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micelle  作者: Hyro
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69 はにかみシュリーレン

ムラッ気のある笑顔から目が離せない。

 69 はにかみシュリーレン



 終業式があった関係で締めていたネクタイを荻野靖貴はほどいた。ネクタイが擦れシュルルと勢いよく発せられた音は、これからスタートする夏休みへの合図にも思え、気持ちの開放感は増す。

「……すごく着替えにくいんだけど」

 荻野の投げ掛けに、前の席で横を向いて座っていた成瀬萌が反応して荻野の方を確認する。

「あ、着替えるのか」

「うん」

 荻野の返事を聞いた萌は、いじっていたスマホを机の上に置くと、代わりに、荻野が置いたネクタイを手にとった。

「こうすれば見えないね」

 と、そのネクタイの剣先と真ん中くらいを持っては自分の目を覆った。

 二人は付き合いだしている。それまでは、二人でいると周りからは好奇を含んだ視線を度々と浴びせられていたが、こうして関係をはっきりとさせると、それまでが嘘であったかのように、知らんぷりを決め込まれる。まるで二人だけが透明なカーテンに包まれているように。おかげで視線や冷やかしの言葉は飛んでこない。少なくとも良好な関係が続いている間中は、ずっとそのカーテンの内側にいられるのだ。

「あ、OK」

 荻野は制服のスラックスからハーフのジャージへと着替え終えたことを知らせる。

「さて、夏休み、だね」

 目隠しをやめた萌は荻野のジャージ姿を一瞥しては、思いつくままにといった感じに呟いた。

「そうだよね。まだ、実感みたいなのないけど」

「なにか予定あるの?」

 萌は自身のブラウスからリボンを外しては、荻野のネクタイを結びだしている。

「んー、特にこれといってないけど」

 制服のカッターシャツを脱ぎ、荻野は白のVネックのTシャツ姿になる。

「なら、これといった予定を立てなきゃ。ね、どう?」

 萌はきちっとネクタイを締めた自分の姿を荻野に見せる。

「あ、似合う。知的。品のあるお嬢様学校のコみたい」

 言いながら、荻野はバックから学校指定の体操服を出す。

「なにそれ、リボン姿の私は品がないってこと? 実は、はすっぱとか思ってた?」

「まさか違う違う。リボンの時とは別なフェティシズム要素があるってこと」

 Tシャツの上に着ようとしていた動きを止めて説明する。

「んー、よくわかんない」

「あ、判りやすくいうと、その姿もカメラに収めたいくらい魅力的ってこと」

 両方の手を使い、萌に向かってスクエアを作ってみせる。

「わかったから、人前でそれするのやめて。早く上、着なよ」

 クラスで公になったカップルといえ、さすがに恥ずかしくなって周りを気にもするが、放課後にまだ残っている生徒たちはやっぱり見て見ぬ振りしかしてこない。

「おまたせ」

 そこで更衣室までいって夏仕様の体操服にハーフパンツに着替えてきた寺本利沙が戻ってくる。

「ぜんぜん待ってないよ、オギーだって今着替え終えたんだよ」

 と、萌は笑う。

 今日はこれから、生徒会が主立って行うボランティア活動の一環として学校周りの清掃が行われるのである。


 更衣室として使われている空き教室内は、外から見えないよう暗幕のカーテンで閉められている。

 先に一人居た他のクラスのコが、着替えを終え、出て行こうとするタイミングで照明スイッチを消してしまうから、次の瞬間、室内は薄暗くなる。「あ」と着替えの途中の小坂遥が声を発すれば、それに反応して「ごめんなさい」との言葉が飛んできては、同時にスイッチが入れなおされ、更衣室は再び明度を取り戻した。

 遥は隣で同じように着替えている礒多香子と顔を合わせれば、可笑しくなって声に出して笑いあったりする。二人もボランティア活動に参加をするのだ。

 体操服に着替えた遥は、メッセージの着信を知らせているスマホを手に取った。

『ごめん。気分が良くないから参加は見送ります』

 確認すれば、萌から不参加を知らせる内容のものであった。今日のことで、何回かやり取りをしている中で、萌の参加への消極的なテンションからなんとなくは想像できたことだったので、やっぱり、という印象を受けた。こないだの委員会も来ていない。何かあったのかな、と思った所で、何の気なしに多香子の方に顔を向けた。

 ドキリとする。

 体操服の襟ぐりから頭を出した多香子の、その横顔の美しさに目を奪われる。黒目の大きな瞳か、ふっくらとした涙袋か、はっきりと通る鼻筋か。それともキュッとシャープなラインを描く輪郭か。どれがではなく、それらすべてが、バランスよく、美人という印象を人に与えるよう司っているのだ。

 一緒に過ごすようになっても、顔を、その表情を見る度に、こんな風に、幾度となくドキリとさせてくる。出会った頃にはどこかで抱いていた羨望や妬みなどは、最近は沸きあがらず、このように二人きりに過ごす事に、この美人を独占しているという誇らしい気持ちにすらなっている。

 そんな遥の視線などお構いなしに体操服に着終えれば、片側でよせて結んだ髪などを直したりする。

 さらに多香子を見つめる遥は、その体操服越しの膨らみには誰か男が触れたことがあるのだろうか、などと想像しては、自分が先に触ってしまいたいという変な感情すら沸き起こりもしつつあった。

