした。


 虫を直に掴もうが、お箸でつまもうが、結局食べるならあまり変わらないんだしね……ということにしといてっ(泣)


 すがすがしさとは二百七十度ほど方向性が違ったその心持ちのまま、他の虫料理にも手を伸ばす。


 結論を言うと、料理は全部かなりのうす味だった。


 スープは見た目はトロッとしていて、コーンスープのように見えるんだけど、スープを飲んでも水を飲んでも、後味は一切変わりがない。

 スプーンももちろんないので器に口をつけて飲むと、スープに入っている具材が口に入ってくる。

 多少まろやかなチーズのような風味がした。けれどやっぱりたくさん食べたいとは思えない。虫だし。


 エンセルさんが嫌がっていたスパッダが乗ったサラダにも手をつける。

 ドレッシングがかかっているので、味はまだマシだろうか。

 他の人よりも多めにドレッシングをもらい、レタスのような葉物を口に放り込む。

 けれどスパッダはどこからどう見てもまるまる虫で、触角や節足がしっかり残った形だったので、無我の境地でも無理なものは無理。

 虫食初心者の私はエンセルさんと同じくスパッダだけを残した。


 なんとなくトアの目が痛い。そしてエンセルさんのシュルシュルの音が大きい気がした。


 気を取り直して他の料理も手に取ってみる。

 その中には一皿だけだけど鶏肉料理もあった。

 ここは異世界だから本当に鳥の肉かはわからないけれど、虫を食べるよりか幾分か気分的には楽だった。


 でも味は薄い。


「なんというか……全部、塩か何かをふりかけたい気がします」


 給仕のルザリドが私の発言を受けて、塩を持ってきてくれた。

 とりあえず試してみると、ようやく料理を食べている気がして、私はほっと息を吐いた。


 普通に食べれるようになると、急に空腹が意識されはじめて、私はあまり見た目が精神的にキツくないものを選り好みしながら食べていった。

 スパッダの皿をエンセルさんと同じように遠ざけると、トアが何か言いたそうにしていたけど気にしないことにする。


 すべての皿を見てみると、案外虫以外のものもあったりした。

 先ほどはお腹が空いているのを意識した状態で、虫料理へのインパクトを与えられたために見逃していたみたい。 野菜や鶏肉、果物なんかは普通に食べられる部類だ。

 けれど目の前のクラウスさんやクリスさんは虫料理ばかり食べているような気がする。


 そういえばチョロちゃんも、基本的には虫を食べてたなぁ。


 あまり嬉しくない合致を見出して、私は心の中で苦笑した。


 チョロちゃんは基本動く小さな虫しか食べなかった。

 そういう意味では、チョロちゃんと小虫の比が、ルザリドと食用の虫の比とイコールで結ばれなくて良かったとも言える。

 もしイコールだったら、こぶし大なんて言わず、人の頭ぐらいの虫がでてきただろう。

 さらに言えば、その大きさの虫を生きたままで踊り食いとか、本当にしなくて済んで良かった。


 ……後でトアに聞いてみたら、そんな虫料理もあるらしいけど。


「やはり私たちとヒューモスは様々なところが違うようだな」


 食後。虫や味付けに苦労しながら食事をした私を見ていたクラウスさんは、お茶を飲みながらそう言った。

 私にもレンがお茶を渡してくれた。トアは私の前の食器を下げてくれている。


 お茶のカップには虫が入っていないことを念入りに確かめてから、私は答えた。


「そうですね。

 体の作りから違うので、それに関連してる感覚とか習慣は、なんだか随分違うように感じます」


 笑顔の違いに始まり、触れられることへの抵抗感、異常にすごい聴覚、礼の取り方の違いと、味覚。まだ一日も、この世界に来てから経っていないというのに、私は理解する必要がある違いの多さに驚いていた。


