47 18時を過ぎ
47 18時を過ぎ
体育館ではその日のバレー部とバスケ部の練習が終わり、明日行われる生徒総会の会場作りが行われている。
会計監査の立会い対応を終えた竹清会長が体育館へ来ると、壇上のセッティングは他の役員たちで終わらせてくれていたので、後は地道にフロアにパイプイスを並べるだけという状況を確認する。
所属している部活動で体育館を利用することもある一年生たちがこの準備の手伝いをすることが慣例となっていて、そのならわしに従って集まってくれた一年生に、竹清が泰然と号令を掛ければ生徒たちは黙々と作業を開始することになる。終わらせれば帰宅できるのだから、皆、テキパキと取り掛かる。床を傷つけない為のシートを敷き終えては、各部の一年生が他の部と競うかのように手際良くイスを並べていく。
生徒会の役員も一年生たちにだけ任せる訳にはいかないのだから、時々、セッティングされたイスの状況を確認することはあっても、言葉少なに一年生たちに混じっては作業をしていた。
今の河本秀人の状況として、体を動かしていれば良いという作業は有難かった。
この体育館へ一緒に来た西野有紗と幕内の人の目のつかない所で、思いがけず接吻をしてしまった。有紗とキスをするのは二度目で、今度は前よりも激しく、長いものであった。互いに強く舐り合っている内に、理性を失いそうにもなれば、有紗の美脚や胸やその体に触れてもみたくなるが、有紗には恋人がいるということが河本の手を動かすことをさせなかった。どこまでしたら拒まれるのか、と試してみたい気持ちが少しは頭を過ぎっても、それを抑えこむことはできた。
結局、今回もキスをしただけで済んだ。
それでも、その感触はまだ唇にも舌にも残っているから、河本は有紗のことしか考えられなくなる。
イス並べを行う最中も、時々に有紗を探そうとする自分を意識する。
ズルく言えば、今日もほとんど誘われるように、流されるようにキスをしてしまった。もっと言えば、どんな理由で有紗が自分にそうしたのか、聞いてもみたい。年下をただ誑かせてみたくもなった、というのなら別にそれでもいい。でも、そんな質問は有紗を失望させるだけだと分かるから、河本は黙って想像するのである。ただ、ちょっとしてみたかった。それで充分嬉しい。有紗さんと名前を呼び掛ければ、自分の名前を呼んでもくれる。ふざけて肩に手を掛けてくれたりもしてくれれば、こっちが誤って素肌に触れてしまったりしても嫌な顔もしない。自分の飲みかけのペットボトルの水も、躊躇なく有紗は口にすることもある。
イスを並べる有紗を見れば、さっきのキスなど幻のような、夢のような、そんな嘘であったようにも思えてもくるが、感触は確かに残っているから、河本は有紗とキスをして良かった、とそう改めて実感するのである。
有紗も。
また、キスをしてしまったということを、河本ほどではないが考えたりしては、美咲や綾とイスを並べている。彼氏という存在がいても、生徒会という自分の所属するコミュニティで美咲という身近な友達と河本という異性が親しくもしていれば、その気持ちをこちらへ向けたくもなるのか、とそこまで思っては、そうでもないな、とも思った。ただ、河本と接してみて可愛い、と思った。ふっと沸き立った感情からから腕を掴んでは二人だけの世界でキスをした。それで正解な気もする。そんな衝動的な行動をまったく後悔しなくて済むのは河本に口止めなどしなくても、彼が誰かに言いふらすこともなく、二人だけの秘密にしてくれると信頼できるからである。
「随分とテキパキしてること」
自分の並べていた列が終わった有紗は河本に目をやればその動きの俊敏さを独り言として声を発した。
「有紗、なにその親戚のお姉ちゃん目線」
近くにいた綾が有紗の視線の先に河本を確認すれば、茶化すことを選択する。前よりも有紗の河本に対する態度が違うとは感じてはいるが、それを口にする事は憚れた。
「……そうかな」
綾に指摘されてもみれば自分と河本の距離は確かにそんなかもと思ってもしまう有紗は、自分の前の美咲の列を手伝うことにする。
「この作業効率、確実に上がってるよね」
美咲は自分の列の最後の一脚が終わると有紗にそう話しかけた。
「ホント、これやるの、何回目だろ」
なんとなく返しはしても美咲が普通に話しかけてきたことに有紗は少し驚いた。
「……ごめんね、さっきモデル気取りとか言って」
美咲は、言いすぎたと思うから、自分の列を手伝ってくれた有紗に詫びたのである。
「ううん、いいよ、私もキツかったよね……ゴメン」
美咲がそう来るなら、自然と有紗も謝ることになる。
「あんな動画いきなり見せたりしたらそりゃ機嫌悪くなるよね。河本君に見せようと思ったら一緒に来たから、あんな形になっちゃって」
「いいよ。河本君のリアクション面白かったし」
二人は、まだ終わっていない列へと向かいながらそんな会話をする。
有紗は美咲がこんな慎ましい態度で自分に接するとは思ってもいなかった。河本と二人で先に生徒会室から体育館へ移動したことに、何か言われるかと考えてもいた。むしろ、何か言ってくれるならまだ良い方で、完全に無視される覚悟もどこかあった。しばらく口も聞くことないかも、まで想像していた分、拍子抜けした。