 遥の不自然でしかない視線に本能で気づいたかのように、多香子が遥の表情を確認してくる。

「あ、ごめんね、今日付き合わせちゃって」

 目が合ってしまえば、遥はあわてて取り繕うよう話し始める。

「……ううん、誘ってくれて嬉しい。なんか、実は課外活動とか興味あったんだ」

「え、そうだったの?」

「うん。部活は入るつもりなかったし。……でも、授業受けるだけの高校生活も寂しいかな、って思って文化祭実行委員とかなったんだけど」

「あ、そうだ、思い出した。加藤君もなろうとしてたよね」

「うん、そうそう。書かれる前に、私が先に記入したの。でも、文化祭実行委員って、二学期が活動メインで、今は特に委員会活動らしいこともしてないから、こういうの参加できて嬉しい。だから、ありがとう、はるか」

「ううん。そういってくれて嬉しい。タカコを誘って良かった」

 二人は話しながら制服を畳んでは手に持ち、更衣室を後にする。

「今日……河本先輩も当然いるんでしょ?」

 教室に戻り机の上に制服を置いた辺りで多香子が質問する。

「うん。……いる」

 遥が参加をするのは河本からの要請があってのものだ。

「……遥との約束忘れてないよ」

 と、話す多香子は何も恐れるものはないというような自信に溢れた笑みを遥にみせてくる。河本秀人を落とせるか? というこないだアイスを食べながらの冗談めいた問いかけを多香子はしっかりと覚えていて、行動に移すつもりなのだ。

「うん、見届けさせてもらうよ」

 だから、遥も立会人になる覚悟を決めたのだった。


 教室、一番前の真ん中、教卓と面と向かい合う席に座る清水成美はイヤホンをして音楽を聴いている。ホームルームも終わり、担任がすでに立ち去った教室の空気感はもう夏休みに覆われていて、飛び交う談笑する声はいつにも増して賑やかである。

 そんな中で、帰る訳でもなく、自分の席に座ったままで一人イヤホンをして音楽なんかを聴いている姿は、目的はわからないが、とりあえず周りのクラスの生徒たちと距離をとっているようにも映る。

 清水成美は目を閉じ、こぶしをぎゅっと握りしめている。とはいっても、何かいやなことが合った訳でもなく、無性に何かにイラついていることもなく、特段普通である。

 なのに、成美が何かを抑えこむようにしているのは、聴いているヘヴィメタルのサウンドが、成美の脳裏にデーモンを造りだすからである。

 成美はエレキギターがど派手に歪む音を聴いていると、デーモンになっていく自分をイメージするのだ。

 全身は真っ黒で、角が生え、しっぽも生え、翼だって授かる。その翼の裏側は紫だな、なんて想像もする。手には三叉槍を持ち、いや槍というよりはスピアって感じだ。その容姿で漆黒の夜空を飛び交うのだ。

 曲が佳境になる頃には、そのデーモンと戦う女戦士が現れる。それも成美自身だ。戦士の成美は肝心なところをどうにか隠しているくらいで二の腕もおへそも太ももだって丸出しのほとんど半裸に近い格好で、見せ付けるように胸の谷間を強調しては剣を振るう。なんでか知らないけど、デーモンのように空も飛べる。ここは何かもっともらしい設定をあとで詰めなきゃと思いつつも、デーモンスピアから発せられたビームを避けつつ、距離を詰めれば、曲が終わりそうな頃、戦士成美の、その剣がデーモンである成美を切り裂いては消滅させるのだ。

 閉じていた目を開ける。教室でしかない。とりあえず耳からイヤホンを外す。

 待ち構えていたと思えるようなタイミングで「じゃあね、成美」といった女子の声がしては、成美の前をひとつの仲良しグループが通り過ぎていく。うん、と軽く笑顔を交え、成美は手をふった。

「ずっと約束してたし、夏休みの間に一回くらいは遊ぼうよ」と一番後ろを歩く澤井謙輔がひそひそと顔を近づけては話しかけてきた。気軽さ、を装いつつも、実現させたい気持ちも伝わってくる言い方に「うん、遊ぼ」と返す成美であった。

 本人が知らないところで、学校の男子が噂する、二年生で可愛いコといえば、な話題に清水成美の名は大抵挙がる。だから、無理して周りに合わせてグループに属していなくても、一目置かれ、話しかけられた際に微笑を浮かべておけば、相手は喜んでくれる。そうやって勝手に頂いた学内の位階のシード権を、鬱陶しいと思うこともなく、面倒と思わない程度に、さほど手間をかけずに扱っている。

 立ち上がった成美は、目の前の黒板まで行き、チョークで書かれた、他愛もない落書きや日付や日直の名前などを手当たり次第、剣を振るうが如くに黒板消しを使っては消し去ると、満足をしては教室を立ち去った。

 ふらっとトイレに寄り、洗面台の前、リップを塗りながら、鏡に映る自分を確認すれば、目元にラインをしただけの今日の自分はデビル感が少なくて物足りなく感じる。だから肌見せに必死な戦士に負けるのだ、化粧崩れなんか気にしないでシャドウを重ねて、もっとダークさに磨きをかけてパワーアップするんだ、と自分の中のデビルに肩入れすることに意思決定して、自身に向かって言い聞かせる。

 再びもう一戦、デビル成美対戦士成美戦を行おうかと、トイレを出た成美は耳にイヤホンを付け出したところで、ふと、横を夏の体操服に膝丈ジャージ姿の男子生徒が早歩きで通り過ぎる。

 なんで体操着と疑問が湧いて視線が行きけば、あ、と心で声を上げることになる。実際に発してはいないが、届いたかのようにその男子生徒が振り返る。

 河本秀人である。

「あ、清水成美さん」

 律儀なのか、冗談のつもりなのか、確認するかのようにフルネームで呼んでくる河本に対して私は言いたいことがあって、心で声をあげたのだと思い出す成美はイヤホンを外してはバックにしまう。