 日本とアメリカにも仕草の意味がまったく違うものがある。

 日本での手招きが、アメリカではあっちにいけという意味になったりとか、ね。


 つまりこれは文化の違いというやつなんだろう。


 ジャステインの私へ態度を思い出す。

 けして気持ちのいいものではないにせよ、こういった文化の違いが彼女のようにヒューモスへの敵意を作り出しているのだと思えば、多少は仕方がない面もあるかもしれない。


 そう思いながら、それでも私は顔に笑みを浮かべる。


「でも楽しいです」


 私がそう言うと、クラウスさんはお茶のカップを口に運ぶ途中で止める。


「楽しい?」

「はい。この世界が現実だってことはもうわかってはいるんですけど、やっぱり夢みたいに楽しいです」


 相手を理解することができる。

 自分を理解してもらえる。


 その二つはとても嬉しいことだということが、この世界に来て改めてわかった。

 もちろん理解してもらえない悲しさや憤りもあるけれど、それがあるからこその嬉しさだと思う。


 私がそんなことを言うと、興味深げにクラウスさんは声をあげた。


「サラ殿はヒューモスから見ても変り者なのかもしれないな」

「そんなことはないですよ……たぶん」


 すこし自信がなかったので、言葉が尻すぼみになる。

 私が少数派だというのは嫌というほど理解している。

 友達にもよく変わってると言われたし、私が選んだものを見たお母さんが変な顔をしているのは良く見た。

 まぁ基本的にチョロちゃんやトカゲが関わっているときだけど。


 それを聞いてクラウスさんは舌を出した。


 ああ、やっぱり王様も笑うときは舌を出すんだ。


 変なところに納得していると、クラウスさんが周囲を確認してからこう言った。


「さて……元の場所へお返しする時の話をしようか」


 そして持っていたカップをテーブルに戻す。

 私も倣ってカップをテーブルに置く。自然と背筋が伸びた。

 給仕のルザリドたちが部屋を出ていくと、なんだか一気に部屋が静かになった気がする。


「セルからすぐにお返しするわけにはいかないことは、聞かれたのだったな?」


 クラウスさんがまずそう切り出した。


「……はい。しばらくはこちらで生活しなければいけないとお聞きしています」


 いろんな不満や疑問を飲み込んで、私はそれだけを言う。

 今は少しでも帰るための情報が欲しい。

 また私が感情的になって我を忘れることで、話の腰を折ることは避けたかった。


「ではまずは、簡単に今の状況をわかってもらったほうがいいだろう」


 クラウスさんはそう言い、顔を横に向ける。

 いつの間にか浮上してきていたクリスさんが、それに応えるように話の続きを請け負った。


「わたし達、ルザリドとヒューモスは長い間戦争をしてきました。

 そんなヒューモスの国の一つであるサットヴィアと、この度協定を結ぶ動きが起こりました。

 けれど長い間国交の断絶していた間柄では、色々と問題も起こりえます。

 文化や風習もかなり違うと思われます。

 そのためにまずサットヴィアのヒューモスを、こちらに招きルザリドについて理解していただくことになったのです。


 サラ様を召喚した魔法陣はそもそも、そのヒューモスの方を呼ぶためのものでした。


 ヒューモスの住む国は、私たちのいる大陸とは別の、ここより東の大陸にあります。

 あまりにもその旅は危険なのです。

 海を船で渡り、長い陸地を進む必要があるだけでなく、ルザリドとヒューモス間の悪感情が最も憂慮された要素でした。


 つまり安全にヒューモスにゼリウンまで来てもらうには、召喚という手しかなかったのです。

 けれど実際、召喚ではサラ様をお呼びしてしまった。


 そしてサットヴィアとの会議では、次の召喚で今度こそサットヴィアの訪問官をお呼びすることが、既に決まっています」


 私が隣に座っているエンセルさんを見ると、エンセルさんも口を開いた。


「今回、召喚の条件に『魔法陣より東にいる』という条件を入れる予定ですじゃ。

 召喚の際には、サラ様は念のために魔法陣の西側にいていただければ、ほぼ間違いなく今度こそ訪問官をお呼びできるじゃろう」


 エンセルさんが言うには、魔法陣で誰かを召喚する場合は対象となる人を示す条件をつけなければいけないのだと言う。

 その際条件になるのは、名前や役職ではないけれどその誰かを示すワードにしなければいけないらしい。


「次の召喚は、一週間後。そして」

「私は、いつ帰れるんですか?」


 焦る気持ちを抑えきれず、つい私はエンセルさんの言葉を遮るように口にだした。

 止まった言葉に続く言葉を、穏やかな口調でエンセルさんの口が紡ぐ。


「サラ様が帰れるのはそのさらに一週間後。つまり二週間後じゃ」


 二週間。

 ずいぶんと長い。

 行方不明と言われるには十分な長さだ。


 それを自覚して、耳鳴りのように鼓動がうるさい。

 私は膝の上に置いていた自分の手を握りこみ、それに視線を落とす。


 おとうさん……、おかあさん……。

 きっと心配する。


 学校は春休みだから、友達にはしばらくわからないだろうけど、確実に両親に心配をかけてしまうことが気がかりだ。


「あの魔法陣は、一度使用すれば一週間は使用できんのじゃ」


 エンセルさんが申し訳なさげに付け足した。


 私はゆっくりと、深呼吸を繰り返した。


 帰れないわけじゃないんだ。

 それだけが唯一の救いだった。


 ここにいれば二週間後には、必ず家に帰れる。

 お父さんやお母さんに会える。

 春休み明けの学校にも間に合う。

 ここでのことは信じてもらえないかもしれないけれど、また友達とも話せる。


 家に帰ったら、まだ片付けれていないチョロちゃんの水槽をどうしようか。