美咲は、有紗と河本がキスするまでの仲だとは思ってもいないのである。自分からは完璧に思えるルックスの有紗には、相応しい彼氏がいる。暇を見つけては携帯でやり取りをし、放課後も時間を作っては二人で過ごしているような、そんな恋人とうまくいっている有紗が河本のような、年下で、一見するとガリ勉タイプのようなコとそこまでの関係だとは想像できないのである。
有紗は美咲の態度に改めては思い返す。
美咲と河本がゲームセンターで太鼓のゲームを一緒に放課後している、というのを、掲示板で見つけて、また、それを生徒室でその話しをしているのを聞いて嫉妬するとは、まさか自分でも思わなかった。けれど、正直、二人が生徒会の集まり終わりで、一緒に帰るついでで寄ったというのは分かっていても、どこか面白くないものを感じているのは事実なのだ。だから、美咲にキツい言い方をしてしまったと自分でも分かっているのだ。そう、美咲と河本が仲良くするのは嫌なのだ。衝動的にキスをしたのは、結局、自分の方に気持ちを向けたいからだ。
「これでこっちの列は終わりかな」
「うん、だね」
心に浮かんだこととは関係のない会話を有紗と美咲はしては、もう少しで終わるイス並べに取り掛かる。
河本は有紗と美咲が一緒に行っている姿を一度確認すると、反対側の列を行うことにした。なんとなく、二人には今日は近づかない方が良いというのを感じるのである。
そんな河本が取り掛かった列にはバレー部の小坂遥がいた。バレー部の練習終わりのジャージ姿の遥にすぐに気がついても、話しかけるのは確かマズいんだったよな、と自制しては、淡々と並べることになる。
遥だって、同じ列をやることになれば河本が軽快に作業をする姿が視界にも入る。それでも動きを止めることなく並べれば瞬く間にその列も完了することになる。
「もう、最後の列やってるから、大丈夫だよ」
同じバレー部の松永梓と他の列へ移動しようとするところへ河本が声を掛けた。
「あ、はい」
唐突であったが、立ち止まっては河本の方をみる遥である。
遥は河本のことを何も話していないので、梓は二人がどんな関係なのか知らない。
「小坂さん、明日の生徒総会、マイクフォローの担当だから、ね」
梓もいるので、事務的に確認したという感じで河本は遥に伝える。
「はい」
遥は初耳であったが、ただ、返事をした。
そんな遥を確認しては、河本は二人から離れていった。
「マイクフォロー?」
梓は何の話かまるで分からないで、遥に聞いてみる。
「クラスの代表してるから、そういうのやらなきゃいけないみたい」
きっとそうなんだと、遥は自分で納得するかのように梓に伝える。
「あ、そっか。なんかでも面白そうなの任されたね」
「うん」
遥の視線の先には、河本が竹清のそばに行く姿が見えた。
竹清は河本が隣にくれば、河本の肩を一回揉んだりする。それにただ笑顔で河本は返すのである。
そんな、いかにも男同士の友情、といったものをじかに見れば、女子バレーという部活の世界にいる遥には妙に清くもみえては羨ましくも感じた。
程なくして会場作りは完了した。
「手伝ってくれて、ありがとう」
竹清は率直な面を見せては一年生の生徒へ声をかける。
三年生の超美形な生徒会長にそういわれれば、一年生の生徒たちは、ふさわしい言葉を出すことは難しく、一礼しては体育館を後にした。
「会計監査の方はどうでした?」
生徒会の人間だけになった体育館で、回廊に上って会場を確認する竹清に付き添った河本が話しかける。
「大丈夫、その辺の根回し、しっかりしといたから」
「はい」
竹清には愚問であったと思う河本である。
「ホントはひでとにも、立ち会ってもらいたかったんだけど、みゆきが出るって言うからさ」
「……いえ、みゆきさんが立ち会うのが当然です」
「まぁ、あいつ機嫌すぐ悪くなるからな」
竹清はフロアにいるみゆきに目をやっては呟く。
「みゆきさんが適任です」
同意するわけにはいかないので河本はそう返す。
「明日だって、ホントはひでとに隣に居てもらいたいくらいだ」
「そのお言葉だけで充分です。みゆきさんを差し置いて自分が隣に座るわけにはいきません」
「あの、バレー部の可愛いコだっけ? ひでとと一緒にマイクフォローするの」
「はい。お願いしました」
「楽しく、幕内でイチャイチャしちゃいな」
「……そんな訳にはいきません」
竹清は一度笑ってから、堅い態度の河本の方を叩く。
叩かれれば、表情を崩す河本である。
「よし、帰ろう」
河本に微笑みを返しては、今日のやるべきことは終わったという感じで竹清は告げる。
「はい」
竹清のあとに続いて河本は回廊からフロアへ歩をすすめる。
フロアにいた他の役員たちは、竹清と河本の二人が回廊を歩くのをいつのも光景のように認識しては降りてくるのを待った。
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