57 ユークリッドプラン
57 ユークリッドプラン
里崎綾は、テーブルに肘をつき、握り合わせた両方の手で自分の首辺りのラインをなぞっては、ぼんやりと窓の外の歩く人を眺めていた。もうすぐ十七時になろうかという時間帯は、行き交う人々の中に、自身の通う真倫高校生や、近隣の高校の生徒もそこそこ混じり、綾は歩く女生徒のルックスやオシャレ具合の部分に着目しては、自分と比べて、勝った、負けたなどと判断を行っていた。むろん、そんな思考をする自分を卑しいとも感じてはいた。
学校帰りに寄った駅近くのオフィスビルに分類されるであろう建物の一階にあるカフェでのことである。
車道を挟んだ、向かいの駅側のビル近くを歩く二人組に目が行き、一際スタイルの良いコが歩いてくるな、と思えば、それは同じ生徒会の西野有紗であった。柳田美咲と一緒にそのまま駅ビル内へと入っていった。綾はどこかで、有紗と美咲の二人を探していた部分もあったので、ちゃんと姿を確認できてホッとできた気もしていた。
「はい、レモンティ」
トレイを持った堀洋介が綾の隣の席に腰掛けた。
「ありがとう」
自分の分のドリンクも持ってきてくれた洋介にお礼を言う。
「これも良かったら、食べて」
洋介は二人の間に、鶏のから揚げにフライドポテト添えたものが盛ってある皿を置いた。メニュー名はチキンアンドチップス。見た目からして、いい感じに揚がっている風のそれらは綾の空いた小腹を刺激した。洋介はレモンを絞り、まずはから揚げを食べ、タルタル系のソースを付けてはポテトも食べた。油もカロリーも気にせずにがっつく洋介の姿はいかにも男のコという感じで、綾は羨ましくもなる。
「おいしそう。じゃ、いただきます」
そう言って、細く切ってあるポテトを何もつけずに一本、口へ持っていき、咀嚼した。
「なんかこの時間、お腹好いちゃうよね」
洋介もまたポテトを食べる。
「……うん」
綾はレモンティでポテトの味を流し込みつつ、返事をした。
「いまさ、有紗と美咲があっちのユークリに入って行くの、見たよ」
さらにさっきみた光景を洋介に伝える。
「へぇ、二人は今日、歩いて帰るって行ってたもんね」
洋介はストローに口を付け、コーラを求める。
「うん」
「あの二人って仲良いのかどうか、今ひとつわかんないんだよなぁ」
自分が今飲んだ分、減ったコーラを見たまま洋介は呟く。
「普通じゃない? ま、女同士だし」
そう、自分も女だ。と綾は思う。さらには有紗と美咲に対してフラットでしかない所感を述べた洋介のそれを、今同席する自分に対する気遣いとも感じて、マナーとして、お返しに洋介が喜ぶようなことを言おうという意識にさせられる。
「今日、会議の時、洋介君、切り込んで言ったよね」
「え? あ、平井先生のこと?」
「うん。それに触れちゃうの、って口にしちゃったもん、私も」
言いながら、洋介の目がイキイキとし出している様子に、思い通りになった気になる綾であった。
「その場にいる人全員が知っている人の話題ってやっぱテッパンで盛り上がるじゃん? だから、いい機会とか思って言ってみたんだけど。先生がさ、河本君に対してだけ妙に接し方が違う感じ、どう思ってんのかなーって思ってさ」
「うん」
「でも、綾ちゃん以外のリアクション微妙だった。むしろ、綾ちゃんのアシストなかったら今オレへこんだ状態だったまである。だから、ありがとう」
「いいよ、お礼は。ただ、ホント、みんな気にしてない風だったね。有紗や美咲とちょっと話したことあるけど、二人とも先生として、河本君を信用している感じじゃない? とか言ってた」
「まぁ、そうだよね、異性としてどうとかはないよね。ただ、遠目で先生と河本君が話してるのみると、笑顔で楽しそうだし、ほのぼのとするんだよなぁ。なんかそれがいいんだよなぁ」
結局、洋介は、平井と河本についてもフラットにしめた。それは洋介という人物の優しさでもあると、綾は思う。
会話がひと段落した所で、洋介はチキンを食べ、コーラを飲んだ。
それをみて綾もポテトをまた一本食べる。
「あとさ、みゆきの、河本君のポロシャツにドクロ模様があったって話しもおかしかったよね」
ポテトが口の中になくなってから、綾が別の話をする。
「あれ、なんだろうね。会長が吹奏楽部の演奏会に参加するからっていうんで、河本君がみゆきさんにお供したんでしょう?」
