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micelle  作者: Hyro
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68 それは蔓のように

さぁ、絡み合おうではないか。

 

 68 それは蔓のように



 授業を終えた教師がいつものように教室から出て行かなければ、生徒たちはその目的を知りたくもなるから、自然と目で追うことにもなる。

 教室、中央後方に座する河本秀人は、テキストに目をやり、手にはペンを握っては、授業が終わったばかりなこともあって、固まったままの様子であったが、近づいてくる平井紀子の足音に、スッと立ちあがる。

「今日の放課後の代表委員会、会議があって出席できないから、よろしくね」

 平井の格好は、最近はお馴染みのスカート姿である。

 話しながら、そこは教師といった感じで、河本の机に広がるテキストや答案をチェックするかのように目線を落とした。言い終え、反応を見ようと河本へ視線を合わせる。それを待っていたようなタイミングで「はい、承知しました」と河本が返答をする。

 席を立ち上がったままの河本の机脇に平井は立っている。授業中も雑談など皆無に等しく、表情を崩したりなど滅多にない冷淡な印象の平井と、合間の休み時間も席に座ったままでいることも多く、黙々とした印象の河本の、感情をしまいこんだような二人が会話をする様子を、クラスの生徒たちは物珍しく感じ眺めたりもする。

 今日の平井の授業は先日行われたテストの返却であった。その際、満点に近い生徒の点数は読み上げた。

「河本秀人、99点」

 さっきの、その点数がクラスメイトたちには残っていたから、授業を終えた平井と河本が話しているのかと思う生徒も多くいた。が、そういえば、あの二人は生徒会の顧問と副会長なんだと誰かが思い出せば、それは伝導し、注目することをやめ、いつも通りの休み時間の空気が漂いだしもする。

「終わったら、職員室に報告にきて。教科会議。国語の先生で集まってるから。絶対だよ」

 教室の雰囲気があちこちから起こる話し声でほぐれだした中、平井は河本に話しを続けた。

「はい。かしこまりました。はい。職員室に伺います」

 河本は平井の瞳から逸らすこともなく、その一言一言に、丁寧に相槌を打って返答する。

 その河本の返事に、平井は納得がいったのか、少し口角をあげた笑顔を見せ、一度「うん」と頷いては教室を後にした。

 しばらく、平井が去った後も、河本は同じ姿勢のまま、立ちすくむように動けないでいた。平井のオトナな美貌を間近で受け、見惚れていたのかもしれない。それでいて、平井が会話の最後にみせた「絶対だよ」という言い方のギャップを感じもさせる可愛さを思い返していたのかもしれない。それでも、ふと、我に返ったように動きだせば、後ろからきた女子生徒とぶつかってしまう。キッと睨まれたような視線を感じても、その女子生徒の方と目を合わせるようなことはせず、顔は下を向き、申し訳なさそうに「あ、ごめん」と声を漏らしたのであった。

 

「あ、そうだ。電話しとかなきゃ。けいじ、先に行ってて」

 代表委員会で使用する会議室に入室する直前に、高橋みゆきが用事を思い出した様子でスマホを取り出しては、少し歩いた先にある、非常階段への扉の前付近でどこかへ電話を掛けだす。

 立ち止まったまま、少し様子をみていた竹清慶治は、振り向いたみゆきに、立てた親指を室内に向け、先に入ってるよ、という仕草をみせてから、会議室に入室する。

 本日の議事録の係りは柳田美咲であった。美咲以外まだ誰もいない室内。一番前の席に座り、メモを取る用紙に日付を記入し、生徒会長竹清慶治と意味も無く書いてみたりした。あとは、正面の壁に飾られた校訓などに目をやったりもするが、幾度と無く目にしているので、今更何かを思うこともなく、頬杖でもつきそうな、そのとき、後ろからやって来た竹清が声をかける。

「今日は美咲が担当か」

「……うん」

 いつだって、心のどこからで想っている人に唐突に声を掛けられれば、ドキリとする。

「美咲の書く文字って、キレイでカワイイよね」

「……え?」

 横に立つ竹清を見上げる。字を褒められたのだが、勘違いをさせるような言い方だ。

「字はその人の心を表すって言うよね」

 竹清はそういっては、ペンを持ったままの美咲の手に自分の手を重ねた。やめて、と反射的に拒否したい気持ちがあったとしても、実際にその手を払いのけさせることは美咲には出来ない。それほどに竹清は美しい。

「天文部の合宿の件、秀人から詳細を聞いておいて」

 固まったままの美咲に、そう囁くと竹清はそばを離れていった。電話を終えた、みゆきが室内に入って来る直前のことである。


 その棟の、その階は文化部の部室が並んでいた。普段はめったに来ることのない、河本と西野有紗は、ドアプレートに何部と書かれているのか、確認しながら廊下を歩いた。

 他に歩いている生徒はなく、並んで歩く二人の手の甲が偶然かのように何度か触れあえば、だったら、という感じで、有紗が河本の手を握ってくれたりもした。そんな嬉しいことをされたら、河本は笑顔になってしまうから、有紗も笑顔を返し、フフ、と照れた様子で二人は笑い合ったりもした。

「あ、こないだ、ありがとね、急に呼び出したのに、虹、一緒にみてくれて」

「いえ、もうホント、有紗さんとあんな虹を二人でみれたなんて、この夏の思い出がもう出来ちゃいました」

「フフ、夏はこれからでしょ」

 言いながら、有紗は握る手の力を強めたりする。

「あ、有紗さんも、天文学部の観測会の合宿に参加してくれるんですよね?」

「うん。なんか会長に聞かれて、成り行きで答えたけど、楽しいの?」

「はい、もう、そりぁ有紗さんも一緒なら絶対楽しいです」

「期待してるよ」

 そこで、ちょうど、天文学部のプレートが掲げられた部室の前に着いたので、立ち止まる。握っていた手が離れ、有紗がドアをノックする振りをする。首を傾け、「私がノックをしよっか?」と河本に確認の目を向ける。その姿はいちいち可愛いので、にやけてしまいそうにもなるが、「自分が」とモードを切り替え、河本が実際にはドアをノックした。

「……はい」

 間があり、返事がする。女のコの声であった。意外ではあったが、「失礼します」とドアを開ければ天井や壁に飾られた星雲のポスターが目に飛び込んできて、この部屋は天文部で間違いなと教えてくれる。天体望遠鏡も確かに置かれている。

