「どうか泣かないで。ボクまで悲しくなるから」
少し長いですが、次話は短いのでご容赦ください。
あの後、リーゼの言葉(そのあとの騒動もかな?)がきっかけとなり、私は部屋の外へと連れて出られた。
あの部屋の壁を洞窟みたいだとは思っていたけれど、通路の先には階段があって、その先には重そうな扉があった。
どうやら先ほどまでいたのは、建物の中の地下だったらしい。
私は扉を開けて、しばらく廊下のようなところを歩いたところにあったトイレに案内された。
ボットン便所だった。
形としては和式で蓋ができるタイプ。
でも蓋をあけても臭いがしなかったので、お祖父ちゃんの家にあったのとは実際は少し違うのかもしれない。
「それにしても異文化コミュニケーションで、一番の厄介なのは日常生活におけるちっさな違いだって、ゆた兄ぃが言ってたけど、トイレがそんな違わなくて良かったぁ」
トイレは個室で、ちゃんと水がでる手洗いが設えてあったので、私は手を洗いながらそう呟いた。
すっきりすっきり。
気分よくトイレから出ると、リーゼとアルベルトがそこにはいた。
「いぶんかこみにゅけーしょん、ですか?」
私の独り言が聞こえていたらしい。トカゲの聴覚ってすごいって聞いたことあったなぁ、そういえば。
でもトイレの中の音まで拾うのは勘弁してほしいんだけど。
聞き慣れない単語がリーゼは気になったらしく、首をかしげていた。
というか、女の子のトイレが終わるのを待ってるのが失礼じゃない?とかいう感覚は忘れた。
うん、そこはそれこそ異文化コミュニケーションだよ!
…………うん、この建物の構造もわかんないから、トイレから出て迷子になるのも悲しいしね。
先導をするように歩くリーゼは顔を横に向けながら、再度先ほどの単語「いぶんかこみにゅけーしょん」について私に聞いてきた。
ちなみに私の後ろにはアルベルトが歩いているので、背の高い二人に挟まれてまるで連行されているみたいだ。
「異文化コミュニケーションね。
まぁ簡単に言えば、分かり合おうとするってことかな?
別の国とかで暮らしてた人が自分の国に来た時って、今までの習慣とか文化の違いがあるから、まず間違いなく問題が起こるんだよね。
で、その文化の違いを尊重し合いながら、お互いを分かり合おうと歩み寄ることを言うんだよ」
従兄のゆた兄ぃは一人暮らしをしてるんだけど、ご近所さんのどこぞのお国の留学生さんと色々あったらしい。
前に私の家に遊びに来たとき、お父さんに愚痴ってるの聞いたことあるんだよね。
朝起きる時間とか、ごみの出し方とか、それこそ本当に細かいことなんだけど、たまっていくとお互いに負担になるのだという。
そんな感じの話をしながら、私はうんうんとうなずいた。
「え~とルザリドとヒューモスだっけ? 国が違えば同じ種族だって異文化なんだから、種族が違えば、お互い想像もつかないとこが多分違うんじゃない?」
「……かも、しれませんね」
私を片目で見つめたまま、リーゼは答えた。
そんなリーゼを見ていると、ルザリドの視野ってどうなってるんだろう。と思い始めた。
というかルザリドって正面は見にくそうだけど、横の視野は広そうだから、後ろの人と話しながら前も見れてるんだろうね。
子供のころ、遠足でグループになった友達としゃべるために後ろ向きで歩いていたら、先生に「前を向きなさい」って怒られたことあったなぁ。あ、もちろんそのあと直ぐに、足がドブに嵌まって、一日臭い左足だったという世知辛い思い出もあるわけだけど。
そんな微笑ましいエピソードにも、リーゼはとりあえず「た、大変でしたね」と相槌を打ってくれる。
なのにアルベルトは無言で私の後ろを歩いているだけで、何の反応もなかった。
「アルベルトもあるんじゃないの? 小さいころのほんわかエピソードとか」
私が振り返りながら水を向けてみると、ちらりとこちらに視線をやっただけで、すぐに目を逸らす。
そして視線をいろんなとこに向けているのに、私のほうだけ見ない。
彼が見ているのは、今歩いている石畳の廊下で囲まれている、中庭のようなスペースだ。
南国っぽい幅広な葉っぱの木々や、明るい色の花が咲いている。
地下室は少しひんやりしていたけれど、階段を上がりきると気温は高めだった。
今はまだ私は冬服だったので、とても暑い。
さすがにカーディガンは脱いだけれど、それでもじっとしているだけで汗ばむほどだ。
しばらく黙ってアルベルトの次の反応を待っていたけれど、結局彼は黙ったままだった。
へぇー、そう、無視ですか、ふーん。
この態度にすこしカチンときた私は、彼の視線が私を捉えていないことを良いことに、手をワキワキした。
「あ、ここで」
リーゼが何か言いかけた瞬間、私は行動に移る。
「無視するような奴は――こうだっ!」
「なっ」
私はアルベルトの衣服から出ている尾っぽを両手で掴んだ。
あ、やっぱり見た目どおり堅い。というかこの手触りすごくいい感じ。
私は一瞬でその離れがたい触感にかなりの誘惑を感じ、強くしない程度に撫でまわした。
自切面?
