60 オレたちの休日
60 オレたちの休日
予報通りに昨日から降っていた雨が止んでくれたことで、河本は傘を持たずに来て正解だったと駅を出て思った。その代わりに射し出した日差しがむっとする湿気を作り出してはいるが、季節柄、それは仕方がないことだ。
スマホを取り出して待ち合わせの駅前に着いたことを洋介に知らせる。
降りたことのない駅ということもあり、景色でも、と、辺りでも見渡そうかとも思えば、ポケットにしまうことなく握っていたスマホがすぐに震えて、洋介から「自分ももうすぐ着く」という旨の返事が返ってきた。
河本は今日、洋介と一緒にアイドルのコンサートに行くのだ。
そのため、それまでは同じ生徒会であっても、直接メッセージのやり取りをすることなど、皆無といっても良い洋介と、昨日、今日、何度も送り合いをしている。
洋介という人物は反応の良い返しするんだと気付かされた。スマホで洋介のメッセージを受信する度、普段生徒会室で見せる笑顔で他の役員と話す姿が浮かび、その人当たりのよさを、二人きりで行くコンサートで自分が受け止めきれるかと、軽くプレッシャーを感じもした。
「よっ」
河本の肩を叩いたのはその洋介だ。
「あ、どうも。今日はよろしくお願いします」
振り向いて、洋介を認識して、挨拶を返す。洋介が生徒会室で他の役員に向けるものと同じ笑顔を向けてくれるから、さっきまでの河本の緊張を消してくれる。
「よろしく。お、ホント、河本君はドクロが好きなんだね」
河本の着ている黒のTシャツには左肩と右の脇の部分にドクロのプリントされており、デカデカと主張をしている。
「え、あ、はい、そうなんですよ。でもなんで、自分がドクロにハマってること洋介さん、ご存知なんですか?」
「みゆきさんがさ、河本君とジム行ったときに、ポロシャツにドクロのラインストーンの模様があったことに気付けなくて、驚いたって話を、ほら、河本君が修学旅行で不在の時にみんなに話してさ。結構、波紋を起こしたんだ」
「え、波紋、ですか?」
着ている服が、そんなことになっていたのなら、気にもしてしまう。
「あ、うそうそ。気にしないで。波紋っていうのは盛りすぎた。会議の合間のちょっとした小話って感じでみゆきさんが話しただけだから。大体、男はドクロ着てナンボっしょ」
洋介も自分が着ている黒のTシャツの背中を見せてドクロを示した。
「あ、ドクロ」
「オレ、合わせにきたからね。だから、ちゃんと河本君が着てきてくれて嬉しいまである。つか、二人揃って黒に染まっていい感じじゃんか」
「ホントですね。実は、自分ベルトもジーンズもドクロが入ってます」
洋介に笑顔でドクロを見せられ、未曾有にドクロ模様を着ていたい性分に駆られている河本は、テンションが上がる。
「全部ドクロじゃん。それじゃドクロマンじゃん」
「はい。そんな感じなんです」
「じゃ、とりあえず現地に向かおっか」
洋介が改札の方を指し、歩こうと合図する。
「はい、ですね」
二人は、改札を通り、目的地方面への路線電車を待つことにする。
その頃。
竹清は浅村恵里奈の家に居た。締め切ったカーテンの離れの部屋で、ブルーのキャミワンピースの格好で弾く恵里奈のピアノを聴いていた。
けたたましい。
譜面どおりに、を強く意識してなのか、恵里奈の弾くピアノは急き立てるような、慌しさが感じ取れる。
落ち着きあるみゆきのそれとは対照的ではあるが、懸命さの伝わってくる恵里奈のピアノは今だけといった乙女の危うさとも捉えられ、聴いているのが嫌になるということはないと、竹清は思う。
演奏が終われば竹清はソファーから立ち上がる。
「お疲れ様」
竹清が、恵里奈の肩へと優しく手を置いた。
「彼女にも、同じことしてるって分る」
恵里奈はその竹清の手を掴んで立ち上がる。
向かい合えば、竹清は空いている方の手を腰にまわした。自分を見つめてくる恵里奈の瞳に吸い寄せられるものを感じてはそのまま顔を近づけて口付けをした。
「これもいつも同じように?」
「……また逢えて嬉しい」
質問には答えずに、竹清は今思うことを伝えた。
「私も、またこうして逢えるとは思ってなかった」
やや暗い室内の恵里奈の瞳は潤んでもみえる。
「君のようなコに誘われたら、いくらでも時間を作る」
そう言っては、恵里奈の首筋にキスをする。