「何?」

 それでもまずは様子を伺う。

「帰るところ?」

 振り向いた姿勢のまま河本が聞く。

「でしょ。むしろ、なんでそっちは体操服着てるの?」

 立ち止まっている河本に追いついては、二人は並んで歩き出す。

「え? むしろ、なんで体操服姿じゃないの? て思ったけど」

「え? こっちが不正解? なんで私が間違ってる感じになるの? 普通帰るとき制服でしょ」

「これからボランティア活動で駅前や海岸の清掃があるんだけど、それ、清水成美さんは参加してくれないの?」

「それ、私も参加すべきなの?」

「……参加してほしかった」

「だったら言ってよ、直接。なら参加したのに」

「そっかぁ。そうだよね。言うべきだった」

 二人は階段を下り、踊り場付近を歩いている。

「あ」

 河本のペースに引き込まれていたが、言わなければならないことを成美は思い出す。

「え?」

「大村凪咲ってコ知ってる?」

「え、ああ、うん。そのコがどうかした?」

「あ、知ってるんだ。じゃ、ホントなんだ」

「え、何?」

「そのコと体育が一緒なんだけど。この前の授業の時、そのコが、あなたとメッセージのやりとりを頻繁にしてるって言ってたよ。周りに聞こえるように」

「え。そうなの?」

「たまたま近くにいたから聞こえたんだけどさ、ホントにそうなの?」

「うん、確かに生徒会と天文部との関係でちょっと業務連絡のやり取りを何度かしたけど……」

「なんか、自慢げだったよ? 気をつけないと、夏休み明けにはあなたか知らないところで、告ってフラれたことにされてるかもよ?」

 話を盛っていく。

「えー。ん? でも自分なんかで自慢になる?」

「うわ、自分なんかとか言って。生徒会とか入ってるの、この学年であなただけでしょ? あの生徒会長と絡めてるんだから、それだけで充分なステータスになるでしょ」

「ああ、そういうのもやっぱり会長のおかけなんだ。竹清会長ありがとうございます」

 河本は目を閉じては、まるで念じるかのようだ。

「いや、待って。会長ありがとうございます、じゃなくて。そういうコに利用されてんだってこと、そこを考えなよ」

「ああ、そっか」

「そうだよ。……私にはろくに返信もしてこないで、いっつも止めたままのクセに」

「え、送っていいの? 清水成美さんってそういうやり取りするの嫌いな人かな、とか勝手に思ってた。ほら、なんかいっつも理由もなく不機嫌なJKって感じでツンとした表情だしさ」

「ねぇ、今、完全に私のことディスったよね? 不機嫌なJKとか勝手に思って止めないで。そんなことないから。で、さっきからそのフルネームで呼ぶ感じ何?」

「え、なる…って呼んでいいの?」

「その急な親近感やめて。前も言ったかもだけど、なるって私のこと呼ぶのいとこのお兄ちゃんだけだから。だからなるって呼ばれると、ちょっとびっくりするから」

「じゃ、無難にだけど、清水さん」

「うん」と成美は返す。

「なんかこんな話せて楽しい。……友達みたい」

「……友達、でしょ」

 河本の少年の面影を感じさせもするポツリとした素直な呟きが、成美の根幹に響いてくるから、混じり気なく応じることになる。

「だよね、ふふ」と嬉しそうに笑う河本に、友達ってなんだろうと定義を考えたりする成美であった。

「お、河本君、良い点数だ」

 そこから二年生の棟という壁には、この間に実施されたテストの成績が張り出されていた。河本秀人は一桁の順位である。

「調子良かったみたいって、清水さんのが良い点数」

 ひとつ上の順位の位置に清水成美が載っていた。

「フフ、私も調子良かったみたい。あ、ねぇ、友達とかって一緒に勉強とかするよね?」

「あ、友達同士で勉強一緒にするのとか、超楽しそうな気しかしない」

「今度、やろうよ」

「うん、やろう」

「待って。今、思い出した。澤井君も何度か言ってたけど、一緒にカラオケ行こうって話がずっと保留になったままなんだけど?」

「あ、そうだよ、そうそう。行こう。謙輔ともそういう約束してたよね。夏休み中に行きたいね」

「行きたいね、じゃなくて、行くの。もし行かないなら、絶交だよ? それはもう友達じゃない」

「やだ」

 間をおかずに、きっぱりと河本が拒否してくる。

「やだじゃなよ、やなら守ってよ」

「うん。あ、自分こっちなんだ」

 昇降口へ向かう通路ではない方を河本は示した。

「え、外行くんじゃないの?」

「清掃で使う用具、持ってくんだ」

「じゃ、それ私なりのボランティア精神の気持ちでつきあってあげる」

 そこで夏休みに突入するにはまだ話し足りない気がするし、成美の中の小さなデーモンが赤い目の瞳孔を開いてはギラギラ輝かせて再び動き始めるから、成美は河本の後を付いていくことにしたのであった。


 河本秀人は、教室で一人、ジャージに着替えていると、田村塁という男子生徒に話しかけられた。

「あれ、なんで着替えてんの?」スポーツバックを肩にかけながら、田村が聞いてくる。きっとこれからバスケ部の練習だ。

「ちょっと今日これから学外で清掃活動があって」

「あ、そっか、生徒会だもんな」

 そんな他愛もない会話もでも、話しかけられた嬉しさからか、自然とテンションがあがっていた。

「暑いのに大変だね」と、田村がきっかけを作ってくれたおかげで近くにいた女子まで話しかけてくれる。

「ううん。ありがとう」と、初めて話しかけられたことに、戸惑ってはへつらい気味になってしまったが、笑顔で返したりすれば、なんだか、普通にクラスの一員として馴染めた気分になって、教室を出てからの足取りは軽かった。

