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micelle  作者: Hyro
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54 亜美のオブラートロジー


 54 亜美のオブラートロジー



 月曜の朝。

 学校へと向う水上亜美は地元駅の改札を通過しようとパスケースをかざすが、腰の高さの改札のドアは開くことはなかった。機械に少し後戻りを強要されては、改めてもう一度読み取らせることになる。そのやり直しの動作をする中で「ったく」とささくれ立って口にしてしまう自分に、あ、私は今機嫌が良くないんだと実感する。

 土曜に行った自分が部長を務める吹奏楽部の定期演奏会はまだまだ練り足りない部分はあるものの、概ね成功といえるもので、その後のバイキングレストランでの打ち上げも盛り上がった。日頃はいがみあうこともある幹部やパート長ともこの日は無礼講で楽しみ、二次会と称してカラオケにも行き、ラブユーフォーエバーな存在の男性アイドルグループの曲を振りつきで歌い踊ったりまでして、大いに亜美の気持ちは高揚していたのである。

 帰宅しても、そのテンションは下がることなく、その男性グループの担当のコが主演している深夜ドラマが放送の日でもあったので、荒ぶっては内容の実況をSNSで行い、仲間内のタイムラインを埋め尽くしてもみたのである。

 その日、ベッドで眠りにつくまでは亜美は楽しい気分であった。

 日曜のお昼になろうかという頃、目が覚めた亜美は着信を知らせて点滅するスマホに、昨夜はやり過ぎたかな、と思い、友達から窘められるんだろうなと想像しながら、スマホを手に取った。

「ありがとう、うまくいったよ。今度お礼させて」

 確かに、ドラマ実況する亜美を静めようとする返信もあったが、まったくそれとは関係ない内容のメールが、浅村恵里奈から届いていた。

 起きあがって、リビングに行けば昨夜の帰宅後は、夜遅かったこともあって顔を合わせなかった母親から「エリちゃんの家で、竹清君を一緒に降ろした」という事を聞かされもする。

 その辺りで、亜美は憂鬱な気分になった。マンガを読んでも好きな音楽を聴いても、その気持ちが晴れることないまま、日曜を過し月曜の朝を迎えた。

 電車に乗った亜美は仕事に向かうといった感じのサラリーマンやOLで混雑した中では、シートに座われても、隣の乗客と密着していることもあって握り締めたスマホをイジったりする気にはなれず、ロック状態の画面をぼんやりと眺めたりした。

 竹清会長が定期演奏会に出席してくれるというのを恵里奈に電話で伝えた段階ではむしろ亜美は得意げであった。「じゃ、ドレスアップして行く」とはしゃぐ恵里奈に、会長には彼女がいるんだよ、と変にがっかりさせないように伝えると「知ってる。高橋みゆきってコでしょ」と返してきた。その言い方も今思えば、彼女なんかいても平気、というような恵里奈の自信にも思えて、電車内の亜美の気持ちを余計に曇らせる。

 会長の彼女である高橋みゆきと亜美は一年次一緒のクラスであった。が、ほとんど会話らしい会話もした記憶もなかった。クラスの誰かから何々という雑誌にみゆきが載っていると聞いて、その雑誌を見つけて立ち読みしてみれば、変に自信のある力の入れた作り笑顔、という感じではなく、自然に笑っているみゆきが載っており、話したこともない、ただのクラスメイトながらになんだか亜美は嬉しくなったものであった。プロフィール欄の趣味にピアノと書かれていたことで、自分もピアノ経験があったこともあって、話しかけてみようかな、とも思ったが、クラスでみるみゆきは、雑誌にも出ているだけあって、見られているということを意識してか、立ち姿はピンとキレイで、高校生らしいという範疇の中でのポイントを絞ったメイクも髪型もいつもやりすぎない程度に仕上げられており、それでいて、親しい友達に振りまく笑顔は愛嬌を感じさせるものである分、急に自分が近づいて話しかけられるものではないと、亜美は判断してはそのまま学年終了までまともに会話することもなかった。それでも、みゆきが二年生になり、一緒のクラスとなった竹清という奇跡の美形と評判の男子生徒と付き合いだしたという情報を耳にしても、嫉妬心は沸かず、クラスの女子から、竹清と付き合い始めたみゆきってどんなコかと質問されれば、「素敵な人」と返答していた。一年時クラスが一緒だったというだけで聞かれる面倒臭さもあったが、確かにみゆきという人なら有り得るとも内心思ったのである。そんな噂のカップルの二人が生徒会に立候補すれば亜美は当然のように二人に投票した。いつか竹清も雑誌モデルをするようになっており、学校が同じという以外、自分と二人を遠い存在のように感じてもいた。

