59 淡紫雨情
59 淡紫雨情
教室から見える窓外の雨空に目をやりながらも、荻野靖貴は暇を潰すかのように、手に持っているスマホをフリックしていた。
梅雨の期間中に、出し惜しみをしない、といった感じで、朝から強い雨が降っている。
普段は自由登校という名目上、ほぼ休日のような土曜であるが、行事等で、消化できなかった授業がこの土曜に設けられたので、今日は午前の三時間、授業が行われた。その後に、海辺を中心とした清掃というボランティア活動が実施予定なのだが、あいにくの雨なのだ。生徒全員強制参加という訳ではないので、帰宅する生徒はすでに帰ってしまっているが、荻野は先輩である生徒会の河本秀人から参加を要請されているので残っているのだ。
何の気なしにいじっていたスマホの画面に一度映った成瀬萌の画像にハッとさせられては、再び逆にフリックしてその画像を再表示させた。
球技大会で荻野自身が撮影した、萌が祈るような姿勢の画像である。
体育館の回廊から一緒にバスケをする河本を見ていた際に、萌はそんな姿を荻野の前でみせたので、思わず写真に収めたのであった。
その写真が所属する写真部の細谷部長にも褒められるほど良い評価を受け、荻野自身も気に入ってはスマホにも保存していたのであった。
そして、時々、こんな風に見直すのである。
スマホ画像の目を瞑っている萌は、軽くマスカラでもつけているのか、まつげが主張をしている。それから、唇のピンクが印象的だ。そうやって色々気がつくのも、写真に収め、じっくり確認できるからである。
荻野は女のコって可愛いなぁ、などと思いながら笑みがこぼれそうになるのを我慢する。
そこで、慌てるかのように後ろの席に誰もいないことを確認する。一度、こんな風に、萌の画像を見ていたところをクラスで仲良くしている清田という男子生徒に見られてしまい、萌との関係を冷やかされたことがあったのだ。訳を話そうとすると、清田は「いい、いい判ってるって、二人、仲良いもんな」とこちらの言い分を遮られてしまい、誤解を受けたままになっている。
萌はバスケの試合中に倒れた河本を心配して、そのような姿勢をとったのだ。だから、別に、自分とどうということはない。だいたい自分も萌に対して特別な感情を持っているかというと、写真の萌をカワイイとは思うが、だからといって、実際に萌と、付き合いたいとか、そんなこと考えたこともない……はず、とそこまで考えて、教室内にいる萌に視線を向けた。
萌は自分の席で寺本利沙という親しいクラスメイトと楽しそうに会話をしていた。
そんな萌をみて、実物はもっと可愛い。と荻野は率直に思った。
いや、比べるのはおかしい。この画像の萌は、一瞬を切り取った自分の作品なんだ。今、あそこで、笑って談笑している萌は、彼女自身なんだ。この時と今とじゃ、お化粧も多少違うみたいだし。そう、違うんだ。と荻野自身もよく判らない思考が頭の中を駆け巡った。
その時。スマホがヴァイブし着信を知らせる。
届いたメッセージを確認すれば、河本からであり、「今日、この雨でボランティア活動は延期。メグミーにも伝えておいて。頼んだよ、オギー」という内容のものであった。
承知しましたと返しては、荻野は自分の席を立った。
「今、河本さんからメッセージが来て、今日のボランティア活動は中止に……」
荻野の動きを視界に捉えた萌が顔向けてくれたので、席に行くまでに荻野は話し始めた。その、ちょうどのタイミングで放送のチャイムが鳴る。
「……生徒会よりご連絡があります。本日のボランティア活動は雨のため中止となりました。繰り返します……」
荻野はその放送が流れる中、天井のスピーカーからの放送に耳を傾ける萌を見つめていた。
可愛い。実物、超可愛い。写真撮って後で色々眺めたい、と荻野は萌から目を離せない。
「……みたいだね」
萌は放送を聴き、この内容を荻野が言おうとしていたのだと、理解する。
「うん、そう」
釘付けで動けない荻野は突っ立ったままでいる。
「……どうしたのオギー?」
そんな荻野に、隣の、帰った生徒の席に座る利沙が質問する。
「いや、成瀬さん、頬が紫過ぎない? いつもそんな顔色じゃないよね?」
画像との違いを口にする荻野であった。
「う、言わないで。チークつけ過ぎたの」
萌は机に置いたバックにつっぷして顔を隠した。
「えー、良いと思うよ」
利沙が笑って、萌の肩をポンとする。
「変? 変?」
萌は頬をバックに隠したまま、上目遣いで荻野に確認を取る。
「ううん、全然変じゃない、むしろ、かわ」
「よー、オギー」
話の途中で、他の男子と話していた清田が荻野に近づいてくる。
「お、あ、うん」
清田の登場に荻野は少し慌てている。
「なんか仲良いよね、オギーと成瀬さんて」
半にやけ顔で確認をする清田である。
「え」
清田のど直球に荻野は固まざるを得ない。
「えッ、そうかな?」
そう言われれば萌も驚きもする
「最近二人、結構頻繁にしゃべってるよね。一緒に帰ったりしたって聞いたよ? あ、それに、オギー、いっつも成瀬さんの画像見てんじゃん」
「え、ちょ何言ってるんだよ、キヨ」