 そんな河本であったが、いつも、ある教室の前を通る時は、気もそぞろになって落ち着かない。澤井謙輔という友達とばったり会えば普通に会話できるが、もう一人、清水成美と出くわす可能性があるからだ。一度、そういうことが合ってからは、通る度、成美が出てくるんじゃないかと、ソワソワしつつ、その教室の前を通っている。

 今日も開いた扉の横を歩く時は、思わず中の様子を伺ったりしてしまうが、成美の姿はないようで、ちょっと残念に思ったりする。が、そのまま廊下を歩いていれば、後姿が成美と思われる生徒を発見しては、嬉しくなり、クラスから受け入れられたような出来事があったこともあり、駆けていくようにして、成美の横を通り過ぎては、振り向いた。やっぱり清水成美であった。

「あ、清水成美さん」と、そんな気持ちもあって河本はその名を呼んだ。

 そんな河本に対して、成美は剣のある視線をよこしてはくるが、会話、をしながら二人は二年生の棟を、階段を下りなどしながら歩いた。成美は機嫌がよろしくないのか、怒っているようにもみえたが、時々みせてくれる笑顔はホッともさせてくれる。

 ふとしたきっかけで成美と一緒に勉強をする約束などをしては、子供の頃、そんなことを一緒にしていた同じマンションに住んでいた女の子の事を思い出したりもした。

「そこにあるよ」

 一緒に用具のおいてある倉庫まで付き合ってくれた成美は、軍手などを捜す河本に対して、入り口の位置から見つけては指し示してくれた。

「うん、これでOK」

 必要な物をカゴに入れては、河本は倉庫を出ようとする。入り口にいた成美は、もう必要がないのだからといった感じで、電気のスイッチを消した。当然、薄暗くなる。ん、と妙に妖しい気分に襲われて成美をみれば、小悪魔のように不敵に笑っている。気のせいだと、成美の左横を通ろうとするのだが、入り口にいた成美が遮るように河本の前へと移動する。それを右へ避けようとすれば、成美もまた動いては立ちふさがる。

 その行動が理解しがたいから、どういうつもりかと成美の表情をみれば、フフ、と成美は目を閉じて口を突き出してくる。その唇はつやつやと蠱惑的に濡れている。

「どういうこと?」

 立ちすくんだまま、声を発しては成美の意図を確認することにした。

「うわ、がっかり。ヒーローのくせに意気地ないんだ」

「ヒーロー? ボクが?」

「そ、ヒーロー。だから私の中のデーモンを倒して」

「デーモン?」

「そう。倒して。そしてキスをして」

 また口を突き出すようにする。

「あー、その物語、すごく付き合いたいけど、今日はほらこの後、ボランティア活動あって」

 と、たじろぐ事しか出来ないでいる河本を、少しの間、睨むようにしていた成美は、「あんまりがっかりさせないでね、ヒーロー」と言っては振り返り、河本に背を向けては歩き出していった。


 荻野は利沙と写真部の部室へとカメラを取りに向かっていた。

 昇降口まで一緒に歩いていた萌は「私の事、河本さんにもし聞かれたら、もう直射日光とか結構な時間当たったら絶対具合が悪くなる気がするかもしれない。そんな気がするかもしれない。それはまた迷惑をかけることになるだろう。そんなのは耐えられない。だから遠慮させて頂きます。と、ホントにもしも聞かれたらの場合のみ答えておいてね」と捲くし立て、利沙に「オギーの面倒をよろしく」と頼んでは立ち去っていった。

「メグミ、河本さんのこと気にしてるね」

 だから、歩きながら、そんな事を利沙は触れるしかない。

「うん、まぁ」

「余計なお世話だけどさ、ケジメつけなくていいの?」

「ケジメ?」

「メグミとちゃんと付き合うなら、ケジメ取らないと」

「例えばで教えてほしいんだけど、どんな風にケジメってとるの」

「そりゃやっぱ河本さんに言うべきでしょ。オレ、メグと付き合うんでって。そんでごちゃごちゃ言ってきたら、相撲とか取って決着つけるべき」

「あ、ケジメってそういうことか。でも、なんで相撲なの?」

「お互い恨みっこなしってことで、そういう場合は、男同士、相撲一番取るのが相応しいと思うよ」

 利沙は話しながら上手投げのマネをしてみる。

「あー、でもオレも河本さんもやせ型だし、相撲取っても見栄えがない気がするんだよね。がっぷりよつ感に乏しくなると思うんだよ、絶対」

 荻野は自分が河本と相撲を取る姿を微塵もイメージできないでいた。

「じゃ、剣道とかは? 防具すれば見栄えもいいよ?」

「あー、防具、持ってないし、例えば人のをお借りしても、オレも河本さんも潔癖症のきらいがあるから、匂いとか気になってポテンシャルの半分も能力出せないから、ぐだった試合になるよ? いいの?」

「いいのって聞かれてもさー。あ、分かった。お互いバスケ経験者なんでしょ? 一ON一で決めなよ」

「無理。それは無理」

「なんで無理なの?」

「絶対勝てないし。もし、万が一勝ってしまったら、オレはここにいるアイデンティティを見失っては、彷徨うよ」

「あー、めんどくさい。もうその辺、走ってさ、駆けっこでもしたら? そこそこオギー速いよね」

「寺本さんさー、河本さんのこと何だと思ってるの? あのね、河本さんに短距離で勝てる人なんて強化指定選手クラスじゃないと無理だよ?」

「ねぇ、帰っていい? 帰りたい。私もう帰りたい」

 利沙は廊下で立ち止まる。踵を返すかの勢いだ。

「寺本さん、なんかゴメン。ほんとゴメン。ちょっとしゃべってて楽しくて調子に乗っちゃた今。それに、そうだよね、寺本さん的には参加する義務とかあんまりないのに、無理を押して参加しようとしてくれて、勝負の提案とかもしてくれたのに、こっちが否定的にベラベラしゃべっちゃってゴメン」