 それが。

 浅村恵里奈という幼馴染が。

 おそらく、まだはっきりとは聞いていないし、別に聞きたい訳でもないが、恵里奈はあの竹清に抱かれたのだ。それが亜美の気持ちを沈ませる。

 幼馴染で仲の良い恵里奈が別世界の存在のようなカップルに割って入ったという事実。自分にはマネできない。

 亜美はいつもどこかエリを羨望していた。幼少時は素直にそれを認めたくないから、エリが習っているから自分もピアノ習いたいと母親に言っては通い始め、発表会で着ていたエリの服が可愛く見えては、自分も同じのを欲しがって母親にねだった。幼馴染で友達なのだから、エリにあるもの、持っているものは自分にも与えられるべきだと考えては欲しがった。それでも中学生にもなった頃には、エリには自然と人が集まり、視線が向けられている姿を目の当たりにしては自分とエリは同じ所に位置していないと気付かされることになる。その辺で少し疎遠になる。

 それでも友達、とは呼べる関係だった。吹奏楽部へ入部した私とピアノを続けたエリ。

 高校は別になったが、たまには連絡も取り合い、逢えば幼馴染の会話ができた。

 小顔で長いまつげに何でも見抜くような大きな瞳。ヒールを履けば一七〇を超えるような背丈。そのルックスやスタイルは、エリだってモデルのようで負けてはいない。そんなエリだから、みゆきの彼氏に挑んでみようと思うのだろうし、エリの望む結果となったのだろう。

 その結果、あの竹清とみゆきのカップルが今後どうなるのか。別れたりするのかもしれない。その原因はエリだとしたら。私には立ち入ることもできない、学校公認のカップルをいとも容易くエリは壊せてしまうのか。「え、あの竹清会長が参加してくれるんだ! じゃ、ドレスアップして行く」と、もう一度、はしゃいだエリの声を思い出しては恨めしい気持ちにもなる。それでもどこか幼馴染として憎めない、うまくいったという報告メールにじっくり話を聞いてあげたいというそんな気持ちも沸いてきてもいた。

 乗換駅では多数の乗客が降りる。そして、乗ってくる乗客は亜美と同じ真倫高校の制服を着た生徒も多くなる。

 座ったままでいい亜美はなんとく出入口ドア付近を見ていると、乗ってきた高い身長に短髪でスパーツバックを肩から掛けた、いかにも運動部に所属していますという一年生の男子生徒に目がいった。

 その男子生徒は亜美の近くに立ってスマホをいじっているこれまた一年生の女子生徒を発見すると、一度決心するかのように頷くと、「礒さん」と声を掛けた。

 その礒さんと呼ばれた女子生徒は、男が好きそうな、清楚なお嬢様のような容貌であり、今の亜美には女は見た目がすべてのように思えてはまた気持ちを沈ませる。

 そんな亜美の気持ちなどお構いなしに、初々しいその一年生の二人のやり取りは開始され、聞こえてくる会話内容から、その男子生徒は気になる可愛いクラスメイトに初めて声をかけたといった様子で、それを聞かされるこっちがむず痒くもなりもする。そんな恋のはじまりの場面などに遭遇しては微笑ましく思っても良いのだが、エリのこともあり、ただの目撃者のようなことが重なりもすれば、空しくもなり、亜美は残りの駅を俯いて過した。

 真倫高校の最寄り駅に着いて、亜美はその一年生二人の後ろを歩いては、改札を通り、二人を追うように駅前の広場へと出た。ゆくりなく後を付けるというような形になったことで、だったら目撃者としてまっとうしてやろうか、という気持ちもどこか沸いてもきていた。