尾っぽ切れたら良くないんじゃないかって?
尾っぽの付け根に近いところだから大丈夫でしょ。
ずーっと地下室から触って見たかったんだよね、尾っぽ。
前を歩いているリーゼのでも良かったんだけど、こう、鱗のラインっていうか形状はアルベルトもいいよねぇ。
「何をするっ」
本気で飛び退くようにアルベルトは地面を蹴り、私から一気に距離をとった。
威嚇するように口を大きく開けている。
どうやら本当に嫌らしい。
「え~ケチィ~、もっと触らせてくれてもいいじゃない」
「お前の思考回路がわからんっ」
私がまだ手をワキワキさせているのを、心底イヤそうな声でそういいながらアルベルトは睨んでくる。
「だって尾っぽだよ!
こんな大きい尾っぽ見ることも触ることもないし、こう、いい感じの硬度というか、光沢というか、もう触って!!って言ってるようなもんじゃん」
「お前に通じる言語はないのか!」
「失礼なっ。ちゃんとアルの言ってることは理解してるよ。その上でやってるんだい」
「なお悪いわっ。しかも何愛称で呼んでいるんだっ」
「い~じゃん別に、減るもんじゃないし」
アルベルトって長いんだよね、名前。アルでいいじゃん、アルで。
もう一度あの魅惑の触感を味わいたいっ。と彼の背後に回ろうとしたけれど、本気で回避されうまく尾っぽまでたどり着けない。
「う~~、わからずや~」
「なぜこの状況で俺が責められるっ?」
くそぅ、あと少しなのにぃ。
私が何度トライしてもうまくいかずに、暑いのも手伝って汗が額に浮き始めたころ、
「あの~すみません。みなさんをお待たせしているので、部屋に入っていただけないでしょうか……?」
リーゼの可細いながらも、若干泣きが入ったような声が聞こえたので、私は行儀悪く舌打ちをしながらも、目の前にある扉を見る。
そこからは「ほっほっほっほ」と笑い声を立てているエンセルさんが、顔を出してこちらを見ていたのだった。
部屋の中に招き入れながら、エンセルさんは朗らかに言った。
「元気が良いのぅ、サラ様は」
部屋の中は応接間のようなところだった。
3人用ぐらいのソファが向かい合っておいてある真ん中に、ガラス製の低いテーブルがあった。
壁には絵がかかっているぐらいで、装飾の類はほとんどない。
広さは先ほどの地下室よりもまだ広いぐらいで、なんとなく部屋の中にいる人数に合っていない気がした。
というか普通に部屋なんだね。水槽みたいなのを想像してたよ。
エンセルさんは私に、部屋の真ん中のソファに座るよう促したので素直に従う。
アルは部屋に入った途端、尾っぽを壁で守るように私から離れて壁際でこちらをにらんでいた。
ふん、話しかけられているのを無視するのが悪いんじゃん。
私が彼の姿をそんな風に思いながら座ると、リーゼはおろおろしながらも私の後ろに立った。
部屋の中心の応接セットには、私と向かい合うように白いルザリドが目を瞑ったまま座っている。その後ろに赤褐色のルザリドと、並ぶような位置にエンセルさんがつく。アルが立っている壁際には、もう一人黄色のルザリドが姿勢を正している。地下室で円の周りにいたルザリドたちは、この部屋の中には見当たらなかった。
「さて。改めて紹介、といこうかの」
エンセルさんがそう言うと、赤褐色のルザリドがうなずいた。
「まずは私から。
サラ様。私はクリストファ=レンリック。
このゼリウン国で非才ながら宰相を務めております。どうかお見知りおきを」