 女子生徒が一人、入口近くの机にあるパソコンの画面に向かっていた。河本がドアを開けるのに合わせて、入ってくる人の方へ投げ出すように組んでいた脚を戻し、女子生徒は姿勢を正した。

「生徒会の河本です」

 上履きの甲のライン部分の色から、河本はその女子生徒が自分の同学年だと認識しながら、自分を紹介する。

「……天文部の大村凪咲です」

 つられるかのようにその女生徒は大村凪咲と自己紹介をした。

 切れ長で目尻がつり上がった形が特徴的な凪咲の目が、生徒会という学校内で表立って活動している河本に対して、さらっとではあるが、粘り気のある観察するかのような視線を送ってくる。

「……本日は部長の薮田さんは? あれ、他の皆さんはどこか行ってるんですか?」

 一人しかいない状況についてやんわりと質問する。

「あ、今日は元々集まりの日じゃないんで、来てないです。他の方も、来てません。私も、この入力が終わったら帰ろうと思ってて。……何か用が?」

 凪咲のつり上がったネコのように縦長の大きなその瞳に、河本は長く視線を合わせるようなことはせず、パソコン画面や天体望遠鏡などに、目を移らせながら話を聞いていた。凪咲の話し方から、同じ学年なのだから、砕けた様子で話そうかというような迷いも感じ取れた。

「そうですか。あの、ですね、部長からお誘い頂いた、観測会の窓口として自分があたりますので、観測会の詳細は、今後自分に連絡をください。それをお伝えに来たんです」

 このあとは代表委員会が控えている。余計なことに気を巡らせる必要のないよう敬語のままで用件を伝える。

「そういうことなんだ」

 といっては、バっと何かを思いついたように凪咲が立ち上がっては、河本の前へと二歩三歩と歩みでる。その動きの中、そのネコのような目が廊下にいたままの有紗のほうへ一瞬動くのを河本からは見て取れた。座った位置からは有紗の姿は見えなかったのだ。河本に詰め寄ろうかという勢いも立ち止まり、先輩でもある有紗に対してお辞儀をした。

「いま、あなた、何かしようとした?」

 妙な動きにみえたから、有紗は質問する。

「いえ、特には。……私が連絡係だから」

 言葉尻、凪咲の顔は河本の方を向いていた。

「あ、そういうことですか」

 互いにスマホを取り出しては連絡先を交換した。その最中、凪咲に対して、有紗は何か探ってやろうかという視線を送り続けた。スマホを操作しながらも、そんな有紗をみたりすれば、河本は笑顔になってしまう。それに有紗が気づけば、河本へもキツイ視線を浴びせることになり、河本はたまらず神妙な面持ちへと即座に変化するのである。

「詳細が決まったら連絡します」

 連絡交換を終えると、凪咲は二人に向かってまたお辞儀をしてみせた。

「ええ、お願いします」

 河本もお辞儀を返しては、部室内から廊下へと出る。

「部長は常々、生徒会への感謝の言葉を口にしています。私からも言わせていただきます。ありがとうございました。おかげで部活動らしいことができています」

 お辞儀をした姿勢のまま、凪咲はお礼を述べた。

「それは良かったです。では、失礼します」

 河本が答え、有紗と二人、来た廊下を戻った。

「さっきさ、スマホ操作してるとき笑ってたよね? なんで? あのコと連絡先交換できて嬉しいとか?」

 天文部の部室から少し離れたら、そんな質問が有紗から飛んでくる。

「いや、そんな、違います、誤解です。……笑ってたとしたら……有紗さんを見てたからです」

「え? なんで私をみて笑うの?」

 有紗は歩くのをやめる。

「有紗さんて、なんか、笑ったりした表情だけじゃなくて、真顔とかも、すごく可愛いなぁって、そのさっき思ってたので、それが顔に出てニヤニヤしちゃってたのかもしれません」

 少し先にいる河本が振り返って、有紗に向かって説明する。

「……そっか。そういうこと」

 有紗は睨むように河本を見つめている。

「……あ、すいません、なんかキモいですよね」

 その今の表情も最高に可愛いけれど、怒っているようにも思えるから、河本はそんなことを言うしかなくなる。

「いや、そういう風には思わないけど」

 と、無邪気な笑顔に豹変した有紗は、勢いよく河本に駆け寄っては右腕に抱きつくようにする。

「どう、しました?」

 河本はその変化に戸惑うだけである。

「私、カワイイの?」

 有紗が間近でそんなことを聞いてくる。

「はい、そりゃ、もう最高に可愛いです」

 腕にはしがみ付くようにされているから柔らかな感触だって伝わってくる。

「フフ、嬉しい。女のコって容姿を褒められると喜ぶでしょ? 可愛いって言われて、あー、私も女のコなんだな、って改めて実感したよ」

「有紗さんくらいに可愛い人なら、いつでも言われてるようにも感じますけど」

「そんなことないし、そうだったとしても、いつでも褒められたら嬉しいものよ」

「そうなんですね」と相槌を打てば、有紗が河本の腕から離れ、その手と手を絡ませてくる。

「っていうか、天文部の用事ってあれだけなの?」

 二人は手を繋ぎ、歩き出している。

「はい、そうなんですよ」

「だったら、天文部の部長とクラス一緒だし、私が連絡係になってもいいのに」

「ダメですよ。彼氏いる人が異性の人と連絡とったりしてたら」

「こんな手を繋いで歩いてるのに、そんなこというの?」

 その質問にはすぐには答えられず、有紗の顔を見れば、ピンク色の唇に目がいってしまうが、キスをしたい気持ちを制止して、そんな意地悪なこと聞かないでくださいと、目で訴えるのであった。


