48 眠れる佳徒
48 眠れる佳徒
お昼休みになれば、生徒たちはそれぞれの場所で昼食を取る為の移動を始める。
ガヤガヤとにぎやかになった周囲の雰囲気に臆する事なく、小坂遥は教室の自分の席に座ったまま、まずは携帯電話を取り出すことにする。
遥が気になるのは河本秀人と行っているやり取りである。
まず黙読するのは、河本から届いた「明日、お昼ごはんを食べ終えたら体育館へ来て」という内容のメッセージであった。といっても、それは昨日の夜には届いていたものであって、今再び、確認のようにまたそれを読んでいるのである。自分が「わかりました」と返しては、それに「よろしくね」と河本からすぐに返ってきた、一連のやり取りを見返した。
その後に、遥は何も返していないのでそこで止まってしまっている。自分がそこで止めたので当たり前なのだが、河本からそれ以上来ないことに少し寂しさも感じていて、何でも良いから来ていないかな、という気持ちも多少あり、今のこのお昼休みに携帯をみてみたのだ。
お弁当を食べたら、体育館に行かなくてはならない。おそらく五限、六限を使って行われる生徒総会での自分の務めについての説明がされるのだろう、と考える。そこで、自分は河本先輩と会話する事になる。
そんな、時々、話し掛けてくれる河本が自分をどう思っているのか遥なりに気になっている部分はあるのだ。
自分との関係以上に萌とはもっと仲が良いのかもしれない。嫉妬するつもりはない。男女交際が厳禁の部活内のルール上、仕方がないのだ。という諦めのようなものはどこかにあった。だから、そんな中で、自分に役割を作ってくれたことは、河本から必要とされているということであり、単純に嬉しかった。それが、分かっている内容をまた見返したりしているのだ。
そうやって遥が携帯を見ている間には、教室の外へ出ていく生徒たちはとっくにいなくなり、教室では仲の良いクラスメイトが一箇所に集まって机を付け合う、という昼食を取る準備も落ち着き、お弁当を広げた匂いも届いたりした。
その匂いで気づいたように、廊下側の前から二番目の席の遥は教室へ昼食を食べる生徒たちを確認するかのように、携帯から視線を離しては教室を見渡した。
遥の視線は真ん中の後ろ席で、一人で席に座ったままの礒多香子で留まる。元々、その礒多香子の姿を確認しようと視線をやったといっても良かった。
遥は席を立って多香子のところへ行こうとする。
礒多香子は、学年で一番可愛いのではないか、と男子の間で評判になっている生徒であり、遥も、他のクラスの友達にどんくらい可愛いのか聞かれたことが何度かあった。
端正な顔立ちに長い艶のある黒髪はいかにもお嬢様といった容姿をしており、そりゃ男子受けもいいだろう、と最初は内心そんなことを思っていた。
遥は入学して最初の頃は、中学時代からの友達がいるクラスに行き、お昼休みを過ごしたり、同じ部の松永梓と購買部でパンを買って部室へ行って食べたりをしていたので、礒多香子が一人で席に座って食べているとは知らなかった。
クラスには、一人で食べる生徒が他にも何人かいて、とりあえずお弁当を自分の席で食べてから友達と話したり、携帯をいじったり、または予習したり、そのまま机で寝たりといった感じでお昼休みを過ごす生徒が何人かいるので、特別、礒多香子だけがどうという訳ではないのだが、やっぱり美人が一人で座って食べている姿は目立ってしまう。
遥は中学時代もバレー部に所属し、クラスに同じ部のコがいたこともあって、女子グループの形成、発展といったものをそれほど重要視しなくても、さほど不都合のない中学校生活を過ごしてきた。高校だって、仲の良いグループというものは出来上がっていくものであり、そういった女子のグループの派閥、というものを煩わしく思っていても、クラス内の状況というものは多少、気にもなるので、中学時代の友達と話して、それぞれが自分のクラスで過ごす時間を作って様子を見てみようという風に決め、五月に入ってくらいからは、お昼休みに教室でいる時間も増えたのである。
それまでは過ごしたことのない分、クラスのお昼休み事情も分からないので、クラスで親しくしているつもりのコに聞くと、お昼はそれまでの自分のように他のクラスに行っているということでよく分からないとのことであった。まぁ、それなら自分の目で確かめれば良いだけと、初めて教室で過ごすお昼休みに、クラスの生徒の動きを伺っていると、そこで、あの礒多香子という美少女が一人で席に座っていることを知ったのである。
とはいえ、普段、別に彼女と話す生徒が誰もいない訳ではなく、普通に席が近い女子と言葉を交わしている姿は見るし、遥も朝、昇降口で一緒になれば挨拶をして普通に会話しながら教室まで歩いたりしていた。だから、一人でお弁当を食べる姿が意外に思えたともいえるのである。話しかけてみようかとも思ったが、その日は近づくことはせず、他にも一人でお昼を食べては、携帯をいじって過ごす生徒がクラスに多かったこともあり、遥も同じようにして、最初の教室でのお昼休みの時間を一人で過ごしてみた。
それからは、教室でのお昼休みはそんな風に一人で過ごすようになり、時々は教室を出て行って、他のクラスの友達や同じ部の梓と食べたりした。
初めて多香子と一緒にお昼休みを過したのは球技大会の初日のことであった。
ジャージ姿のまま一緒に同じ競技を出たというテンションだったこともあり、お昼休みに教室へ二人で戻ったタイミングで、遥は「一緒に食べていい?」ということを切り出せたのである。それに多香子が「うん、食べよ」と返してくれたこともあり、遥は多香子の席の隣のどこかで食べに行って空いている生徒の席に座り、二人、並んでお弁当を食べた。
遥が何か話すことに対して、最初、多香子からは「へぇ、本当?」や「そうなんだ」というような口先の相槌が多かった。それは警戒されているようにも感じたが、すぐに、多香子はその話題を広げてくれようとしてくれるようになり、会話は弾むようになった。
