「ほんと気になるんだけど」
ようやく、よ~やく魔法陣についての説明回です。
セリフがいつも以上に多いですが、どうせリーゼの言ってることなんで読み飛ばしてもらって構いません(ぇ
領主の館に戻ってきて、最初にしたのはシャワーを借りることだった。
いやあ~ほんと、あの糞とかの匂いって、なんだか髪の毛にまでついてる気がするんだよねぇ。
一緒について回った護衛さんやアルにも、護衛はいいからとシャワーに行ってもらった。
今日はもう部屋から出ないことを宣言させられたけれど、まああの臭いを振りまきながら周りにいられるよりかは良いよね。
夕食は領主と一緒に取らなくていいらしい。
私は割り当てられた部屋に、今日のモウンとブヒンの料理を運んでもらうことにした。
自分が食べてないものを、ヒューモスにぶっつけ本番で出すわけにはいかないしね。
この町ではエンフォーレのように夜になっても室内が光らない。
部屋の中には燭台に置かれた蝋燭の明かりだけだった。
一応いくつも燭台があるので、部屋の中を歩くぐらいなら問題はない。
キャンドルディナーってなんかカッコいいよね。
私はのんきにそんなことを考えていた。
「あのサラ様、私もご同席してよいでしょうか?」
そんな夕飯の少し前に、リーゼが部屋を訪ねてきた。
「うん、いいよ、入って入って」
王城の部屋ほど広くはないけれど、それでもトアとレンとジャスと私の四人では十分に広い。
トアが厨房にリーゼの分の夕食も、この部屋に配膳してくれるよう伝えてくれると言うのでお願いする。
「それにしてもどうしたの?」
部屋を出ていくトアを見送ってから、私はリーゼに問いかけた。
彼は私の視察について行かず、ずっとこの館にいた。
もちろんサボっていたわけではなく、いろいろと仕事をしていたらしい。
行きの荷馬車に積まれていた箱の中は、そのための書類や道具がはいっていたそうだ。
そんな忙しい彼が何の理由もなく、部屋を訪ねてくるとは思えなかった。
リーゼは胸に手を当てた。
「なかなか時間がとれませんでしたので、サラ様にはご説明が必要かと」
「何の?」
「魔法陣についてです」
私は指摘されてから思い当った。
そういえばこの世界に呼ばれることになったのも、私の言葉が通じるのも、エンフォーレの町が光ってたのも魔法陣。
あれも、それも、これも魔法陣だと聞いていたのに、何も説明を受けていなかった。
魔法陣って不思議だなぁ。程度で他に驚くことが多すぎてそこまで意識が回らなかったのが実際だ。
「サラ様がこちらに来られてから、師匠や私は再召喚のための準備に追われておりまして、これほどご説明が遅れてしまい申し訳ありません」
「……うん、いや、気にしてないよ」
正直、忘れてたし、とは言わないけれど。
そういえば王城ではあの私が異文化コミュニケーショナーになると宣言した食堂から、エンセルさんやリーゼには会っていなかった。
きっと忙しいんだろうなぁとは思っていたけれど、そういった事情があったんだ。
まだ食事が運ばれてくるまで時間があるらしいので、レンとジャスにお茶を入れてもらう。
「ありがとう、二人とも」
私はそう言いつつ、今日一日ことあるごとにしていたお願いを、ジャスに楽しげに問いかけてみた。
両手はもちろんワキワキだ。
「ところで鱗触っちゃダメ?」
「ダメです」
最初この質問をしたときは、心底嫌そうな雰囲気だったのに、なんだか今は「はいはい」みたいな感じで流されている。
うんうん、これも進歩だよ……ね?
「レンは?」
私は心持ち両手ワキワキの速度を速める。
「は、や、いえ、だ、だめっ、です……」
レンの初々しい断り方は何度言っても変わらない。
私から一気に距離を取るように離れてから、私の様子をうかがうようにこちらを見ている。
もちろんあのエリマキを触りたいのは本心なんだけど、それ以上になんだかレンってからかいたくなるような反応するんだよね。
私は苦笑しながらも、お茶を口に運んだ。
目の前で同じ光景を見ていたリーゼも少し私の行動に呆れているように見える。
私はそんな彼に向かって両手をワキワキさせようとして、
「あ、そういえばリーゼは他の人に触られるのが嫌なんだよね?」
ということを思い出して止めた。
「はい?」
リーゼもカップを持ったままで首をかしげる。
「初対面で抱きついちゃったでしょ?
