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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
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「来たことないけど懐かしい気がするよ?」

初投稿です。よろしくお願いします。

 目の前がまた歪んだ。


 流れる水の音に耳を傾けながら、雑草が生い茂る草原を見つめる。

 河川敷の橋の下は、日は当たっているけれど、なんだか暗い。

 それでもそこに座り込んだ状態から動く気が起らなかった。


「み~な、いい加減に元気だしなよ」

「そんなとこいないで、出ておいでよ~」


 仲の良い友達が、この十数分間身動きしない私の側で付き合ってくれていた。それでもそろそろ限界のようで、声が少し苛立っている。


 それでも私は動かない。


「ごめん。まだもう少し、このままでいる」


 少し顔を伏せても、同じような雑草がいくらでも生えている地面に、食い入るように目を落とし続けた。


「……チョロちゃん」


 自分の口からこぼれたつぶやきに、唇が小さく震える。


「ここで出会ったの。運命だったの」


 あの柔らかなフォルムを覆う鱗。

 真っ黒な瞳。

 警戒心が強く、こちらを全身で観察してくる表情。

 出会ったころから変わらず私の心を釘付けにし続けた存在。

 何もかもが理想的な……


「何のヘビだっけ?」

「ニホンカナヘビっ! トカゲだよ!!」


 友人に思わず叫び返す。


「爬虫綱有鱗目カナヘビ科のヘビと言いながらトカゲさんで日本なら沖縄除いてどこにでもいてとっても可愛らしい蛇に見えたから愛蛇かなへびと言われたなんて話もあるぐらい魅力的なトカゲさんなんだよ」