 荻野は、両方の手を顔の前で合わせて謝罪の意を表した。

「いい。いいから。帰るってのは冗談だから。だから、その急激な猛省やめて」

「なんかゴメン」

「それに今日だって参加はさ、無理してる訳でもないよ。こないだ、代わりにでた委員会でもそうだったけど、生徒会と関わる機会イコールあの会長を間近でみれるってことだし」

「うん」

「オギーが大好きな河本さんを含め、なんかあの生徒会の人たちの雰囲気いいな、って思ったんだ。話してる様子とか楽しそうだし」

「あ、なんか分かる。自分にとっては河本さんっていう先輩がいるからなんか特別に感じてるところあるんだけど、そういうの無しにしても、なんか素敵な人たちが集まってるよね」

「あそこに加わりたい、私も」

 そう話す利沙の表情からは本気が伺えた。任期もあるし一年の自分らは不可能だよね、と思いつつも図書室の前にたどり着いたので、利沙に少しの間待っててもらうよう話し、奥にある写真部へと荻野は向かった。


 職員室内に設けられている教員用女子更衣室で、平井紀子は南淵明日香と着替えを行っている。生徒会顧問である平井とボランティア委員会の顧問である南淵とが、この後に行われる学外の清掃活動に立ち会うのだ。

「聞いてくださいよ、平井先生」と更衣室に入ると南淵は職員室内の座席では自然と避けているプライベートな話をし出したりする。

「なに、どうしたの?」

 話しを聞き、相槌を打つことに対する億劫な気持ちを抑え、極力、興味があるような態度をとってみる。

「こないだの食事会のあと、初芝先生に飲みに誘われて二人でいっちゃったんです」

「え、そうなんだ」

 やけに嬉しそうに南淵先生が話すから、平井はやや驚いた反応をしてあげる。こないだとは教科会議の行われた日のことで、その後、確かに平井もそれもマナーと考えて参加をした食事会もあった。そうか、その後、二人で飲みに行ったんだとまず理解をする。まぁ確かにあの初芝先生という三十代そこそこの男性教諭は、この南淵先生をロックオンしている感じが隠し切れてないしな、などと思い巡らせるが、隣で着替える南淵先生がブラウスを脱ぎ、ベージュのタンクトップだけになった姿はまるでB級ホラー映画に必ずといって良いほど登場する女の人まんま過ぎて、こんな格好で胸を揺らしては逃げ惑うよねと平井は内心ほくそ笑んだりもする。

 南淵は、初芝先生と行ったお店の雰囲気が思いのほか良かった話しや、メニュー写真から想像するものとはちょっと外れた物が運ばれてきたおつまみの話しなどを時には一人で笑ったりしながら、生返事の相槌になりつつある平井の横でしゃべり続けた。

 新任の南淵は平井より歳がひとつ下で年齢も近く、同じ国語科の担当もあって親近感をもって接している部分がお互いに幾らかの差異はあれども介在しているように思えた。前に一度、リーダー研修会という泊まりの行事で部屋が一緒になった際、寝ぼけていたこともあるが、平井は南淵のそれは豊かなお胸を触るというよりは、がっつりと掴んでしまったことがあった。その場はなんとか収めたのであるが、それからは、それまではちょっとはあった見えない壁は崩され、向こうがもっと積極的に親しげに振舞うようになって来るようになったのである。先輩に対してという敬意を持ってはいてくれているので、平井も冷淡に扱うことはなかったが、人間なのだから多少疎ましく思うことはある。

 と平井はブラウス脱いでは、ポロシャツへと着替える。

 今日も、あまり普通の声で話せる内容ではないので、ヒソヒソ声になっている為、平井と南淵の距離は近い。あっちが積極的に近づいては一人しゃべっているのだ。気を使ってこっちが着替えないと手や肘がそのご自慢の胸に触れてしまいそうだ。が、南淵はそんなことは気にしませんといった感じで、深い谷間を堂々と見せつけ、タンクトップ下のブラ紐を直しては、両方の手でカップを持ち上げたりなどをして位置を落ち着かせたりし、むしろ平井先生、今日も触りたいならどうぞといった風格すら漂わせていた。いや、こっちそんな趣味ないし。暑苦しいし、だからもう少し離れてほしい、とちょっと言いたい。

「どう、思いますか?」

 その時、南淵から、何かしらの考えを述べることをやんわりではあるが求められる。気のない返事を続けていたから、話をちゃんと聞いていないように思われ、たしなめてきたんだ。相槌打つのだって大変なんだよ、大体、こっちは先輩だぞ。

 でも、正直、ほとんど聞いていなかった。

 その隣で近すぎる距離の巨乳から、B級ホラー映画を連想し、ホラー映画からゾンビを連想し、ゾンビといえば、睡眠を削るほどにハマった長く続くドラマのことを追想しては、どんな場面で今終わった状態かを思い出し、さらに秋からの新シーズンでの展開を想像なんかしていた。だから質問が分からない。おつまみで頼んだチョリソーが大きかったくらいしか南淵先生の話は入ってきていない。それでも何かしらの返答しなければいけない、と平井は思考を働かせる。

