63 うずまいて
63 うずまいて
遥はスマホの画面に触れた人差し指をクルクルとさせ、渦を描くようにした。
タッチミスを連発し、得点の記録が更新できないと判れば、そのプレイを放棄し、向かいで同じようにスマホゲーをする多香子の方に視線を向ける。
テスト期間で忙しいからか、メイクをしていない多香子の顔。その分、ピュア感が際立ち、透き通った素肌を露わに晒している。唇はふっくらとつややかで、同性ながら、触れてみたくなる。そりゃこのルックスは騒がれる筈だよな。と、遥は改めて思い返す。こんな美少女でしかないコが、自分の薦めたスマホのーゲームを懸命にやる姿はその気がなくても、愛おしくもなる。
「難しい。ダメだった。はるかの記録越せない」
多香子が顔をあげる。
「え、あ、もう少しレベルが上がれば得点も伸びるよ」
見惚れていた遥は焦って、誤魔化すようにスマホに視線を落とすことになる。表示されたリザルトの画面にある秀人という名前に一瞬すべての思考を止められてしまう。
「この人、いっつも私より上にいて癪に触るんだよね」
思わず遥は多香子にその画面を見せて説明する。
「……ひでと?」
多香子が遥のスマホ画面内を読み上げる。
「うん」
「クラスの人じゃないよね?」
多香子が思考した上での質問を投げかける。
「あ、名前だけだから分らないよね、生徒会の人だよ」
「あ、そっか。はるか、学級委員だから手伝ってるんだった」
「うん」
相槌をして、またスマホ画面に目を落とす多香子。
その姿に遥は妙に居た堪れない気持ちなる。
登録してあるのだから、表示されているだけだ。クラスの委員をしているから生徒会と関わっているだけ。別に自慢なんてつもりはない。が、異性の知り合いがいるアピールをしてしまったことに変わりないのだから、変な感じになってしまう。この美少女ならいくらでも、チヤホヤされた話があるのだろう。自分の経験したことのないようなモテ話が。そんな話をして、覆してほしい。その方が助かる。
「その人って……」
遥に視線をやっては多香子が何か言いかける。
「え、何?」
「あ、うん……」
言うことを躊躇するかのようにスマホに視線を戻す多香子である。
「……遠慮しないで」
テスト期間中、部活もないので、ここ数日は一緒に放課後を過している。友達だって思えるから、もっとなんでも話してもらいたい、と遥は思うのだ。
「……加藤君が言ってたけど、足速いんでしょ?」
遥に視線を合わせてから、多香子が話した。
「え、加藤君って、このクラスの加藤君?」
既に教室から出て行ってしまっている加藤の空席に目をやる遥である。
「うん、その加藤君」
ほら来た。加藤君と多香子がクラスで話しているところなんてみたことないのに。それなのに、いつ、どういう経緯で河本秀人という人の足の速さの話をしたのだろう。
「足速いんだ、あの人」
「加藤君も短距離かなり得意みたいなんだけど、その河本さんって人が学校で一番速いんだって」
「へぇ」
言いながら、遥もスマホに目を落とす。
ショックを受けてはいけない。加藤君という長身で格好良くてクラスの女子からも人気で、自分も気にしている時もあった男子生徒と多香子が話をしていたということ。河本秀人という、私が時々やり取りをする先輩が実はそんなに足が速かったこと。それを私は知らないのに、多香子が知っていたということ。
こうやって、この美少女と生半可な気持ちで会話などしようものなら、浮かれた気持ちなんて簡単に沈められてしまうんだ。そう、このコといると思い知らされるんだ。男の視線が集まるコとそうでないコの決定的な立ち位置の違いを。だから、そんなつもりはなくてもナチュラルに一緒にいる人間に嫌な思いをさせてしまうと知っているから、一人でいることを望んでいるかのようにクラスでポツンとしていたのだ。
結局、女は、美貌が、容姿が、それがすべて。その現実を否応無しに分らせてくる。
こんな風に間近で見惚れる代償に、傍に居る限り、今後もたっぷりとそのことを突きつけられるのだろう。
さてどうするの? と考える時間を与えるかのように、多香子は、教室の窓の向こうの、この上なく雲行きの怪しい空模様に目をやっている。
その横顔を凝視する遥の方へ多香子が顔を向ける。
引き立て役など必要ない、私は一人で充分、そんな風な表情にも遥からは見て取れる。
「……タカコ、この後、アイスでも食べていかない?」
遥は多香子と友達でいることを選んだ。
「え?」
「ユークリ、寄ってこうよ」