「……ん、わかった。ごめんよ」


 素直な友人の謝罪を受け、思わず立ち上がり拳を握りしめつつノンブレスで主張した私は、再び空気が抜けたように座り込んだ。


「なのに、チョロちゃん。死んじゃうなんて……」


 チョロちゃんは私が飼っていたニホンカナヘビだった。

 小学3年生の春休み。私はこの河川敷で不意に出会ってしまったのだ。

 この橋の下にある心持ち大きめの石の上。ピシッとまるでポーズを決めたような彼は、とても格好よかった。

 それからは家に彼のための水槽を用意し、毎日毎日彼を見続けていた。

 毎日毎日。冬眠する冬ですら、彼の眠りを妨げるものがないよう見続けた水槽。


 今はもう、いない。


「チョロ……ちゃん」


 喉に詰まったような声でもう一度名前を呼ぶ。


 ニホンカナヘビはうまく冬眠させてあげるのが難しいというし、できないのであれば冬は飼うべきでないとまで言う人までいる。

 うまく冬眠に導いてあげるのも難しければ、冬眠明けの対応一つ間違えれば餓死したり、干上がったりしてしまうというリスクも高い。


 それでもうまくいくと思っていた。

 小学4年生のとき、初めて冬眠明けしたチョロちゃんを見てから、彼は何度でも冬眠から目が覚めてくれると信じていた。

 去年の中学3年までは。


 なのに、今年は目を覚ましてくれなかった。


「み~な。ごめん、あたしら先帰るね」


 友人の声に、私は無意識だったけれど一回うなずいたらしい。

 周囲にあった気配が遠のくのを感じながら、私はもう一度雑草の海を見回す。彼がいた石はこの7年の間にどこかに行ってしまったのか、見当たらなかった。


「あれ、皆月みなづき。あんなとこで何してんの?」

「ほっといてやんなさい。今は一人になりたいらしいわ」


 通りかかったらしいクラスメートの男子の声が、友人と一緒に遠ざかっていく。

 完全にその声が聞こえなくなってから、私は座り込んだ草原の手近な雑草を、なんとなく一本引き抜いた。


 そう、7年もの月日が私たちには流れたのだ。

 ニホンカナヘビの寿命は7年ぐらいと言われている。チョロちゃんと出会ったとき、彼がすでに生体だったとしても、もう8歳。

 十分な寿命だったのだ。

 今日の朝、きれいな死体となっていたチョロちゃんを、呆然としながらも庭に埋めたのはこの手だ。


 それでもまだ、生きてる気がしてる。


「チョロちゃん……」


 私はもう一度彼の名を呼び、地面をにらみつける。

 涙がすぐに眼のふちに溜まり、雑草の緑すらぼやけてきた。

 ぼやけた世界の中で、いくらでもチョロちゃんの姿が浮かんで消える。


 ちょっと周囲を見回すチョロちゃん。目をつむりこんで瞑想をしているようなチョロちゃん。かと思えば唐突に走り出し、とても素早く隠れてしまうチョロちゃん。コオロギをハムハムするチョロちゃん。食べ終わってぺろぺろ舌を出すチョロちゃん。冬眠明けの寝ぼけてそうなチョロちゃん。出会った時のようにポーズを決めているチョロちゃん。小学5年の時エサを使わずに初めて手に乗ってくれたチョロちゃん。


「あの~……」


 クモをあげた時少し苦労しながらも全部食べきったチョロちゃん。首を左右に振りながら歩いてくるチョロちゃん。足を一歩だし、て戻すのかと思ったらまた出すチョロちゃん。水槽に入れていた枝に上るチョロちゃん。水飲み場でチロッと水のむチョロちゃん。


「すみません。聞こえていますか?」


 なんだか男の人の声が正面から聞こえてきた気がして、私は涙で歪んだ視界を、地面から正面へ向けた。


 ぼや~っとした世界がいやに暗く感じた。

 日中の河川敷がこんなに暗いわけがない。

 水の音も聞こえないのに、なんだかひんやりしている気がする。


 もしかしてショックすぎて倒れて屋内にいるのかな?


 徐々にクリアになっていく世界。私はぼんやりそんなことを考えながら、見えてきた形に息をのんだ。


 まさか……まさか、ウソでしょ……


 右手をゆっくりあげる。

 開いた手から何かが零れ落ちた気がしたけれど、そんなの気にしてられない。

 ただ目の前に手を伸ばした。それに手が触れると思った以上に固くて、そして冷たかった。

 座り込んだ私より高い位置にくるその顔がはっきり見えた時、私は叫んだ。


「チョロちゃんっ! 生きてたのね!!」


 次の瞬間、私は目の前の彼に抱きついた。


「いや、あのっ、ちょっと、おちついて」


 額から鼻先までシャープな線を描き、少し右側に顔の正面を向けながら、両側についた目の一つが私を捉えていた。

 灰褐色の背面に、薄い黄色の正面。両目から胴体にかけて黒い線が2本流れている配色。

 ゆったりとしたマントのような大きな布地の服は、頭から被るような簡易なものをきちんと着ている。

 しゃがみ込んではいるけれど、しっかりと二本足で立っていた。


 完全なチョロちゃん(2足歩行)である。


「チョロちゃんチョロちゃんチョロちゃんチョロちゃんっ」


 なぜか喋ることまでできるようになった巨大チョロちゃんは、私のハグに大層困惑していて、何を言っているかわからない状態になった。


 まあ、そんなことどうでもいいや。


 あわあわしている彼をきついぐらいに抱きしめている私の耳に、声が届いた。


「なんなんだ、あのヒューモスは?」


 私はチョロちゃんに抱きついたまま、声のする方を見た。


 なに、このトカゲパラダイスっ!


 チョロちゃんを抱きしめた腕に力がさらにこもるのを感じながら、私は自分の顔が喜色満面になるのを感じた。

 今の声を発したのが、赤褐色のトカゲさんで、チョロちゃんとおなじくゆったりとした布地の服を着ている。かと思えば、その横で椅子に座っている白色のトカゲさんは、肘置きに頬杖をつき、舌を数回出したりしていた。彼らよりも私の近くには、鮮やかな緑色の鱗を持つトカゲさんが杖をついて立っている。

 教室よりも広そうなこの部屋には、他にも何人?かトカゲさんがいるようで、私のテンションは上がりまくる。


 そう、私はトカゲが大好きなのだ。


 家ではチョロちゃんを飼っていたので、他のトカゲを飼う気にはならなかったけれど、ペットショップに行けば友達が犬猫エリアに行くのを尻目に爬虫類エリアへ。動物園にいけば、大きな檻で飼育されているライオンや象よりも、水槽で飼育されているカメレオンの居場所をまずパンフレットで調べた。

 アイ・ラブ・トカゲ・フォーエバー!!