そういって胸に手をやるクリストファさんは、どこかしゃちほこばったような言葉づかいをした。
なんというか慣れてない感が満載だ。
「彼らは先ほども名乗りましたが、私の隣がエンセル=デビィリンジ。
サラ様の後ろに控えておりますのが、リーゼ=アッシュブルです。
彼らは魔術を使うことができ、サラ様をお呼びするための魔法陣はこのエンセルが制作したものです」
「はぁ」
他に何と言えば良いのだろう。
私がそれ以外何も言えずにいても、クリストファさんの紹介は続く。
「壁際に立っている者が、近衛隊隊長のフィッツバルト=ビーエー。
同じく副隊長のアルベルト=トーカスハです。」
アルじゃないほうのルザリドが、隊長と言われた時に胸に手を当てたので、あの人がフィッツバルトさんなのだろう。
アルが胸に手をやる挙動は、なんとなく渋々といった雰囲気が感じ取れるのは気のせいじゃないと思う。
「そして――」
一度咳払いをしてから、クリストファさんは私の目の前に座るルザリドを示した。
「こちらの方が我がルザリド国国王クラウス=ラリア=ゼリウン陛下であらせられます」
どどーん。
という効果音が欲しいぐらいの、クリストファさんのどや声だった気がする。
「え~と、はぁ……?」
私はとりあえずそれだけを口にした。
クリストファさんは目を見開いて、こちらに期待の目を向けている気がするんだけど、何を求められているのかがわからなかった。
誰にもどうしようもない沈黙が続き、どういう態度を取るべきか反応に困っていると、白いルザリド――クラウスさんが小さく笑い声を立てた。
「陛下っ?」
「すまない。クリス。お前があまりにも肩に力を入れすぎていて、つい笑ってしまった」
クリス……さんでいいや、長いし。
クリスさんがクラウスさんに笑われて、さらに何とも言いようのない雰囲気になってしまった。
エンセルさんは変わらずシュルシュル言っているけど、私が振り返りリーゼを見ると、彼は固まった状態で1ミリも動きそうになかった。
しばらく笑い続けたクラウスさんは、ゆっくり息を吐き出すとソファに座りなおした。
「悪かったね、サラ殿。
ヒューモスの紹介というのはこういう風にするのだと、クリスは随分前から練習していたのだよ。
どこかおかしかったかい?」
「いえ、おかしかったというか。なんだか学芸会を見に来ている保護者のような気分になってました」
いちいち動作がキビキビしていて、言葉もなんだかセリフを読んでいるみたいに聞こえていた。
そんな指摘をすると、クリスさんは見るからに肩をおとしたように見えた。
「やはり私は宰相などという器ではないのですよ……」
「クリスが宰相でなければ誰ができるというんだ。
後ろ向きになるのは後で付き合ってやるから、今はやめてくれ」
クラウスさんはそう宥めたが、クリスさんにはどんよりとした雲がかかっている気がした。
何、この漫才。
私が思わず笑ってしまうと、後ろでリーゼが「ちょ、サラ様」と言った。
なんて面白いんだろう。たとえここが――――――だったとしても。
私は笑いをおさめると、ソファから立った。せっかく紹介してくれたんだから、こちらも返さなくては。
「え~と、じゃあ、私も改めて自己紹介します。
皆月紗羅です。日本出身の高校1年生で、趣味はトカゲのグッズ集めです」
言ってから思ったんだけど、学年って変わるのは4月入ってからだっけ? 今日は終了式だったんだけど、まだ1年生で良かったよね?