「……南淵先生が傷つかない方を選択すればいいと思う」

 話しながら、スカートを脱いだ平井はロッカーからチノパンを出す。

 おそらく、最近食べ過ぎているから、体型を気にしてるんだ。だから、ダイエットした方がいいですかね? みたいなことだ。それか、一緒に飲みに行った初芝先生を男性としてどう思うかのどっちかだ。だから、両対応出来るもっともらしいことを答えておいた。

「そうですかね、初芝先生はそのままでいいよ、って言ってくれたんですけど」と南淵は自分の二の腕を摘んだりしている。

 やっぱり体型の方か、と安堵しては、しまいっぱなしのチノパンを、ちょっと叩いたりもする。

「平井先生、モデルみたいで羨ましい。足も長くて美脚でいいな」

「やめてよ」

 唐突に褒めてくるので、隠すように平井はチノパンに足を通す。

「平井先生は、もうすぐ休み取って彼氏さんと海外ですよね? いいなぁ」

「あ、良い香りのするボディクリームとか買ってこよっか?」

 脚を褒められ気分が良くなっているから反射的にそんなことを言ったりする。

「あ、お気遣いありがとうございます」

 南淵はポロシャツの上に薄い生地のパーカーを羽織った。言うまでもなく、UV対策と胸への視線対策を兼ねてのものだ。

「南淵先生はいいひといないの?」

 自分は着なくてもいいかなと、思いつつも焼けちゃうかな、と腕辺りを摩ったりする。

「初芝先生、優しいし、また行こうって誘ってもくれて……。でもよくわからないです」

「……迷ったときは南淵先生が傷つかない方を選んでね。……後悔しないように」

 胸しかみてくれない。胸目当てでしか寄ってこない。常にそんな思考が付きまとい、男性不信にも陥るのだろう。楽しいはずの恋愛が、苦しくもなるのだろう。何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。それでも、不安なことは消し去って、楽しめばいい。後悔しないと思える人に出会えたのなら。

 同性として。同僚として。歳の近い教師仲間として。出来うる限りのアドバイスを掻い摘んで平井は南淵へ送った。

 二人が着替えを終えて更衣室を出れば、男性教師からはそこそこ配慮がされた、いつもとは違う格好が目新しいからちょっと目が行っちゃったというような理由付けがされた、それでも好奇な視線が飛んでくる。それは平井ではなく、主に南淵の方にである。予想できたことだから、南淵はタオルなんかを自然と手に持っては歩いている。じろじろみるな、とちょっと言いたい平井であった。


「いい写真、期待してるよ」

 と、荻野はカメラを取りに行った写真部部室で、一人残っていた細谷稜から期待に満ちた声を掛けられる。それに応えたい気持ちもあるので、「はい」と返答し、図書室外にいる利沙を待たせていけないと部室を出ようとするのが、細谷がノートパソコンのキーボードをカチャカチャと小気味いい音をさせてタイピングしては、ッターン! とエンターキーを不必要に思える程、派手に叩いているので、何か触れてほしいことがあるのだな、と感じ取る。

「細谷さん、何されてるんですか?」

「あ、気になる? ちょっと見て。これ見ていって」

 と画面を見せ、マウスの操作をし始めている。あ、さっきのはやっぱりデモンストレーションだったのだな、と理解する荻野である。

「これなんですか?」

 画面にはいわゆる掲示板のようなものが映し出されている。

「生徒会のサイトにフォーラム、急ピッチで作ったんだよ。ま、生徒会から頼まれたら断れないよね。オレ生徒会の広報だし」

「……はい」

「さっきの終業式の時に会長が生徒の前で、二学期に向けての中で、フォーラムの存在に触れたらさ、もう書き込みが幾つかあって。それを確認してた」

「あ、そうなんですね」

「これ作って、こう管理なんかしてて思ったんだんだけど、こういう所に批判的なこと書き込んだりする反乱分子がもし存在していたら、その生徒を特定できるって思った。だってオレが管理者なんだもん。そこは管理者権限だよ」

「ああ、なるほど」

「より良い学校生活の為に、オレが陰から生徒会を守る。陰キャの底力みせたるぜ。……ん?」とマウス操作していた細谷は何かに反応する。

「どうされました? もう反乱分子発見しました?」

「ちょっと待って、写真部って書いてある。ちょっと読むよ。……図書室の奥にある写真部の部室に生徒会の河本先輩がたまにいらっしゃることがあるんですが……こないだ、退室される際に……自分たちにも丁寧にお辞儀をしてくれて……良い人だなって思いました。これからも頑張って下さい……」

「……反乱ではないですね。河本さんの事、応援してくれてますね。つまり味方ですね。しかも図書委員のコっぽいですよね、内容的に」

「……CHIKAって投稿者に書いてある」

「隠す気ゼロですね」

「一年で図書委員で名前がチカか」と細谷はエクセルファイルを立ち上げる。

「あ、完全に特定するんですね」

「あ、このコだ。一年シータクラスの今江慈。知ってる?」

「スイマセン、クラス違うんで分からないです」

 細谷はさらにマウスを操作して、エクセルファイルからリンク設定してある画像へとアクセスする。

「あ、あのショートカットの可愛いコだ。月曜日カウンター担当のコだよ。このコは味方って注釈つけておこ」

 細谷が凄まじくタイピングをしてはカチャカチャッターンを炸裂させる。

「さすがですね」

 細谷さんは敵に回したくはないとつくづく思う。

「でも、思い出した。このコ、オレには膨れっ面でさ、図書委員もう帰りますって言ってくるコだよ。オレそのこと河本君にチクったんだよ」

「チクったんすか? 河本さんに何チクってるんですか」

「そしたら、河本君さ、超迫真顔で間入りましょうか? って図書委員に圧掛ける雰囲気バリバリでさ、なんか言いすぎたら逆にこっちがここに居辛くなりそうで控えてもらったくらいなのに。なんで気に入られている訳?」