あとで聞いたんだ、他の人に触れられると体調を崩してしまうルザリドもいるって。
リーゼもそうなんでしょ?
ごめんね、知らなくて」
「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ、サラ様が規格外な方だというのはもう良くわかってい」
「リーゼ?」
「い、いえ。初めて来られた別世界で混乱されていたのだと思いますし」
なんだか失礼なことを言われた気がしたけれど、今回については私が悪いと思うのでそれ以上の追及はしないことにした。
リーゼは「あー」と声を上げながら中空を見上げた。
「魔法陣についてのご説明をしたいのですが、よろしいですか?」
「よろしいですよ」
あからさまな話題逸らしだけれど、乗ってあげましょう。
私はお茶のカップに口をつけたまま、そう答えた。
「では――まず基本的なところから。
サラ様は魔素をご存じですか?」
「マソ? マゾじゃなくて?」
「マゾが何かはわからないですが……あ、いいです。それは説明しなくて」
なんとなく嫌な予感でも察知したのか、リーゼはそう言ってコホンと咳払いをした。
「魔素というのは、この世界のどこにでもあるものです。
空気中にも水中にも地中にも。そして物にも動物にも。
ルザリドはこの魔素に干渉する能力を持っています。
そしてこの魔素により、何らかの現象を起こすために使用するのが魔法陣と呼ばれる模様になります」
「ヒューモスには使えないの?」
「使えません。
なぜかは分かりませんが、この魔法陣を描けるのも、そしてその魔法陣を魔素によって発動させることができるのもルザリドだけです。
正確に言えばルザリドの作ったすでに発動している魔法陣を、ヒューモスが何らかの方法で手に入れた場合がありますので、一切の魔法陣をヒューモスが持っていないというわけではありませんが、作り出せるのはルザリドだけです」
そう言ってから、リーゼはお茶を一口含んだ。
うん、なんだかとってもファンタジー。
まぁトカゲさんが人型で、言葉喋ってる時点でファンタジーそのものではあったんだけど。
この魔法陣というのは、どこでも火とか氷が出せるような魔法とは違うみたいだけど、私の世界にはない面白い仕組みだ。
私はヒューモスだから残念ながら使えないみたいだけど、他にどんなことができるんだろう?
想像に少しわくわくしながらリーゼの次の言葉を待つ。
「少し長い話になりますので、ご質問は後でまとめてお答えします。
今は話を全て聞いていただいてもよろしいですか?」
「あ、うん、ごめん、よろしく」
私がうなずくのと確認してからリーゼは続けた。
「魔素というものはどこにでもあると申しましたが、ただあるだけでは何の役にもたちません。
そしてある程度集めなければ、たとえ魔法陣があったとしても、望んだ作用を起こせません。
つまり我々はその魔素を集めること、そして発動させる内容、この二つを組み合わせて図案化した魔法陣を使用する必要があります。
そのため魔法陣の図案は多岐にわたります。
その図案を新しく開発したり、すでに図案として確立している魔法陣を必要な場所に制作したり、既にある魔法陣の保守を行なったり、そして魔法陣に対しての考察を行う者が魔術師と呼ばれるのです。
そして師匠はその魔術師と呼ばれている者たちが所属している『イレンシア』という組織の中で、もっとも多くの魔法陣を開発したルザリドと言われています。」
ふむ、エンセルさんって実はすごい人だったんだ。
そういえば魔術長だとか言ってたな。
「今回サラ様をお呼びするのに使った魔法陣には、『対象のモノを呼び寄せる、もしくは魔法陣上のモノを対象の場所へ送る』といった内容が描かれています。
これは通称、転位陣と呼ばれている魔法陣です。
詳しいことは省きますが、この転位陣で必要となる魔素はとても膨大で、サラ様に元の世界へお返しするのを待っていただいているのは、このための魔素を集めるために時間がかかるからです」