 心の中で絶叫している私は、背後に近づいてきた気配を一切感じなかった。


「おい、ヒューモス。それを放せ」


 ヒュッと風をきる音がしたかと思うと、何かの光が一瞬視界の隅に映った。

 何となく顔を動かせず、そちらを目だけで見ると幅が5センチほどありそうな刃が見えた。


「え、これ。本物?」


 日常生活において、刃物などハサミ・カッター・包丁以外見る機会のない人間なら当然の反応だと思う。

 ちょっと怖かったので、チョロちゃんを抱きしめていた左手だけを放し、刃の腹の部分をつまむ。

 金属の冷たさを指先に感じて、慎重に遠ざけてから私は振り返った。


 私がしゃがみ込んだ状態だから、というのもあったかもしれないけれど、とても大きなトカゲさんがそこにいた。


 鈍い光沢を放つ刃はかなり長いというのに、柄を掴む鱗に覆われた手はピクリともしていない。

 ゆっくりと視線を上にあげていくと、ゴツゴツしたこげ茶色の鱗で覆われたトカゲさんと目があった。

 その顔付きは、チョロちゃんのような滑らかそうにみえる顔つきと比べてとても堅そうに見える。やはり顔の正面は斜め向こうを向いているが、目がこちらをにらんでいた。


 あ、このトカゲさんは。目がチョロちゃんと違う。


 こんな状況で私はそんなことを思っていた。


 私のチョロちゃんは眼球すべてが真っ黒で、繁殖させることで遺伝的な姿形を楽しむこともあるヒョウモントカゲモドキ(厳密にいえばこれはヤモリ)でいうと、エクリプスアイと呼ばれている目だ。他にもスネークアイやアルビノなどと呼ばれる目の種類があるけれど、この剣を向けてきている人……トカゲさん――もう人でいいや――は、瞳孔が縦に長い、ちょっと違うけど明るいところで見る猫目のような瞳だった。ヒョウモントカゲモドキで言うノーマル、だったかな?


「なんだ?」


 私が何も言わずにじ~っと目を見つめていたことに、少し不快感をおぼえたのか剣の人は目を細めた。


「とりあえずリーゼを放せ。そのままだと死にそうに見える」

「えっ」


 慌ててチョロちゃんを見ると、チョロちゃんはくたっとしていて、片手で額のあたりを押さえていた。


 うわわわわ、私としたことが! こんな激しいボディタッチはチョロちゃんには体に毒だった!


 私がすぐにチョロちゃんから離れると、彼はよろよろと立ち上がると剣の人にお礼を言った。

 チョロちゃんも背が高い。剣の人よりかは低いけれど、地面にしゃがみ込んだままの私はほぼ真上を見上げているような形になった。


 無事なようで良かったけれど、ちょっと距離を開けられているのが、少しツライ。クスン。


「改めまして……ヒューモスの方。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「え、チョロちゃん。私の名前、憶えてないの?」