「え? 画像を見てる? 私の? いっつも?」
萌は話しの処理ができていない。
「ってかむしろ付き合ってるの二人?」
「いや。付き合ってる、はないから」
否定する荻野の様子を萌はバックに持たれかかりながら見ている。利沙はそんな萌をみつつ、やりとりする男子二人にも目を向ける。
「そうなんだ。でも、ま、お似合いだと思うよ。じゃ」
と、清田は荻野にウインクをして去ろうとする。
「いや、キヨ、待って。そのウインク何? 何の合図? 違うから」
「良いキッカケ作ったっしょ」
清田はもう一度、荻野にウインクをしては、バックを持って教室から出て行ってしまう。
「あいつ、なんか勘違いしてるよ」
おそらく、見ていないようでしっかり見ている、まだ教室に残って話しなどしている他のグループの生徒たちを気にしつつも、荻野は萌に弁解しようとする。
「画像って?」
利沙が質問する。
「あ、それは、球技大会の時、成瀬さんをたまたま撮った写真があって、それがスマホにも入ってて、それを確認の為にたまたま、一時的に、偶然、うっかり見てたときに、清田に見られちゃって」
「へぇ」
「恥ずかしいからやめてよ。変な噂にもなるし」
萌はきっぱりと告げる。
「ゴメン。清田にはちゃんと言っておくから」
謝罪する荻野ははっきりと肩を落とした様子である。
「……そこまで気にしてないから平気。帰ろっか」
言いながら、萌は席を立ち上がる。それに合わせて利沙も倣う。
「ホント、ごめん」
「いいって。あ、河本さんって、今日、時間あるかな?」
萌がバックに荷物を入れたりしながら、荻野に聞く。
「え、河本さん? どうだろ」
「河本さんにオギーの今後の処遇を決めてもらわないと」
「え……それ、心底マズくない?」
「オギーのことは河本さんに任せるのが一番」
「いや、その」
話しながら萌が利沙と教室を出て行くのを、荻野は自分もバックを持ってついていくことになる。
下校するタイミングが少しズレたことで、廊下の前にも後ろにも他の生徒はいなかった。
「なんで私の画像、スマホになんて入れてみてるの?」
萌は、隣を歩く荻野の顔をしっかりと見ながら追求をする。一歩下がるようにして利沙は二人を見ている。
「いや、それは……」
荻野が目を合わせれば、萌の瞳が怒って睨んでいるとか困っているとかそういうことはなく、ホントに理由を知りたくて聞いているようだった。
「それは?」
「うまく撮れたし、気に入ってるんだ。あの成瀬さん」
「ほう、なるほどぉ。それは理解できるけど、人に見られたらダメでしょ」
萌のその言い方は無邪気で茶目っ気を感じさせるものだった。
「はい、ぐうの音も出ません」
その物言いに萌が笑顔も見せてくれるので、荻野は許された気がする。
三人が下の階に降りると、まばらに生徒たちが昇降口を目指して歩いていた。
「あ、はるか」
前を歩いている二人組みのコが知り合いだと気付いて、萌が声を掛ける。
その呼ばれた小坂遥が振り返っては、萌に気付き、手を振った。
「はるかも清掃、参加予定だったんだ?」
遥に追いつき、萌が話し出す。
「うん、河本さんから頼まれて」
「頼むよねー、あの人」
会話を始めた萌と遥の隣を歩いているコが、二人の様子をちょっと気にして横を向くので、荻野はなんとなくそのコへと視線が行く。
あのコは確か、学年一美少女って評判のコだ。イソ、とかそんな名前だったはず、確かにすげー可愛い、とそこまで考えて、いや、自分は、成瀬さん派だ。と歩きながら頷いた。
「どうしたの?」
隣を歩く形になった利沙が荻野の様子を問う。
「いや、なんかゴメン、オレ二人に変に絡んじゃって」
「ううん、全然平気だよ……メグミ、すごく人との関係を色々気にするから、荻野君も一緒に支えてあげよう」
「……うん」
明るく元気に振舞う中に感じる萌のどこか覚束ない危うさにこの利沙も気付いているのだ。その気がかりに感じるものを受け止めたい、と、萌の歩く後ろ姿を見ながら、荻野は思う。
昇降口付近で、遥たちと別れ、萌と荻野と利沙は生徒会室の方へと向かうことにする。
が。
「あ、河本さん、三年の人と歩いてる」
萌が声をあげる。
おそらく、生徒会室から出てきたであろう河本が、同じ役員の三年の女子と歩いてくるので、三人は、見つからないよう、反対にある図書室の方へと歩きだした。
「河本さん、あの人と一緒に何かするの、多い」
愚痴っぽく萌が言う。
「でも、あの女の人、確か彼氏いるよ」
スタイル良さで、荻野は写真部の細谷部長からの説明を思い出す。
「そういう問題じゃない」
萌の口調が荒い。
図書室の前で三人は立ち止まる。
荻野が萌の顔を見ると、涙が浮かんでいるようにも見えた。
「大丈夫?」
荻野は極力優しく声を掛ける。
「何が?」
口では強がっても涙がこぼれる。だから、萌は化粧が崩れることになっても、手の甲で頬をこする。
紫が滲んだようにみえた。
荻野と利沙は、そばにある窓の外の雨に打たれる深い緑をみながら、萌が落ち着くのを、ただ待つのであった。
お読みくださり、ありがとうございます。
更新の遅れ、まことに申し訳ございません。