 職員室内のコピー室内に、里崎綾は、堀洋介と共にいた。これから行われる代表委員会で使われる資料を人数分コピーしているのだ。

 コピー室でまたこんな風に生徒会の用事をこなしていれば、綾はいつかの河本との出来事を思い出しもする。

 本当に偶然に河本君のお尻に触ってしまい、気恥ずかしさから、なぜか自分のお尻を触らせた。その内に調子付き、過ぎたスキンシップから妙な雰囲気になってしまい、キスをしそうな空気に耐えられなくなって、一呼吸付こうと一度、立ち去った。河本君に対して芽生え始めた恋のような感情が、向かった先の生徒会室前でばったり出くわせた竹清会長を今は避けたいという態度を私に取らせた。それをすべて見透かされたように腕を掴まれ、会長からキスをされた。コピー室に戻れば、平井先生が河本君に対してフェミニンな魅力を振りまき、包み込むようにコピー機の使い方をレクチャーしていて、もう自分の居場所がなくなっていた。うずを、とぐろを巻くように、らせん上に、絡み合って築きあげていくかもしれなかった関係から、私は逸れた。すぐに取って代わるように、有紗と美咲が河本君と年下の男の子との楽しい関係を築きだしてしまった。ほんの少しの躊躇や逡巡が、席を譲った形になり、次の瞬間には自分のポジションは奪われてしまうのだ。けれど、別に後悔はない。河本君と、どうしてもどうにかなりたかった訳ではない。幾分も感情表現をしない彼が気になって、ちょっとは笑った顔をみせてほしいから、優しくしてみせていただけ。恋愛感情なんかではない。少し、芽生えそうだった、だけ。

 そんなことを綾は思い巡らせては、今そばにいる洋介のことを凝視してもみる。竹清会長ばかりクローズアップされてはいるが、実際のところ、洋介もさわやかなイケメンだ。根は真面目なのに、その場の雰囲気を読んでは、空気を軽くする為になのか、適度にチャラさを装っている。それは彼の優しさだ。

 洋介はコピー機の運転が終われば、プリントされた用紙を取り、綾には背を向けて横にあるテーブルでトントンと、ズレを直そうと揃えたりしている。その背中に触れてみたら、何かが変わるのかと洋介に綾はそっと手を伸ばしてみる。

「今日って代表委員会、何時に終わるかな?」

 ふいに洋介がしゃべりだすから、綾はその手を引っ込めることになる。

「え、あ、んー、一時間くらい見とけば良いと思うけど、どうして?」

「……実はさ、最近、元カノから久々連絡来て、それでやりとりしている内に、ちょっと会ってみない? みたいな感じになっちゃってさ。……あ、コピー取ったし、会議室いこっか」

 ここでやることを終えたのだから、会議室へ向かうことになる。

「あ、そのコって他校のコだっけ?」

「うん、そう。今日放課後向こう暇みたいで。だったら今日会おっかなとか思って」

 コピー室を後にして、職員室内を二人は歩いている。

「そっか。……たぶん委員会、十七時くらいには終わると思うけど」

「だよね。じゃ、すぐ学校出て十七時半くらいでいっかな」

「いいんじゃない」

 返事をしながら、綾は、なんとなく平井先生を探してもみれば、いつもの席には姿はなかった。見渡せば、先生方のミーティング用に設けられたような、職員室の出入り口からは反対奥にある、生徒は立ち入り辛いスペースに置かれたテーブルを囲んでいる何名かの先生の中に平井の姿を発見する。

「……平井先生も会議とかでたりするんだ」と洋介の後ろを歩きながら綾は呟いた。


 竹清は、代表委員会が始まる十六時を前に、余裕を持ってきた生徒たちが会議室の入口前いる姿を発見すれば、受付の係りまでしてもみせた。その入口に立つ竹清の横にはみゆきもいるのだから、雑誌に読者モデルで載るようなカップルが、来る生徒を向かい入れることもなる。幾分、代表というクラス長の役目に対してお務め感を持って臨んできた生徒も、そんな二人がウエルカムで歓迎ムードを醸し出してくれるものだから、なんだかラグジュアリーな気分になっては、クラスの代表をやっていて良かったと思わせてもくれるのである。

「いつも部活頑張ってるね、小坂遥君」

 顔を知っている一年生が現れれば、名簿の名前をみて、竹清は一言優しく付け加えたりもする。それは当然、みゆきが前にあるホワイトボードに今日のテーマを書きに行っている隙だったりもする。

 遥としては、いつみても極上に美形な竹清にそんな声など掛けられたりでもしようものなら、赤ら顔になって一礼するくらいしかできない。

 開始まで五分を切るくらいの頃、洋介と綾がプリントを持ってやって来て、席に座る生徒に配布をする。

「あれ、そういえば河本君来てない。有紗もいない」

 今になって気づいたかのように、みゆきが竹清の傍に来て述べる。

「……文化部系棟へ部室内の査察に行ってもらった。もう、来ると思う」

 竹清は、印をつけている名簿に目を落としながら返答する。

「そうなんだ」とみゆきが返した辺りで、その河本と有紗が入口に姿を見せる。

「あ、来たな、ご両人」

「あ、会長が自ら受付を、すいません、自分がやるべきでした」と慌てた様子で、そんなことを河本は言い出す。

「……こうして、受付をして、参加をしてくれるクラスのリーダーひとりひとりと目を合わせることも重要なことだと実感をしたよ」

 竹清は、前方に代表委員会の開始を待って着席をする、各クラスの代表の背中をみながら、そう述べた。

「ごもっともです」

 姿勢良く一礼をする河本である。みゆきは竹清のとなりで、有紗は河本のとなりで、そんな二人のやり取りをみていた。

「すいません」と、声がして、四人がその方をみれば、一人の女子生徒が入口の外に立っている。

「はい」と一番近くにいた河本がまず返事をした。

「……代理で来ました」

 河本を凝視している。

「一年生だね。何組のコかな?」

 竹清が名簿をみて確認をする。

「デルタです」

「うん、出席ありがとう。これで全クラス出席だ。一年生は廊下側だよ」と竹清はチェックを入れると、席の場所まで示した。

「はい、ありがとうございます」とその代理で来た一年生の生徒は席に向かっていった。

 その着席する一年生の生徒たちの中に、遥の姿はあっても、成瀬萌の姿がないことに気がつけば、「メグはデルタの代表だった」と内心思う河本であった。

「さて、この竹清、会長の生き様を見せようぞ」と近くにいる三人の役員たちに聞こえるように、自分の決心を述べると、颯爽と前へと歩いていくのであった。

「まずは、今日の代表委員会、全学年、すべてのクラスのリーダーが参加をしてくれていることに、感謝をしたい。代表のコが理由あって出席できないクラスは代理のコが出てくれている。そういうのも当然といえば当然だけど、ありがたい」