「ま、河本さんが気に入られてるならいいじゃないですか。味方なんですから。お辞儀ひとつで虜にしちゃってる。河本さんってやっぱさすがだなぁ」

「いやいや、オギーにもUSBで渡したおっぱいジフ編集したのあるじゃん?」

「は、はい」 

「こないだ河本君来た時に見せたんだけど、あれ、超目キラキラさせて見てたよ、ここで。目、超キッラキラさせてた、ホント。その辺はおんなじ男だよ?」

「河本さんに何を見せてるんですか。そうなんですか? 河本さんが目をキラキラですか? そうなんだぁ。あ、ボクも呼んでくださいよ。三人で見ましょうよ」

「オギーはあれだろ、女のコと帰ってるんだろ」

「は、はい、あ、いけない。自分、もう行かないと」

 荻野は長居をしていてはいけなかったことを思い出しては、慌てて部室を飛び出した。


 正門からはやや逸れた所にある、校舎の建物が作る影の部分に、これから実施される学外清掃というボランティア活動に参加をする生徒たちは集まっている。そこは教職員の出入り口の前辺りに位置しており、普段は中々生徒が通るところではない。

「お待たせしました」

 河本以外の生徒会のメンバーはすでに集まっており、まずは竹清のところへ用具の入ったカゴを持って河本がやってくる。

「ありがとう」

 生徒会長である竹清慶冶が、まずは労いの言葉を掛ければ、その言葉に対して河本は一礼をする。

「持ってないで、ここに置いたら」

 と、竹清の横にいる高橋みゆきが優しい言葉を掛けてもくれるから、それに従う。

「軍手の数、大丈夫ですかね」

 すでに集まっている生徒を見渡しながら、河本は自分が用意した分で足りるのか、気にしたりする。

「あえて終業式でも触れなかったんだけど。ありがたいことに、結構集まってくれてるね。ま、大人数になったのなら、交代で潮風を浴びながら海でも眺めてもらうよ」

「はい。……参加した生徒たちには素敵な思い出になります」

「河本君が担当する駅前選抜はもう集まってるの?」

 みゆきが確認してくる。

「あ、はい。大丈夫です」

 と、河本は参加する生徒たちをみながら返答する。

「海で待ってるぞ」

「はい、承知しました。では自分は……駅前選抜で集まっておきます」

 うん、と竹清が頷いてくれれば、また一礼して、その場を離れようとするが「ねぇ河本君」と柳田美咲が声を掛けてくる。

「どうしました?」

「なんで生徒会室こなかったの? 教室で着替えたの?」

「はい、そうです。用具取りにも行くのもあったで」

「会長とか洋介君は生徒会室で着替えてたよ。女性陣が着替えてるときは外出てたけど」

「あ、そうですか」

「河本君も着替えなよ、生徒会室で。みてあげるから」

「なんですか、言い方怖いな。なんか美咲さんに凝視されそうでヤですよ。そのエロい感じやめてください」

「うわ、なんかムカつく」

「美咲はこっちだよ」

 と、そこで堀洋介が声をかける。美咲は洋介と里崎綾と共に行動をするのである。

「どうしたの?」

 弄っていたスマホをポケットにしまった西野有紗が河本と美咲の所に近づいてくる。

「有紗さん!」と有紗に話しかけられれば、とたんに笑顔になる河本である。フフ、と有紗も笑顔を返せば、さらに河本の表情はニッコニコにもなる。

「最近、河本君ってやけにニヤついてるよね。最初の頃の伏せ目がちに口を真一文字に閉じてたあの頃の河本君はどこにいったの?」

 にやけ顔の河本に美咲が釘を刺してくる。

「え、ボク、ニヤついてるんですか?」

 そんな言われ方をすれば、軽くショックに決まっている。

「河本君の笑顔素敵だよ、はにかむ感じが男性アイドルみたいだよ」

「え、ホントですか?」

 有紗がそんなフォローをしてくれるから、すぐさまテンションが回復する。

「全然違うよ、アイドルじゃないよ、うさんくさいよ」

 美咲が反論する。

「美咲さん、洋介さん呼んでくれてますよ。早く行ったほうがいいですよ。ほら、早く行きなさいよ」

「何? 最後の今の言い方。先輩だぞ」

 行きかけていた美咲が振り向いて指摘してくる。

「口がすべりました、すいません。また後で」

 とりあえず謝っておく河本と、隣で爆笑している有紗であった。

「……美咲とだと、河本君だいぶ楽しそうに話すね」

 美咲が洋介と綾のところに行ったぐらいで、有紗が真顔になってはポツリと呟く。

「え、そうですか?」

「私と話してる時って堅いよ。美咲には私には見せない顔するよね」

「……それは、有紗さんが眩しいから緊張しちゃうんです。その体操服の格好も眩しくて、今も実はかなりドキドキしてます。有紗さんはキラキラです。キラキラの宝石です」

「フフ、何それ。緊張しなくていいのに」

 有紗がそういっては微笑んでくれるから、河本はホッとしては、「一緒に行動するコたちに声、かけてきます」と有紗のそばを離れる。


 遥はここへと向かう最中に、体育館脇の日陰部分でストレッチをする陸上部が目に入った。その中に、クラスメイトの加藤翔大もいたのであるが、こちらに気が付いていない様子なので、隣を歩く多香子とも加藤のことを触れずに通りすぎた。