美人の多香子が自分の話に笑ってくれる時に、食べていることもあって口に手をやるのであるが、そのしぐさが可愛いと遥は思った。細い指を口に当てる動きは、とりあえず、といったものではなく、幼少期からの培われたもの、という感じも受け、育ちの良さを想像した。
一緒にお昼を共にすることも多くなった、ここ最近は、弟が某アイドルグループにハマっていて、リビングでいつもその映像を流しているので曲が頭から離れない、というようなプライベートの話もしてくれるようになり、その距離が近づいているような気もしてきた。
そんな関係にもなれば、お昼休みになれば、遥が隣に座るのを待っていてくれるようになり、教室外に行く時には遥も、事前に多香子に知らせたりするような、そんな仲になっていた。
だから、この日も遥が隣に来るのを多香子はお弁当を食べずに待っていたのである。
待つ間、多香子も携帯を見ていて、遥がホントに至近距離まで近づいてきてから、顔を遥へと向ける。
その多香子の動きは可憐ではあるが、どこか影を感じさせ、それは美人であるがゆえに身についてしまった防衛本能にもみえ、そんなようなものが、多香子を一人でいることを選択させているのではないかと遥に考えさせた。
「この後は、生徒総会、だね」
二人でお弁当を食べだせば、学校行事という無難な話題を遥は振ってみる。
「うん、そうだね。座ってるだけ、なのかな」
「そうだよね」
「退屈かな?」
多香子はそう言った。今の二人の会話の中で、生徒総会という行事のことを話題にしたことで、ただの二時間の間、体育館のイスに座っていることを想像して、確認するかのように遥にそういった。それは一般の普通の生徒はそう思うであろうから、それに合わせてそう述べた、というような、そんな印象を遥は受ける。多香子自身は二時間という時間座っているくらい、なんのこともない、へっちゃらのようにも思える凛とした強さのようなものを感じもするのだ。
「私さ、生徒総会で、マイクフォローっていうの、するんだ」
「マイクフォロー?」
「うん、生徒会の人に頼まれて」
遥は、河本秀人に頼まれたことは嬉しいのであるが、何をするのかよく分かっていない分、不安もあった。それが遥の表情に素直に出る。
「そうなんだ。生徒会の人と知り合いなの?」
遥の表情の変化に反応したように多香子が質問をする。
「うん。ほら、私、クラスの代表してるから、それで話すことあって」
何かを見抜こうとするような多香子の視線を、自分へ興味をもってくれたという喜びに感じながら遥は返答する。
「あ、そっか、そうだよね」
多香子の何気ない相槌ではあるが、その瞳は奥から輝いてくれているようにも見え、遥はすべてを話してしまいたくなる。
すべて、とは。
河本秀人という少し親しくしている副会長を務める先輩がいるということ。リーダー研修会で話したきっかけで、今も時々私に話し掛けてくれる。
すべてでこれだけだと、なんだか弱い。多香子の興味を惹くために、私は密かに河本先輩と付き合っていると盛ってしまおうか、とそこまで考えてしまう。それよりも、リーダー研修会のときに竹清会長とも少しだけと話したことがある。こっちの方が多香子は興味を持ってくれるだろうか、とそんなことを思考したりもした。
「生徒総会での私のマイクフォロー係、良かったら注目してみて」
遥が言ったことは結局、無難なことであった。
「うん。注目してる」
「じゃ、打ち合わせで早めに体育館行かないといけないから」
お弁当を食べ終えた遥は、そう多香子に告げてクラスを後にした。
遥がいなくなって自分の席に一人のお昼休みとなった多香子は携帯電話をみることにする。弟きっかけで毎日の日課のように見ることになった某アイドルグループの目の留まったコのブログをチェックしたりしてみる。そのアイドルが食べたという報告のあるスイーツの画像に自分も食べてみたい、と思ったりしていれば、一人の時間を潰すことは容易であった。多香子はSNSで自分から発信するということはしていないが、いくらでも、関心があることをネットサーフィンしていればお昼休みの時間などあっという間で、むしろ足りないくらいであった。
礒多香子はいくらでも、うねりを作り出せる美貌を持っているのであるのだが、それをしようとはしない。
男子生徒からの問いかけに笑顔で返せば、女子からは陰で男好きと悪口のように言われ、ならばと、話し掛けられても感情を抑えて当たり障りなく返していれば、お高くとまっていると言われたりもする。そんな中学時代の面倒な思い出が今の多香子の状況に起因しているのだが、今の、この一人でいることも、誰かは悪く言っているのかもしれない、ということも多香子はなんとなく分かっている。それに対して周りの雑音を気にしないことくらいしかできないのは寂しいが、他に術を多香子は知らないのである。
それでも、遥のように友達といえるようなコができるのは喜ばしい。
お昼休みが終わろうかという時間になり、行われる生徒総会の為に、他の生徒たちに紛れて多香子は体育館へ向かった。
体育館、自分の席に着くと、多香子は自然と遥を探すことになる。
舞台袖にいるのか、遥の姿の確認は出来なかった。
多香子が遥を確認できたのでは、生徒総会も終わりに近い質疑応答のコーナーであった。
生徒会の男子生徒と二人で担当し、遥は質問した生徒のところへ駆け寄ってマイクを向けるという、お昼休みに聞いていたマイクフォローからイメージするそのままのことをしていた。
遥と一緒にマイクフォローをする生徒会の男子生徒があまりも機敏で、それに倣うかのように素早く動こうとする遥をみているとか微笑ましい気持ちになる多香子であった。
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