 視線を一身に集め、竹清は手始めに感謝の気持ちから述べ、その参加者たちの心を鷲づかみにしていく。

「もう、目の前に迫る夏休み。自分を含め、皆ワクワクしていると思う。その気分で聞いてほしい。夏休みの後には、体育祭、文化祭と大きな二つのイベントが控えている。生徒、ひとりひとりの取り組む姿勢がイベントの成功に繋がる。高校のイベントでの楽しい思い出は、一生忘れられない宝物にだってなりえる。この真倫高校の発展にも大きく関係してくる。だから、やってもらいたいことがある。各クラスのリーダーには夏休み前の終業式の日に、クラスのホームルームでその二つのイベントのことを話してもらって、生徒たちに想像させてほしい。イベントで楽しく笑う自分たちを。夏休みの間も、時々ふと想像してもらいたい。楽しいイベントが待っているということを。その姿勢で、新学期を向かい入れる。それが、成功へ繋がっていくと、私竹清慶治は信じて疑わない。すでに目は通してもらっていると思うけど、その手元の資料にある、去年までのイベント風景、実績をみてイメージを膨らませてほしい。気持ちを作ってもらいたい」

 竹清は会長として最大限に気持ちのこめ、代表委員会の参加者たちへ興味関心を持たせようと務め上げた。見惚れさすことに掛けては大いに分のあるルックスで果断に述べ挙げてくれるから、その竹清の想いは、各クラスのリーダーたちに、なにか疑問を持たせることはなく、簡単に浸透していった。

 もう、今日の会議の目的は果たしたといって良かった。


 竹清の世界を感受しすぎた河本は、代表委員会が終わって、生徒会室に戻り、役員たちだけの状況になっても、夢ごこちかというように恍惚としていた。

「お疲れ様。じゃ、今日は解散」との竹清の言葉に、「はい、お疲れ様です」と返す事はできた。

 何か用事でもあるのか、真っ先に洋介が生徒会室から出て行く。

 河本はまだやるべきことが残っていることを忘れていないから、それを済まそうと生徒会室を後にする。

 そんな河本を有紗は帰り支度で追ってくれたりもする。

「河本君、まだ、なんかやること残ってるの?」

 河本は、バックは生徒会室に残しており、今日使った資料などを手に持っている。

「……そうなんです」

 隣で笑顔で話しかけてくれる有紗をみれば、徐々にではあるが、竹清に酔いしれては、呆然としていた状態を覚ましてもくれる。

「まだあるんだ。すぐ終わる? それ、付き合おうか?」と、並んで歩きながら、そんな優しい言葉もかけてくれるから、その辺りですっかり我に返りもする。

「あ、ひとつはすぐ済むと思うんですけど、もうひとつの方は、広報の方と打ち合わせなんで、そこそこ時間かかるかもしれないんですよ。だから、有紗さんに付き合わせちゃマズいです」

「時間かかりそうなのか。じゃ、帰っとこうかな」

 有紗は口を尖らせる。その表情は河本を身震いさせるくらいの可愛さだ。

「はい。あの、一緒に手伝ってくれようとしたお気持ちありがとうございます」

 抱きつきたくなる気持ちを押さえ込んで、河本はなんとかお礼を伝えきった。

「ううん。いいの」と有紗が笑顔をくれ、別れ際には「また、明日ね」と手を振ってくれたりもした。それに対して、河本も最大限の笑顔で手を振り返すのであった。

 その影響で、ひとつ目の用事である職員室に向かう最中に、今日の有紗との一通りのやりとりを思い出しては、今度は有紗の表情が頭から離れない状態になり、ニヤケてしまいそうな自分を実感していた。

 それではいけない、冷静になろうと、目を瞑り、二度三度首を振ってから、ノックをしては職員室に入室を試みた。

 平井先生に、今日の代表委員会の報告に来たのである。教科会議と聞いてはいたので、平井先生がいつも居る机に向かいながらも、やはり、そこに姿はないのだから、職員室内を見渡したりもした。

 奥の間仕切りの向こうに、テーブルを囲んで会議をしている様子の何名かの先生方の輪を発見する。平井先生の机の前にたどりついた辺りで、その中にいる平井先生を発見すれば、平井の方も、自分の机のそばに立つ河本の姿に気づいては、周りの先生方に一声かけてから、立ち上がっては、河本の方へと向かうことになる。

 自分を認識してくれたのが分れば、河本は視線を手に持つ資料に落としたりしながら、平井先生を待った。

「ちゃんと来たのね」

 平井が河本のすぐそばまで来ては囁くように言う。

「……はい。忘れてません、約束は絶対です」

「うん。ちょうどいいタイミングで来てくれたよ」

 平井がそこで柔和な表情をみせる。

「それは良かったです」

「で、なんか話して。報告あるよね?」

 平井は自分が参加をしていた会議の方に背を向ける形になっている。

「はい。あ、これ」と、今日使った資料を見せようとすれば、一枚を渡しそこね、床に落としてしまう。それに反応して、平井が一瞬屈もうとするが、「すいません」と河本が発して平井の動きを制しては、素早く拾う体勢をみせる。床に落ちたプリントに触れたその瞬間、スカート姿である平井の膝丈から下のベージュのストッキング越しの真っ直ぐな脚が目に飛び込んでも来る。

「それで?」

 ジロジロ見た訳ではなくても、すぐ目の前で思い切り先生のおみ足をみてしまったことで、照れ含みの気恥ずかしさと、キレイな脚だった、という感想が河本の中でごっちゃになる。が、さまよう思春期の男子の感情など推し量ることもせず、拾ったものを受け取りながら平井は問うだけである。強い意志を持って、瞳孔から見つめてくる平井の勢いに、他の先生に顧問をこなしているというアピールしたいのだと河本は察知するから、ドギマギした気持ちを消し去る。

「会長が、集まった各クラスの委員の方に二学期に行われる行事の話をしました。学校の生徒全体がイベントに向けて盛り上がっていく為に、まず気持ちを作る段階から説いてくださいました。クラスの委員の方々にもしっかりと伝わっていたように思います」

 河本の話を聞きながら、平井は何度か頷き、持っているペンで資料内の写真の部分を指したりといったことをしたりする。

「そう、そういうことね」

「はい」と河本は返事をしながらも、平井が視線を資料に落としてくれたお陰で、まじまじとその平井の顔を見つめることが出来た。顔立ちも、さっぱりとメイクされた肌も繊細でとてもキレイ。他の先生に向け顧問としての姿勢の良さを見せているそんな平井に協力できているということが嬉しくもなり、そして、どこか、おふざけをしたいような気持ちもなる。