 コンビニで飲み物でも買おうと思っていたが、駅に隣接してあるコンビニには真倫生も多くいて混雑もしているので、もうしばらくは、恋のプロローグ段階の一年生の後ろを歩いて行き、気が向けば学校に向かう途中にある所のコンビニにでも寄ろうと、そう思った矢先。

「水上さん」

 亜美は名前を呼ばれた。その声は落ち着いた感じの男子のもので、自分も恋でもはじまるのかと、亜美の女の部分を響かせた。

 ときめくつもりで、声の方をみると河本秀人という生徒会の人間であった。

「おはようございます、水上部長」

 立ち止まった亜美のところまで河本がきては、今度は苗字に肩書きをつけて呼ばれた。

「……おはよう」

 そうだよな、当然、用があるのは私が部長を務めているからだよな、と思い返す。

「土曜の定期演奏会、成功だったと聞きました」

「うん。会長も来てくれて、感謝してる」

 話しながら、亜美は距離の離れてしまった一年生二人の方を確認した。もう大分先を歩いており、二人の恋の序章をこれ以上自分が傍観することはできないのだと悟った。

「きっと、その後の打ち上げも盛り上がったのではないのでしょうか?」

 河本が質問する。

「うん、盛り上がったよ」

「その打ち上げに、竹清会長は……」

「竹清会長は参加してないよ」

「はい。あの、一緒に、歩いてもらっていいですか?」

「え、あ、うん」

 河本の提案に亜美は従い、二人は学校へ向かって歩き出した。

「竹清会長は、その打ち上げに参加をしませんでした」

 歩き出してすぐ、河本は呟いた。

「うん、そう」

「それは、真実です」

「うん」

「はい。真実を亜美さんはおっしゃいました。竹清会長は打ち上げに参加はしなかった」

「うん」

「それを言った場合に、何か事を荒立てるような恐れが懸念される時は、どうか、協力していただきたいのです」

「……嘘をつけと言うの?」

「嘘をつくのではなく、真実を話すということをしないでください」

「見返りは?」

「来年の吹奏楽部の予算の割り当てはご希望が通るとお約束します」

「っていうかさ、河本君も定期演奏会、見に来てくれれば良かったのに」

 みゆきも来ていない。みゆきが来ていればエリは近づけなかっただろうにと、亜美は結果論で想像する。

「あ、すいません。自分もぜひ行きたかったのですが、用事がありまして」

 言いたい事を言い終えたからなのか、少し堅さの消えた河本に、このコはこのコで大変なんだろうな、とも亜美は想像する。

「そうだよな、色々あるもんな、まぁ、でも、頼みを聞くんだから、約束は守ってもらうし。河本君には来年の演奏会には必ず参加をしてもらって、挨拶をしてもらわないといけないからねぇ」

 その亜美の言葉に、河本は何も言わずにただ目礼し、頷いてみせた。

「私はここのコンビニに寄るから」

「はい」

 河本はそのまま学校への道を歩き、亜美はコンビニへと入った。

「おはよう、亜美」

「あ、おはよう」

 雑誌コーナーで立ち読みしていた同じ三年生の大塚真紀と出くわす。

「演奏会無事成功したって聞いたよ、お疲れ。ずっと練習、頑張った甲斐あったね」

「うん、ありがと」

 答えながら亜美はファッション誌の表紙の男性アイドルグループのハジける笑顔の具合を確認する。

「生徒会長も来てくれたんでしょ?」

「え、ああ、うん。挨拶してほしいってお願いしたから」

「そうなんだ。言ったら合唱部の発表にも来てくれるかな」

 大塚真紀は合唱部の部長である。

「言えば、なんとかなるよ」

「そんな勇気沸かない」

 笑顔を向け、談笑をそこで切り上げては、亜美は紙パックの紅茶を買いコンビニを後にした。出てすぐに、店先でストローをパックに挿した。

 定期演奏会は成功した。部長として何よりだ。深夜ドラマも面白かった。表紙も写りがいいから、帰りに購入決定だ。あとは、竹清会長が打ち上げに参加しなかったことを黙っておけばいい。そして。あとは。エリのこと。

 それでも、と思う。

 それでも浅村恵里奈とはずっと友達でいたい、と。

 登校する他の生徒に混じりながら、亜美はそこまで考えては、飲料を口にし始めた。

 

 

 

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