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micelle  作者: Hyro
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49 体育館の片隅で

 49 体育館の片隅で



 教室でお昼を済ませた小坂遥が体育館に向かっているのは、河本秀人からこの後に行われる生徒総会で役目を頼まれたからである、

 開放された体育館でバスケなどをする生徒の声が響く普段の昼休みとは違い、今日はパイプイスが整然と並べられており、静まり返っている。

 体育館へと歩き近づく遥からは一箇所開いている扉から、そんな、館内の様子が窺えてしまい、幾分緊張を覚える。

「あ、ちゃんと来てくれた。ありがとう」

 中へ入ろうとした所で、河本とバタリで出くわす。

「はい、こんにちは」

 遥は、河本は先輩であるという認識から、思わず挨拶も付け加える。

「うん、こんにちは。すぐに戻るから壇上で待ってて」 

「はい」

 そう返事をしては、扉を出た河本が、自分が今きた廊下を早歩きで行くのを目で追いつつも、言われた壇上を目指した。

 その体育館壇上には生徒会のメンバーがいた。それ以外にも総会ということで、議長を務める生徒や会計監査役の生徒も集まっていたので、遥にとっては見慣れぬ生徒も多く、加えて、一年生は自分だけであり、頼みの河本もどこかへ行ってしまっているので不安にもなった。

「あ、えっと小坂さんだね。今、河本君が戻ってきたら今日のお役目、ちゃんと説明させるから、それまであがってその辺りで待っててくれるかな」

 竹清会長が壇上まで近づいた遥に気づいては、声をかけてくれた。

「はい」

 返事をする遥は、その場に居た役員、生徒たちから視線を注がれても、あの超絶イケメンの竹清会長から言いつけられたことで、自分は本当にここに居ていいのだな、と安心するのであった。

 舞台袖に行くと、邪魔だけはしないようにと打ち合わせをする役員たちを離れた位置から眺めていた。竹清のすぐ隣に立つ副会長を務める高橋みゆきをみては、あの人が竹清会長と付き合っている人で、二人はこの高校で一番有名なカップルだな、などと思ったりしていると、河本が体育館へと戻ってきた。

 遥が先ほどみたような早歩きで壇上まであがって来ては、遥の位置からはポーチに見えるものをその竹清の彼女である高橋みゆきに渡すと、河本は遥の姿を探すようにした。

 すぐさまに竹清が遥の場所を教えては、「ちゃんと丁寧に教えてあげるんだよ」と他の役員に聞こえるように言うから、河本は行動がしやすくなる。

「さっきぶり」

 遥のところへ来て、河本はそんなことを言う。

「……さっきぶりです」

 遥も心弛びしては挨拶を返した。

「上、行こっか」

 河本は回廊へとあがる階段のほうを指した。

「上ですか?」

「うん。上に行けば、二人だけの世界」

 何を言っているんだ、と思いつつも、遥は階段下まで来てはスカートのウエストの位置を直そうとした。

「そこでなんでそれすんの、みんな」

「え、だって見られそう」

「じゃ、先にあがるよ」

 行ったとおりに河本は先にあがろうとしては遥の片方の手を握った。その河本の手の温もりを優しさにも感じた遥は手をつないだまま、階段をあがりきった。

 そのまま二人は、フロアが見渡せるところまで出た。

 河本と遥は柵に寄りかかっては体育館内のイスが並べられたフロアを高い位置から見渡した。出てすぐの所な分、壇上にいる生徒は見えず、向こうからもこっちは見えない、というようなそんな位置に二人はいた。

「久しぶりだよね」

「はい」

「……こんな機会でも作らないと遥とは話せないから、ね」

 遥は返事に詰まった。

「迷惑だった?」

「そんなことはないです」

「簡単だから、マイクフォロー。総会の区切り毎に質問コーナーあるんだけど、そのときに挙手した生徒のところへ駆け寄るだけ」

「はい」

「あ、そうだ」

 河本は何かを思いつく。

「はい?」

「バック転できる?」

「え、バック転ですか? やったことないです」

「そっかぁ。やったことないかぁ。質問した生徒のところへバック転しながら行ってほしかったんだけどなぁ。どうしようかなぁ。あ、側転は? 側転は本人のやる気次第でできるよね?」