「他には?」

 平井が顔をあげて、また問う。平井を見ていた河本と瞳孔どうしがぶつかる。

「……キレイです」

 強烈に目が合った瞬間に、今の会話の内容が飛んでしまい、ただ、平井の美貌を前に、女のコは褒められたら嬉しいという有紗との会話を思い出し、率直に口にした。

「え?」

「……先生が、今日もおキレイだなって思いまして……」

 河本が言い終える前に、平井の瞳には確かに剣が宿ったようにみえた。河本はひるむ。思っていた反応と違うのだ。これはリアルに後で怒られるパターンのヤツだ考え、焦りが生まれる。

「だから?」

 険しい表情で、平井が問う。

「えっと、ですね。今日も先生がおキレイで。……嬉しいです。……そうですね、えっと、夏休みも、……お会いできない日も多くなるかと思いますが、想像します」

 今度は竹清がさっきおこなった代表委員会でのスピーチの影響が現れた。

「想像?」

 職員室内である。平井はまだ河本と報告からの打ち合わせをしている雰囲気を出してはいる。

「先生を、想像します。何してるのかな、とか。今晩はどんなご飯食べてるのかな、とか」

 その辺りで、平井の肩が震える。キリっとしていた表情も崩れ、フっと軽く噴出し、持っている資料で顔を覆う。河本も先生が笑ってくれたことに安堵して、フフフと笑ってしまう。

「……ちゃんとしなさい」

 一度深く息を吐き、落ち着きみせた平井は表情もまた険しくなっている。

「すいません。幸いなことに会議をしている先生方はこっちをみてないですよ」

「そういうことじゃないでしょ。あなた、確実にふざけてきたよね?」

「確かにそうかもしれないですけど、今の笑った先生もとっても素敵で、そういう表情、間近で見れて嬉しいです。もっと見たいです」

「……うん、わかった」

 背筋を伸ばし、すっとした立ち姿のまま、目が少し笑ってはいる。

「すいません。……報告は以上です」

 河本は資料をみながら話し、軽く一礼しては顧問に説明を終えた感じをだした。

「眉いじったね?」

 立ち去ろうとした河本に、平井が投げかける。

「え、あ、分ります?」

 急に眉の話をされてドキっとしながら、ちょっと自分の眉に触れてみる河本である。

「うん、いいんじゃない? あんまり、やりすぎちゃダメよ」

 平井ははっきりと笑みを浮かべてくれている。

 一昨日、みゆきさんがやってくれたとは言い辛い。だからもう一度、河本はお辞儀をしては職員室を去るのである。


 トイレ内の洗面台の前で鏡に映る自分の顔を綾は凝視していた。

 今日の生徒会の集まりがお開きになると、洋介が「お先」と言って、一目散に生徒会室から出ていった。その姿を見て、瞬時に気落ちした自分が嫌にも思えた綾は「ちょっとトイレ」と美咲に告げて、後を追うようにした。

 前には先にでた河本や有紗が会話をしながら歩いており、洋介はちょうど角を曲がって見えなくなる寸前であった。そばにある窓ガラスを覗き込んで、視線の向こうにも設けられているガラス越しに、足早に歩く洋介の確認できた。その表情まではみえなくても、ウキウキでいることは充分想像に容易い。

 あんなに元カノと会うことが楽しみなんだ、と理解した綾はそれ以上追いかけるようなことはせずに、自分が言ったとおりにトイレに向かった。

 私と会うからってあんな風に浮かれてくれる男性はこの先現れるのだろうか、などと鏡の中の自分を見ては問う。一緒に生徒会で同じ作業をこなす内に、どこかで洋介と何か起きるのではないかと淡い期待していた。が、それは見事に打ち破られる。まったく向こうにその気はなく、むしろ眼中にないくらいの勢いでの素早い歩きっぷりに、まざまざと現実を突きつけられた。さっきコピー室で気の迷いで洋介君の背中に触れないで良かったと、そんなことを思ったりしながら、このまま自分と目を合わせていたら、涙がこぼれるだけだと分るから、蛇口に手をかざす。シャーと流れ出した水を両手で受けながら、顔を洗おうか、それとも鏡の自分にかけようかと思ったりもしたが、ただ手を洗うだけにした。

 綾が戻った生徒会室内では、美咲がノーパソに向かって今日の議事録を作成していた。

「今日、仕上げるの?」

「え、あ、うん、もうすぐ終わりそう」

「そっか」

 私も付き合って残っていたほうが良いのかな、と自分のバックを置いた席の前で綾は考える。

「ってかさ、聞いてよ。綾が出てってさ、私と会長とみゆきだけになったでしょ?」

 美咲はタイピングをしていた手を止めて綾のほうに向かって話し出す。

「うん」

 綾は、長くなりそうな気がするから着席をした。

「キスしてた。ったく。なんかピアノの先生? かな。みゆきが今からお礼に行くとかで、会長も一緒に行くよとか言ったら、みゆきが喜んで抱きついてキスしやがった。まったく、人前ですんなよ。私がここで、パソコンに向かってることを気にしろよってんだよ、ホント」

 口調は荒くなりつつも、話しながら途中で気づいたように入力作業に戻ったりする。

「そうだね、そういうのやめてほしいよね」

 キスなんて、そんな今さら騒ぐことなのかとも思う。でも美咲の気持ちを考えたら、ずっと会長のことが想っているのだろうから、目の前でされたら、そりゃ嫌だろうな、というのも分るから、同調を選択する。

 綾はパソコンに向かう美咲を見る。その唇に焦点を当てて。

 私は会長とキスをしたことがある。美咲もあるのかな、とよぎったりもするが、それを口に出して言う気にはならない。秘密でいた方がいい。

「ふー、終わったー」と美咲は伸びをする。

「お疲れ様。じゃ、帰る?」

 なんとなく、二人で話しながら帰る空気を感じるからそんなことを言ってみる。

「あー、まだ河本君がなんかしてて残ってるでしょ」

 と、美咲は対面のテーブルの河本のバックを指差したりする。

「あ、そだね」

「待っててあげなきゃ。綾は先に帰っていいよ」と、美咲はノートパソコンをテーブルの前にだしてスペースを作っては顔を伏せた。

 その突き放してくるような言い方と態度は少しカチンと来る。

「え、なに、河本君のこと、好きなの?」

 だから、そんな質問を投げかけてやる。

「まさか。会長から河本君に確認してって言われてる事あるんだ」

「……そう」

 つまらない返答に、お望みどおり立ち去ってやろうと綾はバックを掴んだ。

「……綾がさ」

「え?」

 立ち上がったところで綾は固まる。

「綾が、最初、会長以外には心を閉ざしてますみたいな、そんなモード全開の河本君に対して、歩みよってあげて積極的に話しかけてたよね。……綾と話しながら、照れてる河本君をみて、かわいいな、とか思って、私も河本君と話してみようかな、って気になったんだよ。今、私、結構河本君と話してるけど、きっかけは綾を見ててだから。だからホント綾のおかげなんだよね。……きっと有紗もそうだよ」