 ここに到着し、しばらくする河本がやってきては生徒会役員として、会長と話し、年上の先輩の女の人と親しげに話している様子を見れば、引け目というわけではないが、自分とは関係のない世界にも感じてしまう。なんで自分は参加してるんだろう、と疑問すら湧く。が、河本が自分を探すように視線を送ってくれたりすると、ドキっともする。チラッと多香子のほうをみれば、睨むように、河本をみていた。

「どう?」となんとくそんな声をかければ、強い目力のまま、多香子が遥を睨むようにみてきた。

「どうって?」

「いや、オとす、とかやめておく?」

「ううん、やめない」

 また、河本に視線を戻した多香子の表情は、強烈に自信に満ち溢れており、また、とても美しかった。

 その河本は、駅前選抜の二人に近づいてくる。

「遥、ちゃんと参加してくれたんだね、ありがとう」

「……いえ、はい」

 遥は感情をどう出していいか分からないから、それ以上の言葉は返せない。

「隣のコはお友達?」と河本が多香子に視線を向けても、遥は「はい」と返事をするのが精一杯だ。

「磯多香子です。今日は宜しくお願いします」

 多香子は自分の名を言っては軽くお辞儀をする。抑え気味であるが、朗らかさの含まれた言い方は、先ほどまで多香子自身がピンと張り詰ませていた空気をたわませる。

「よろしく、参加、ありがとう」

 この空気を受け止めて、微笑までしてみせる河本と顔をあげた多香子の視線がぶつかる。多香子の浮かべる笑みからは、やはり絶対的美貌からくる自信がみなぎっては、溢れている。誰でもトリコにしてみせる、という表情に遥がゾクっとする。その多香子から見つめられ続けた河本は、一度視線を落としては、他に集まる生徒たちへと目を向けた。

「河本さん、挨拶遅れました」

 そこで、近くまで来ていた荻野が声をかけてくる。後ろには利沙も立っている。

 荻野は、河本がここに到着したと同じ頃合に、カメラを持って利沙と現れた。良かった、遅れていないと、安堵した。生徒会長、三年生の生徒会役員の人たち、そして、遥と多香子と河本のやりとりをずっとみていた。途中で見渡した河本には、目を合わせているので、存在は気づいて貰っているはずだと思っては、こうして話しかけるタイミングを見計らっていた。隣の利沙には何度か急かされたりもしたが、一通り終わるのを待っていたのだ。

「うん、オギーも参加ありがとう」と河本が自分にも温和な表情をみせてくれるから、「いえ、いい写真とります」と荻野は宣言する。

「利沙です。よろしくお願いします」

 自分の話す番が来た利沙は荻野の隣まできて、名前だけを名乗った。

「……利沙ちゃん、ね。こないだの代表委員会も来てくれたね、今日もよろしく」

 河本は、荻野にみせた温和な表情のまま、優しく対応する。さらには「この四人は自分と一緒の同じ班だから」と伝え、その場を立ち去った。

「河本さんの声って、落ち着いてて、良い声してる。利沙ちゃんって下の名前で呼ばれてドキドキした」

 荻野にだけ聞こえるように、利沙はそんな事を言ってははしゃいでいる。そりゃ利沙って名前だけ言ったんだからそうなるだろうと思いつつも、恋する乙女のというより、恋をしたい乙女の姿に荻野は何もいえないでいた。


「一緒の班のコたちに声、掛けて来ました」

 と河本は有紗の所に戻って説明する。「うん」と有紗は再び弄っていたスマホをポケットにしまってはにこやかに迎えてくれる。だから河本もまた笑顔になる。

「あとは平井先生の機嫌がよければ、今日はうまくいきますね」

「あ、先生も来るんだね。機嫌って大事ね」

 とそんな会話をして、しばらくすると平井は南淵と共に、教員用玄関から出てきたのである。平井先生の機嫌と気にしていたこともあり、平井のことだけを河本は見ていた。玄関を出てから、そばに来るまでずっと見ていた。それが良かったのか、河本の顔をみては「外、暑いね」と当たり前の事をいう平井ではあったが、笑顔をみせてくれるので機嫌は良いな、と安心する。

「先生、その格好も素敵です。着こなしますね、何でも」

 お世辞と思われてもいいから、まずは褒めていく。

「あら」と平井がまんざらでもないリアクションをしてくれるのだが、「私にも似たようなこと言ってましたよ、このコ」と有紗がバラしてしまえば、「こら」と怒った反応をみせてもくる。

「先生、軍手です。使ってください。これ、黄色いイボイボがついてて滑らないですよ」

 味方と思っていた有紗が即座に寝返るので、河本は慌てて軍手の説明をした。

「うん、ありがと」

 受け取る平井からすれば、軍手を丁寧に説明してくるのはふざけているようにしか見えないから怪訝な顔になっている。

「竹清さんがもうすぐ挨拶をしてくれますので、待ちましょう」

 話せば話すほど、この場をおかしくすると思った河本は、集まった生徒を見渡しては、そろそろ挨拶をしようかという、竹清を見つめることにした。

「今日は暑い中、集まってくれてありがとう。これから、真倫高校の生徒として外にでて、清掃作業をするので、人から見られることもあると思うけど、きびきびとテキパキ行動して、真倫の生徒は格好良いなって思われるよう、頑張ろう」

 竹清が参加した生徒たちに向かい、そう挨拶をした。参加をした五、六十人の生徒たちがそれに対して「はい」と返事をした。

 そうして、海班と駅前班に別れては外に歩き出していった。




お読みくださり、ありがとうございます。

更新の遅れ、いつも誠に申し訳ございません。まだ半袖で過ごせる内に次話をアップするという努力目標をお約束させてください。

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