「側転はまぁ、できますけど。側転して質問した生徒のところへ行くってことですか?」

 遥の表情に笑顔のかけらもなかった。

「それは変か」

 方向転換を強いられる河本である。

「はい」

「じゃ、Bクイックは?」

「え? バレーですよね?」

「うん、Bクイックってなに?」

「……Bクイックは……レフト側に素早くトス上げてスパイクを打つことです」

「よし、それでいこう」

「それでいくって何がですか?」

 遥がいつまでも真顔なので河本の方がだいぶ辛くなった。

「ごめん。普通のクイックで。挙手した人に素早く近づく意識で行こうか」

「はい。分かりました」

 遥は即答する。

「うん。だよね。無難にいこう」

 河本はそれ以上滑ると総会にも響きそうなのでその話を終わらせた。

「あの、質問いいですか?」

「うん」

 昼休みで生徒の居ない体育館を二人は見ている。

「マイクフォロー、二人でするんですよね?」

 その自分の理解を確認したい遥であった。

「うん。そうだよ」

「メグミに声、掛けてないんですか?」

 頼まれた事は嬉しいが、萌のことが気になる。

「……うん」

「マズくないですか? この二人でしてたら気にしますよ」

 萌と一緒にいると伝わってくる息苦しさを感じるほどの人との関係を悪い方向へ持って行かないようにする気遣いのことを、遥は気がつかない振りでやり過ごすわけにはいかなかった。傷つきやすいから。傷つきたくないから。不必要に過敏になってしまう。

「そうだよね……なんか、三人で行動、みたいになってるもんね」

 遥から言葉以上のものを察して河本も適う返しをした。

「はい」

 遥は視聴覚室で三人仲良くマドレーヌを食べたときのことを思い出した。自分は友達と約束があったので、先にその場を離れたのであったが、後で萌から、「あの後は、少し河本先輩と話しただけだよ」という変な誤解をされたくないという意思を感じるメールが届いた。自分より、萌は河本と親しいのであろうが、三人で仲良くしたいという純粋な気持ちが込められているように感じたから、萌は良いコなんだろうな、と思ったのである。

「どうかした?」

 河本は黙った遥が気になる。

「……メグミは良いコですよね」

「うん。イイコ。メグミも……遥も、二人とも良いコだよ」

「なんですか、それ」

 それでも、言い方に河本の優しさを感じた。

「なんとなく」

 そういいながら、河本は自分の携帯を取り出した。

「メグミに?」

「うん。マイクフォロー、三人もいらないからさ。それみても気にしないようにメールしとくね」

「はい」

「あ、あと、放課後、メグに会えないか、って送るけど、メグのクラスに、オレの中学の後輩の男子生徒が居て。オギーっていうんだけど、そのコとオレと三人で会うようにするから」

 河本は携帯でメールを打ちながら話した。

「別にメグミと二人であっても構わないですよ」

「構わなくない」

 そう言って、携帯から目を離して河本は遥を見つめた。不意に河本の瞳が自分に向けられるから、遥は思わず逸らすことになる。

 萌との仲を進展させないと宣言するかのような河本の発言を受け止めきれずに、自分は恋愛禁止なのだ、という意識がどこかで働き、つい、投げやりとも取れるようなことを言った自分を河本は戒めてくれたのだ。