少し疑問だったけど、まぁ些細なことだろう。と私はソファに座りなおした。
だってここは――――――なんだから。
そんな私の自己紹介を聞いて、クラウスさんはゆっくりと足の上で手を組んだ。
「……先ほどクリスがサットヴィアに問い合わせたそうだが、ニホンという国はヒューモスの国にはないらしい」
「え?」
「一応、向こうの外交官にあたるヒューモスに問い合わせたそうだが、小国であろうと存在しないという回答だった」
クラウスさんの言葉に私は何も答えられない。
無いと言われても、私が日本で十六年と少し生活していたのは間違いないのだ。
「サラ様。
先ほど廊下で我らルザリドのような尾を見たことも触ったこともない、とおっしゃっておられましたな?」
エンセルさんが突然そんなことを言い出したので、私はうなずいた。
「サラ様のおっしゃるニホンやその近隣の国には、我々ルザリドは一人もいなかったのでしょうか?」
「いませんでしたよ? 言葉を理解して話すような動物は、私のようなヒューモス?だけです」
もしいたら間違いなく動物園行きか、きっとニュースになってるはずだ。
その上でお小遣いの許す範囲なら、私は絶対に会いに行ってる。
私の返答にエンセルさんは2、3度頭を振った。
「ありえない、ことではありません……のぅ」
「セル?」
クラウスさんの問いかけに、エンセルさんは長い息を吐き出した。
「サラ様の服装を見てくだされ。
あのような精巧な作りの衣服を、魔法陣もなく織り上げる技術はヒューモスにはないはずですじゃ。
他にもただのヒューモスの娘とするには、おかしな点がいくつもありますのぅ。
ここは一つ、このような推論を立ててはいかがでしょうか?」
エンセルは自らの指を1本立てた。
「サラ様はこの世界とは別の世界から召喚された、と」
「は?」
私は変な声を出してしまった。
別の世界って……何、それ。
「わしはあの魔法陣に、条件にあてはまる者がどこにいても呼び寄せるだけの力を持たせておりました。
ならばサラ様が別の世界の方であろうと、お呼びできるということになりますのぅ」
「あの、魔法陣って?」
「先ほど地面で光っておった模様のことですじゃ。サラ様をお呼びした際、最初におられた場所です」
「そんなわけないじゃないですか」
私はバカらしいとばかりにそんなことを言った。
はっきりと、言い切る。
「これは夢でしょう?」
この私の言葉に全員の視線が私に集まるのを感じた。
「トカゲさんがいっぱいで、楽しくて仕方ない夢。私にとって楽園みたいな夢。
そんな凝った設定とか召喚とか、そこまでしっかり決めとかなくても、私十分楽しんでますよ」
だいたい人間大のトカゲさんが、言葉が喋れて意思疎通ができるなんてところからまずありえない。
どう考えても夢なのだ。
私に理解できない話をエンセルさんがしているのは、私の頭がこの状況に少しでもリアリティを持たせようとしているだけに違いない。
そんな理屈をこねくりまわさなくても、私はこの状況を夢だとわかっているから、ありのまま受け入れていた。
身を軽くよじるような衣擦れの音が聞こえてそちらを見ると、クラウスさんが少し体制を前のめりにしていた。
先ほどよりクラウスさんの鼻先に、しわが寄っているような気がする。
「サラ殿。夢、ですか? この世界が?」
「そうです。きっと私、家で寝てるんですね。こんな誰得でなくとも、絶対的に私得な状況は夢でしかありえません」
「ヒューモスとルザリドという2種族の話も、あなたを召喚した魔法陣も?」
「私が見てる夢です」
「私も、このエンセルも?」
「夢です」
「――この国も?」
「だから夢」
私は何度でも繰り返す、これは夢だと……
「いい加減にしていただこう」
切り裂くような鋭いその声に、私は短く息を吸った。
表情から感情は読み取れなくとも、そのクラウスさんの声色に怒気が含まれていることぐらいはわかる。
重々しい言葉が、ゆっくりとクラウスさんの口から、とどまることなく続いた。
「ここは現実。そして貴女を我々が召喚したことも事実。
たとえ世界が異なっても、これが誰かの夢であることなどありえない。