なるほど……もしかして、王城で時間が取れなかったのは、その転移陣に魔素を集める作業で手を取られていたのかもしれない。
「ちなみに魔法陣はそれぞれ製作するのに適した場所があります。
水に関連する作用を起こしたいのであれば水辺に、火に関する作用を起こしたいのであれば火山の傍、といった具合です。
これに関しては起こしたい作用が大規模でなければ、それほど囚われる問題ではありません」
そこまで言ってからリーゼはまたお茶を飲んだ。
「簡単に魔素と魔法陣についてご説明しましたが、質問はございますか?」
私の質問タイムに入ったらしい。
私はハイと手を挙げた。
「魔素って目に見えないの?」
「基本的には目には見えません。感じ取ることができる者はいますが、極稀です。
多く集めれば発光しますが、魔素一つ一つは空気のようなものです」
「魔素って何かに溜めれないの? 電池みたいに」
「デンチがわかりませんが……、基本的には魔素は魔法陣に溜めるものです。
魔法陣でなくとも溜めることはできますが、大した量を溜めることはできません。
それにどちらにせよ使う場合は魔法陣に魔素がなくては意味がありませんから、魔法陣でないものに魔素を溜めた場合、その魔素を魔法陣に移す作業が必要となります。
その作業にも少なくない魔素が必要となるため、ほぼ溜めた魔素が使われてしまいます。
効率が悪いという意味で一般的な方法ではありません。
それに先ほどもご説明したとおり、魔法陣には制作に適した場所というものがあります。
これの理由の一つに魔素の種類があります。
一口に魔素といっても種類があり、わかりやすく言えば水の傍には水の作用を起こしやすい魔素があり、火の傍には火の作用を起こしやすい魔素があるためです。
そのため別の場所で何らかの方法で魔素を溜めたとしても、その他の場所で使うには向いていない場合が多いのです」
「それなら、その転位陣に使う魔素はどこで集めてるの?」
「転位陣に必要となる魔素は地中に多く含まれます。
そのためにサラ様をお呼びした転移陣は地下室に制作してあったのです」
ほうほう。どうやら雰囲気づくりのためだけに、地下で召喚をしていたわけではないようだ。
私はリーゼの説明中に思いついていた質問を、次々と口にした。
「じゃあ私の言葉が通じるようにした魔法陣はいつ使ったの?」
「先ほどは説明を省略しましたが、それはサラ様をお呼びした魔法陣に、作用として組み込んでありました」
「あと、ルザリドは誰でも魔法陣を描けるの?」
「描くことはできます。
しかし構造を理解していなければ、発動させる条件を整えることは難しく、やはり使用できる魔法陣を制作できるのは魔術師だけでしょう」
「リーゼは?」
「もちろん制作できます」
「じゃ、転位陣もリーゼが描いたの?」
「いいえ。あれは師匠の手によるものです。
転位陣の構造は魔術師にとっても複雑なものですから。
完全に理解できているのは、今のところ魔術長である師匠ぐらいなのです」
「でもリーゼも魔術長補佐って言ってたよね? もしかして魔法陣をたくさん作ったの?」
私のこの質問には、リーゼは口ごもった。
そして言いづらそうに口を開く。
「実は私はあまり魔法陣を一から開発したことはないのです。
師匠は魔法陣の開発を得意とされていますが、私はどちらかといえば既存の魔法陣の改良の方が得手でして、これが私の作った魔法陣、というものは五つほどしかありません」
「つまりケチをつけるのが得意、と」
「……なんだかそう言われると心が痛いものがありますね」
バッサリと切り捨てた私の感想に、リーゼは舌を出した。
苦笑いの場合も、舌を出すんだね。
「ごめんごめん、気に障ったなら謝るよ。
ついでにだけど、エンセルさんは幾つぐらい作ったの?」
「私もすべてを理解してはいませんが、確か千は超えていたかと」
……それはそれで作りすぎな気もするけど。
私がその数に驚いていると、リーゼがシュルシュルと音を立てて舌を巻いた。