「……河本先輩も良い人ですね」

 遥はフロアに目をやりながら呟いた。二人が会話している間に昼休みも終了に近づき、体育館には生徒たちが入場を始めている。

「今気づいた?」

「ううん、言えなかっただけ」

「ありがと。遥といるとこ、人に見られないように、こっちへ隠れよう」

「え、あ、はい」

 フロアからは見えない位置へ二人は移る。そこで壁に背中を着けて座り込めば、壇上からも見えることはない。

「来週、大会でしょ?」

 きちんと体育座りをした河本が遥に聞く。

「はい」

 遥も隣で体育座りをしてみている。

「応援してる。頑張ってね」

「ありがとうござます」

「こんな風に応援できるコと知り合えて嬉しいんだ……ホントはキスだってしたいけど、今日はしない」

 河本は笑って立ち上がった。

「え、何言ってるんですか」

「ちょっと待てって、仕事片付けてくる」

 キスという言葉にドキドキした遥を置き去りにして河本は颯爽と階段を駆け下りては壇上へと行った。

「細谷さん」

 壇上へ来たものの、話し込んでいる生徒会と議事団を前に臆している細谷稜に声を掛ける。

「お、河本君じゃないか」

「細谷さん、席はあそこになります。広報部、細谷って紹介のあと、どうします? 何か挨拶されますか?」

「紹介ってだけでも、顔バレしちゃうの実は抵抗あるに。挨拶って? 話すってこと? いきなりキツい。考えてないなー」

「わかりました。立って会釈。これでどうですか?」

「おっけー。オレも妥協点はそのあたりに見出してた」

「一回小休止入ったら、席離れて下さって大丈夫ですから。写真撮ったりするのに回廊なんか歩いて下さい」

「すべて把握した」

「それでよろしくお願いします」

 軽く頭を下げた河本を離れた位置で見ていた竹清も、「細谷君、よろしく」と言葉を投げかけた。

「あ、はい」

 竹清に声を掛けられて細谷は緊張しながらも、指定されて席に座るのであった。

「ひでと」

 竹清が河本を呼ぶ。

「はい」

 呼ばれれば河本はすぐさま竹清の横へと行く。

「議事団と話して、質問等は全部最後に回すことにしたから。だから、オレの隣に座ろう。みゆきと副会長同士でオレを挟んでくれ」

「光栄です。務めさせていただきます」

「うん」

「河本君、壇上の中央のマイクテストも兼ねてちょっとなんかしゃべってみて」

 竹清の横に立つみゆきに提案される。

「分かりました」

 そういっては壇上のマイクの前に立つ河本である。

 入場し席に座っている生徒たちからの視線が注がれる。

「副会長の二年生河本秀人です。本日五限六限の時間、生徒総会が行われます。真倫高校の生徒として、現状を知り、必要ならば改善し発展させる場でもあります。生徒一人一人にとっても、今後の学校生活が豊かなものとなるよう、有意義な時間にしましょう。入場が完了次第、始めさせて頂きます」

 河本の落ち着きという部分に抑揚が定まった話し方は、その声が届いた生徒たちを安心させる働きをした。

 話を終えた河本は舞台袖に移っていた生徒会の役員のところへ戻った。

「見事だ、ひでと」

 竹清が称えてくれる。他の役員もそれを倣い拍手をしてくれる。

「河本君は、いきなり言われても普通に出来ちゃうもんね。すごいすごい」

 そんな事言って有紗は河本の頭を撫でてくれたりする。

「ありがとうございます」

「でも、けいじ大丈夫、河本君に挨拶すること言われてない?」

 みゆきは逆に竹清を心配する。

「愚問だ。オレとひでとはテイストが違うから」

 そんなことを役員で談笑をしては、河本は遥の元へと戻った。

「お待たせ」

「いえ」

 遥は一連の河本の行動をずっと見ていた。

「大体ね、六、七割今ので今日のオレの役目完了だから」

「そうなんですか」

 遥は、パッパッとこなす河本に感心していた。というよりも、生徒会の役員と話したり、マイクの前で話す河本の姿は、自分と話している時とは別人のようにも思え、疎外感のようなものを受けもするが、それでも、自分に向けてくれる柔和な表情は優しく温かいものだと思えるから嬉しくもなる。

「あとの三割は、遥とここでイチャイチャすることなんだけど」

「またそんな事言って」

「今日はキスしない。メグに悪いから」

「はい。そうです」

 体育館の片隅で二人は体育座りをしながら生徒が入場を終え、生徒総会が始まるのを待っていた。




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