「うん。みゆきから前日に聞いてたよ。明日、ジムに河本君と行くって」
「のわりにはスイーツ食べにとか映画とか行って、結構、ずっといた感じなのに、ポロシャツの背中のドクロ隠してたとか言ってたけど、結局、気付けなかっただけだよね」
「ね。すごい熱弁になってたよね」
「聞いてるこっち的には、そんなずっと河本君と一緒に居たんだ、みたいな。そこにひっかかるんだけど。横で会長はすべて承知している、みたいな感じで悠然としているし。会長的には自分が許可してる河本君とならOKなのかもしれないけど」
「肩借りて寝てたとか言ってたもんね。隠すことでもないから言うんだろうけど……」
「ちょっとみゆきさん特有のなんか、お嬢様育ちの天然な部分でちゃってたよね……」
お嬢様育ちと持ち上げて天然で落とす。洋介なりのみゆきに対してのフラットな姿勢である。
そんな感じでカフェにいる二人はさっき終えた生徒会の集まりの話で盛りあがったのである。
「つうかさ、綾ちゃんに話しあって、今日誘ったんだよね」
「え、話?」
洋介が自分を異性と見ないようにしているようものを、今の生徒会のメンバーになった当初から感じていたこともなり、自分もそういう態度で臨んでいたから、今の洋介の言い方には少し気持ちを揺らされる。
「先輩にさ、チケット貰ったんだけどさ、一緒に行かない?」
洋介はカバンから券を取り出してみせる。
「……えー、アイドルのコンサート?」
某人気女性アイドルグループのコンサートのチケットをみせられ、なんだという気持ちにさせられる。
「うん。行かない? こういうのって誰か誘っていいか分かんなくて」
「……ごめん、私興味ないな……」
「あ、そっかぁ。そうだよね」
「ってか洋介君、そういうの興味ある人だったんだ?」
「なんか一回行ってもみたいな、って思ってたところに、ちょうど券貰っちゃって。一緒に行く人いないかなーって思って」
言い方が誰でも良かったという風にも聞こえないでもない感じに、少し綾は膨れっ面になってやろうかという気にもさせられる。この場にいない人間の話をしても事を荒立てないようフラットに配慮するクセにそれか、と。もう少し誘い方にも、その気遣いが感じられれば行ってもみないこともないのにと綾は内心思った。
「じゃ、河本君でも誘ったら?」
それは綾の適当な思いつきである。
「え、河本君? そっかぁ。河本君かぁ。彼、アイドルとか好きかなぁ。河本君と一緒にコンサート。うん、あるな。修学旅行から戻ってきたら軽く誘ってみよっかな」
乗り気になる洋介に、綾は余計に苛立つものもある。
「ホントに誘う気?」
「うん。あれ、河本君を誘うのってさ、会長の許可いるのかな。平井先生にも話通しておくべきなのかな。別に必要ない気もするけど、言っておくべきだという強い何かを感じるから、それに従うべきだな」
自問自答を始めた洋介を横目に、食べたいが躊躇していたチキンを手にとっては、ついにはかじり付く綾であった。
まず真倫生ならば、ユークリと略して呼ぶ、その商業ビル内にあるゲーセンで太鼓を叩くゲームを有紗と美咲はしていた。
「よっしゃ」
ミスなく高得点を出した美咲が喜んでもみる。
「相変わらず美咲は得意だね」
平凡に終わった隣の有紗は、一度どんと太鼓を叩いてはバチを戻した。
生徒会の会議後、一緒に高校から歩き、美咲を誘うようにゲーセンに寄ろうと言い出したのは有紗である。それが珍しいといえる分、美咲は有紗の挙動を注視しながらも、太鼓のゲームを楽しんでもみせた。そして、そんな美咲を有紗は褒めてもくれる。
クレーンゲーム機が並ぶエリアを二人で歩きもすれば、お目当ての景品の前では立ち止まってハンターのような目にも美咲はなる。いけそうなのか見極める美咲を黙って有紗は見ていた。反対にまで回った所で、美咲はガラスケース越しに有紗と目があう。
「……気にしないで。時間、かけていいよ」
有紗が待っていることを平気だとの旨を伝える。
「ありがと。……でも、取れそうにないから、今日はいい」
本気で取りに行くときは河本君にでも横からの状況を的確に伝えて貰いながらにしようと美咲は思っている。
「……そっか」
また二人は並んで歩きだす。プリント機が設置されたところに通りかかり、有紗が「撮ろうよ」と提案するので、美咲も「うん」と答え、二人は空いている機械ののれんをくぐった。