今の時間。本来、竹清は、洋介や河本と一緒にアイドルのコンサートに行くことになっている。
洋介が、河本をアイドルのコンサートに誘うと言うのを聞いた際に、自分もそれに行くことにしてくれと頼んだのだ。それを理由にして恵里奈と逢う機会を作り出したのである。
二人は抱き合いながら、その為に置かれているかのように存在するソファーに倒れこんだ。
竹清に罪の意識がないという訳ではない。
彼女という、付き合っているという、実際は定まっていない不確かな関係に縛られた状態をうまくこなしていくことに、充足したものや、達成感を得ている。「二人はずっと一緒、永遠に」などと口にするのは、いつ関係が終わるかもしれない不安定さに気づいているからだ。「愛してる」でその日のメッセージを終わらせるのは、確実に二人の関係を明日へ繋ぐため。
異性に好奇心を含んだ目で見られても、自分には彼女がいるんだと、ただ正面を見据え、時間を作っては、その彼女の弾くピアノを隣で聴いてきた。
一人を愛することが善とする世の中。浮気はいけない。その秩序を頭では分っているものの、それが腑に落ちないのは、立ち回れる男は隠れてうまくやっているとわかるから。
過去にも未来にも数多いる色男たち。きっと、自分も傍から見たら、その部類の男だと思われるのだろう。
彼女の悲しむ顔はみたくはないと頭を過ぎっても、今はスマートに優しく、それでいて快楽を求めて、違うコの体に舌を這わせる。
恵里奈の敏感な所に触れれば、高ぶったテンションがおおげさに体を仰け反るリアクションをさせる。もっとそんな反応がみたくなるから、竹清は激しくなっていき、恵里奈も時に声をあげたりもした。
一頻りもすれば、攻守は交代し、竹清は、ピアノとソファーだけの室内の天井を見上げながら施しを受けるのである。
アイドルグループのコンサートが終わり、会場を出た河本と洋介は、混雑した中を駅へと向かって歩く間は、それぞれに、行われていたコンサートの印象的なシーンを思い浮かべていた。
シングル曲くらいしか知らない状態であったが、目の前で繰り広げられた大人数のアイドルの歌、ダンス、衣装そして、声援を送るファンたちは非日常的であり、洋介を高揚させていた。
コンサート会場の最寄り駅は当然、参加したファンだらけで、その熱気に気圧されもした部分もあったが、電車を乗り継ぎ、地元へと近づけは、自然と普段の日常の光景に、気持ちが戻り出しもする。
二人は方向が分れることになる駅内のフードスペースに立ち寄った。軽くラーメンでも食べながら、会話でもして、クールダウンすることにしたのである。
「洋介さん、今日は誘っていただいてありがとうございました」
すでに何度目かのお礼の言葉を、改めて河本が口にした。
「楽しかった?」
「はい、会場の一体感がライブって感じで」
「そっか。良かった」
「洋介さん、ノッてましたよね。結構声とかも出してて。ペンライトを振るしかできなかった自分は、そういうの、すごいなって思ってみてました」
「そう?」
二人は席を立ちどんぶりを片付ける。
「あの呼んでた名前は、推しメンのニックネームですか?」
「ん? オシメン?」
歩きながら、聞き取り辛かった部分を確認する。
「あの中で好きなメンバーのことを推しメンってそういいますよね」
「あ、言うね。あ、そうそう。他のお客さんから耳に飛んできた名前がさ、あ、オレもそのコ好き、とか思って、マネて言ってたんだ」
「そうだったんですね。その場を楽しむの、上手ですね」
駅構内にあるコンビニを一度指し示し、寄ろうというアピールをして洋介が中へ入り、それに河本が付いていった。
「いや、ホント言うとさ、もっとハジけても良かったんだけど、券がウチの大学の先輩が入手したものだから、あの周り一帯がさ、大学の人ら多くてさ。一応来年から通うしさ、あんまりハメ外すのもね……」
時々、後を歩く河本の方を振り返りながら洋介は喋った。
「あの周り、そうだったんですね」
「てか、もっと言うとさ、有紗のカレシも来てた。しかも女の子と一緒」
「え!」
「オレの右斜め前の席の小柄な女の子がいて、その隣が有紗のカレシ。かなり親しげにしゃべってた」
反応良く驚いた河本に、もっと話してあげようという気に洋介はなった。
