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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
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「難しい話はわかんないや」

 私はとりあえず持っているものを確認した。


 とは言っても、何も持っていない。

 学校帰りだったけれど、鞄は橋のたもとに置いて、心置きなくチョロちゃんを思って悲しんでいたのでここにはないらしい。学生手帳も携帯も鞄の中だ。


 今まで座っていたあたりを見ると、なんだか細長いものが見えたのでしゃがんで取り上げてみる。


 雑草である。


 そういえばさっき、原っぱから適当に一本抜いた気がする。

 ちょっとシナッとなっているけれど、私が今持っているものと言われるとこれしかない。


「これしか持ってないけど?」


 とりあえずリーゼに向かって雑草を見えるように突き出してみる。


 なんとも言いようがない沈黙が続いたあと、リーゼはただの雑草をとても丁寧に受け取った。

 それを両手で持ったまま、リーゼは振り返る。

 歩いていくリーゼを後ろからみて、私はまた感動していた。


 尾っぽだ。尾っぽがある!


 どういう構造かわからない服だけれど、おそらくシャツとズボンのように上下にわかれているのだろう。

 衣服のちょうどお尻にあたるとこらへんから、光沢感のある尾っぽが地面に落ちている。

 チョロちゃんほど全身に対して長くはないけれど、彼の身長でお尻から生えていて地面について擦るぐらいなら、結構な長さだろう。


 トカゲの尻尾切りなんて言葉があるように、トカゲは自ら尾っぽを切るために、自切面という節目を持っていたりする。

 彼の尾っぽにもそういうのがあるのかは非常に興味があるところではあるが、尾っぽは大事するべきである。

 尾っぽに栄養を蓄えているトカゲもいるので、遊び半分で尾っぽを切るような輩は、トカゲ愛を叫ぶ資格などない(断言)


 私が触りたいのを我慢して、両手をワキワキさせながら尾っぽを見守っていると、光る円の外側に立っていた緑のトカゲさんにリーゼは雑草を差し出した。


「ヒューモスは、草に親書をしたためるのが礼儀という作法があるのでしょうか?」

「長いこと生きとるが聞いたことないのぅ」


 緑のトカゲさんは舌をシュルシュルさせながら、リーゼの持ってきた草を受け取った。

 なんとなく言葉に笑みが含まれている気がする。


「して、リーゼ。これにはどのようなことが書かれていると思う?」

「いえ、あの。私には何も……書かれているようには見えないのですが」

「ほほう」

「あの、師匠。私の見聞が狭く、申し訳ありません」


 師匠と呼ばれた緑のトカゲさんは、数秒また黙ってシュルシュルしていたけど、ゆっくりと手をあげた。

 途端円の周りにいたトカゲさんたちが、押し黙り余計に静かになった。


 私は隣のトカゲさんを思い出し、視線をずらす。

 アルベルトと名乗ったそのトカゲさんの背後の方に注目すると、彼にも斑点のある尾っぽがあった。感動だ。

 私の手のワキワキに力がこもったのに気付いたのか、アルベルトが心持ち尾っぽを隠すように体の角度を変えた。


 ……けちぃ。


 それを不満に思いつつ、それでもジッと尾っぽを見ていると、あたりが少し暗くなった。


 光っていた円の光量が減り始めていた。


 不思議なもので、どこかにケーブルとかがあって電気がつながっている様子もなく、私はどんな仕組みなのかと首をかしげていた。

 円以外にも光源があるみたいで、完全に発光が治まっても、まったく周囲が見えないわけではない。


 そんな中、木と木がぶつかるような軽い音が部屋に唐突に響く。


 見ると頭を抱えたリーゼが、緑のトカゲさんの側で蹲っていた。緑のトカゲさんは


「まだまだじゃのう」


 と言って、楽しげについていた杖を軽く揺らしながら、こちらに近づいてきた。

 どうやらリーゼがあの杖で殴られたらしい。


 私も殴られるかも、といつでも逃げられるように身構えていると、緑のトカゲさんはそれほど距離が詰まる前に立ち止まり、またシュルシュル言った。


「サラ様。失礼ですが、おそらくは女性ですかな?」


 女性に見えないなら、眼医者に行った方がいい。

 高校の制服を着ているので私はスカートを穿いているし、肩までの髪だけれど一応髪留めもつけている。


 一瞬、そう言おうかと思ったけれど、よく考えてみれば私から見てこの部屋にいるトカゲさんの性別はわからない。

 そもそもトカゲは性別がわかりにくく、尾っぽや顔の大きさなどで見分けることが多いけれど、それでもこれと言って人間がわかりやすいものではない。


 トカゲさんから見ると、人間もそうなのかもしれない。


「はい。私は女です。」


 なんとなくリーゼよりも偉い人だと認識して、丁寧語が出た。

 満足したように彼はうなずく。


「わしはエンセル=デビィリンジ。魔術長という仕事をしておりますじゃ」


 なんだろう?