 美咲は腕をまくらにテーブルに突っ伏しながら話している。

「……心開いてあげようって頑張ってるの、スゴイな、って思ってたもん。それって綾の良いところだよね」

 何もいえないでいる綾に、美咲は腕にのせた顔を綾に向けて言葉を続けた。

 私のしていることを誰かが見ていてくれて、私のやることに感心してくれて、そして、それをこうやって褒めて貰いたかったんだと、唐突に、美咲に言われて気がつかされた。同時に、涙がこぼれそうになる。

「やめてよ、なんか恥ずかしいじゃん。……でも、ありがとう」

 言って貰いたかったことを言ってくれてありがとう、と綾は思うから、ありがとうまでは涙声にもならずに自然を装うことはできた。でも、それ以上何かを話していると泣いてしまいそうだから、「じゃ、先に帰るね」となんと言い切っては生徒会室を後にした。

 トイレを出てから、今日は家で泣きはらす自分を綾は想像できていた。ベッドで一人、ぬいぐるみを抱いて、涙をこぼしながら、つまらないことをあれこれと考え、病むのだろう、と。それが、美咲がかけてくれた何気ない言葉で、嘘みたいに足どりは軽く、清清しい気分にもなっている。前を向ける、そう思えるから、スキップだってしちゃいたいくらいの勢いで、綾は夏の放課後を帰宅する。


 河本は残っている今日の最後の用事を済まそうと、もうすぐ利用時間の終了が近づく図書室へ入り、その奥の写真部の部室へと向かう。

 ノックをすれば細谷稜が「どうぞ」と返事をしてくれる。「失礼します」といって入室をすると、細谷が一人、パソコンをいじっていた。

「お待たせしてしまったと思います、すいません」

 河本は他の部員がいない様子から大分待たせたのはないかと判断する。

「しょうがないよ、そっちは代表委員会があったんだから、多少はね」

「本当申し訳ないです。さっそく用件に入らせて頂きます……」

 河本は、細谷の隣に着席して伝えるべきことを話そうとするのだが、パソコン画面内の動画が目に留まってしまう。

 画面には女性の胸の揺れがピックアップされた動画が流れていた。元々ひとつひとつはただ走るシーンや服を脱ぐシーンなど様々な場面でのぷるるんとしている短い動画なのだが、細谷が編集して繋いだのだ。

「ふふふ、おっぱいジフほんとすき。集めて一本の動画にしちゃったよ」

 食いつき良く見入ってしまった河本に対して、細谷は得意気に説明する。

「あ、これ細谷さんが編集したんですか」

「実はまとめたのこれで5本目。これ見てるだけで幸せな気分になるからさ、荻野氏にもこの間渡したよ」

「オギーがこれ見てるんですか?」

「うん、なんか元気なさそうな時あって。あ、そういえば、さっきさ、ウチの部員兼諜報員から連絡が入って、荻野氏がここにも連れて来たクラスメイトの女子と二人で楽しそうに帰ってる所を駅の反対のホームでみかけたとの報告があったよ」

「え、今日、オギーがですか?」

「そう。元気付けにこのたゆんたゆん動画、USBに入れて渡したんだけど、必要なかったみたいだよ」

「……あいつ、結構やりますね」

 河本はオギーがメグと近いうちに一緒に帰るような関係になるだろうという予感はどこかにあったのでさほど驚きはしなかった。が、代表委員会に代理のコを出してまでというのは、あとで確認すべき事項なのかとも思う。

「河本君はちなみに何フェチ?」

「え、フェチですか?」

「うん。異性のどこに興味をもつ人なんだい?」

「あ、え、えっと、そうですね。……脚とかですかね」

 さっき飛び込んできた平井の脚がフラッシュする。

「脚? シブイね。おっさんみたいじゃないか」

「え、おっさん? 脚だとおっさんなんですか?」

「若いときは顔で、そっから年を経るごとにどんどんさがっていくらしい。だから今オレとかはおっぱいの段階」

 放課後の男子同士らしい会話が繰り広げられている。

「ああ、なるほど。顔から。言われて見たら確かにキレイな人の顔みるとドキドキします。あ、自分、キレイな顔の人が好きです。ホントは脚までまだ到達してません。かっこつけて脚とかいっちゃいました」

「おっぱいは?」

 動画が終わりそうになると、細谷がシークバーをいじって動画を最初の方から流れるようにした。

「おっぱい。……多分好きになるとは思うんですけど、まだ触ったりしたこともないので。こういう動画みると柔らかそうでホントいいなって思います」

「河本君が正直に答えすぎて草生える」

 二人はそこで黙ると、少しの間、静かに動画を鑑賞した。

「あ、すいません。では、本題に入りますか。お時間もあれですし」

「あ、そうだね」と、細谷は動画の再生を止める。「あ、あのさ、図書室の利用時間が過ぎて少しすると、ノックをされるんだよ、図書委員がもうすぐ帰ります、って。だからお前らも帰れみたいな有無言わさない感じで」と思い出したように話をしだした。

「そうなんですか。お困りですか? もしあれでしたら間に入りましょうか?」

 河本が真顔になって投げかける。

「あ、大丈夫大丈夫、言い過ぎた。図書委員の女のコたちが図書室閉めてから楽しそうにお菓子食べながら喋ってて、うらやましいなぁって思ってそんなこと口走っただけ。ホントは、そんな波風起こしたくないから。図書委員のコにノックされたらすぐ出てく習慣が染み付いてるから平気平気。気にしないで」