 チョロちゃんのお墓に、もっとお線香あげたいな。

 チョロちゃんの好きだった虫も、お供え用に取りに行きたい。


 私は徐々に心が落ち着いてくるのを感じた。


 いっぱい元の世界でやりたいことがある。

 だから今は、この世界での二週間を過ごそう。


 この世界にももちろん興味がある。

 ルザリドのことをもっと知りたい。

 もっともっとトアとも話をしたい。

 アルの鱗も思う存分触りたい。

 それに、―――それに。


 私はそこまで考えて、自分の考えに驚いた。


 それに―――ヒューモスにも会ってみたい。


 胸の中にストンと自然に降りてきた望みだった。


 どうして今までルザリドと仲良くできなかったのかを聞いてみたい。

 どうしてヒューモスだというだけで憎まれるほど戦争を続けてきたのかを聞いてみたい。

 どうしてヒューモスとルザリドとが争う必要があるのかを聞いてみたい。

 その疑問に答えてくれるだろうヒューモスが、一週間後にここにやってくる。


 この世界でも私はこんなにやりたいことがあるんだ。


 そう思った途端、深呼吸をすることで押さえつけていた動悸が治まってきた。

 私の深呼吸が完全に止まるのを待ってから、クラウスさんが口を開いた。


「こんなことを言うのは、間違っているのかもしれないが……サラ殿」


 私はゆっくり顔をあげる。


「ヒューモスにとって心地よい空間づくりに協力してもらえないか?」


 一瞬何を言われたのかわからず、クラウスさんを見つめる。


「二週間はサラ殿をお返しすることはできない。これに関しては謝罪する。

 生活には不自由のないよう取り計らわせてもらおう。


 だからこの二週間の生活の中で気になったことや、ヒューモスにとって不快なことを教えてくれるだけで良いのだ」


 クラウスさんの依頼に何も答えることになく、私はただクラウスさんを見つめ続けた。

 説明が続く。


「私たちの先達が、皆ヒューモスとの関係を修復できなかった理由はさまざまだ。

 こちらで把握できているものもあれば、なぜそうなったのかわからないとしか言いようがないものもある。

 けれど今、ルザリドとヒューモスが手を取り合う必要があるのは確かなのだ」


 トアがさきほど教えてくれたことが頭によみがえる。

 ヒューモスはルザリドを対等な立場と認めることはなかったのだと。

 それはとても…………悲しいことだ。


「だからこそ偶然か必然か、今このゼリウンにいるヒューモスである貴女の意見が貴重になる。

 ヒューモスである貴女なら私たちや先達ではわからなかったことに、気づいてくれるだろう。

 それに―――」


 クラウスさんは舌をだした。


「―――楽しい、と言ってくれただろう」


 その一言が、私の心を震わせた。

 そう、楽しいのだ。


 ルザリドを理解できて、リーゼと話し、アルベルトと喧嘩し、エンセルさんに慰められ、トアと笑いあった。ジャステインはまだ苦手だけど、レンは親切だ。

 トカゲが大好きな私にとって、この世界は鱗だらけの魅力的な楽園。


 私はどのルザリドとも関わることができるのが、楽しくて仕方がない。


「貴女は『一番ルザリドを理解し、ヒューモスとの懸け橋となるヒューモス』だ。

 正直なところ、私たちがいくら頭を絞ったところで、サットヴィアの訪問官に対して、どういったもてなしをすれば良いのかわからない。

 どれだけ気を回しても、今回の食事の前のように、勘違いで武器を向けるような状況になるともしれない。

 けれど貴女はそのすべてを『楽しい』と言った。

 だからこそ貴女の協力が、必要だと私は思う」


 クラウスさんはそう言ってから、頭を下げた。

 周囲のルザリドが驚いたように彼を見つめている。


 ヒューモスとしての謝罪と頼み方。


 それは私の立場を尊重しようとしているのだとわかる。


「どうかルザリドとヒューモスの懸け橋となってくれ」


 頭を下げたまま、クラウスさんは言った。

 不思議な沈黙が続いた。

 誰も身動きできずに、ただ私とクラウスさんを見つめているのはわかった。

 ふっと口元が歪む。口角が上がっているのが自分でもわかった。


 なんでだろう。


 クラウスさんの礼と私の表情。どちらもルザリドにとって相手への威嚇を示す動作。どちらもヒューモスにとっては相手への好意を示す動き。


 これほどまでに意味が違うのに、その差が今はなぜか嬉しい。


「私が懸け橋になることができるかはわかりません」


 そんな私の声に、クラウスさんが頭をあげた。


「けど少しでもお手伝いはできるかと思います」


 そう言ってから、クラウスさんに私は舌を出して見せる。まるであっかんべーをしてるみたいだ。

 けれどクラウスさんは、私の気持ちを分かってくれたみたいだった。


 ヒューモスとしてルザリドの王の頼みがとても嬉しいのだ、と。


 私は椅子から立ち上がり、周囲のルザリドたちにも聞こえるように声を張って宣言した。


「その異文化コミュニケーショナーのお仕事。お引き受けしましょうっ」




 こうして私はルザリドとヒューモスの懸け橋となることを決意したのだった。




「とりあえず虫はやめましょう、虫は」


 ちなみに私の異文化コミュニケーショナーとしての第一声は、料理に関してだった。

 ルザリドの皆には驚きだったようで、口々に虫の良さを言い始めた。


「これだけは譲らないよっ」


 主に私の食生活の改善のためにっ!!

 私はこれからの食事に思いをはせ、決意も固くするのだった。




ちなみに蚊取り線香などはトカゲには毒ですので、使用には注意しましょう。

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