 このエンセルさんはよくシュルシュルと舌を出すんだけど、これってもしかして笑ってるのかな? 

 トカゲは舌を出すことで匂いを嗅いでるっていうけど、別に何か変なにおいがするわけじゃないしなぁ。


 私が口元を凝視していることに気付いているのかいないのか。エンセルさんは私を見つめ(もちろん顔の正面は斜めを向いている)杖を脇に挟んで腕を組んだ。


「ヒューモスの女性はか弱き者と聞いております。立ち話を続けるのも申し訳ないですな」


 そして周囲のトカゲさんに目をやると、一人のトカゲさんが素早く動き、どこからか簡易な木の椅子を持ってやってきた。


「どうぞ、お座りください」


 勧められたので素直に従う。

 それにしてもエンセルさんもアルベルトよりは低いけど十分背が高いので、このまま話すと見上げすぎて首が痛くなりそうな気がする。

 私は首の周りの筋肉をほぐすために、頭をくるりと回した。

 エンセルさんはそれを見ながら、またシュルシュル言った。


「それにしてもサラ様は、あまりルザリドを厭ってらっしゃらないようですな」

「ルザリド?」


 私は聞いたことがない言葉をそのまま復唱した。


「ルザリドってなんですか?」


 続けた質問にエンセルさんはピクッと頭が動く。

 アルベルトが私を見下ろしているのが気配でわかった。


「その質問は――よいでしょう。

 サラ様とは違い、我々のように鱗に覆われた者たちのことを言いますな。

 この部屋にいるのはサラ様以外、皆ルザリドですじゃ。

 ルザリドを鱗を持つ種族、とするのであれば、サラ様はヒューモスという種族になりますのぅ。

 ヒューモスという言葉はご存じですかな?」


 エンセルさんの言葉に私は首を横に振る。

 先ほどから何度かでてきていたのだが、それよりもチョロちゃんショックや尾っぽへの感動が強すぎて、それほど気にしていなかった。


 エンセルさんは私から視線をはずし、首をかしげた。

 とはいえトカゲさん――彼が言うにはルザリド――はこちらを見ているときは顔の正面が斜めを向いているので、真正面から彼の顔をみることになった。


 あぁ、ほんとトカゲってこのアングルがかわいいよねぇ。


 警戒心の強いトカゲは、横の視界が広い。

 捕食される動物としてはよくあるように、目が横についているから当然だとは思う。

 でも正面からの顔って愛嬌があるというか、スネークアイの子なんてちょっと頼りなげな感じになるんだよね。側面からキリっとしてる顔つきももちろんだけど、私はこの正面からの顔も好きなんだ。


「ヒューモスというのはサラ様。あなたのように鱗等がない姿をされている方の種族名になります」


 エンセルさんはそんな私に、こんな話をしてくれた。


 ルザリドのほぼ大半が住む国の名を『ゼリウン』。

 ヒューモスが住む国の名のうちの一つが『サットヴィア』。

 もう一つ『ラジャヌス』というヒューモスの国があり、このラジャヌスとゼリウンは度々戦争をしてきた。

 しかしあまりにも長い戦争であり、この度サットヴィアが仲介に立つ形で休戦協定を結ぼうとしているのだという。


 わたしはふむふむ、とエンセルさんの話を聞いていた。聞きながらエンセルさんの正面顔を楽しんでいると、彼はこう言い切った。


「ゼリウンというのが、今サラ様がいるこの国になりますじゃ」


「……へ?」

 反応が遅れて私は少し間抜けに聞き直した。


「ここ日本じゃないんですか?」

「ゼリウンですな。サラ様はニホンという国のお生まれですかな?」

「そうですけど……」

「ふむ……ニホンという国があるとは、聞いたことがありませんな。私もヒューモスに何人も知人がいるわけではないのですじゃが」

「私もゼリウンって国があるなんて聞いたことないですよ。さっき話ででてきた、え~とサルトビ?」

「サットヴィアのことですかな?」

「そうそう、それとラ、ラー……ラーメン?」

「もしかせんでも、ラジャヌスのことじゃな?」

「あ、それそれ。そんな国も聞いたことはないです」


 途端、周囲がざわめいた気がした。

 私が周りを見回すと、こちらを見ながら何かそれぞれ話しているのは分かるのだけれど、私と目が合いそうになると、皆目を逸らした。


 なんか、おかしいかな?