 ガーンという効果音がこの時ほど似合う瞬間はなかったと思う。

 あんなに毎日顔を合わせて、そりゃ名前を呼び合うことはなかったけれど、おはようもおやすみも必ず忘れずに言っていたのに……


 チョロちゃんの言葉に、私がまたジワリと涙をだしかけた時、


「名前ぐらい言えるだろう。早く言え」


 と剣の人が言う。

 先ほどまで散々うろたえてチョロちゃんに迷惑をかけた自覚はあるので、渋々ではあったけれど、私は答えた。


「……皆月みなづき紗羅さら

「ミナヅ……?」

「ミ・ナ・ヅ・キ、サ・ラ。紗羅っていうの。チョロちゃん、本当に覚えてないの?」


 私の苗字で詰まるチョロちゃんに、私は不安を覚える。

 どうもチョロちゃんは私のことを一切覚えていないようだ。


 あの美しい配色に、真っ黒な瞳。

 もう見れないと思ったその命の宿った目が私を、まるで初めて見たかのように見ている。

 鱗は滑らかかと思いきや、実際はすこし鱗が尖ってたりして……頭部から背面にかけてのラインは実はごつっとして、……ごつっとして、ない?


「って、あなたチョロちゃんじゃないわね!?」

「違いますし、チョロちゃんってそもそも誰ですかっ?」


 私の真犯人を見つけたかのような断定に、チョロちゃんもどきは即答した。


 私はまさかの真実に、周りを見回す。

 だけど誰も私の知っている人はいない。というかトカゲさんばかりで、そりゃチョロちゃんを知っている人もいるわけがない。


 私は少し落ち込みそうになり、軽く深呼吸を繰り返した。


 冷静に落ち着いてみれば、そもそもチョロちゃんは二足歩行しないし喋らない。

 彼は別トカゲ(?)さんだ。


「私はリーゼ=アッシュブル。ここゼリウンで魔術長補佐の任についている者です」


 チョロちゃんもどき、改めリーゼはそう言って自分の胸に手を当てた。

 私が思わず剣の人のほうを向くと、剣を鞘に戻してから彼も胸に手をやる。


「近衛隊副隊長、アルベルト=トーカスハ」


 どうやらこの胸に手を当てる動きは、礼をしているということらしい。


「はぁ、どうも」


 私は彼ら二人にそう返し、とりあえず座り込んだままだったので立ち上がる。

 立ち上がってみると、彼ら二人の身長がかなり高いことにまず驚く。

 私は165あるけれど、あきらかに高い。180の父よりも高い気がするので、下手したら2メートル行くんじゃないだろうか。


 そのまま改めて周囲を見回すと、先ほど目に入った3人のトカゲさんたちがいるところは薄暗くて、自分の周囲が随分と明るく感じる。

 地面を見ると、光輝く線がいくつも描かれていて、それは大きな円の中に模様のように書き込まれているように見えた。

 この円自体が発光しているため、まるで蛍光灯の下のように明るかったらしい。

 円の外周に沿って、リーゼと似た格好をしたトカゲさんが5人立っていて、小さな声で何かつぶやき続けている。

 そしてその後ろにも各2、3人のトカゲさんが立っていた。


 この部屋自体は洞窟のように岩肌がむき出しの壁が四方にあって、白いトカゲさんの後ろに通路のようなものが見える以外は、出入り口が見当たらなかった。


「なに、ここ?」


 かなり今更ながら私はつぶやいた。

 私は河川敷にいたはずで、そもそもこんな大きなトカゲさんが話すなんて聞いたことなくて、とりあえず、とりあえず……


「おい、どうした?」

「とりあえず……鱗を触らしてもらっていい?」

「却下だ」


 とりあえず自分の要望をまっすぐ表現した提案は、アルベルトに即座に拒否された。

 おもわず私がアルベルトをにらむと「あの~」とリーゼが声をかけてきた。


「サラ様。何か思い違いがあったようですが、こちらの話を聞いていただいても良いでしょうか?」


 リーゼのその頼りなげな物言いに、アルベルトに食ってかかるのは後回しで構わない気分になり、私は続きを促した。

 安心したかのように息を吐き出したリーゼは、私を正面から見据えた。


「サットヴィア国国王陛下の親書をお持ちとお聞きしていますが、お渡しいただけますか?」


 ……なにそれ?

 私は大きく首かしげた。



2013.9.11 誤字修正 剣の人にお礼を言っ見た。 ⇒剣の人にお礼を言った。

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