有紗がいつもの様子ではないようにも美咲は感じもしたが、大げさに顔の半分をしめるかのように目を大きくするプリント機の効果に二人は笑いあったりした。その仲良く写る二人の画像にタッチ画面で有紗は英語でフレンドと記入した。美咲はそれを嬉しく感じた。
再び歩き出しては、スマホで受信した撮り立ての画像を見ては、二人でまた笑った。
通りすがりに若い男性などは有紗の脚に目を奪われては、男のサガから確認したくなるのか、無遠慮に顔へと視線を移したりする。自分ではなく、有紗に目が行ってしまう男性どもを逆に美咲は睨むようにいちいち凝視してやった。
そんな見られるくらいどうってことない、という風に姿勢良く前を見て歩く有紗はカッコよくも映る。普段はそんな現実を見せ付けられれば、美咲はイラついたりもするのであるが、今日の有紗の態度は何か考え事をしているようにも思え、それでいて二人の間柄をフレンドと再認識もさせてくれれば、穏やかにもさせられる。
「彼氏となんかあったの?」
下りのエスカレーターに乗ってすぐ、美咲は前に立つ有紗に問いかける。ただノロケ話を聞かされるだけになりそうで、普段はまず美咲から振ることはない。
「え? なんにもないよ」
有紗は顔を美咲の方に向ける。
「そう。久しぶりに一緒にゲーセンになんて寄ってるから」
「そりゃ、たまには美咲と親交したいじゃん」
「うん」
「ってかさ、みゆき」
「ん? みゆきがどうしたの?」
下のフロアに着き、そのまま右にある下りのエスカレーターへと二人は乗る。
「さっきの話し、どう思う? 会長に用事があるからっていっても、何の権限で河本君を半日連れまわしてるんだろう。河本君だって都合とかあるでしょ」
「うん」
「それをさ、着てたポロシャツのドクロのマークが変だったとか言って。河本君が不在だからからってそんなこといって。失礼だよね」
「どうしたの、有紗、らしくないよ」
「え? なんかさ。河本君が会長に従順だからっていっても、彼女のみゆきがさ、色々言うのは違うよね」
「ま、ちょっと増長してる部分、あるかも、ね」
有紗の剣幕に、美咲が合わせた。雑誌にも載り、会長の彼女であるがゆえに、クイーンビーのような扱いを学校内の生徒たちから受けているみゆきではあるが、だからといって有紗も黙ってその取り巻きで収まるには、持て余すルックス、スタイルをしている。みゆきと有紗の二人で並んで歩けば男性からの視線を集めるのはどちらなのかと、ふと興味がわいた美咲であった。
「あんまり続くようなら、私言ってやる。何様なんだって」
美咲に言うというより、自分の意思を確認するかのような有紗である。
「有紗、ホントに言いそうになったら私止めたほうがいいよね?」
「うん、お願い」
一階のフロアまで下りた二人は一度笑い合って、そのまま、ユークリを出て、駅へと向かった。
バスを利用し、寄り道をしなかった竹清慶冶と高橋みゆきの二人は電車に乗り、すでに目的の駅で降りていた。みゆきがコンクールで弾く曲について、ピアノの先生からアドバイスを貰うとのことで、ピアノ教室にやってきたのだ。それに、竹清は付き添っている。
「お疲れ」
指導を終え、教室の扉から出てきたみゆきを竹清は優しく迎える。その向こうにいるピアノの先生に対しても竹清は一礼する。その美形の彼氏からのお辞儀に、女性のピアノの先生も目礼を返す。
改めて、そんな竹清をただ誇らしく思うみゆきである。
「こないだ、河本君にも話したんだけど、コンクール終わったら、みんなでバーベキューしようよ」
「お、いいねぇ」
「うん。ま、私の結果次第だけどね」
「……うん。……みゆきなら大丈夫だ」
二人は最寄り駅へと歩いている。
少し生返事気味なのは、着信音があって竹清はスマホを弄りだしたのである。
「また河本君とやり取りしてるの? けいじが送ると河本君絶対返さなくちゃいけなくなるんだから、控えなよ。観光地を満喫してもらおうよ」
「……うん、これくらいにしておく」
みゆきが竹清のスマホの画面までみた訳ではないから、ただ、決め付けて河本とやり取りをしていると思っているのである。
今の着信の本当の相手が誰なのかは竹清しか知らない。
お読みくださり、ありがとうございます。