 私が居心地悪く周り見ていると、カツーンと響く音がした。

 エンセルさんが杖の先を地面に突いた音だったけれど、それに沈められたかのように囁く声が止まった。


 しばらく誰もが無言だったけれど、それを割るように響く、それでいて大声量というわけではない声が耳に届いた。


「失敗か?」


 白いトカゲさん――ルザリドだった。

 彼は私が初めて見た時と変わらない体勢で椅子に座っており、目もつむったままだった。


「一番ルザリドを理解し、ヒューモスとの懸け橋となるヒューモスを。としてお呼びしましたのでな。いやはやまったく申し訳ございません」


 エンセルさんの飄々とした声がそれに続いた。

 彼は胸に手を当て、白いルザリドのほうを向いていた。


 白いルザリドは隣にいた赤褐色のルザリドに声をかけた。

「サットヴィアに連絡を。召喚が失敗したため、再度打ち合わせをしたい、と」

「かしこまりました」


 ルザリドが一人、白いルザリドの後ろにあった通路を通っていく。

 やはりあそこがこの部屋の出入り口らしい。


「セル。あなたが失敗するなんて珍しいな」


 部屋の中の空気が、一人いなくなったことで動いた分が落ち着いてから、白いルザリドはそう言った。

 それに答えるように「ほっほっほっほ」とエンセルさんは笑い声をあげる。


「お言葉ですが、召喚自体は成功しておりますぞ」


 エンセルさんはそう言いながら私を示すように、手の平を開いて私の前に出した。


 あ、やっぱり水かきとかはないんだ。


 私は白いルザリドの話がよくわからないので、エンセルさんの手のひらを観察していた。


「私は『理解』し『懸け橋』となる『ヒューモス』をお呼びしたのですからな」

「……彼女はルザリドを理解どころか知りもしなかったようだが?」

「だからこそ理解していただけるのではないのでしょうかの?」


 そんな私は放っといて、エンセルさんは少し周囲を見回す。


「この中にヒューモスに対して真っ白な感情で接することができるルザリドが、はたして何名おりますか? 一切の憎しみもなく、恨みもなく、また利益を慮りもせずに。

 逆を言えばヒューモスとて同じこと。それは今回ここまでこぎつけるにかかった時間が証明していましょうぞ。

 わしらの諍いは長い。

 その記憶は、幼子にまで刻みつけられておりますじゃ」


 まるで周囲に聞かせるためというような、その演説の言い回しに白いルザリドは頬杖をついていた手をほどく。

 それを確認するようにエンセルさんは溜めを作った。


「……もちろん、わしとて先ほど申し上げた条件――『理解』し『懸け橋』となる『ヒューモス』でお呼びすることができるのは『サットヴィアの訪問官』だと思っておりました。

 けれども事実、サラ様が現れた。

 サットヴィアでわしらを理解するために、こちらに召喚されるのを待っていたであろう訪問官よりも、サラ様こそが条件に合ったのだと私は思っております」


 堂々としたその姿に、誰も異論を唱えようとはしなかった。

 私はと言えば、とりあえず話にはついていけていない。ので発言は自重している。


 だけど黙っているわけにはいかない、緊急を要する事情が発生してしまった。


 椅子に座った私のすぐ隣にいるアルベルドの服を突く。

 彼はエンセルさんやリーゼと違って、服と言っても布地である衣服の上から、金属の板をつなぎ合わせたような鎧を着ているので、その金属板の隙間を縫って突いた。


「……なんだ」


 不機嫌そうな声が小声で頭の上から降ってくる。

 エンセルさんと白いルザリドの会話を邪魔しないためだろうから、私も小声で返す。


「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「後にしろ」

「無理、っていうか今じゃなきゃダメ」


 むげなく断られそうになったのを、引き留め私はアルベルトの顔をこちらに寄せるように手招きする。

 彼がすこし屈んでくれたので、私は耳と思われるところに向かって小声で聞く。


「トイレってどこ?」


 一応女の子なので、大きな声では聴きにくい話題だった。


 学校終わりに河川敷で呆然自失状態だった私だけど、今日は三学期の修了式だったので、昼前には学校が終わっていた。

 昼食も喉を通らなかった私はチョロちゃんとの出会いの場に、ふらふらと学校帰りに寄ったのだった。


 そう、朝からトイレに行っていないと今気づいたのだ。


 意識するとすごく行きたくなってきた。

 軽く内腿を擦り合わせながら、恥を忍んでアルベルトに聞いたのに、答えが返ってきたのは別の方向からだった。


「トイレなら上にしかないですから、一旦この部屋からでましょうか」


 キ、キ、、キサマァっっ!!

 一切の遠慮もなく、小声ですらないその提案に、今話していた白いルザリドとエンセルさんもこちらを向いた。

 思わずリーゼに張り手を食らわし、アルベルトに取り押さえられたけれど、私は悪くないはずだっ。


主人公が自由すぎて私の手に負えません(笑)

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