 一瞬で目の色の変わった河本に、むしろ細谷が臆した。

「そうですか」

「で、用件は?」

 細谷のほうが用を片付けたい気分になってしまう。

「あ、えっとですね。生徒会のサイトに体育祭や文化祭のテーマを募るフォーラムを設置していただきたいんですけど、可能でしょうか?」

「んー、可能。オレぐう有能」

「いつも頼りにしています」

「いつまでに?」

「会長が終業式でアナウンスする形で行きたいので、出来れば夏休み前には」

「その急ぎな感じ、むしろ燃える」

「ありがとうございます。あ、あとボランティア活動時の写真撮影の件なんですが……」

「あ、それは荻野氏にやってもらおうかなーって思ってる。他の部員だと外で長い時間陽射し浴びてたら溶けちゃそうなのばっかだから。ははは」

「かしこまりました。オギーでしたら、元々参加予定でしたし、自分からも話をしておきます」

「うん、よろしく」

「はい、では、失礼します」とやり取りは終わり、河本は写真部を出て行く。

 図書委員のコたちが、細谷が言っていた通りにカウンター裏でお菓子を食べながら楽しそうに会話をしていたので、お邪魔しましたという意味で、河本は一礼をしては図書室を後にした。


 河本が生徒会室へ戻ると、美咲がテーブルに顔を埋めていた。

「あ、美咲さん。お疲れ様です」

 と声をかけるが、眠っているのか、何も反応は返ってこなかった。入口に立つ河本からはちょうど、美咲の組んだ脚から白い太ももが目に入ってくる位置にあり、あまり見てはいけないと、美咲の対側にあるテーブルに置いた自分のバックのところへ移動した。

 会長の世界に酔うのはいいとしても、平井先生と有紗さんの美貌に目移りし、細谷先輩の趣味を味わいすぎた自分を戒めるためにも、もう今日はこれ以上の刺激はいけないと拒否をしたのだ。

「美咲さん、美咲さん」ともう一度呼びかけるが、それでも何も反応はない。「起きないなら、置いて帰っちゃいますよ」と聞こえていないだろうとそんなことまで言い放ってもみた。

「……うわ。冷たいこという」と、そこで美咲が顔をあげる。

「え、起きてたんですか?」

「待っててあげたのに、置いて帰るって何よ?」

「待っててくれたんですか?」

「はい、いいから座って」と、美咲は自分の隣の席を叩くので、河本は従うほかなかった。

「ってかさ、JKがイノセントなエロスをだだ漏れさせて無防備に寝てるのに、何かしたいと思わないの?」

「……何かって、例えば何ですか?」

「つんつん、とか」

「つんつんって。いや、でも寝た振りだったじゃないですか? 絶対罠じゃないですか。そんなことしたらまた先生に告げ口するとか言い出すじゃないですか」

「つまんないの」

 と言っては、美咲は「んー」と両手を組んで前に伸びをする。さらにそのまま天井向かって腕をあげ背中を反るので、ブラウスが胸の形を強調する。

 そこまで隙をみせてこられたら、さすがの河本もお望みどおりにといった感じで胸をつんつんとしてみる。すると次の瞬間、「う」と声をあげ、驚くほどに美咲が体をビクっとさせては、河本の手を払った。