誰もが自らの生を必死に生き、もがき、苦しみながらも前へと歩き続ける。
そんな足跡がいくつも積み重なって、いまこの時を迎えている世界。
おそらくその点は、あなたの世界と何も変わらないはずだ。
この世界を夢だと断ずるなら、これまでの足跡をあなたは否定しているのと同じ。
数多の生を塵芥のものというと同義。
あなたはこの世界の全てを馬鹿にしているのか?」
目を閉じているのに、クラウスさんがまるで私を睨みつけているような圧迫感を感じ、私は息が浅くなる。
「そんな……つもりじゃ……」
何とか弁解しようと口を開いたけれど、こぼれでた弁解は何の意味もなさない。
私が何も言えずに、身を固まらせているとエンセルさんが、ゆっくりと私の隣へと移動してきた。
「……サラ様」
隣へと腰かけ、いつの間にか私が膝の上で握りこんでいた手を取る。
エンセルさんの手は人間の手と比べて節くれ立ってはいるけれど、鱗に覆われているだけで私の手とそんなに変わらない。
指は五本だけど全部ほぼ同じ長さで、親指が短いということはない。
爪は長くて巻爪になって一番細くなっている先が、ほんのり黒い。
これが夢なら、随分と細かいところまで私の頭は設定を作りこんでいるなぁ。
私はここまできてもそんなことを考えていた。――――悪あがきのように。
エンセルさんはそんな鱗の両手で、私の手を包み込むようにしてから、優しい声で話しかけてきた。
「なぜ否定するのですかな?」
それでも聞こえてくる言葉は私への責めを含んでいるように聞こえる。
「どうして私どもを夢だと思うのですかな?」
「……」
「なぜ――ここが現実では都合が悪いのですかな?」
「ち……う」
エンセルさんの言葉に、私は喉の奥から振り絞るように声をだした。唇が震えているのがわかったけれど、もう一度繰り返す。
「違うの……」
「――それは、なぜ?」
逃げることを許さないようなエンセルさんの問い。
取られた手が、ひんやりと冷たい。
――――――――その感触には、憶えがある。
私は思わず手を引っ込めようとしたけれど、エンセルさんは放してくれなかった。
――――――――何年も側にいた。
押さえられない感情が、湧き上がってくる。
――――――――なのに、もう、どこにもいない。
手を放してもらうのを、私は諦めた。
――――――――私の手の上の鱗の肌触りが、
代わりに私は、唇をかみしめる。
――――――――土の中に消えていった。
「……っ――っ――ひっ――くっ――」
止めることもできない勢いで、私の両目から涙が流れ始めた。
しゃくりあげながら、私は鱗の手に包まれた自分の手を見つめる。
「だって……だって……チョロちゃんは……死んでなんか」
全部、嘘にしたかった。
「死んでなんか……いないんだもん……」
嘘だと言いたかった。
現実でなければ良かった。
チョロちゃんが死んじゃうなんて信じない。
どんな夢でも、夢でさえあれば、チョロちゃんは死んでない。
たとえチョロちゃんが死んでいるのを見つけたのが自分でも。
水槽から死体を取り出したのが自分でも。
庭にお墓を作って埋めたのが……自分でも。
「この世界がっ――……っ……全部夢ならっ……チョロちゃんがっ……死んじゃったのもっ」
今日のどこからがこの夢の始まりかはわからない。どうしてこんな夢を見ているのかもわからない。
それでも――それなら朝から夢でいい。
チョロちゃんがもう二度と動かないと知った今朝でいい。
何もいない静かな水槽を、声もなく見つめる前からでいい。
今日の修了式も、河川敷でのことも、リーゼやアルも、エンセルさんやクラウスさんも。全部、全部、全部、全部、夢で良かった。何もかも全てが、嘘で良かった。
なのに今、背中を優しくさすられている感触は、あまりにもリアルで。
――――――――――-もう、ムリ。
私は大泣きした。
もう高校生なのに、なんて思いは一切なく。声をあげて、鼻水まで垂らして。
ここは現実なのだと、たとえ別の世界でも、私が夢を見ているわけではないのだと。
チョロちゃんが――死んでしまったのだと。
泣いた。