アイスケースを空け、チョコのアイスバーを取った。河本もそれに倣うように、バニラのアイスバーを取るので、それを河本から奪うようにして、自分が奢るという意味でアイスを持っていない方の手で親指を立てた。洋介の先輩らしい振る舞いに河本が後輩らしく恐縮して頭を下げた。
会計を済ませて二人はコンビニを出る。
「ありがとうございます」
「その辺りで食べよう」
二人は壁際の人通りの少ないところへ移動する。
「有紗のカレシさんがあの場に居たなんて驚きですね」
アイスを食べながら河本が話す。
「二個上でさ、オレは向こうの顔知ってるんだけど、向こうはオレが生徒会の人間で、有紗の知り合いだとは気づいていないと思うんだけど、あんまりはっちゃけて後ろなんか向かれたら、面倒になりそうだから、そこそこのテンションで楽しんだのだよ」
かじったアイスを口の中で噛み溶かしながら洋介が説明した。
「なるほど」
「内緒にしておこう」
「はい。……でも、あれですね。有紗さんみたいな人とお付き合いしてても、別のコと出かけたりするんですね」
「そりゃま、男ってそうじゃん」
さらっと洋介は流そうとした。
「はい、まぁ、でも、有紗さんですよ?」
河本は話を先に進めず、確認を取ってくる。
「ん? うん」
思わず、河本の表情を見る洋介である。
「いや、有紗さんって相当……。あ、相当じゃなくて、もっと。もっと、めちゃめちゃ有紗さんってキレイでスタイル良くて、じゃないですか? それでもそうなんですね」
頭の中に普段の生徒会室で見ている有紗を思い浮かべながら話しているような河本である。
「うん、言いたいことは分る。確かに有紗はね」
河本の中で納得できない部分を洋介は理解しようとする。
「はい、足もながくて、しかも、今、夏服だから、もう眩しくて。直視できないっていうか、見続けたら大変なことになるみたいな、生徒会室とかで顔合わせる度、ドキっとしちゃうんですよね」
「うん、分る。分るよ。有紗の夏の制服姿の破壊力はヤバい、オレも有紗とか普通に呼んで親しくしてるけど、かなりドキドキしてるからね。それでもやっぱり、長く付き合うような関係にもなれば、ちょっと他の違うコとも遊んでみたくなるんだろうね。男って生き物はさ。ま、オレらも男だけど」
率直に打ち明けてくる河本に、合わせるように洋介も思っていることを話した。食べ終えてアイスは木の棒だけになる。
「はい」
河本も同じタイミングですべてを口にいれ、棒だけにする。
「ほら、竹清会長だって、コンサートに行ったことにしといてくれって頼んできたのも別の女のコと逢うからじゃない?」
アイスの袋にその棒を洋介が戻す。
「……その件に関しましてのコメントは控えさせて頂きます」
河本がその袋を洋介から受け取っては、コンビニ横のダストボックスへと入れる。
「あ、OK。ってか、そういえば、有紗さ、ホントは昨日やるはずで、雨で流れたボランディア活動あるじゃん?」
誰と逢っているか、おそらく知っているだろう河本に流れで聴きだそうとしたが、そこは冷静に対応されてしまう。だから話を有紗のことに戻した。
「はい。延期になっちゃいましたね」
二人は改札口へと向かって歩き出している。
「あれの班、河本君と有紗一緒だけどさ、あれ、河本君が修学旅行でいない時に班決めたんだけど、有紗がね、私、河本君と一緒の班がいい、みたいな、そんな感じたっだよ、確か」
「え、それホントですか!?」
「うん、うん。ホントそんな感じだった。だから、一緒の班なんだよ」
「すごい嬉しいんですけど。教えていただきありがとうございます」
もう改札口という前で、まだ話が終わらないから、二人はまた壁の方へと寄ることにする。
「オレの勘なんだけど……もしかしたら、河本君、有紗イケるんじゃないかな」
「いやいや、洋介さん、イケるとかはないですよ。だって有紗さんですよ? さすがにイケるとかはないですよ。そんなこと考えたことないですよ。その場にいない自分に気を使って一緒の班になってくれたのだと思います」
「んー、例えば、オレみたいな変に中途半端にチャラいよりは、河本君みたいな、年下の素直さで攻めたほうが有紗とうまくいくような気がする」
肩で壁に寄りかかる洋介である。
「そうですか? いやでも、彼氏さんとうまくいってないって決まった訳でもないですし……。今日はたまたまですよ、きっと」