「つんつんって、こういうことですよね」

 したり顔の河本である。

「普通はほっぺとかだろ」

「だって美咲さん、顔覆って寝てましたよね?」

「きさま、ふざけんな」

 つんつんされた胸をガードしていた美咲であったが、河本の言い返せない問いかけに苛立って、片方の手で河本の股間をつかんだ。

「うわ、何してるんですか。ちょっとやめてください」

 今度は河本が焦って美咲の手を払う。

「……勃ってない。ぜんぜん」

「え、だって、そんな簡単にならないですよ」

「そうなんだ? どういう時なるの?」

「どういう時って。……そりゃ、そういう二人きりでいい感じの雰囲気の時にキスとかしたらじゃないですか?」

「あー、キスかー。って、河本君キスとかしたことあるの? 誰と?」

「え、あ、一般的にっていうか、例えばですよ」

「例えばかよ。……まぁ、確かにキスっていいよね」

 一瞬の間。

 河本は有紗とのキスを、美咲は会長とのキスの記憶を思い出していたのかもしれない。

「あ、会長とみゆき、そこでさっきキスしてた。私がここでこうやって議事録作成をせくせくやってる前で。あー、思い出してまたムカムカしてきた」

「あのお二人はカップルなんですから、キスくらいしますし、そうやっていつも仲睦まじいほうがいいじゃないですか」

「は? 何その諭してくる感じ。また握るよ?」

「え、その握るっていうアクションを、選択肢のひとつとして常習化するのはやめてください」

「あ、会長が言ってた河本君から聞いとく話って何? 天文部の合宿がどうとか」

「そうです、その天文部の観測会に参加する日と、みゆきさんの家族旅行の日がかぶってしまったので、まだちょっと内密に話を進めましょうって話なんです」

 美咲から視線を外して、パソコン画面の方に目をやる河本であった。

「え、何、じゃみゆきは合宿の方には参加しない感じなの?」

「はい」

 河本は美咲が作成したパソコン内の議事録を読んでいる。

「そうなんだ。ふーん。あ、議事録どう? 入力問題なさそう?」

「はい。ってか、美咲さんその手やめません?」

「何が?」

 美咲は河本がつんつんした胸の辺りをさっきからずっと両手で押さえたり、時にさすったりをしている。

「そんな、気になる感じですか?」

「超じんじんする」

「……なんか申し訳ないです。大丈夫です?」

「うそ、大丈夫、平気。……ねぇ、私の胸、ぶっちゃけどんな感じだった?」

「え、……いや、その後わちゃわちゃしたから、よく覚えてないです」

「ねぇ……なんかさ、私の胸ってもう少し大きくなってもいいと思わない?」

 独り言のように話しながら、美咲はブラウスの上から胸を触ったりしては、脇の当たりから寄せたりをしている。

「……そう、ですかね」

 隣でそんなことを堂々とされても河本としては気まずいだけで大変返答に困る。

「中学の時、水泳やってたから土台は出来てると思うんだよね。もっと大きくなるポテンシャルは絶対秘めてる筈なんだよ」

 美咲がマッサージするかのように胸を揉むようにしているから、河本はパソコン画面から目をそらす事はない。

「水泳をやってたんですか。……水泳を。何の泳ぎをされて……」

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

 胸から、水泳の方向に話題のシフトを試みようとしたが、美咲は遮る。

「はい?」

「つんつんしたこと誰にも言わないであげるから、ちょっと胸マッサージしてくれない?」

「まっさーじ? いいですけど。え、つんつんを言わないからマッサージしてって交渉としてのサイズがおかしくないです?」

「自分でやるより、人からしてもらった方が刺激されて良い気がする。……でも、正面からは私もさすがに恥ずかしいから、後ろからやって」

 河本の話しには聞く耳をもたず、美咲は座り方を変えてテーブルに向かう河本に対して背中を向けるようにする。

「……いいんですか?」

 飛び込んでくるブラウスから透ける白のブラ紐に、クラっとしたような衝撃を受け思考が停止する。

「うん。そっとね、優しく」

 河本は上半身だけ横を向いて手を伸ばした。身構えた美咲の肘あたりにその手が当たると、美咲は両脇を空けて河本の手が通るようにまでしてくれる。

「……失礼します」

 手を下から上にといった感じにそっと包み込むように触れた。その瞬間、河本の意識のすべてか集中した手に、ブラウスのしっとりとした肌触りと美咲の胸の柔らかな感触が伝わってくる。

「あは、くすぐったい」

 反応して美咲が脇を閉めるので、河本の腕が挟まれた形になり、焦りもする。

「大丈夫です?」

「うん。大丈夫。……マッサージ、お願い」

「……はい」

 触れたままであった手を河本はこれ以上ないくらい優しく動かした。ムニュといった感触が伝う。どうしても瞼には先ほど細谷先輩がみせてくれた動画がチラつくが、それは失礼だとわかるから、目の前の状況と動かす手の力加減に集中する。反応が気になって様子見れば、美咲は目を瞑り下唇を噛んでは、懸命にくすぐったい感覚に耐えていた。

「……どうです?」

 河本が思う胸のマッサージ的な動かし方をしながら聞いてみる。

「うん。……うん」

 もう十八時に近い時間で、外の放課後の喧騒も穏やかな中、生徒会室に残った二人はこんなことをしている。

「こうですかね」

 少しすると、その感触にも慣れだし河本は女のコの胸に触れるというドキドキも収まり、むしろ本当にマッサージ寄りに意識がいっては、効果がでるようにしてあげたいと考えるようにもなっていく。

「ね、一回ギュって強く揉んでみて」

「え?……いいんですか?」

 そんなことを言われるから落ち着き始めた気持ちが再び焦りだす。

「うん。……眠ったままでいる大きくなる才能たちを目覚めてさせて」

「……じゃ、いきますよ」

 河本は指の力を込め、言われたとおりに美咲の胸をギュっとしてみる。

「痛たッ」と声をあげ、美咲が前にかがむ。

「え、大丈夫ですか? すいません、ごめんなさい」

「ちょっとびっくりしただけ。……それに私がやれっていったんだから謝ったりしないで。ねぇ、もう一回強めにして」

 間違った方向にストイックすぎる美咲の圧に、なんだろ、この感覚。なんか自分の中での変な感情が目覚めちゃいそうでこわいとそう思う河本であった。

 美咲が河本の手をつかんで自分の胸に導くようにしては、二人はまた同じようにマッサージをする体勢になる。が、河本はさすがにさっきよりは緩めにギュっとした。

「うん」

 それで、納得が行ってくれたようなので、再び優しいマッサージへと移行した。

「あ、そうだ。ねぇ、なんか言って。胸の発育に作用しそうなこと」

「え、例えばどういうことです?」

 美咲のムチャ振りは戸惑う河本の気持ちを休ませることはない。

「自分で考えて、ちょっと言ってよ」

「……わかりました。いきますよ。……大きくなぁれ大きくなぁれ」

 もちろん、手は動き続けている。

「あ、違う違う。そういう呪文みたいなのじゃなくて。なんか、女性ホルモンに働きかけるキュンとするようなことを、耳元で囁いてほしいの。結構、河本君落ち着いた良い声してるんだからさ」

「あ、囁く感じですか」

「うん、耳に近づけて言って」

「分りました。……じゃあ言いますよ」

 胸を触らせてもらっていると状況からなのか、言いなりである。

「うん」

 美咲は耳に髪をかけて待ち構える。

「美咲さんの胸、可愛い感触で素敵です」

 河本はその美咲の片方の耳に囁いた。

「可愛い感触て。どういうことだよ」

 美咲はパっと振り向いては、シャツから覗く河本の鎖骨が目に入り、そのまま抱きつくように河本の胸に顔をうずめていく。

「ちょっと美咲さん、何してるんですか。ちょっとなんでボタン外すんです?」

 また間違ったことを言って怒らせたのかと思いきや抱きつかれたりするのだから、理解が追いつかない。

「少しこうさせて……フェロモン嗅がせて」

 美咲は河本のシャツをはだけさせては鎖骨に鼻を押し当てている。

 美しく咲くために。

 蔓を延ばして絡ませる。

「……私ってこのまま高校大学って卒業してOLになってさ、そこの会社の上司なんかと不倫とかしちゃうんだよ、きっと」

 美咲が顔を横に向けて話し出す。

「いきなりどうしたんです?」

「そういう報われない恋をしそうなの。そんなこと時々思うの」

 美咲の頬が河本の左胸あたりにくっついている。

「……そんなの悲しいだけですよ。やめた方がいいですよ」

「……フフ、そうだよね。……そんときの私にも、そうやってまた言ってほしい。……でも、その頃、河本君はそばにいないよね」

「……なんでそんなこというんですか。それに……こんな抱きつかれてたら、美咲さんのこと、好きになっちゃいますよ」

 美咲が顔をあげ、対面しあう。

「……今のちょっとキュンとしたよ」

 美咲がまたフフ、と笑う。向き合って冷静さを取り戻せば、おかしな行動をとってしまった気恥ずかしさから、笑い合うしかなかった。

「誰にも言っちゃダメだよ、内緒だからね」

 美咲が我に返って忠告する。

「はい、分ってます。あ、もう十八時過ぎてますよ」

 河本が壁にかかる時計をみて確認する。

「あ、ホントだ、帰ろっか」

 二人は離れ、それぞれ身なりを直したりする。

 美しく咲くまで、蔓は、絡まりながら延びていく。





明けましておめでとうございます。

更新の遅れ、誠に申し訳ございません。


お読みくださっている方へお伝えします。

安心してください、更新していきますよ。 


本年もよろしくお願い致します。


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