「遥、今日から部活じゃなかった?」
「あ、今日、体育館バレー部使えない日で、それにこの雲行きでしょ、先輩から今日は無しってメッセージきたんだ」
「そうなんだ」
「うん。……なんか用事あった?」
「ううん。行こ。嬉しい、誘ってくれて」
そういって笑顔をみせる多香子に、その極上のスマイルを見せられたら、男なら即バケツに入ったようなデカイサイズのアイスを買いに走るだろうなと遥は想像した。
遥と多香子がちょうど正門を出たタイミングでバスが来るので、バス停まで二人は駆けた。何人かが並ぶ生徒の列に二人も加わるが、停車したバスが扉を開けるので、その列はすぐに動き出した。
二人も乗り込んでは後部にあるペアシートに腰を下ろした。
「歩いて帰ったら絶対途中で降ってくるよ」
窓側に座った遥は、そこから見える空の感想を隣の多香子に向けて声にする。
「うん」
バスは動きだし、多香子も遥と同じほうを向く。
普段は歩いて登下校している通学路を、この空模様なので、二人はバスを利用したのだ。
遥は空から視線を下げ、この今にも一雨来そうな中を歩く生徒に目をやった。
「あ」
思わず声をあげたのは、その中に河本秀人と成瀬萌が二人で並んで歩く姿を発見したからだ。
その声につられ多香子も遥の視線の先を追い、遥がそんな声をあげた理由を確認する。
けれど、それ以上遥が何も話さなかったので、二人はバスの中を無言ですごした
「行こう」
それでも駅に着けば、遥は元気に多香子へ声を掛け、二人はユークリという駅に隣接した商業施設へと入っていった。
フードコートのある階に着いた頃、外を見れば大雨が降りだしていた。
「バスに乗って正解だったね」
外の景色が眺められるテーブルに向かい合って遥と多香子は座った。
違う味のアイスを買ったので、時々分け合いながらそれを食べあった。
「変な話するね」
まだ降る雨の中、遥が切り出した。
「うん」
「さっき、河本先輩歩いてたよね」
「うん」
「一緒に歩いてたの、一年のコなんだけど」
「うん」
成瀬萌。あのコも自分と同じ日に生徒会の行事で知り合ったのだ。と遥は改めて思い返した。だから、別に二人は偶然放課後ばったり会って歩いていただけなのかもしれない。
それでも、モヤモヤする。はるか、とこの間、河本に体育館でバレーの練習をしている時に呼ばれたのは嬉しかった。同じ部の梓に知られ、あとで軽くその事を触れられた時も、どこか優越感のようなものを味わった。だから、多香子にも河本をスマホに登録してあることを見せたくなったのだ。
なのに。別にいいけど。でも、なんかムカつく。
そんなどこかスッとしない気分で遥はアイスを口に運んでいた。
「変な話っていうのは」
「うん」
「河本さんのことどう思う?」
「え?」
「あ、河本さんと会話とかしたことある?」
遥はスプーンでアイスを口に運んだ。
「……ううん、ない。良く知らない」
多香子も同じように運ぶ。
「そっか」
「はるかは好きなの? あの河本さんって人のこと」
「ううん」
「ホントに?」
「うん。ホント。……でね、話し戻すけど、タカコみたいなコだったらさ、河本さんを落とせるのかな」
「え?」
「どう思う? 河本さんなんて楽勝にイチコロでしょ?」
「そういうこと言って良いの?」
「うん。遠慮なしで言って」
「目を合わせた時に、私を見る目で大体わかる。でも、なんとなくの印象だけど、あの河本さんって人は私を好きになるタイプだとは思う」
「おお。私もそう思うんだ。河本さんて絶対多香子を好きになるよね。タカコクラスにでもなれば簡単にもてあそべるよね」
「やろうと思えば出来るかも……でも、遥それでいいの? 後悔しない?」
「うん。しない。むしろスカっとすると思う」
むしろ、ここまで断言できる多香子に大いに期待を抱いている遥であった。
「あ、虹」
アイスを食べ終え、ユークリを出て駅へ向かう中、遥は建築物の間、見晴らしの良い位置から、海の方角に大きな虹がかかっているのを発見する。
降っていた雨は止み、今は晴れている。
「キレイ」
多香子も大きな虹に目を奪われた。
「礒、お前の方がキレイだよ」
ホストのような男性の声マネで遥が多香子にささやいた。
「逆に苗字で呼ばれてドキっとしたかも」
そういって照れて見せる多香子の表情は今までで最高に可愛いもので、まずこのコに落とせない男はいないだろうと遥は確信をするのであった。
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