河本は片手で壁を押したりした。
「ま、そうかもね」
「洋介さんは今彼女、いないんですよね?」
「うん、いないよ」
「それが意外なんですよ。洋介さんって彼女がいない期間とかなさそうな、別れてもすぐ次、みたいな、そんなイメージですよ」
「河本君、そのイメージ良くないなー」
「あ、すいません。恋愛に長けてる感じを受けたもので」
「実際そうでもない。結構面倒くさがり。マメじゃないと女のコとはうまく付き合えないよね」
「あら」
「付き合うまでは楽しいんだけどね。付き合いだすと維持するのが大変。会話してても、これもう、別れにしか向かってないな、って時がすぐ来る」
「ほう」
「あ、でも別れたコとしばらくして偶然ばったり会った時とかに軽く近況話したりする時の、あの緊張感に包まれるの、オレ好きかも」
「すごい部分に傾倒してますね。さすが洋介さんって感じです、やっぱし長けた人ですよ」
「そんなあんまり無理に褒めなく良いよ」
この二人で話すことにそれぞれが慣れ、ざっくばらんに話し出している。
「河本君ってさ、普段、休みは何してるの?」
ちょっとの間があってから、洋介が思いついた質問を投げかけた。
「あ、自分ですか?」
「うん」
何か普段話さないことを聞いてみようという気に洋介はなったのだ。
「……外でバスケとかする時もあるんですけど」
「あ、誰か言ってた。確か河本君バスケ巧いんだよね」
「いえいえ、あの、ちょっとやる程度ですけど、はい」
「家に居る時は何してるの?」
「そうですねぇ。……普通に言いますと、教科書読んでます」
「教科書読んでる?」
「はい。次の日に授業でやる所に目を通しておくっていうか、分らなかったらネットで調べたりして、動画で解説とかしてくれてるの見つけるとテンションあがりますね。関連のみたりしてたら時間結構経っちゃって」
「へぇ」
「だから、多分……多分っていうか、予習ですね。自分のやってること、予習って言って間違いないと思います」
「そうだね、それ予習だね。大事だよね、予習って」
「はい、あの、別に勉強っていうほど堅苦しい感じでもないんですけど、休みの日、自分、予習してます。カジュアルに予習してます」
「なんか面白いな河本君って」
「あ、そうですか」
「今の話聞いて思い出したけど、確かテストで学年一位も獲った時あるんだよね? 誰か言ってたな、それも」
「あ、あの一年の一学期の定期試験です。一年の最初のなんで、それが皆の印象に残ってるみたいで。結構言われたんですけど」
「一位とかすげーな。そりゃ副会長に当選するよね。今だから言うけど、結構河本君無表情で、媚びる気ゼロな感じ? 良く立候補したなって思ったもん。それが、立候補演説の時の絶対なりたいっていう強い意志。一位を獲った人間の意志、それが生徒の皆に伝わったんだろうね。二年で唯一生徒会に当選するだけあるわ」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「なんか、急にこんな感じになっちゃったけど、あと、半年かな、よろしく」
「はい、あの、よろしくお願いします」
「みんなさ、河本君、河本君って言ってさ、頼りにしててさ、それにちゃんと応えてるもんな、すごいよ」
「いえ、ホントただ一生懸命やってるだけです。それが出しゃばってるように映っていたのなら改めます」
「いやいや、そんな変な捉え方しないでさ。実際、もう河本君が中心だよ」
「やめてください、それは、竹清さんあっての生徒会です」
「そうだな、ゴメン、ちょっとイヤな追い込みしちゃったな。明日からも頑張ろう」
「はい。ホント、楽しかったです。お誘いありがとうございました」
「オレも楽しかった。……河本君と色々話せてよかったよ」
そこで二人は別れて、別々の改札を通り、ホームへと歩き出す。
日曜の夜の十時という時間。
今日を楽しみ、帰宅する為にホームで電車を待つ人もいれば、まだまだこれからという人もいる。
そんな人々の中に混じって洋介は、河本との会話内容を振り返り、平井先生について言及するのを忘れたとも思い浮かべもしたが、あの素直さなら、普通に「あの先生、すごい美人で好きです」なんて返答でもしてもくれたんだろうなと一人笑うのであった。
お読みくださり、ありがとうございます。