「トアから聞きましたが、王城からの夜の景色を見られたそうですね?」
「ああ、うん。そうだけど?」
「王城を含め、エンフォーレの町があのようにして夜に発光する魔法陣を開発されたのは、師匠なんです」
「えっ、ホント!」
私が素直に驚いた。リーゼは自分のことではないのに誇らしげだ。
「あれってほんと、どういう仕組みになってるの?」
「あ、いえ、私も詳しく知らないんです。
一度師匠にお聞きしたことはあるんですが、転位陣に負けず劣らずの構造で、理解するのは断念しました」
「え~」
私の不満げな声に、またリーゼは困ったように舌をだした。
「あ、そういえば、リーゼってトアと知り合いなの?」
ふと思い出してそんなことを言ってみると、リーゼが椅子から転げ落ちた。
うん、逆に何もないのにそれができるって器用だと思うよ。
「な、何を突然」
「この前トアに聞いたとき、はぐらかされたみたいなんだよね」
「あ……」
リーゼが小さくつぶやいて、のろのろと椅子に座りなおす。
あれはアルが、今回のグルスタッフ視察に護衛を増やすことを言いに来てくれたときだった。
バルコニーから部屋に戻るときにトアに聞いた。
でも後で気づいたんだけど、何の返答ももらっていなかったのだ。
「だから今度はリーゼに直接聞こうかと思って」
「……知り合いです」
「それだけ?」
「……はぁ、まぁ」
途端、歯切れが悪くなったリーゼを何とか問い詰めると、二人は幼馴染のようなものらしい。
でも幼馴染なだけなら、こんなにどもらなくていいよね?
もっと聞き出そうとした時点で、トアが戻って来た。
私とリーゼが揃って部屋に入ってきたトアを見たので、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「サラ様? 何かありましたか?」
「ううん、なんでもないよ~」
私はそう言って、追及の矛先をトアに向けてみることにした。
「リーゼとトアは幼馴染だって聞いてたんだ」
「あら、そうですか」
トアはそう言って、リーゼの座っている椅子の背もたれに片手を乗せた。
あれ? なんだかリーゼの背筋が伸びてる気がする。
「サラ様とそんな話を?」
「……幼馴染だとしか話していませんよ」
「そうですか?」
なんだろう、この丁寧な言葉なのに、妙に緊迫感のある空気。
私が顔をひきつらせて、思わずリーゼたちから少しでも離れようと椅子の上で身動きすると、かなり大きな音がなった。椅子が床をすって、それはもう大きな音が。
こちらを見るトアとリーゼ。
リーゼの顔が固まっている気がするのは気のせいじゃない気がする。
「は、ははは。
ところでトア。ごはんまだかな、私お腹すいたな」
私はなんとかこの空気を打破するべく、そんなことを言ってみた。
「そうでしたね。
廊下にまで運んできていただいていますので、入っていただいてもよいでしょうか?」
「うん、お願いっ」
もうこの質問はしないことにするから、とにかくご飯にしようっ。
リーゼはあからさまにほっとしたような顔つきで、舌を出していた。
ちなみにモウンもブヒンも微妙に、びっみょ~に違いがあるけれど、まぁ及第点かな。
ほぼ牛と豚だと思っていいと思う。
でもブヒンは食べた瞬間、くらぁっとするような何かの臭いを感じた。刺激臭と言うかなんというか……う~ん、あまりブヒンはヒューモスにとっても良くないかもしれない。
なので今度来るヒューモスさんには、モウンのお肉がメインでいいんじゃないかな?
一緒に同席していたリーゼは、やはり虫の方がおいしいと言っていたけれど、ヒューモスの感覚に合わせるなら、少なくとも最初の食事では虫を出すよりモウンのほうがいいと思う。
それから…………付け合せにスパッダを出すのはやめてください。
オススメなのはわかったからさぁあ!
あの水をいれて運べそうな名前のルザリドを思い出しつつ、私はスパッダの皿をリーゼにあげるのだった。




